~可憐! 扉の仕掛けは大人向け~
あたしは師匠と交代して、ルシェードさんの隣まで下がる。
師匠が扉を開けることになったので、ルビーは見物するみたい。あたしの時はすぐ飽きるくせに師匠のはちゃんと見ておくなんて、ひどい。
「ところで、サティス。そんなにビックリするような像でしたの?」
あたしの思ってることなんか関係ないって感じでルビーが聞いてきた。
「オーガっていうか、ガーゴイル? なんかあんな感じ」
石像とか彫像のフリをした魔物。
遺跡なんかにいて冒険者を襲うって魔物辞典に書いてあったし、ここにもいるのかと思った。
でも、穴を覗いたすぐ前に怖い顔があったら、普通は驚くものじゃない?
「修行が足りないのですわ、修行が」
「じゃぁプルクラは人生の修行が足りてない」
「なんでですの?」
「飽きっぽいから」
「む。反論したいところですが、その通りですので反省します」
あれ!?
意外と受け入れちゃった。
「殊勝な心掛けです。見習いたいものですね」
ルシェードさんも感心してる。
このあたり、やっぱり支配者というか領主だった影響なのかな~。それとも、こういう性格だから魔王サマに四天王に選ばれたとか?
だってアホのサピエンチェだし。
「ほら、わたしのことは別にいいので。師匠さんを応援しましょう」
「はーい」
師匠はあたしと同じように扉を一通り調べている。
あたしは怖かったので、あんまり扉に触れなかったんだけど……師匠は扉に触れたり、コツコツと軽く叩いたりして調べていた。
「師匠」
「なんだ~?」
調べながら答えてくれるみたい。優しい。
「どうして触って大丈夫って分かったんですか?」
「おまえが触れても大丈夫だったからだ」
「えー!?」
ひどい!
「はっはっは、冗談だ。こいつだ、こいつ」
師匠は扉から引き抜いた四角いパーツを放り投げる。
あたしはそれをキャッチした。
「これ?」
壁から引き抜いた四角いフタだった。
師匠と交代する時に渡したんだけど、これを見て大丈夫って思ったってこと?
「それ、どう考えても鍵だろ。ただの覗き穴を塞ぐ部品じゃない。ま、それはそれとして――そのパーツを引き抜くのにどうしても扉に触れる必要がある。つまり、扉に触って発動するような罠は仕掛けられてないってことだ」
あ、なるほど。
この四角いのを引き抜かないといけないから、扉にはどうしても触れることになっちゃう
だから、触っても大丈夫なのか。
「鍵とはどういうことですの?」
今度はルビーが質問した。
「観察すべきは穴じゃなくて、その引き抜いたほうってことだ」
「こっち?」
あたしとルビーとルシェードさんは、あたしが持ってる四角いパーツに注目した。
いつの間にか、あたし達の後ろにいたパーティも覗き込んでくる。
あ、外の罠に掛かって師匠に助けてもらって泣いてた盗賊くんのいるパーティだ。女の子ひとりだけのパーティだし、まだまだルーキーっぽい感じがしてたので覚えやすい。
あたしはみんなに見えやすいように頭の上に掲げながら、四角いパーツ――キューブって言うんだっけ、こういうの――を観察した。
表面は赤く塗られていて、扉の色と同じになっている。でも、その他の面は金属色そのままで錆びたような茶色をしていた。
もしこれがダイスだったら、きっと赤い面は『1』だなぁ。なんて思いながらそれぞれの面を確認していくと……
「あれ?」
もうひとつ『1』の面があった。
そこには別に数字やマークが描かれてるわけじゃなく、うっすらと真ん中に丸い跡が付いている。
つまりこれは……
「扉の四角い穴に、丸い穴が開いてるってこと?」
え~っと、キューブが扉に入ってた向きは……こっちかな? そう考えると、キューブの底側に丸い穴の跡があった。
「見つけたか、サティス」
「はい、師匠! これって、何か仕掛けがあるってことですよね」
「そうだ。扉側に空いている穴に何か差し込むと予想できる。だからそれを探しているのだが……見つからんな。扉じゃなく、このエリア内にあるのかもしれん」
「あたしの指なら入るかもですよ?」
穴は小さいから、大人の指じゃ無理かもしれない。
でも、あたしの小指なら入るかも。
「おいおい、もう忘れたか。不用心に穴に指を突っ込むな、と。毒針が仕掛けられてたらどうする?」
「あっ」
そうだった……
あたしはがっくりと肩と頭を落とす。後ろで盗賊くんが、勉強になります、なんて言ってるのが、なんだかちょっとうらやましい。
あたしも一度目だったら同じことを言えたのにぃ~。
「ほれ、落ち込むな。こんなもんは何度も失敗してようやく一人前になれるもんだ。俺なんか誰にも教えてもらってないからな。初めは超ビビってたぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ。それこそおまえと同じで、一歩歩くごとに棒で床を叩きまくって進んでた。次の部屋に辿り着くまで一日かけてたりしたな」
「よくお仲間さんが飽きませんでしたわね」
ルビーの言葉に師匠は苦笑する。
「あいつも素人だったからな。いっしょにビビりながら探索したよ。結局失敗して毒針をくらって、おんぶされて全力で洞窟から逃げ帰ったこともあった」
「毒消しやスタミナ・ポーションは持っていませんでしたの?」
スタミナ・ポーションは毒が身体にまわってしまうのを遅らせる効果がある。軽い毒だったら完全に消し去ることができるけど、念のために神殿で診てもらったほうがいい。
って、師匠に教えてもらった。
ルビーの質問したとおり、スタミナ・ポーションとか飲まなかったのかな?
「そんときゃ貧乏でな。ポーションを二本買うお金しか無かったよ」
あはは、と師匠は思い出すように笑った。
失敗した話なのに、師匠はそれを恥ずかしいとか隠すべき話みたいには思ってないっぽい。
それ以上に――
「……師匠、なんだか楽しそう」
「うっ」
あたしが思わず言ってしまった言葉に、師匠は口元を抑えた。ちょっと恥ずかしそうに師匠は口元をおさえている。
あはは、師匠ってば照れてる。
かわいい~。
ルビーがニマニマと笑って、こっちを見た。良い仕事をしました、と瞳で訴えてくる。
ふふふ、どんなもんだい。
というわけで、あたしもにっこりとルビーと視線を合わせておいた。
後ろで盗賊くんが首を傾げている。
甘い、甘いなぁ、盗賊くん!
師匠の可愛さが分からないなんて、君はまだまだお子様かね。あっはっは、お姉さんが大人にしてあげようか!
……いや、無理だ。やめとこう。その隣にいる魔法使いの女の子に大人にしてもらってください。あたしにはまだ無理です!
「師匠、早くあたしを大人の女にしてください」
ぶっふぁ、と師匠が噴き出した。
「なにを突然言い出すんだ、このバカ弟子が!」
パシンと頭を叩かれた。
あんまり痛くない。
「そうですわよ、わたしが先ですぅ――あいたー!?」
ルビーも頭を叩かれた。
そっちは痛そうだった。でも吸血鬼だし、ホントは痛くないと思う。きっと雰囲気で痛がってるだけだと思う。
「あはは、仲良しですね。優しい上官というのも悪くなさそうです」
ルシェードさんはのんきに笑ってる。
あたしとルビーが冗談で言ってると思ったらしい。
残念!
マジでした!
なんて言ったらまた師匠に怒られるので黙っておく。
「はぁ、まったくもう。とりあえず、鍵になるような物を探さないといけないが……ふむ」
師匠は数歩下がってルーキーパーティたちの位置まで移動した。
そこからもう一度、扉を観察するみたい。
「あたしも観ます!」
じ~っと扉を上のほうを観察していく。下とか中間あたりはあたしと師匠が調べたので、上のほうが調べられていない。
だから、あるとすれば上のほうに何かがあるはず……
「あ!」
「見つけたか、サティス」
「はい、あそこ!」
あたしがキューブを見つけたのは左側の扉。いま見つけたのは、右側の扉の上のほうに、同じような四角い切れ目がわずかに有った。
でも、あたしはもちろんだけど師匠が背伸びしたって届かない。
子どもだけじゃ、絶対にクリアできない遺跡なんてズルい!
「よし、肩の上に乗れ」
「はーい」
師匠が扉の前でしゃがんでくれる。あたしは師匠の肩の上に乗ると、師匠が足首を固定するように持ってくれた。
「いくぞ、せーのっ」
師匠が立ち上がる。あたしの重さなんて全然平気な感じで師匠が立ち上がったあと、あたしも師匠の肩の上で立ち上がった。
「届くか?」
「はい、大丈夫です」
ちょうどあたしの頭くらいの高さに四角い切れ目。念のため、ナイフの刃で突っついたりして安全を確かめたあと、キューブを引っ張る。
「んっ」
さっきのキューブと違って、こっちはちょっと取り出しにくい。なにか、ひっかかる感じがある。
それでもグリグリとズラすようにして引っ張り出すと――
「うわっ!?」
ビシュ、という音がしてキューブの下から金属の棒が飛び出した。
「どうした、大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。なんか棒が飛び出したのでびっくりしちゃって」
とりあえず降ろすぞ、と師匠が手を離す。あたしはそのまま飛び降りると、師匠にキューブを見せた。
「ふむ。バネが仕込んであって、飛び出す仕組みかな」
飛び出した棒を押さえると、キューブの中に沈んでいく。指を離すと、バビュって感じで飛び出す仕組みになっていた。
「これを扉の穴に入れて、穴を押さえるんですね」
「言葉で説明するとややこしいが、そうだろう」
苦笑しつつ師匠があたしにキューブを手渡す。
あたしは棒をシャコシャコ押さえたり離したりしつつ低いほうの穴に近づくと、棒を指で押さえながら穴の中に入れた。
そのまま押し込んでいくとシャッという音が聞こえた。きっと穴と噛み合って金属の棒が飛び出したんだと思う。
それと同時に、ガチャ、という鍵が外れたような音が聞こえた。
どういう仕組みかは分からないけど、扉の鍵が開いたみたい。
「やりました、師匠!」
「よくやった」
師匠が頭を撫でてくれる。
えへへ~、とあたしは笑うけど……
良く考えたら、師匠がほとんどやってくれたような気がする。けど、まぁいいや。だって師匠に褒めてもらえたし!
「これで扉が開きますわね。次はどんなエリアでしょうか。楽しみですわ~」
ルビーがわくわくしてる感じで言うけど……
扉はそれから動かなかった。
「あれ? まだ何か必要なのでしょうか?」
「いや、単純に自動で開くわけじゃないんじゃないか?」
師匠はそう言って扉を触る。
「ふむ。ルシェード殿、そっちを頼めるか」
「分かりました」
どうやらそれなりに重い扉のようで、師匠は左側、ルシェードさんは右側の扉に手を添える。「せーのっ!」
ふたりは合図と同時に扉をスライドさせた。
もともと重い扉だったんだろうけど、長年動いていないこともあって少し錆びてたみたい。キシキシと金属がこすれる音を立てて、ゆっくりと扉は左右に開いていった。
少し開けば、後は隙間に手を入れて手伝える。
あたしとルビーも加わって、赤い扉をなんとか開くことができた。
「お、重かったぁ」
この扉、やっぱり子ども達だけじゃクリアできないよねパート2って感じ。
高いところにあるし、扉は重いし。
きっと大人の都合だけで作られた物だったに違いない。もしくは、子どもは入っちゃダメっていうえっちな施設。娼館だったとか?
まぁ、とにかく――
「次のエリアに向かいましょう!」
ルビーは嬉しそうに宣言するのだった。
むぅ。
今回、なんにもしてないくせに!




