~可憐! 開いてよトビラ!~
この遺跡――仮の名前で『湖底の遺跡』は霊廟の可能性が高い。
って師匠とルシェードさんが言ってたけれど。
「霊廟が王様とかのお墓っていうのは分かったんですけど、どこで判断したんですか?」
入口の螺旋階段から続く第一エリア。
そこで拠点を確保したあたし達は、次のエリアへ向かうことにした。
水が満たされている涼しい遺跡。
中央に真っ直ぐに伸びる通路を進みながら、あたしは師匠に聞いてみた。
「ごはんとか罠があるから霊廟なんですか?」
「おっと、説明が抜けていたな。すまんすまん」
師匠は頭を撫でながら、ごめんね、と謝った。
別に謝んなくてもいいと思うけど頭を撫でてもらえるのは嬉しいので、拒絶しない。
えへへ。
「霊廟っていうのにも色々ある。国によって違ったりもするし、一概にこれがあるから霊廟っていうのは確定ではない。だが、普通の家があり、街並みがあり、家の中では食事の準備がされている……みたいな物は、一般的な街の風景を表しているのは明白だ。ほら、あっちの小屋は店だ。食べ物を扱ってるだろ」
「ほんとだ」
丸い三角屋根の小屋を探索してた冒険者パーティが中から食材を取り出して通路に並べている。たぶん毒が仕込んであるんだろうなぁ。ずっと遺跡の中にあったのに、まったく腐ってる様子もないし、扉の内側に触れられないように椅子で固定をしてある。
たぶん、あたしが引っかかった罠と同じのが仕掛けてあったんだと思う。
いくつか並んでいた小さな家みたいな物は、その全てが街の風景ってことかな。あたし達が入ったのは一般家庭の家で、通路を挟んだ反対側は食材を保存してる倉庫って感じだった。
そっちには罠が無かったみたいで、冒険者の人たちが麻袋に入った麦を取り出している。袋からこぼれた麦は、やっぱり腐ったりしていない。
保存の魔法って凄いな~。
「見てみて、トマトがあったよ! 古代トマトだ!」
「うわ、すげぇ! おまえ食ってみろよ」
「え、やだ」
なんて会話が聞こえてきた。
うん。
古代トマトは食べてみたいけど、ちょっと不安になるのは分かる。
酸っぱそうだもんね。
トマトはやっぱり甘いほうがいいよね~。
武器屋さんを模した小屋もあったみたいで、いくつか武器や防具が出てきたみたい。これにも保存の魔法が使われていたのか、みんなピカピカの武器を見つけて喜んでいた。
「ねぇねぇ、師匠。どうして霊廟は街を再現するんですか?」
「いろいろと言われている。簡単な理由としては、死語も生前と同じように過ごせるように、という願いが込められていると聞いたことがあるな。場合によっては、お世話をする召使や奴隷もいっしょに埋められたって話があるくらいだ」
「うわ」
それって生き埋めだよね……
王様が死んじゃったら、もっともっとたくさんの人が死ぬことになるんだ。
ちょっと怖い。
「こ、この遺跡はそんなことないですよね?」
「まだ分からん。でも、こんなに綺麗な遺跡だからな。そうじゃないことを祈ろう」
師匠は、だいじょうぶ、と頭を撫でてくれた。
「では、このエリアは普通の人たちが暮らす街ってことですわね。随分と立派な街があったのでしょうね」
ルビーの言葉に師匠はうなづいた。
「そうだな。城下町か領地の村か。そう考えると、あの豪華な壁の意味が分かりやすい」
通路から続く奥の壁。
そこだけ水が流れておらず、金で豪華に装飾されていた。
「つまり、あの壁から向こう側は貴族、もしくは王族の領域ということですわね」
ルビーが楽しそうに答えた。
ジックス街では、あんな壁は無かったけど……見えない壁はあった。ジックス街は坂になっていて、高いところへ行くほどお金持ちが多くなっていって、街が綺麗になっていく。
中央広場より高いところへは、路地裏で生きてる時には行けなかった。
別に誰かが見張ってたわけじゃないし、行ったところで殺されるわけでもない。
それでも。
なぜか、貴族たちの住む場所には近寄ろうとも思わなかった。どうしてかは分からないけど、行っちゃいけないっていう空気感があったと思う。
そういうのを表した壁なのかもしれない。
「ま、そんな壁は冒険者にとっては美味しい壁にしか見えてないようだ」
師匠が肩をすくめる。
三階ほどの高さもある壁には、すでに何人かの冒険者が張り付いていて金細工を剥がしていた。
剣やナイフを使って、装飾品を引き剥がしている。
あ~ぁ~、綺麗なのにもったいない。
「おら、どいたどいた!」
あたし達の後ろから、ドワーフの冒険者がドスドスと丸太を担いで走ってきた。見れば、丸太には段ちがいに切り込みのような物が入ってる。
なにをするんだろう、と思ったら壁に立てかけて、切り込みを足場にしてドワーフ冒険者は器用に登って行った。丸太は転がらないように仲間が押さえている。
「簡易の即席はしごだな。ドワーフならではの技術だ」
「ほへ~」
はしごを作ってくるなんて凄い。
それだけ金に価値があるんだろうけど、このままじゃ冒険者っていうより盗賊団っぽい。あ、こういうのを盗掘って言うんだっけ。
なんだか悪いことしてる気分。
でも、これが冒険の醍醐味でもあるし、一攫千金の夢を見る理由でもある。
大当たりを引き当てた冒険者。
でもきっと。
英雄譚には残らないし、吟遊詩人は歌にしてくれないだろうな~。
「これが次の部屋に続く扉ですか」
通路から続く、装飾された壁の中央には大きな扉があった。まだ誰も先へと進んでいないのか、扉はピッタリと閉まっている。
「立派な門、というものを表現してますね」
ルシェードさんはそうつぶやきながら扉を観察する。
あたしも、同じように扉を観察した。
扉の周囲には金の装飾が紋様のように張っていて、壁は青く塗られていた。対して扉部分は赤く塗られており、まるで門の柵を表しているように縦に何本か黒い線が描かれている。
先ほどの小屋の扉と違って取っ手は無く、この扉が押して開くのか引いて開くのかは分からなかった。
でも、取っ手が無いってことは、引いて開けるとはあんまり考えられない。
やっぱり押して開く扉なのかな?
「サティス」
「あ、はい。罠感知ですか?」
「やってみるか?」
「やります!」
今度は失敗しないぞ、と気合いを入れながらあたしは扉の手前を観察した。
足跡とかは無いのでホントにまだ誰も近づいてないっぽい。だったら足元にも罠があるかどうかも気を付けないといけない。
ちょっとおっかなびっくりとあたしは床に屈んで、扉の前の床を触ってみる。真っ白な石の通路は綺麗で、でっぱりも何もない。やっぱり不思議なのは埃のひとつも無くて、綺麗なままってこと。
もしかして、この真っ白な石にも保存の魔法がかけられているとか?
だから絶対に汚れない、みたいなことなのかなぁ~。
「とりあえず……」
あたしは投げナイフを取り出して、コツコツコツと床を叩きながら進んでみる。
「ふぅ」
足元は大丈夫。
罠は無し。
でも時間をかけすぎちゃったかも?
そう思って振り返ったら、だいじょうぶ、という感じで師匠はうなづいてくれた。その隣でルシェードさんもうなづいている。
優しい~。
ルビーは飽きたのか冒険者たちに混ざって金の装飾を引き剥がしてた。
ひどい。
「どうせぶち壊されるのでしたら、自分で壊したくありません?」
あとでルビーはそう語ってた。
ひどい。
アホのサピエンチェは放っておいて。
あたしは扉に集中する。
上から下まで、右から左、左から右、と隅々まで観察した。
扉には真ん中に切れ目がある。左右で別れるっていうのは確かなんだけど、鍵穴とか開けるためのスイッチとかは、見える場所には無かった。
「む」
でも。
怪しい部分が一ヶ所ある。
ちょうどあたしの頭ぐらいの所に、良く見れば四角い切れ目があるのが分かる。
扉の中央と一本目の黒い縦のラインの間に、小さな四角の形に筋があった。
「なんだろう?」
投げナイフでちょんと触ってみる。
……しかし何も起こらなかった。
今度はしっかりと押してみるけど、やっぱり何も起こらない。四角の切れ目がへこむ訳でもないので、スイッチとかじゃ無さそう。
「う~ん?」
よし、後回し!
先に扉の隙間にワイヤーとかが仕掛けられてないかチェックしよう。と、思ったけど扉の上のほうは届かないし、床と扉の下側の隙間には刃が入らなかった。
刃が入ったのは中央部分だけ。
届く範囲でいいから刃を通すけど、やっぱり何の手応えもなかった。
「ふむふむ」
怪しいのは、やっぱり四角の切れ目だけだ。
あたしはもう一度投げナイフで四角の切れ目を触る。大丈夫っぽいのを確認して、今度は切れ目に刃を入れてみた。
縦に入ってる筋に刃を差し込んでみると――
「お」
なんかちょっと動く?
四角部分がグラグラする感じ……これ、もしかして……
「よっ、と」
ちょっと背伸びしながら、あたしは四角部分を爪で引っかくようにした。
かり、かり、かり、と引っかくと徐々に四角部分がこちら側に出っ張ってくる。ある程度、出っ張ってきたら、ぐいっと掴んで扉から引き抜いた。
「なんだこれ?」
引っこ抜けたのは四角いブロックだった。
表面は赤で塗られてるけど、内側は金属の錆びたような茶色をしている。それなりに重くて、見た目通りの金属で作られているっぽい。
どっちかっていうと、これは罠とかじゃなくて……
「もしかして鍵穴?」
「あ、止まれ!」
あたしが穴を覗こうとしたところで師匠が声をあげた。思わずビクリと身体が硬直してしまう。それぐらい、ちょっと怖い声だった。
まわりの金の装飾を引き剥がしていた冒険者たちも驚いて師匠を見てる。
「サティス。遺跡や洞窟で穴があった場合、それを覗いたり指を入れたりしてはいけない」
「は、はい……えっと、覗いたらどうなるんですか?」
「罠が仕掛けられていた場合、高確率で死ぬ」
「死……え!?」
あたしは思わず扉から身体を引いた。
「仕掛け矢が飛んで来たらアウトだ。眼球で止まればいいが、威力によっては頭を貫いてしまう。高温のガスが噴き出した場合は片目を失う程度で済むが、応急措置が遅れればやっぱり死ぬ。他にも指を入れた場合、毒針が仕込んであったり、穴の内側に有毒な物質が塗られている場合もある。まず有り得ないが、穴の向こう側に魔物であるメデューサやゴーゴンがいる場合もあるしな。その魔物と目が合うと石化してしまうぞ」
最後のは無茶な理論だが、と師匠は苦笑した。
「まぁ、それぐらい穴には気を付けろっていうことだ。穴が開いていたら、つい覗きたくなってしまう人間の心理を付いた罠は多い」
あたしは扉に開いた真四角の穴を見た。
確かに、中を覗きたくなってしまう。
「わ、分かりました。でも、じゃぁ中を確認するには、どうしたらいいんですか?」
「鏡を使う。無ければナイフの腹に反射した物でもいい」
「あ、そっか」
あたしはさっそく投げナイフの刃部分を反射させつつ、ちょっと背伸びして四角い穴を覗き込ん――
「ひぎゃああああああ!?」
ナイフに映ったのは、魔物の顔!
たぶんオーガ!
しかもめっちゃ近くにいたので、あたしは思わず悲鳴をあげて師匠の後ろへと下がった。
「ど、どうした? なにか罠があったのか?」
「いい、いえ、魔物、魔物がいました!」
「マジか!」
周囲がザワっと声があがり、ピリリと空気が冷たくなった。
冒険者たちの警戒度が上がったみたい。
あたしと交代して、師匠が扉へと近づく。あたしが調べていた分、そこまで罠感知に時間をかけず、師匠は扉をちょっとだけ見渡してから耳を付けた。
盗賊スキル『兎の耳』。
聞き耳を立てて、扉の向こうの様子を窺った。
でも……
「ん?」
師匠はいぶかしげに首を傾げて扉から離れた。
で、あたしと同じように投げナイフの腹で反射させつつ穴を覗き込む。罠が無いと分かったら、今度は直接穴を覗き込んだ。
「……サティス、ちょっと来い」
「あ、はい」
「罠は無いから安心して見てみろ」
「わ、分かりました」
師匠が大丈夫って言うんだから大丈夫のはず。ちょっとビビりながら、あたしは四角い穴を覗き込んだ。
そこに見えたのは……
「彫像?」
そこには一体の大きな彫像があった。
もちろん動いたりせず、怖い顔で立っているだけ。
牙をがおーって剥き出しにしている魔物みたいな像の顔が真ん前にあった。
「魔物を模した像だな。観察力と判断力が足りません。減点1」
「あう」
ま、また失敗しちゃった……
「師匠~」
「なんだ? この程度では怒らないぞ」
「減点がいっぱい貯まるとどうなるんですか?」
「そうだな……」
師匠は腕を組んで考える。
なんにも考えてなかったっぽいので、余計なこと言っちゃった!
「プルクラを甘やかすか」
「大歓迎ですわ。さぁ、どんどんと失敗しなさい!」
「ぜったい成功させるから、アホは黙ってて!」
「誰がアホですか、誰が!」
とりあえず、扉を開ける役目を師匠とバトンタッチした。
「師匠、がんばってください!」
「任せとけ!」
ちょっと楽しそうな師匠でした。




