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~可憐! あたしは正気に戻った!~

 あたしは床に這いつくばる勢いで師匠に謝りました。


「じじょ~、もうじわげありませんでじだ~!」


 路地裏で生きてる頃、宿に泊まる義の倭の国の商人がやっていた謝り方。

 ドゲザ。

 あの国では最大限の謝り方らしいので、全力で実行する。

 足を折りたたんで、床にぺっとり座って、顔を床につけて、腕を伸ばす。なんかこう、謝るっていうよりも、準備運動みたいな感じ。

 だけど、これがあたしが知ってる最大級の正式な謝り方。これをやった商人って、だいたいは頭を踏んずけられたり、聞く耳もってもらえずにどこかへ連れ去られたりしてた。

 なので最後の手段っぽい方法なんだと思う。


「ほれ、頭をあげろ。無事だったから大丈夫だ。あやまる必要なんて無いよ」


 師匠はそう言うけど……


「違うんです」

「なにがだ?」

「師匠が邪魔だって思っちゃったことですぅ~、うぅ~。違うんです、違うんですよ。あたし、

お腹がすいててもそんな風に思っちゃうことなんて……!」


 あと言えないけど、師匠の指が美味しそうとかちょっとでも思っちゃったので、それも謝りたかった。

 言えないけど。

 たぶん言ったら、ホントに嫌われそうで怖い。

 うぅ。

 卑怯なあたしでごめんなさい、師匠ぅ。


「だから、大丈夫だって」


 師匠はあたしを抱きかかえて無理やり起こした。

 そのまま抱っこされてしまう。


「ありゃ精神作用の罠だ。強制的に飢餓状態にして物を食べさせる罠だから、そうなってしまうのも無理はない」

「ど、どういうことですか?」


 師匠は抱っこしながらポンポンとあたしの背中を叩く。

 なんか赤ちゃんをあやしてるみたいで、ちょっと恥ずかしい。

 あたし、もっと大人なんだけどなぁ。


「精神作用系の罠。たとえば眠りに誘う罠が代表的だな。催眠系の煙や魔法の場合があるが、発動した場合どんな大声をあげたところで眠ってしまう。むしろ大声をあげる相手を疎ましく思って攻撃的になることが多い。今回の場合、パルは俺を攻撃しても不思議じゃなかったが、おまえは俺を最後まで攻撃しなかった。むしろ愛されてるのが分かって嬉しいよ」


 師匠はあたしをおろして、頭を撫でてくれた。


「落ちついたか?」


 こくん、とあたしはうなづく。


「じゃぁルシェード殿のお礼を言わないと」

「あ、そうでした」


 ルシェードさんがあたしの口に干し肉を入れてくれたから落ち着いた。しかも食べるのに時間がかかる硬い干し肉だったので、時間をじっくり稼ぐことができたみたい。

 その間に罠の効果が切れてくれた。

 もしもルシェードさんが来てなかったら……干し肉を持ってなかったら、今ごろ師匠の指を噛みちぎって、部屋の中にあった謎の怪しい出来立てほかほか料理を食べているところだった。

 いったいあの料理は何なんだろう?

 それを調べるためにルビーとルシェードさんが部屋の中を調べていた。その結果を聞くためにあたしと師匠も小屋の中に入る。

 もちろん、扉の内側は触らないようにして!


「おや、正気に戻られましたかサティスさん」

「う。あ、ありがとうございましたルシェードさん。もう少しで大変なことになるところでした」

「長丁場を予想して、保存食を持ってきたのが功を奏しましたね」


 まだ遺跡の最初のエリアだっていうのに、こんな大騒ぎになってしまってる。

 こんなペースが続けば、確かに攻略には何日もかかるかも。


「私も仲間に入れてもらおうと思いまして、休暇を前借りしました。盾役にパーティに加えて頂けないでしょうか?」

「あ、はい。どうぞよろしくお願いします」


 にっこり笑ったルシェードさんと握手した。

 凄いイケメンだなぁ~、なんて思う。甲冑のままの手で握手したのに、なんかふんわり柔らかく握手してくれたような感じ。

 あたしを小さくしてえっちなことしようとした騎士とは全然違うよね。


「ん?」

「どうしました?」

「いま、師匠がめちゃくちゃイヤな顔をしたような気がしたけど……」


 あたしの言葉を聞いて、師匠は怪訝な表情を浮かべた。

 どうした? なんのことだ?

 とでも言いたげな表情。

 あたしには分かる。

 師匠はポーカーフェイスの演技をしてる。

 きっと師匠は、あたしとルシェードさんが手を繋いだのが気に入らなかったんだ。

 ふひひ。

 相変わらず師匠は可愛いなぁ、もう。

 でも。

 罠にかかって師匠に迷惑をかけるあたしは、まったく可愛くないのでダメダメだ。

 うぅ……


「まだ精神作用が残ってるのかもしれんな。無理はするなよ」

「はい、分かりましたぁ」


 ひとまず落ち込むのをストップさせて、あたしは部屋の中を見る。中ではルビーがいろいろと調べていて、テーブルの上にあった食べ物がお皿ごと床に降ろされていた。


「あ、こういう仕組みだったんだ」


 近づいて見てみれば、料理がほかほかの出来立てに見えた仕組みは単純だった。

 テーブルに穴が開いてて、そこから湯気が出ている。良く見ればテーブルの天板は普通のテーブルと比べて二倍くらい分厚い。中にお湯を通すパイプのようなものが通っているのかも?

 テーブルの足も太く作ってあって、動かそうと思っても床に固定されてて動かなかった。

 きっと小屋の下には水を温める装置か魔法みたいなのが仕掛けてあって、それがパイプを通ってテーブル上の料理から出ていたって感じかな~。


「こんな単純な仕掛けなのに、美味しそうに見えるなんて」

「いや、良く出来てるよ。なにより窓がない部屋だから、薄暗くてハッキリ確認できなかった。知らない者、初見の者を罠にかけるには充分だ」


 今は入口のドアを全開にしているので部屋の中を隅々まで見渡せる。けど、ちょっと覗く程度だったら、光は入ってこないから、こんな単純な仕掛けで充分ってことだ。

 なにより、ドアの内側を触っちゃうだけでお腹が物凄くすいてしまったら、もう何でもいいから食べたくなった。

 むしろ腐ってても食べてしまったんじゃないかなぁ。

 なんて思っちゃう。


「師匠。この料理はやっぱり毒ですか?」

「毒だろうな」


 あたしは床に置かれた料理のお皿を持ち上げる。

 焼いてソテーにした魚は湖にいた種類と同じだけど……腐ってる様子は無い。でも、焼き立てってわけでもなくて、すっかり冷えてしまっている様子。

 一応、本物の料理っぽいけど……

 どうなってるんだろう?


「すんすん」

「食べるなよ?」

「食べませんよぅ。においを嗅いでるだけです」

「どうだ?」

「腐ってるにおいとか、そういうのはしません。これ、なんでですか? 遺跡ってずっと昔からここにあるんですよね」

「神官魔法に『セールヴァ』という保存の魔法がある。普段はあまり使われない魔法だが、長期の旅に出る場合や冬の貧しい村や集落が、食料が腐らないようにしておく方法だ。単調な味の保存食だけでは飽きてしまうからな」


 なるほど、神官魔法なんだ。

 神さまの奇跡を代行するのが神官魔法だから、神さまも凄い。

 でも、大昔から今までずっと魔法の効果が続いているっていうのも凄い。


「相当な神官魔法ですね、これは。神殿長レベルではここまでの魔法は使えないでしょう。恐らく、歴史に名を残すようなトップレベルの神官だと思われます。それほどの重要な場所だったということでしょうか?」


 ルシェードさんの疑問に師匠はうなづく。


「その可能性は高いです。恐らく、王族の霊廟かそれに近い物であると」

「なるほど、確かに」


 れーびょー?

 霊廟……?

 え~っと霊廟って、確か……お墓のことだよね?

 ここが王様のお墓ってこと?


「すると、この場所は民の生活の場……つまり城下町を表していると」

「そうなります。盗掘者への罠と同時に市民の生活の様相も表している。一石二鳥の仕組みなのかと」


 え~っと?

 良く分かんないので師匠に聞いてみる。


「師匠ししょう、分かりません」

「ん? あぁ、すまない。勝手に話を進めてしまったな。でも、素直でよろしい。霊廟っていうのはお墓で、王様や偉い人のお墓として作られることが多い。中には貴重な虫のお墓だったっていう話も残っている」


 虫のお墓!?

 じゃぁ、ここもそういう可能性があるんだ。

 水が多いから――


「魚のお墓?」

「さすがにそれは無いと思うが……だが否定する材料はまだ無い。でも、水に関係するものだっていうのは有り得るな」

「水の精霊女王とか」


 確か、精霊女王も大昔は地上にいて、肉体を持ってたんだよね?

 いま天界にいる神さま達が、まだ地上を歩いていたころ。神話時代のお話。その頃の英雄譚とかで、精霊女王が普通に登場したりするし。


「水の精霊女王ニルネアか」


 う~ん、と師匠は考えるように首元に装備してる聖骸布を触る。あたしのリボンにしている布もそうだけど、これって光の精霊女王ラビアンさまの遺体をくるんだ布。

 もしここが水の精霊女王ニルネアさまの霊廟だったら……とんでもないアーティファクトが眠ってるってこと!?

 そんなあたしの期待はすぐに終了した。


「いえ、水の精霊女王のお墓はすでに発見されてます。水の神殿の総本山がありますので、ここが精霊女王の霊廟だという可能性はきわめて低いです」

「そうか、そうだよな。ちょっと期待してしまった」


 師匠は苦笑するように黒仮面の下のほっぺたをかく。


「でも、ここまで立派な美しい遺跡ですから。精霊女王レベルの存在であったとしても不思議ではありません」


 確かに大規模な魔法で湖の水を持ち上げてしまうくらいだし、こんな広くて大きくて、しかも綺麗なんだから、きっと凄い人のお墓に違いない。


「他には何も無いですわ。罠は扉の内側だけで、あとは安全のようです」


 部屋の中を探索し終わったルビーが結果を教えてくれる。

 結局、罠を発動させちゃったのはあたしだけで、なんかちょっと残念。別の小屋でも、ちょっとした騒ぎがあるみたいだから厳密にはあたしだけじゃないけど。

 でも、ルビーもお腹がすいちゃえば良かったのに。

 椅子に座ったら発動する、とか無いのかなぁ。

 テーブルに備え付けられた椅子のひとつを引いてみて、あたしはナイフでちょんちょんと触ってみるけど、何も起こらなかった。


「ホントに何も無いんだ」

「ちょっとちょっとサティス。わたしの探索結果を信用していませんの?」

「うん」

「正直なお口でございますわね。上の口の処女をうばってさしあげましょうか?」

「もがぁ!?」


 ルビーがフェイント混じりで手を伸ばしてきて、舌をつかまれた。

 うわーん、避けられなかった!


「いひゃい、いひゃいぃ! ご、ごめんなふぁい~」

「素直に謝るんでしたらもうちょっと優しくしてくださいな。おわびに下の口は勘弁してさしあげますわ」

「よ、よかった」


 引っ張られたりしたらどうなるかと。

 うわぁ、想像しただけで痛そう……


「ほれ、仲良くケンカするのはそこまでにしておけ。ここを拠点にするぞ」

「はーい」

「了解ですわ」


 もったいない気もしたけど、毒っぽい料理は邪魔なだけなので小屋の外に出しておく。でも誰か間違えて食べてしまうのも危ないので、ゴミって感じでお皿からひっくり返しておいた。

 通路を見れば、反対側に並んでいる小屋の冒険者も同じように料理を捨ててる。たぶん似たような罠があったんだろうなぁ、なんて思った。


「さて、次はどうする?」


 安全と休める場所を確保したので、次はどうする、と師匠は聞いてくる。

 あたしとルビーは顔を見合わせてから、奥の壁を見た。

 すでに装飾の金を剥がそうとしている冒険者たちの姿はあるけど、まだ誰も扉を開いていない。

 だったら決まってる!


「奥に行きたい!」

「進みましょう」


 師匠とルシェードさんは顔を見合わせてうなづいた。


「決まりですね」

「では、行くぞ」


 遺跡探索。

 最初の部屋をクリアしたので、次は第二のエリアに向かおう!

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