~可憐! 水もしたたるイイ遺跡~
湖底にぽっかり空いたような四角い穴。
そこには階段があって、地下の遺跡に降りられるようになっている。
師匠が階段入口に罠が無いのを確かめた後、ルビーが一番に下りていった。
「ふんふんふ~ん」
ルビーのご機嫌な足取りの靴音と鼻歌が聞こえるってことは、大丈夫そう。
どうやら階段には罠が何も無かったようなので、師匠もルビーの後を追って階段に足を踏み入れた。
あたしは、師匠の後ろからちょっぴり緊張しながら四角い穴の中に飛びおりる。真っ白な階段は綺麗で、なにひとつ汚れていない。少なくとも、湖に残ってた水が穴の中に落ちていったはずなのに水分も残っていなかった。
まるで新品みたい、なんて思いながら階段を下りていく。
「あ」
階段の横には溝があって水が流れていた。流れる量はそんなに多くなくて、水が流れているな~っていうのが分かる程度。もしかしたら階段にこぼれた水は、この溝に流れていったのかも?
「パル、頭上に注意」
「あ、はい!」
そっか。
こうやって視線を自然に下げさせておいて、上に罠が設置されてるってこともあるのか。
気を付けよう。
階段はすぐに左へとカーブするように曲がっていた。それと共に地面部分を抜けたのか、右側の壁が無くなる。
「え、わっ、すっごい!」
一気に開ける視界。
地下だというのに遺跡の中は明るかった。そのおかげで遺跡の全てが見渡せる。
あたし達が下りていってる階段は高くて、下までは三階分くらいはありそう。それがぐるぐると回っていて……こういうのって螺旋階段って言うんだっけ?
手すりは無くて、ちょっと怖い。
螺旋階段の中心側には水が流れるように落ちていってる。天井からだと思うけど、いったいどこから水が落ちているのか良く分かんない。だって湖の水は全部空に浮いちゃってるから、こんな水量があるわけないし。
しかも、階段の先より更に地下へと落ちていってるので、滝みたいなドドドドっていう音がしていなかった。
それでも大迫力なのは間違いない。
「うひゃぁ」
「落ちるなよ。簡単に助けられんぞ、これは」
師匠といっしょに螺旋階段の中央を覗き込む。滝の先がどうなっているのか、どれほどの高さがあって、どれくらい深いのか。ここからでは全然分からなかった。
ひとしきり水が落ちていく様子を楽しんだ後、螺旋階段を下りていきながら、今度は遺跡の中を見る。
どうして遺跡の中が明るいのか、階段をちょっと下りた先で天井を見上げて分かった。
「空がある……?」
天井には穴が空いていた。
いや、意味不明なんだけど、とにかく空の青さと雲が見えた。
それが水の底から見上げた感じになっていて、ゆらゆらと揺れる。太陽の光が乱反射して、キラキラとした光が遺跡の中に降り注いでいた。
「師匠、魚が泳いでますよ!?」
天井の中に魚が泳いでいた。
どうなってるの!?
ホントに意味わかんない!
「マジか……うわ、マジだ」
師匠も天井を見上げて、え~、って顔をしてる。
「もしかしたら、空に浮いてる水とつながってるのか?」
「ど、どういう意味ですか?」
「遺跡の天井と空に浮かぶ水が、こう、空間的につながってて……? ん? だったら水が落ちてくるよな?」
「あたしもそう思います」
「よし、考えるのをやめよう」
「あたしもそう思いました!」
難しいことは考えても無駄だ。だって、あたし達が分かるわけないんだし。
なので、天井は無視して――次は遺跡の中を見渡した。
いくつかの建物があって、なんか家っていうか部屋みたいなのが並ぶように建っている。全て四角い形をしているけど、天井の形がいろいろだった。
三角の屋根もあるし、平たい屋根もある。
規則性は無いみたいで、屋根の形がバラバラな小屋だけど、大きさは全て同じだった。
建物はみんな石で出来てるみたいで、階段とかみたいな真っ白じゃなくて灰色をしている。屋根部分は黒色をしているので分かりやすい。
そんな建物が並ぶ中央には通路があって、それが真っ直ぐに奥の壁まで一直線に続いていた。
それ意外はほとんど水路っていうか、床が水で満たされている。ここからじゃ深さは分かんないけど、あんまり深くは無さそう。
「綺麗……」
絵本に出てきた水の神殿とか、水の街を思い出す。天井から乱反射しながら照らしてくる太陽の光で、遺跡全体がキラキラと輝いてた。
螺旋階段を続けて下りていくと、裏側の壁が近づく。
そこも真っ白な石で出来てて水がずっと滴るように静かに流れ落ちていた。苔のひとつも生えていなくて、涼し気な感じ。あたし達がコツコツと階段を降りる意外は、チロチロと水の流れる小さな音だけが聞こえてくる。
「ほへ~」
まるで神さまの住む世界みたい。
そんな風に思いながら、階段を更に下りていく。
このエリアは大きくて広いけど、更に奥へとつながるように奥の青い壁には大きな赤い扉があった。その壁は他の壁とは違って水が流れておらず、金色で紋様なものが彩られている。他にも装飾として金色の物が青の壁近くに見えた。
天井からの光でピカピカと輝いている。
「師匠、あれってホンモノの金?」
「だろうな」
「えー!? 大発見だ……」
見えてるだけで凄い量がある。
大金持ちになれそう……
「遺跡で最初に奪われるのが、ああいう分かりやすい装飾品だな。こんな綺麗な形で遺跡を見れるのは最初に足を踏み入れた者だけの特権だ」
「そっか~。綺麗なのに」
残念。
でも、宝物を探しにあたしも遺跡に入ったのだから、やってることは一緒だ。取っちゃダメなんて言えない。そんなこと言っちゃったら、ここにいる冒険者全員と戦うことになっちゃう。
いくら師匠でも勝てなさそう。ルビーは師匠を助けるけど、あたしのことは見捨てそうだなぁ~。だって、あたしのワガママだし。
ぐるぐるぐる~、と螺旋階段を下りていく。
段々と視点が下がってきて、水路や床に満たされている水があんまり深くないのが分かった。ブーツの足首くらいかな。泳いだりはしなくて大丈夫そう。
階段を最後まで下りていくと……ルビーが足を止めていた。
その隣に立って顔を覗き込むと――めっちゃ嬉しそうな表情をしていた。口が半開きで瞳がキラキラと輝いている。
恋する乙女みたいな顔してる吸血鬼だった。
「普通の遺跡ではなく、こんな美しい遺跡を冒険できるだなんて。わたしの日頃の行いの良さでしょうか」
「ぜったい関係ないと思うなぁ」
「まぁ。サティスちゃんったら乙女の感動に水を差すものではありませんよ。水の遺跡なだけに。くふふふふふふ」
「テンション高くておかしくなってるよ、ぷりくらちゃん」
「プルクラです」
「ぷりきゅ――」
「プールークーラーでぇすぅ~」
いたいいたいいたい!
ルビーにほっぺたつままれた~。
「ほら、こんなとこまで来てケンカしない」
師匠に怒られたので、ふたりではーいと返事した。
と、そんなことをしている内に、階段には罠が無いってことが分かったのか、ゾクゾクと冒険者たちが下りてきた。
みんな思い思いに感想を言いながら下りてきたので、わりとにぎやかになってくる。
「オレ一番乗り~!」
そんな中で、ひとりの冒険者が階段から飛び降りて、ばしゃーん、と水で満たされている床に着地した。
やっぱりそこまで深くなくて、足首くらいの高さの水で満たされているみたい。
「ああいうのが一番危ない」
そんな冒険者を見て、師匠がわざとらしく声をあげた。
「な、なんだよおっさん! おまえらが遅いから先に行っただけだろ」
冒険者がつっかかってくるけど、師匠は無視して言葉を続ける。
「水の中にスライムが潜んでいるかもしれん。奴らは透明で流れていない水の中にいれば、ほぼ目視での発見は不可能だ。更に水面ギリギリに仕掛けられた糸も非常に目視が難しい。なにより、この水が安全かどうか確証が無かったが――どうやら毒の類では無いようだ。毒見役、ごくろう。感謝する」
そう言って師匠は慎重に階段から下りて水の中に入った。
凄かったのは、水に入るのに音がしなかったこと。
なにより波紋もそんなに立ってない。まるで流れるように水の中を静かに歩いていく。
「おぉ~、あたしもあたしも」
盗賊スキル『忍び足』、みたいな感じでブーツを水の中に入れてみるけど……
「む、難しい……」
音はしなかったけど波紋は師匠以上に立っちゃった。更に歩くと、どうしても音が鳴っちゃう。こればっかりは成長するブーツちゃんでも難しいみたい。
「気にしていては日が暮れそうですわね。大歓迎ですけど」
そう言いながらルビーは、ちゃぷん、と遠慮なく音を立てながら水に足を踏み入れた。
なんかちょっと、うらやましい気がする……
「毒見ありがとうございます」
「勇気ある人は好きですよ。蛮勇であっても」
とりあえずスライムがいないことと、罠が無いのを確かめてかめてくれた冒険者さんにお礼を言ってから師匠の後を歩いていく。
「う、ううんんぬぬぬ」
なんか後ろで妙な声をあげてる冒険者さんに首を傾げつつ、ぱちゃぱちゃと水の床を歩いていった。
う~ん、遺跡を攻略している間にコツがつかめたらいいけど。
難しそう。
でも綺麗な水の中を歩いていくのは楽しい!
しばらく歩いていくと通路にさしかかる。この通路を中心に、左右に部屋みたいな建物がいくつか建っていて、通路を真っ直ぐ進んだ先が金色の装飾がある青い壁だった。
「まず、手前の部屋から探索するか」
「奥は目指しませんの?」
「思った以上に広そうだから拠点を確保しておくのが良い。この通路をキャンプ地としてもいいが、せっかく部屋があるんだ。利用しない手はない」
なるほど~。
「どっちにする?」
師匠の質問に、あたしとルビーは左の家を指差した。
三角形の屋根になっている建物で、木の扉がある。普通のおうちっぽい。右の家は四角い建物で金属の扉だったので、なんだか可愛くない。
「よし、ではサティス」
「はい師匠」
「罠探知やってみろ」
「あたしが!?」
「そうだ。何事も経験けいけん。やってみろ」
「わ、分かりました!」
責任重大な初めての罠探知。
が、がんばります!