~卑劣! 無自覚サークルクラッシャー~
夜明け前。
さすがに今日はルビーが修練という名の不意打ちを仕掛けてくることもなく、穏やかな朝となった。
意識が覚醒し、目をあける。
「ん?」
目の前にパルの胸があった。
ちょっと視線を下に下げれば、服がズレておへそが見えてしまっている。
可愛い。
いやいや。
そうじゃない。
どうなってるんだ、と思いつつ起き上がる。どうやらパルは寝ながら少々上方向にズレていったらしい。
寝る時はお互いに頭の位置を合わせるように雑魚寝したんだがなぁ。ちょっぴりドキドキしたのは秘密だ。鋼の心で耐えてようやく眠りにつけたのも秘密だ。
枕が無い環境だったので、身体の位置がズレるのも仕方がない。
「パル」
「――んあ、あ、はい」
呼びかけると同時にパルは覚醒し、起き上がった。周囲を確認して、まだ夜明け前の暗さだと気付いてから、くわ~、とあくびをする。
「おはようございます、師匠」
「おはよう、パル」
「湖はどうなりました?」
「まだ雨は空に落ちてるが……そろそろ水が無くなりそうだぞ」
簡易テントの位置から見える湖は、もうすっかり水が減っていて湖底が剥き出しになっている場所も見えた。
青かった景色が茶色になっている。
雨に換算すると、相当な大雨になるんじゃないかな。
テントから出て空を見上げた。
空に浮かぶ水の塊がかなり大きくなっており、風によって揺れているのが分かる。知らない人が見れば、空飛ぶ超巨大スライムが現れたのかと誤解しそうな光景だ。
「おはようございます師匠さん。パルもおはようございます」
俺たちが起きてきたのに気付いたルビーがにっこりと挨拶をしてくる。パルといっしょに、おはよう、と挨拶してから彼女の隣に座った。
すでに焚き火で朝ごはんのスープと焼き魚を作ってくれていたらしい。
夜の間にルビーが吸血鬼の能力を使って魚を獲ったのだろう。もしかしたら魚みたいな眷属を召喚したのかもしれない。
なんにしても便利だなぁ、吸血鬼。
「どうぞ」
「ありがとう、助かる」
いえいえ、とルビーが嬉しそうに笑っている間にパルはもう食べ出していた。
一歩間違えれば卑しいイメージになってしまうので、いつか貴族のパーティに放り込む時には注意しないといけない。
そんな仕事、ある訳ないが。
「なにか変化はあったか?」
魚を食べ、スープを飲みながらルビーに聞いてみる。
ルビーもスープを飲みながら答えてくれた。
「えぇ。剣が刺さっていた台座が動きました」
「動いた?」
「はい。台座がせり上がったみたいです」
「ほんと?」
パルは焼き魚をはむはむ齧りながら立ち上がって、湖岸へ向かった。行儀は最悪を通り越して最低だが、貴族だって立食パーティがある。そう思えば、なんてことはない。
まぁ、なにより冒険中とも言える状況だ。
行儀が悪いからと座って食事を続けるのは、騎士さまぐらいなもので。なんなら食事中に魔物に襲われたこともあり、食べながら逃げたり戦ったりすることもある。マナーを重視する貴族が見れば、文字通り『噴飯もの』と言えるかもしれない。
「違う違う~」
湖岸から剣の台座を見に行ったパルは、魚のしっぽを食べながら戻ってきた。残飯とか残さないのがパルのいいところだが、その理由はちょっと悲しい。
「あら、動いていると思ったのですが。気のせいでした?」
「上がったのは上がったけど、横にも動いてる」
横?
と、俺とルビーの声が重なった。
「うんうん。ちょっとだけ左側へズレてる」
「こっちから見て左か?」
「うん、こっちこっち」
と、パルは左方向を指差した。
剣の台座は湖の中心にあるわけではなく、割と俺たちが今いる湖岸に近い場所にある。そして、どちらかというと右側の岸に近いといえば近い。
ふむ。
「パル、もう一度見てこい。今度は台座までの間の湖底を観察しろ」
「分かりました!」
仕事を与えれば嬉しそうにパルは実行してくれる。
うんうん、良い弟子だ。
「師匠さん」
「ん、なんだ?」
「わたしには命令してくれないんですの?」
「一晩中夜警をしてもらったからなぁ。あんまり連続で働いてもらうのも、なんか悪い気がして」
「遠慮なさらないでくださいまし。それで、先ほどのパルへの命令はどんな意味がありますの?」
「台座が動いたってことは、あそこが入口だと思う。たぶん地下への隠し階段が台座の下にあるんじゃないかな。そうなると台座までの道が必要だろ?」
「えぇ、確かに」
「ここまで大規模な仕掛けを作れる古代人だ。むしろ現時点で古代遺産、アーティファクトが作動しているとしか思えないことになっている」
空に浮く湖の水。
ご丁寧に生き物まで空へと浮いており、遺跡への出入りで生き物が全滅することはない。
環境にも配慮した素晴らしい考えの持ち主だったようだ。
だからこそ分かること――
「さて、ルビー。お姫様はドレスの裾が汚れてしまうようなどろどろの湖の底を歩きたいと思うかな?」
「あぁ、なるほど。分かりましたわ。入口まで丁寧に降りられる物があるはずですわね」
「そうだ。むしろそこを踏み外すと危ないかもしれない」
遺跡とは、あくまで今の時代に遺されているだけで。
神話時代には、日常的、もしくは定期的に使われていた施設の可能性が高い。
そんな場所にいちいちドロドロになりながら入るとは思えないし、あせって入ろうとする人間を狙って罠が仕掛けてあるかもしれない。
「師匠ししょう~」
わたわたと急ぐようにパルが戻ってきた。
「ありました!」
「やっぱりあったか」
「どんな物でしたの?」
「階段っぽいよ。ルビーも見て見て」
「あらあら」
パルはルビーの手を掴むと、ふたりは湖に向かって走って行った。
楽しそうだなぁ。
まぁ気持ちは分からなくもない。
退屈に殺されていなくとも、ワクワクしてしまう状況だ。
しかも自分たちで発見したっていうのが大きい。
いつか勇者とじっくり話せる機会があれば。
あいつに自慢してやろう。
へっへっへ。
「うわぁ~!?」
と、ひとりでニヤニヤしながらスープを飲んでたら悲鳴が聞こえてきた。慌てて顔をあげればパルとルビーがわたわたと動揺している様子。
「どうした?」
俺はスープが入ったカップを置いて、パルとルビーの元まで小走りで移動する。
ちょうど日が登ってきて、空に浮かんだ水が太陽の光を乱反射させた。
夜明けが来たようだ。
「あそこ。なんか体が沈んでいくみたいです」
まだ完全に水が無くなっていない湖底を探索していたのだろう。冒険者のひとりが腰まで埋まっていた。しかも現在進行形で沈んでいっている。
見たところ若い盗賊。
経験の浅さに勇敢さが加わってしまった悪い例だ。
他にもちらほらと探索をしている冒険者の姿があるが、それを見て一目散に湖から逃げ出したようだ。
「助けてくれぇ!」
遺跡探索のライバルを助ける義理はない。
が、しかし――
「同じ盗賊を見捨てちゃ寝覚めが悪い」
なによりまだまだ経験の浅い若者だ。これを糧として、立派な盗賊になってくれるはず。
俺は魔力糸を顕現させ、投げナイフに通す。
だが、少々距離が遠い。
いわゆる『投擲』ではなく、普通に『投げる』必要がある。
「パル。重くしてくれ」
「わ、分かりました」
投げナイフをパルが人差し指と中指で指し示す。
「アクティヴァーテ」
その瞬間、ズンと重くなった投げナイフ。まるで鉄の塊でも持っているような錯覚になる。だが、この重さがあれば何とか風に流されず投げられるはず。
「おおおおりゃあああ!」
俺は声をあげながら投げナイフを『投げた』。
盗賊としてはスマートではなく、なんとも情けない。
だが、声は人間の力を――上限を容易く解放させる。
なにも鼓舞だけが声の重要性ではない。
瞬間的な力を引き出すには、全力で声をあげれば最大限の力が発揮される。
肩に鈍い痛みが走る。
しかし、魔力糸を繋いだ投げナイフはズブズブと沈んでいく盗賊の向こう側へと落ちた。
「素晴らしいコントロールです、師匠さん。さすがですわ――どうしました?」
「肩が終わった。今日はもう動かん」
痛い。
なんかこう、肩の関節がこすれて筋肉がミチミチィとちぎれたような。そんな錯覚がしてくれるほど肩が痛い。
痛い。
うぅ。
「あとは任せた」
もしかしたら、ルビーの城で負ったダメージが影響してるのかも? おぼろげにしか覚えていないけど、俺の肩って酷いことになってたみたいだし。
今後、肩には気を付けたほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えつつ魔力糸をパルとルビーに手渡す。
罠にハマった盗賊くんのパーティも駆けつけてみんなで彼を引っ張り上げた。
「はぁ、はぁ、うぅ、し、死ぬかと思ったぁ……うぐぅ、うぅあ~ぁ~」
引っ張り上げた盗賊くんはそのままぐずぐずと泣き出してしまう。
「泣く前にお礼でしょうが」
そんな彼をパーティメンバーの女の子が頭を叩いていた。
幼馴染だろうか。
年齢も近いし、いっしょに冒険者になったのかもしれないな。
うらやましい。
盗賊くんは生まれた時から、持っていない人には永遠に手に入らないもの『世話を焼いてくれる幼馴染女の子』を持っているようだ。
冒険者の中では勝ち組だ。
似たような例で『お世話を焼いてくれる近所のお姉ちゃん』という、これまた願ったところで来世でも手に入るかどうか分からない貴重な境遇がある。
更に亜種として『近所にお兄ちゃんと慕ってくれる妹みたいな女の子』という大変うらやましい存在もいる。
まぁ、俺は幼馴染が勇者だったがな!
この世で一番のレア状況だったけど、女の嫉妬でパーティを追放されたがな!
「ありがとうございました、ディスペクトゥスの皆さん」
パーティメンバーたちがお礼を言ってくる。どうやら俺たちの名前は彼らに浸透しているようだ。
よしよし、それだけでも巨大レクタ退治をした甲斐があるというもの。
名声が上がれば、こうやって冒険者たちにも名前が通り、いつか勇者を支援できるような優秀な人間とも縁ができるはず。
しかし、アレだな……
盗賊くんの幼馴染少女は魔法使いっぽい。
で、パーティメンバーは戦士、戦士、神官、盗賊、魔法使い。うん、バランスが取れている。
だがしかし……男5に対して女の子が1。
大丈夫?
ねぇ、君たちのパーティ、ホントに大丈夫!?
ほらぁ、盗賊くんがめっちゃお世話されてるから、戦士くんのひとりがチラチラチラチラ見てんじゃん。ぜったいこの子も好きじゃん? 神官の男の子も気もそぞろだし!
もうひとりの戦士くんがリーダーっぽいかな。俺たちに挨拶してるけど、どちらかというとパーティメンバーが気になってる様子。
アドバイスしたい。
是非とも、アドバイスしたい。
絶対にもうひとり、女の子をパーティに入れたほうがいいよ!
じゃないと、パーティがクラッシュするよ!
「なにかお礼をしたいのですが、その……手持ちが心許なくて……」
やはり、そこそこルーキーだったみたいだ。
穴を掘るだけの安全な仕事だったので、仕事を引き受けたんだろう。報酬は帰ってから受け取れるので、仕方がない。
「大丈夫ですわ。ディスペクトゥスはお礼を当てにして人助けするような集団ではありませんので」
「いや、お礼は当てにするぞ」
「えー!?」
ルビーが驚いていた。
「残念ながら義賊じゃやっていけん。というわけで、お礼にポーションを一本くれ。肩が死んだ」
「あ、はい。それで良ければ!」
というわけで、リーダー戦士くんにポーションをもらって、俺はさっそく飲んだ。肩の痛みが引いていく。引いていくってことは、これ、やっぱりダメージだったわけで。
やっぱり年も影響してるのかなぁ。
もうちょっと若返ってくれたら良かったのに。
「ほら、行くわよ。お礼を言って」
「あびばどうございまびだー」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった盗賊くんはお礼を言って、女の子に連れられて行く。そんな様子をうらやましそうに見る戦士くんと神官くん。
リーダーくんはちょっと肩をすくめている感じ。
なるほど。
リーダーくんによってギリギリ保たれているようだ。
頑張ってくれ。
こればっかりは誰にも助けれない。
「わたし、あのパーティに入って掻き乱したい欲が、こう、ゾクゾクと湧いてきます。いいでしょうか師匠さん。ねとり――」
「却下だ!」
やめてあげてください!
特に男女の恋愛でパーティがダメになっちゃうのは、俺に効く。俺にダメージが入ってしまうので、やめてあげてください。
「はぁ~……で、階段ってどこだ?」
「あ、こっちですこっち」
あはは、と笑っていたパルは案内してくれる。
そこはちょうど剣の台座に向かって真っ直ぐの位置。湖岸からなだらかな坂になるような湖底の様子だったが、良く見れば泥や土砂の間から白い物が見えてきている。
「ちょっとづつ、ちょっとづつ、階段が出てきています」
「……あぁ、確かに見えてきてるな」
湖底にほんのわずかに白い物が見えるが、一見すれば貝の欠片のようにも思える。初めから階段があると推測した状態で見ないと、まだ分からない状態だな。
加えて、台座を見てみるが……
「良く変化が分かったな、パル」
さすが『瞬間記憶』の才能。いわゆるギフト持ち。役に立つものだ。
俺から見れば、台座が上にせり上がっている状態しか分からない。横に移動しているとはまったく気付けないと思う。
人間は、一気に変化すると分かるが、徐々にゆっくりゆっくりと変化している物には気付けない。
俺は一度睡眠という行為を経ているので、余計に分かりやすい状況だったが。それでも横に動いているかどうかは、現状では分からなかった。
もし一晩中台座を監視していたら、余計に気付けなかったかもしれない。
「えへへ~、師匠に褒められた」
「おう。こっからが本番だからな」
「はい、頑張ります!」
よろしい、と俺はパルの頭を撫でた。
さぁ、もうすぐ階段があらわになるはず。そうなると、冒険者たちがこぞって遺跡へ乗り込むはずだ。
「まずは様子見からだな」
一番手は有利だが、一番罠にハマりやすい。
さっきの盗賊くんが良い例だ。
入口の罠の有無は、誰か他の冒険者パーティに任せて、安全に後から入ることにしよう。 と、俺は思っていたのだが。
そうそう上手くいかないのが俺の人生というものだ。




