~卑劣! 湖底に固定された剣~
巨大レクタが森の中にあった湖を踏み荒らし、その状況を変化させた。
水位が下がったからか、それとも体積していた泥や土砂が巻き上げられ、流されたからなのか。
湖底に突き刺さる一本の剣が姿を現した。
「大冒険の予感がしますわ!」
なにより退屈に殺されていた吸血鬼のお姫様は、今にも湖に飛び込まんばかりに湖岸から身を乗り出す。
後ろからでも分かる。
きっと満面の笑みで、瞳がキラキラしているに違いない。
「すまない、ルシェード騎士団長」
帰りに送ってもらっているのに寄り道してしまうとは、なんとも失礼な話だ。
というわけで、白馬に乗った王子様風の騎士さまに謝っておく。
「いえ、問題ありません。というか、私も興味があります。剣らしき物ですが……いったいなんでしょうね」
どうやらルシェード騎士団長も『男の子』だったらしい。
分かる。
平静を装っているが、実は俺もちょっとワクワクしてる。
湖の底に落ちている剣、というのなら全然まったく興味ない。それこそ、大昔に戦争があったような場所に行くと、地面だろうが池だろうが、朽ちた武器が見つかることが多い。
なにより、冒険者が落とした武器という可能性もある。
ここまで大きい湖だ。
剣の一本や二本落ちていても不思議ではない。
だが。
いま湖底に見えている剣。
それは、確実に湖底へと突き刺さるような形で立っていた。
抜いてくださいと言わんばかりの形で湖の底にある。
偶然にそんな形になるわけもないので、これ絶対なんか伝説の武器みたいなアレじゃね!?
と、俺の心の中に住む少年が瞳をキラキラと輝かせていた。
きっとルシェード騎士団長の心に住んでる少年も、いっしょの表情をしているはず。
なかなか話の通じるイケメンなのかもしれない。
「お~」
俺たちの中で唯一、ドキドキの冒険が始まる予感を感じていないのがパルだった。
感嘆の声を発してはいるが、俺には分かる。どっちかっていうと、剣よりも風景や湖の透明度に感動してるっぽい。
女の子らしいと言えばらしい気がする。
まぁ、俺やルシェード騎士団長はそこそこ外の景色を知っているし、綺麗な湖や川などたくさん見てきている。
それに比べたらパルはまだまだ経験不足。
大冒険の始まりよりも、綺麗な湖に心を寄せているほうが健全と言えた。
パルは盗賊であって、冒険者ではないのだから尚更か。
もっとも。
盗賊が景色に心を奪われて任務を失敗する、なんてことは無いようにしないといけないが。
「お願いがありますわ、師匠さん!」
「分かったよ」
「まだわたし、何も伝えておりませんわよ」
「言わなくても分かる」
「以心伝心ですわね! ありがとうございます! いってまいりますわー!」
一気にまくし立てるとルビーは湖に飛び込んだ。
もちろん服も脱がず、背中にアンブレランスを背負ったままで。
「「「えー!?」」」
俺とパルだけでなくルシェードも思わず声をあげる。
いまの会話、湖に飛び込む許可だったの!?
俺、てっきり調査しましょう、という提案だと思ってたんだけど。
そりゃ、発見してしまったのなら一応の正体は見極めておきたいだろうから、了承したんだけどさ。
えー。
マジでそんな浮足立ってるの、知恵のサピエンチェ。
おい、魔王サマよ。
どうしてこいつが四天王なの?
大丈夫?
実は他の四天王もヤバイやつばっかりなの?
俺、なんにもしなくても勇者に任せておけば勝てるんじゃね?
「失礼だが、師匠殿」
ルシェードが泳いでいくルビーを指差した。
「彼女、体を洗うのにお湯じゃないとイヤだと言っておられた記憶があるのだが?」
あぁ、うん。
言ってた言ってた。
お風呂が無かったので、わざわざ火を熾してお湯を温めてまでして巨大レクタの血を洗ってた。
「申し訳ないルシェード殿。あいつバカなんだよ」
お湯のほうが血を落としたり洗濯するのに効果的だという話ではあるんだろうけど。
それにしては、躊躇なく服のまま飛び込むなんて。
「あたしもそう思う。バカだバカ。あはははは!」
パルもゲラゲラと笑いながらうなづいて賛同してくれた。
ひとまず、俺たちは馬を近くの木につないでおく。その間にルビーは剣の真上まで到着したらしく、湖の中へ潜っていった。
いくら透明度の高い湖だからといって、波紋で波立ってしまえば様子をハッキリとうかがうことができない。
「ん? ん~……」
目をこらしているパルが湖の落ちないように、襟首をむんずと掴んでおいた。
「師匠、あたしはバカじゃないですよ?」
「落ちそうで見てるこっちが怖い」
「むぅ」
「いっそのこと、おまえも泳いでくるか?」
あの剣がなんであろうとも、調査が終わればルビーの服を乾かさないといけないだろうし、しばらくこの湖で足止めだ。
やることも無いので、遊ぶ分にはかまわない。
「いいんですか?」
「いいぞ。遊べあそべ」
「わーい」
もしかしたら風景にときめいていたんじゃなくて、泳ぎたくて湖を見つめていたのかもしれないな。
パルはベルトを外してから、上着とホットパンツを脱ぐ。ベルトからポーションをしっかりと外して、投げナイフとシャイン・ダガーだけにした。
「装備確認」
下着姿にベルトだけを装備して、しっかりと装備確認をしている。
よし、とうなづくと、さっそく湖に飛び込んでいった。
う~ん、眼福がんぷく。
やっぱり水辺で下着姿で遊ぶ少女は最高だなぁ!
もちろん隣にルシェード騎士団長(常識人)がいるので、ニヤニヤしてしまいそうになる口を真一文字に結んでおく。
しかし、すげぇなルシェード。
こんな可愛い美少女が下着姿で濡れているのに、穏やかな笑顔を浮かべていられるなんて。
普通の大人の反応がこれなんだろうなぁ。
やっぱ俺がおかしいんだ。
うん。
パルもルビーも美少女なので、それなりに注目されたりする。場合によっては、性癖関係なく興味がある男もいるだろう。
いわゆるモテる女の子ってやつだ。
だから、ちょっと自分が許容されてるようにに思えてしまっている感覚があるけど。
ルシェード騎士団長の反応こそが普通なんだ。
うん。
もう一度、初心を思い出そう。
ロリコンは異常性癖です。
うん。
「あはは、冷たくて気持ちいい~。師匠も入りませんか~?」
「じゃぁ足だけつけとくか」
夏のまぶしい日差しに、キラキラと輝く湖面。
この状況で何もしないのはもったいないのも事実だ。
俺はブーツを脱ぎ、湖岸から足を伸ばす。ちゃぷんと足を湖に付ければ、冷たい水が全身を冷やしてくれるようだった。
「ルシェードさんもどう?」
「お嬢さんのお誘いは嬉しいですが、これでも任務中ですので。さすがにそこまでハメを外すわけにはいきません」
「そっか~」
「ふふ。本音はいっしょに泳ぎたいです。でも、甲冑は脱いだり着たりが面倒なんですよ」
「あはは、そうなんだ」
くっ!
このイケメンめ!
女の子を笑顔にするユーモアまで持ち合わせていやがる。せめて堅苦しい人物であればいいものの、こんなにも簡単に少女と打ち解けるとは。
くやしい!
俺もこんなイケメンだったらなぁ!
「えい」
「うわぁ!?」
ルシェード騎士団長を逆恨みしていたら、パルが俺の足を引っ張った。危うく湖に落ちるところだったが、寸前で止まることができた。
「なにするんだサティス。危ないじゃないか」
「あはは。師匠が油断してるからですよ~」
そう言ってパルはすいすいと泳いでいく。気持ちよさそうだし、楽しそうでなによりだ。
「仲がいいのですね。うらやましいです」
「と、言いますと?」
ルシェードの言葉の意味を上手く把握できず、俺は聞き返した。
「私の娘も、ちょうどサティスさんとプルクラさんくらいの年齢でして。こうやって遠征ばかりしているせいか、もっと家に居て、お父様なんか知らない、と冷たくされてしまってね」
「結婚してらっしゃるのですか」
そうか、そりゃそうだ。
騎士の家系だもん、跡取りは重要だ。そりゃ結婚してるよ、うんうん。
なーんだ、このイケメン妻帯者だったかぁ~。
どうりで余裕があるわけだ。
納得なっとく。
「ははは、いわゆる政略結婚というやつでしょうか。それでも、相手が幼馴染で運が良かったです」
は?
なんだと?
幼馴染と結婚できる騎士?
そりゃおまえさん、トップレベルで運がいい人生じゃないか。勝ち組か? いやもう、勝ったも同然だなぁ、おい!
「どうしました?」
「あ、いや、なんでもない。お子さんは娘ばっかりなのかと思って、他人事ながら少々不安になったところです」
「あ、いえ、上にふたりいます。男の子ふたりと女の子ひとりです」
「なるほど。それは丁度良いバランスで」
長男が事故や病気で死んでも次男がいる。で、家柄を盤石のもとにするに長女を貴族のもとへ結婚させる。
完璧だな。
「私がそうであったので、娘は自由に好きな人と結婚してもらいたいんですけどね」
「そうも言ってられない、と」
えぇ、とルシェードは肩をすくめた。
貴族も大変だが、騎士も大変だな。
なにより、騎士の家系に生まれた女の子も大変そうだ。
せめて、有力な貴族に嫁いで欲しいもの。
そう願うしかないな。
と、そんな風にルシェード騎士団長と話していると、ダバダバと波を立てながらルビーが戻ってきた。
めちゃくちゃ泳ぎにくそうなのは服を着てるせいか、それとも背中のアンブレランスのせいか。
「どうだった、プルクラ」
「ダメです。引き抜けませんでしたわ」
引き抜けない?
ということは――
「やっぱり剣は刺さっているのか?」
「はい。湖の底ではなく、なにか台座のような物に刺さっております。その下あたりを確認したところ、どうやら人工物らしき石が見えました。もしかして遺跡ではないでしょうか」
「遺跡……か」
ふむ。
俺はこの辺りの地図を思い出す。
なぜか周囲に街はなく、村や集落すら存在しない。人がまったく寄り付かなくなってる地域であるのは間違いない。
「ルシェード騎士団長。このあたりに、なにか負の伝承が無いですか?」
「負の伝承……悪い言い伝えのようなものでしょうか」
俺はうなづく。
ルシェードは少し考えるように口を開いた。
「――いえ、パっと思い浮かぶ物はありませんね。もしかして、このあたりに村や街が無いことをお疑いで?」
「あぁ、それだ」
話が早い。
さすが騎士団長だ。
「我が国は海産物を主な資源としている国です。王の名でもあり、国の名でもあるテイスタは『貝』を意味する旧き言葉。ですので、海沿いに発展したこともあり、内陸部への進出はあまり良く思われない文化がありました。このあたりに街や村、集落が無いのは、そういった国民性が影響していると思っていましたが……」
ここに遺跡があったとなると、話は別。
ということだな。
「地図から何か分かりますの?」
ルビーの質問に、俺はうなづいて答える。
「遺跡があるってことは、昔、ここに誰か住んでたってことだ。主に神話時代になるが、神さま達が地上にいた頃に住んでた跡がこうして残ってる。で、そんな遺跡が湖の底に沈んでいるってなると……どうも災害を想像してな」
「災害ですか」
えぇ、とルシェードが説明を引き受けてくれた。
「遺跡が発見される場所は、巧妙に隠されていたり、誰もいかない場所にひっそりとあったりするものです。考えてもみてください。住んだり祈りを捧げたりする場所を湖の底に作るでしょうか?」
普段から人が利用していた場所。
それをわざわざ湖の底に作るだろうか?
「……作りませんわね。つまり、この場所。大昔は湖の底ではなく地上だったということでしょうか?」
その可能性がある、と俺とルシェードはうなづいた。
「ですが……そう考えると不自然ですわ。だって、初めから湖があったかのように穴が空いているんですもの。遺跡の周囲だけ地面がへっこんだということになってしまいますわ」
「あぁ~、確かに」
ルビーの言うことも間違ってはいない。
なにかしらで地面の形が変わってしまうのは理解できる。
今回のように巨大レクタが歩いた後は、巨大な道になってしまっているように、地面の形とはいろいろな要素で変わってしまう。
だが、それにしては恣意的過ぎないか、ということだ。
まるで遺跡を隠すように地面がへこみ水が流入して湖となった……
ん?
「隠したかったんじゃないのか」
「と、言いますと?」
「ルシェード騎士団長がさっき言ったように、隠された遺跡が発見されるパターンもある。古代人が何を考えて遺跡を隠すのかは分からないが、魔法で隠蔽するように、古代遺産アーティファクトを使用して、水の中に沈めたんじゃないだろうか」
なるほど、とルビーとルシェードも納得してくれた。
だがしかし、肝心なことを確かめられていない。
「本当に遺跡だったら、の場合だけどな」
「そうでしたわね。遺跡っぽい、というだけでアレが遺跡とは確認できておりません」
そもそも。
遺跡が湖の底にあるのなら、調査はお手上げだ。
広大な湖の水を全部抜く方法など荒唐無稽過ぎて無理な話なわけで。魔王を倒すよりも不可能な気がしないでもない。
「隠す、ということはそれを解除する方法もあるのでは?」
ルシェードが考えながら言った。
なるほど、確かに。
「隠す目的は分かりませんが、隠したということは放棄とは違います。まだ用事があったからこそ隠しておいた。そう考えれば、解除する方法もあるはず」
「それが、あの剣ということか」
ルシェードと俺はうなづきあった。
あぁ……どうしよう……
やべぇ……
めっちゃ楽しい!
「では、わたしはもう少し観察して参ります」
「頼んだ」
「よろしくお願いします」
未発見の遺跡。
それも隠されているとなると、きっとお宝がいっぱいあるはず!
もしかしたら勇者支援に繋がるようなアイテムもあるかもしれない。
なにより、ホントに冒険が待ってるかもしれない。
うひょー!
「あはは、気持ちいい~」
俺たちがわくわくどきどきしてる中で。
パルはひとり、泳いで遊んでいるのでした。
ちらちら見える白いぱんつも、言ってしまえばわくわくドキドキで濡れて透けて……ん、ごほんごほん。
なんでもないです。
はい。