~卑劣! サブクエストが開始されました!~
ぐだぐだと過ごしている内に、そろそろ夕闇が近づいてきた。
正直なところ、さっさと帰りたかったのだが……あまり早く帰り過ぎても仕事をしていないと疑われてしまう。
転移の腕輪があるからこそ、すでにこの場所にいることができているわけで。
近くの街や村で時間を潰すつもりではあったので、別にいいんだけど。
しかし、まぁ――
「ようやく服が乾きましたわ」
「お肉、美味しかったぁ~」
もろもろの事情により、なんとなく帰るというか出ていくタイミングを逃してしまった。
盗賊ギルド『ディスペクトゥス』として名前を売りたいことは確かだが、あまり正体が明確で露見しているのは、それはそれで噂の伝聞を阻害してしまう。
これこれこういう人物で、という事細かな情報より。
なんか黒い仮面を付けた怪しい三人組が巨大レクタを倒してしまった。
という情報のほうが遥かに伝わりやすいわけで。
あまり長居をしてしまうと、神秘性も失われてしまうというもの。
「思った通りにはいかないなぁ」
俺はため息をつきながら肩をすくめる。
幸いなことに忙しく働く者ばかりでじっくりと俺たちを観察する者はいない。逆にそれもどうなのよ、とは思うものの、素性の知れない盗賊ギルドを名乗る人物の扱いとしては、これが普通なのかもしれない。
まぁ、ギリギリで情報量をセーブできている……と、信じたい。
ジックス街に伝わる頃には、いったいどんな『噂』となっているのは、少々不安だが。できれば優秀な盗賊ギルドとして話が伝わってくれることを願うのみだ。
「で、師匠さん」
こっそりとルビーが話しかけてきた。
「なんだ?」
「誰か優秀な人材はいまして?」
俺の視線の意図を見抜いたらしい。
「いや、残念ながら。これといって見つからないな」
「お爺ちゃまはダメですの?」
クーゴ元近衛兵長。
決断力に優れ、胆力は若者を上回るものがある。
だが……
「ダメだ」
「あら、どうしてでしょう?」
「愛すべき家族がある」
クーゴお爺ちゃんは、結婚指輪を大事そうにしていた。
つまり、奥さんをそれ以上に大事にしてるってことだ。
きっと、立派に近衛兵長という仕事を勤め上げ、奥さんと静かに余生を暮らしているに違いない。恐らく息子も騎士をしていて、可愛い孫もいるんだろうな。
もしも、その孫が女の子であってみろ。
お爺ちゃんに何かあったら、俺が自主的に責任を取って首を切りそうだ。
物理的に。
「家族がいたらダメなんですか?」
くあ~、とあくびをしながらパルが聞いてきた。
お腹いっぱになって、眠くなってるようだ。
俺はあぐらをかいて座り、自分の太ももをポンポンと叩いて、枕にしていいぞ、と示した。
なぜかパルだけでなくルビーまで頭を乗せてきたが……まぁ、いいや。太ももじゃなくて、ふくらはぎを頭にして、ふたりは向かい合うようにして横向きに寝ころぶ。
なんかこう、キスしそうなくらいに顔の距離が近いな。
どうなってんだ、ふたりのパーソナルスペースは。
見てるこっちがドキドキしてしまう。
「師匠さんとも、この距離感で眠りたいものです」
「あたしも」
「仕方がないのでパルで我慢しましょう。ん~」
「ん~、じゃない。あたしで我慢すんな!」
ルビーはパルとケンカするのが好きだなぁ、まったく。
「ほれ、ケンカすんな」
ふたりの美少女の頭を撫でてやる。
さらさらの髪が気持ちいい。
まったくもって若いってのはいいねぇ~。勇者パーティにいる頃、賢者と神官がしきりに髪を気にしていたのを知っていたが、今となっては笑えるな。
丁寧にケアをしているおばさん達より。
何もしていない美少女のほうが遥かに髪質が上。
はっはっは! ざまぁ!
まぁ、それは置いておいて――
「ギルドの失敗で、責任を取るのは俺の仕事だからな。お爺ちゃんに任せて、俺が平気な顔をしているのはダメだろ?」
俺が始めて。
俺が作って。
俺がやりたいことなんだから。
クーゴお爺ちゃんに頼めることは、それこそ俺たちの上に立ってもらうことだ。その堂々とした振る舞いでみんなを安心させること。
それを頼んでしまうのは、ダメだ。
「俺はダメ人間だから。楽が出来るって思うと、どんどん任せてしまう。お爺ちゃんを仲間に入れたらきっと、俺は何もしなくなるよ」
それに、と俺は付け足す。
「お爺ちゃんの家族から、お爺ちゃんを引き離してしまう。それはできない」
きっとお爺ちゃんの奥さんは、ずっとずっと長い時間を待ってたはずだから。
ようやくしあわせになれた夫婦のはずだから。
だから、それを引き剥がすことはできない。
俺には無理だ。
「なるほど、分かりました」
「師匠は優しいです」
「俺は優しくなんかないさ。ただ卑怯で卑劣なだけ」
年を取った女たちの恋路を邪魔してしまう程度には、空気が読めないダメ人間。
逆恨みされて、こんな所にいる程度には優しくない。
それこそ、ルビーに大人の女のフリをしてもらって勇者を寝取ってもらいたい。そうすりゃいろいろ諦めがついて、平和で堅実で優秀な勇者パーティになるんじゃないかな。
まぁ、その時にはルビーが生きてるかどうか分からないけど。
ぜったいあいつら復讐としてルビーを殺そうとするだろうしさ。
いっそ死んだフリをしてもらうのもいいかもしれない。
なにもかも解決して、平和な勇者パーティの出来上がる……かもしれない。
「う~ん」
「どうしました、師匠さん?」
「なにが良い方法なのか、分からん」
パルを勇者パーティに加えて、ルビーが勇者を寝取って、賢者と神官の恋を終わらせる。
完璧なようで、なにひとつ具体的な方法が浮かばん。
そもそもあいつの女性の好みってどんなだ?
ロリコンではないのは確かだ。うん。俺なら分かる。あいつの幼女を見る目は普通の人間だった。うん。大丈夫。性癖が狂ったのは俺だけで――
ん?
いや、待てよ。
俺がロリコンになったのは、『年を経たことによる女』であるところの賢者と神官に辟易したからだ。
勇者もまた迷惑を受けて、辟易しているはず。
つまり、以前は大丈夫だった。だが、今は大丈夫だという保障はできるだろうか?
いや出来ない!
「ど、どうしたの師匠? なんかすっごい怖い顔してる」
「夢を……夢を思い出した……」
ルビーの城から、死にそうになって戻ってきた時。
俺は夢を見た。
勇者がパルとルビーを手籠めにした夢!
ぜったいに勇者をぶっ殺してやる、と心に誓った夢を見た。
あの夢を。
思い出してしまった。
あれは……
あれは……恐ろしい夢だったなぁ……
それが現実になる可能性があるわけか。
怖い。
恐ろしく怖い……
「夢? どんな夢ですの?」
「いや、まぁ。え~っと、パルとルビーが別の男に取られる夢だ」
嘘には本当のことを混ぜればいい。
なんか半分以上がホントのことだけど、誤魔化せればもうなんでもいいや。
「あはは、大丈夫ですよぅ。あたしは師匠一筋です」
ノンキに笑う弟子の頭を撫でてやる。
「ありがとう。でも、俺よりも優しくて強くて将来性があって、いっぱいごはんを食べさせてくれるヤツでもか?」
「当たり前ですよ」
パルは、少し眠そうな感じで。
むにゅむにゅと口を動かしながら言った。
「だって、その人はあたしを助けてくれませんでしたから。だから、師匠が好きです」
「……そうか。早い物勝ちか」
「そういう意味じゃないのにぃ~」
「師匠さんの照れ隠しですわよ。そういうことにしてあげるのも、女の役目ですわ」
「なるほど。師匠、運が良かったですね。もうちょっと遅かったら他の人にあたしが取られてましたよ」
俺は肩をすくめながら苦笑した。
そんな未来もあっただろう。
でも。
こうやってパルとルビーが俺の足を枕にして寝ている現実が、どこか偶然ではないような気がしている。
きっと、たぶん、恐らく。
成るべくして成った。
というやつなんだろうなぁ。
「んふふ~」
まぁ、パルがしあわせそうに笑ってくれているので、何の文句も無い。
そのまま日が落ちて、辺りはお祭や宴のように盛り上がりながらも。
不思議と俺たちに話しかけてくる者はいなかった。
一晩明けて――
「では、そろそろ俺たちは帰ります」
朝食を騎士たちにお世話になった後、俺たちはクーゴお爺ちゃんに挨拶をした。
「うむ。褒美も渡せず、すまんな」
本来なら国を救った英雄としてもてなされるところだが、俺はそれを辞退した。
その名声は逆に邪魔となる。だったら盗賊ギルドとしてでなく、盗賊エラントとして英雄になったほうがマシだ。
「あくまで名声が欲しかったので。そちらのほうはよろしくお願いします」
「心配せんでも自然と広がるわい。俺のほうでもしっかり伝えておく。仮面の変なヤツらだったってな」
カカカ、とクーゴお爺ちゃんは笑った。
ま、それぐらいが丁度いいんだ。高尚過ぎてでもダメだし、だからといって胡散臭くてもダメ。
確実に盗賊ギルド『ディスペクトゥス』という者が存在していて、どうやら優秀らしい。という具合の情報が一番だ。
あとはそれこそ各地の盗賊ギルドが補ってくれるはず。
ジックス街からルクスが放った情報に、学園都市から学園長が流してくれる情報もあるはず。
それらを合わせると具体的な姿が見えてくるだろう。
人というのは、他人から与えられた情報だけでは信用しない。
自分で掴んだ情報こそ『正しい』と認識してしまうものだ。
だからこそ、あえて不確実な情報が流れるほうが都合がいいわけで。お爺ちゃんが冗談のように語る話こそ、理想的だった。
「では、そろそろ失礼します」
「待て待て、ディスペクトゥス。せめて見送りはさせろ」
そう言ってお爺ちゃんが呼んだのはルシェード騎士団長だった。斥候の役目を担っていた彼らの騎士団は、巨大レクタが討伐された今となっては手が空いているのかもしれない。
「英雄の帰還だ。見送ってやってくれ」
「わかりました」
相変わらずのイケメンっぷり。
そんな顔でにっこりと笑いかけられたら、街娘なんか一撃、村娘なら全財産を貢いでしまいそうだ。
「では帰りもプルクラさまが私の馬に乗りますか」
「えぇ、ご一緒させてもらえるかしら」
「もちろんです」
というわけで、ルビーがルシェード騎士団長の馬に乗り、俺とパルは別の馬にふたり乗りをすることになった。
「では、クーゴお爺ちゃま。どうぞ長生きしてくださいな」
「ばいばーい、お爺ちゃん」
「お世話になりました」
おう、と一言だけの挨拶を返して、お爺ちゃんは手をヒラヒラと振る。ばいばい、という挨拶じゃなくて、早く行け、という意味だ。
それに苦笑しつつ、俺たちは馬を走らせる。
本当は転移の腕輪で帰る予定だったんだが、断るっていうのも変だし。頃合いの良いところでルシェード騎士団長には帰ってもらおう。
リダの街に戻ることを伝え、俺たちは巨大レクタが通ってきた真っ直ぐな道を進んでいった。邪魔な物がなにひとつ無くなってしまっている通り道は、皮肉なことに便利に利用できるのかもしれない。
舗装されたかのような真っ平な道を馬で走っていくと、すぐに森にさしかかる。が、木々が薙ぎ倒されているので行きよりも速く移動できそうだ。
「ん?」
しかし、俺の目論見は外れた。
巨大レクタの通り道が、どうにもぬかるんでいる。水分を大量に含んでいる様子で、馬が走りにくそうだ。
雨は降っていないはずなのに、なぜだ?
先を走るルシェード騎士団長が速度を緩め、隣に並ぶ。
「恐らく湖が決壊したのでしょう」
「あぁ、そうか」
巨大レクタは地面を削り、押しつぶすようにして歩いていた。森の中に湖があったので、その一部が削られたせいで漏れ出たのだろう。
「綺麗でしたのに。残念ですわね」
「寄り道してみますか?」
特に急いでいるわけでもないし、湖がどうなってしまったのかは個人的にも気になる。
もしも綺麗な風景が台無しになってしまったのなら、それもまた確かめておきたくなるものだ。
ぬかるみを避けるように森の中へ入り、ゆっくりと馬を走らせる。
森の中の湖はすぐに見えてきた。
「あらら」
大部分はそのままに残っているのだが、一部が削られていた。巨大レクタが通ってしまったので、湖岸が削られて無くなり、そこから水が流出したのだろう。
湖面の位置が下がって、一部の茶色い岸が丸見えになってしまっている。
綺麗な風景だったが、ちょっとだけ魅力度ダウンだな。
「仕方ないな」
湖に住む生き物に影響が無かったのが不幸中の幸いか。濁っていたであろう湖は、すでに綺麗な水に戻っていた。
透き通る湖の中に、魚影がちらほらと見える。湖底までバッチリと見えるほど、本当に綺麗な湖だ。
「ん? ねぇねぇ師匠。あれなんでしょう?」
そんな中、パルが湖の一点を指差した。
なにか生き物がいるのかと思ったが、違った。生き物ではなく、どうやら湖の底に何かあるようだ。
「あれは……剣か?」
透明度が高いおかげで深い湖の中を見通すことができる。少々なだらかな坂になって深くなっていった先に、十字の形をしている物が見えた。
およそ自然物では有り得ない形であり、十字を代表する物と言えば剣だ。
しかし、湖底に落ちているのならまだしも、どうして十字に立っているのか。
目を凝らして観察してみるが……ちょっと馬の上だと難しいな。
「おーい、プルクラ」
仕方がない、と俺はルビーに声をかけた。
「なんですのー?」
「あそこに剣らしき物があるんだが、見えるか?」
「なんですって!?」
予想以上にルビーの瞳が輝いた。
「これは、大冒険の予感がしますわー!」
そう叫んで、ルビーは我先にと馬を降りて湖に身を乗り出すのだった。