~卑劣! 顎が疲れるって聞くとドキドキしちゃう~
巨大レクタの解体作業はどんどん進んでいき、それと同時にルビーの体も綺麗になっていった。
いや、体は簡単に血が落とせたのだが――
「やっと綺麗になりましたわ!」
問題は服だ。
なにせ血が付いただけでも大変なのに、それが完全に乾いてしまっていたわけで。
素っ裸で服を洗い続けるルビーをチラチラと見てしまうのは、どんなに騎士道を遵守している騎士たちでも無理というもの。
「英雄を隔離するみたいで申し訳ない」
そう言いながらルシェード騎士団長は、騎士たちの休憩場所として張っていた天幕を利用して、簡易的なカーテンを作ってくれた。
角度によっては丸見えだが、それによって明らかな覗き行動に出るしかなく、騎士にとっては言い訳不可能な恥ずべき行動となる。
「すまないルシェード殿。思った以上に服の血が落ちないようで」
「ははは。美しい花にはトゲがあると言いますが、プルクラさんのトゲは部下たちにとって毒になりそうです」
男ばかりの騎士キャンプ地に、そりゃ美少女がひとり居るだけで集中力が欠けてしまうというもの。
ましてやそれが素っ裸となれば、言わずもがな。まだまだ子どもと言えるルビーの体でも、相当に魅力的に見えてしまうんだろうなぁ。
「プルクラさんが少女で良かった。もう少し大人であれば私も危ないところでしたよ。お若いのに大したものだ」
ルシェード将軍は、冗談のように言ったが……別の意味が含まれているようだ。
つまり、おまえらは何者だ、と。
イケメンの視線が、そう訴えていた。
「なに、ちょっとした体力が有り余っている若者ですよ」
俺はワザとらしく肩をすくめておく。
本当のことを説明したって分かってもらえないだろうし。
「そうですか」
「えぇ。俺たちは盗賊ギルドです。それ以上でもそれ以下でもない」
真実を語る気も、嘘を付く気もない俺を見て、騎士団長さまも肩をすくめた。
「分かりました。そういうことにしておきましょう。では、何か困ったことがあれば盗賊ギルド『ディスペクトゥス』に依頼することにします」
「えぇ、どんな依頼でも任せてください。ただし、暗殺だけは勘弁してください」
俺は巨大レクタの遺骸がある方向をちらりと見た。
そっちには、解体現場を見学しに行ったパルがいる。
パルに人間を殺させることだけは……させてやりたくない。
もちろん、状況によっては人間と敵対することになるかもしれない。今までだって、パルが人間の悪意を受けたことは多々あったはずだ。
孤児院でも、路地裏でも。
そして、俺の弟子となって冒険者として活動していた時も。
パルの敵となった人間はたくさんいた。
でも。
だからといって、パルに暗殺をやらせたいか、と言われたら俺は首を横に振る。
それは、勇者の隣に立つ者としての清らかさのようなものじゃなくて。
なんというか、パルの無垢な部分を守りたいような。
人を殺してしまうことによって、パルの何かが壊れてしまうような。
そんな気がしてしまうから。
だから、パルには『暗殺』を教えない。
教えたくない。
もちろん、それはルビーにも言える。
ルビーは魔族であり、吸血鬼であり、魔王直属の四天王であり、人間たちを支配していた領主でもある。
だからこそ。
人間を『暗殺』して欲しくない。
「安心してください。残念ながら、そんな予定はありませんので。狙われる覚えはあっても、狙う相手はいませんから」
「騎士さまも大変だ」
今度は俺が肩をすくめた。
お互いに肩をすくめて、お互いに笑い合う。
大人の付き合いってヤツだなぁ。
イヤになってしまう。
いつの間にか、子どもの時みたいな感情のままに相手と応対することが無くなってしまった。
それは成長なんだろうか。
それとも、狡猾になったのか。
無垢と無邪気を司る神、大神ナーに聞いてみたいところだ。
「テイスタ王都を訪れた際は、是非騎士団にも立ち寄ってください。充分に御もてなしをしたいと思います」
「ありがとう。期待してるよ」
ルシェード騎士団長と握手して、縁を深めておく。
勇者支援として、魔王領に騎士団を送り込めればいいが……それは期待できない。だが、この縁も何かに使える可能性がある。
横の繋がりは重要だ。
「では、失礼します」
まだまだ忙しそうなルシェード騎士団長。
ちょっとした休憩時間を利用して訪ねてくれたらしい。貴重な休憩時間の大半を目隠し製作に費やしてもらったのは申し訳ない。
テイスタ王都に行く用事があったら、お酒でも差し入れしたほうがいいかもしれないな。
「見てください、師匠さん! あとは乾くのを待つだけですわ」
せっかくのカーテンをシャーっと勢い良く開けてルビーが綺麗になった服を見せる。
近くにいた騎士が驚いて逃げていってしまった。
「はぁ~……せめて下着を付けてくれ」
「まだ乾いていませんもの。生乾きではこうとすると、くるくるって丸まってしまいます」
女の子の下着って大変だなぁ……
だからといって全裸でいられるのも困る。
お湯を沸かしていた火を利用して、さっさと乾かして欲しい。
「では、師匠さんはこちらを」
ルビーはぱんつを手渡してきた。
「……」
どっちかっていうとブラのほうが良かったのだが……?
なんかこう、火を前にして、ぱんつをかざしながら裸の美少女と並んで座っているのは、なんとも言えないシュールな光景になるのだが?
大丈夫?
ちらちらとカーテンが揺れて、チラチラと視線が俺にまで通っているんだけど、大丈夫?
俺の名誉とか名誉とか名誉とか!
なんかそういう大切なモノが傷ついてないかなぁ!?
「師匠ししょう!」
俺がひそかに騎士の皆さまからの評価が下がっているところ、パルが元気良く走って戻ってきた。
筋肉痛は平気っぽい。
これが若さか。
「見てください、これ!」
パルが持ってきたのは……大きな肉の塊だった。
どうやら焼き立てらしく、ほかほかの湯気が立っている。充分に火を通すためなのか、表面は焦げる寸前の黒茶色になっており、カリッカリに焼けているようだ。
「パル、もしかしてそれ……」
「巨大レクタの肉でしょうか……」
「うんうん! 美味しそう!」
あぁ……
まぁ……
うん……
そりゃぁ、パルだったら食べるよなぁ。
「どこの部分ですの、それ」
「あ、聞いてなかったや。どこだろう?」
茶色いブロック肉を見ても、もはやどこから切り出した肉なのか分からない。
まぁ、そもそも。
どこの部位であろうとも、まったくこれっぽっちも食欲をそそられることはないのだが。
「他にも食ってる人がいたのか?」
「いえ、誰も食べてませんよ? 解体の見学をしてたら、おっきな肉の塊があったので。いらない部分だってみたいなので、自分で切り取って焼いてもらいました」
えっへん、とパルは小さな胸を張る。
なんでこいつ、こんなに誇らし気なんだろうか。
俺には分からん。
「よし、パル。食ってみろ」
「はーい」
パルは何の躊躇もなく肉にガブっと噛みつく。
「んぐ?」
だが、簡単には噛みちぎれず、肉を持って首を横に動かした。どうやら相当硬い肉のようで、ブチブチと繊維が切れるようにしてようやくちぎれる。
口の中いっぱいに肉を頬張ったパルは、もっちもっちと咀嚼した。
「美味いか?」
「かはひへふ」
「なんだって?」
「はふぁひへす」
「え?」
「ん、んぐ。かたいです、師匠」
「だろうな。味は?」
「う~ん……肉味?」
「よし、ぱんつ乾いたぞルビー。さっさとはいてくれ」
「うふふ。師匠さんに乾かして頂いたぱんつをはけるなんて。さぞ気持ちがいいでしょうね」
「誰が乾かしてもいっしょだ」
「あーん、そんなこと言わないでくださいまし」
「ちょっとぉ! 無視しないでよぉ!」
パルが怒って肉を差し出してくる。
「はい、師匠」
「俺も食うのか……」
「いっしょに食べましょうよぅ」
「むぅ」
仕方がない。
パルが差し出してきた肉のはしっこに噛みついて、噛みちぎ――れなかったので、パルに引っ張ってもらった。
ブチブチィと繊維がちぎれる感触がして、ようやく噛みちぎれた。
いや、もう――硬った!?
なんつぅ硬い肉だこれ!?
というかこれ、筋肉なんじゃないのか? 油分とかまったく無い感じだし、普通に噛みちぎれる気がしない。
味は……うん、なんかあんまり味がしないな。薄い肉味? 淡泊って表現したらいいんだっけ? 塩でも付けたら、ちょっとはマシになるかもしれない。
だがまぁ……あまり美味しい物じゃないなぁ。
味付け次第では食べられなくもない。硬くない部分を見つけられれば、の話だが。
もっちゃもっちゃ、と俺は肉を噛み続ける。
いっこうに咀嚼できないので、はしっこから擦りつぶすように奥歯で噛んでいった。ぶちぶちぶち、という繊維質を感じるので、たぶんこれやっぱり筋肉部位なんじゃないかなぁ。
あの巨体を持ち上げるほどの力があった巨大レクタの筋肉。
そりゃぁ硬いに決まっている。
「はい、ルビーも」
「わたしも食べるんですのね……」
ようやく全裸じゃなくなってくれたルビーもパルの差し出した肉を食べる。やっぱり硬そうに引きちぎって、噛み切れない様子でもっちゃもっちゃと顎を動かしていた。
「今まで食べてきた肉って、相当に美味しかったんですのね」
「あぁ。感謝しないといけないな」
俺とルビーは、牛とか豚とか鳥とか、その他もろもろの食べられている肉に感謝した。
命を頂く行為。
無駄にせず、しっかりと食べよう。
だって美味しいのだから。
「えー、レクタも充分に美味しいと思うんだけどなぁ。がぶっ」
……路地裏出身者は強かった。
まぁ、そうだよな。
残飯を食べ、泥水をすすっていたような食事に比べたらよっぽど高級な料理だ。
そして、まだまだレクタの肉を美味しいと思えるほど、パルは路地裏生活を忘れていないのかもしれない。
まぁ、もしかしたら。
ただただ単純に食い意地がはっているだけの味オンチ。
なんて可能性もあるけど。
「せっかくだ。もう一口もらえるか?」
「はーい。師匠、あーん」
「あーん」
がぶっと噛みついて、思いっきり引きちぎる。どう考えても恋人同士がイチャイチャと食事をしているような光景にはならないので、なんだか面白い。
「師匠さんがニヤニヤしていますわ。美味しいのでしょうか。パル、もう一口もらいます」
「いいよ~。でも、ここはあたしが食べるから。ルビーはこっちね」
「今さら間接キスくらい欲しがらないでくださいまし」
「いいじゃんいいじゃん!」
「ま、いいですわ。師匠さんの間接キスは譲りますので、一口くださいな。あーん」
「はい、どうぞ」
ぶちぶちぶち、という豪快な音が、女の子同士で食事している風景の微笑ましさを帳消しにしてしまう。
なんだろう。
凄くもったいない。
とりあえず、ルビーの服が乾くまで、俺たちはひたすら硬い肉をもっちゃもっちゃと咀嚼し続けるのだった。
結果――
腰だけでなく、顎も筋肉痛になりました。
「顎が疲れた……」
さすがの食いしん坊娘も、噛み続ければ口が疲れてしまうらしい。
あわわわ、と口をあけてほっぺたを人差し指で揉みほぐしている。
「パル。それ、師匠さんの耳元でささやいてみるといいことが起こりますわ」
「え、そうなの? ねぇねぇ、師匠ししょう~」
「来るな! 寄るな! ささやくな!」
「えー!?」
なんか変なこと想像しちゃって、ドキドキしちゃうのでやめてください。




