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~卑劣! 切り札とは必殺技のことではない~

 せーの、とふたりの少女に引っぱられ。

 俺はひとつ上の皮膚のたるみへ、登った。


「ふぅ」


 ひとまず最下層から脱出した気分で、俺は胸を撫でおろした。

 まったくもって死ぬ覚悟もしていないところで死にかけると、さすがにビビってしまう。

 勇者パーティにいた頃は、毎日死を覚悟して生きてたんだけど。


「俺も年だなぁ」


 油断もあり、おごりもあり。

 そんな具合か。

 肉体年齢ではなく、精神的に慢心する年齢ということだ。

 まったくもって情けない。

 はぁ~、と巨大レクタの皮膚のたるみに腰をおろしつつ肝を冷やした空気を吐き出した。


「師匠、ここからどうするんですか?」


 巨大レクタから落下することは免れたのだが、まだまだピンチは続いている。

 なにせ、レクタは俺たちをきっちり敵だと認識して、頭の上から落とそうと動いたのだ。ただの防御的反応ではなく、攻撃だったのは間違いない。

 と、いうことは――


「来ますわよ!」


 ぎょろり、と少しだけ顔を出した巨大レクタの目が動く。甲羅のすきま、皮膚のたわみにいる俺たちを認識し、首を伸ばす。

 つまり、皮膚のたわみを無くそうという魂胆だ!


「走れ!」

「どどどど、どこにですか!?」

「前足だ!」


 今の場所からでは甲羅の上側には高くて手が届かない。だが、前足の――人間でいうところの肩部分というか、二の腕部分に向かえば高低差は無くなる。

 そこからならジャンプで届かなくはない。

 にゅぅ、と巨大な首が伸びていくごとに皮膚のたわみが無くなり、足場が消えていく。


「こっち見てますわよ!」

「ひぃ~!」


 巨大レクタは首を伸ばしつつ俺たち見た。首は思った以上に可動域が広く、器用に首を曲げて俺たちの姿を視認している。


「やーだー! こわいー!」

「しっかり前見て走れ!」

「はいぃ!」


 パルには少々、いや、かなり刺激的な仕事だったか。

 でも、今さら後悔したところで遅すぎるので、しっかりと生き残ってもらわないといけない。


「飛び移れ!」

「はい~!」


 首のたるみが無くなる直前で、俺たちは前足部分に向かって跳ぶ。まるでゴツゴツした岩のような肌の上に転がりながらもなんとか乗ることができた。

 一番後方だったルビーはギリギリで前足部分につかまって、体が投げ出される。俺とパルは慌ててルビーを引っ張り上げた。


「ん~~~っ、大冒険ですわぁ!」


 起き上がりすぐに状況確認……と、思ったらルビーが感動にうち震えていた。

 一番死にかけたくせに余裕そう。

 その精神構造がうらやましいです。


「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った」


 ルビーとは対称的に、パルは四つん這いになって肩で息をしていた。

 走ったことによる疲れではなく、精神的な負荷での疲れだ。冷や汗で額の金髪が張り付いている。


「まだだ。顔をあげろパル。さっさと立て」


 もちろん、俺たちが腕の乗ったことは巨大レクタも視認している。

 だったらまだ妨害は続くはずだ。


「うわわわ、今度は手!?」

「引っ込めて落とす気ですわね」


 レクタは俺たちを体から落とそうと、今度は手を甲羅の中に引っ込める気らしい。ズルズルと引きずるようにレクタの腕が甲羅の中に引っ込んでいく。

 ふむ。


「コイツ、知能はあまり高くないのか」


 もしも――

 もしも俺だったら、甲羅に手を引っ込めやしない。そのままバタバタと腕を暴れさせて疲弊するのを待つ。

 今、甲羅に手を引っ込めることは――


「甲羅に飛び移れ!」

「あ、はい!」


 甲羅の中に引っ込められる手。

 その腕は、限りなく甲羅に近くなる!

 ぶっつけ本番の一発勝負だ!


「今だ!」

「とー!」

「ほっ、ですわ~」


 なんかひとり、めっちゃ余裕のお嬢様がいたけど気にしない。

 俺たちは加速しつつ引っ込んでいく巨大レクタの手から甲羅の縁へとジャンプして掴まった。

 足元を物凄い勢いで甲羅の中に引っ込んでいくレクタの手。ゴツゴツした足の皮膚が通り過ぎていく。

 もしかして落とそうとしたんじゃなくて、甲羅の中に引きずり込もうとしたんだろうか。

 押しつぶされながらミンチにされるところだったらしい。巨大レクタは、その攻撃手段が一番なんだろうか?

 タイミングが遅れたり、掴まり損ねれば最期。

 甲羅の中で圧殺されるのは避けられない。

 次に俺たちが外に出た時には、俺とパルはぐちゃぐちゃに混ざり合ってたことだろう。


「ある意味しあわせな死に方か……いやいや」


 俺とパルの肉団子から吸血鬼のルビーが出てくると思うので、そりゃぁもう阿鼻叫喚の地獄が生まれるに決まっている。

 想像しただけでも新しい魔王誕生という儀式みたいな様子なので、思考を放棄して甲羅の上へとよじ登った。


「し、師匠~ぉ~」

「よく頑張った、いま引き上げてやる」


 ヘロヘロになってしまったパルの手を取って、甲羅の上へと引き上げる。ルビーは自力で上がれたようだ。


「た、助かったぁ~。ホントに死んじゃうかと思ったぁ」

「楽しかったですわよ?」

「ルビーはマグを外してから言って」

「そんなことをしたら太陽の光で燃えて死んでしまいます」

「それを言ってんの!」

「なるほど?」


 吸血姫は分かっていないようだ。

 知恵のサピエンチェ、恐るべし。

 なにはともあれ、とりあえず全員無事だったので良かった。


「さて、どうしましょうか師匠さん。壁の上でお爺ちゃまがせせら笑っているような気がしますわ」


 額に手を当て、ひさしを作りながらルビーはレクタの前方に作られた土の壁を見ている。

 確かに頂上でクーゴお爺ちゃんが見てるな。

 表情までは分からないけど、たぶん笑われてそう。

 それ見たことか、と言わんばかりに。


「おかしいなぁ~。もっとスマートにカッコよく終わらせるつもりだったんだけど」


 スマートに優秀に仕事を解決する謎の盗賊ギルド。

 というイメージは、早くも崩れ去った。

 とりあえず、一生懸命頑張ってくれる盗賊ギルド、というイメージになりそう。

 まぁ、それでもいいけど。


「人生そんなものです。予定通りに行くほうが少ないですわ。それに、こっちのほうが退屈せずに済みます」


 退屈のほうがマシだ、という言葉は飲み込んでおいた。

 きっと、長くを生きる長命種にしか分からない悩みであり、おいそれと人間が吸血鬼に対して言って良いセリフじゃないと思う。

 もっとも。

 人生が予定通りにいかないって言葉は同意だ。

 なにせ、勇者パーティにいるはずだった俺が、こんなところで死にかけてるんだもん。魔王領で死にかけているほうが、よっぽど予定通りだ。


「ルビーが楽しんでくれてなによりだ」


 肩をすくめつつそう言って、俺は甲羅の中央部に向かって歩き始めた。

 多少はジタバタして揺れているが、先ほどの比ではないので歩くのはたやすい。パルも転ぶことなく平気で歩いているし。

 成長するブーツも、揺れる地面の走り方を学習して能力アップしたのかもしれない。

 巨大生物の上を走る経験など、二度と活かされないと思うが。


「師匠さん。頭を狙っていたようですが、どうするのですか?」

「仕方がないので作戦変更。お互いに苦しい結果になりそうだ。すまないがルビー。息はどれくらい止めておける?」

「試したことはありませんが二週間くらいは平気です。以前、湖の中で暮らしてみた経験がありますので」

「なにやってんの、吸血鬼?」


 ごもっともなツッコミを入れるパルだった。

 パルが入れなきゃ俺がツッコミを入れていた。

 なにやってんの?


「地上に飽きたので水の中へ行ってみただけです。非常に不便で楽しかったですわ」


 退屈に殺されるとこうなってしまうのか。

 恐ろしい。


「今度は月に行ってみたいものですわね。三日くらい飛び続ければ到着するかしら?」

「まぁ、がんばってくれ」


 月と太陽はぐるぐると世界を回っているので、到着するのは難しそうだ。

 ドラゴンの背に乗って太陽に向かった英雄の話が伝わっているが……月にも頼めば連れていってもらえるかもしれない。

 まぁ、しかし。

 ドラゴンが背中に乗せてくれるなんて、それこそ気に入った人間だけ。どれだけ財宝を積んだところで、よっぽどの仲を築かない限り背中には乗せてくれないだろう。

 加えて。

 会うのだけでも不可能に近いが。

 龍種と人間種のハーフだと言っていたハーフ・ドラゴンのナユタならば何か知っているのかもしれない。

 今度会ったらドラゴンの話でも聞いてみよう。

 さて、いまは巨大レクタだ。

 知能を鑑みるに、やはり霊獣でも神獣でも幻想種でもなく、ただの野生動物。まぁ、あえて分類するとしたら霊獣だろうか。亀を信仰の対象とする地域もあるくらいだ。


「ふぅ」


 甲羅を登り、中央までやってきた。

 そこから少し奥へ移動したところで俺を片膝を付き、手のひらを甲羅に押し当てる。


「やっと見れるのですね、師匠さんの手品が」


 ルビーが俺のそばにちょこんとしゃがみ、キラキラした瞳で覗き込んできた。彼女には、作戦を伝えた時に口頭で説明をしている。見せるのは、今回が初めてだ。

 だが――


「残念ながら種は見せられないぞ」


 そう言いながら、俺は拳を握り込む。

 右手の中に亜空間を顕現させた。

 それが、いったいどんなもので、手の中はどういう状況になっているのかは俺にも分からない。それでも確実に右手の中に別空間が発生している。

 勇者パーティのメンバーである賢者はこれを『亜空間』と呼んでいた。

 亜とは、すなわち『次』を表す意味だ。

 こちらの世界に対しての二番目の世界として賢者は認識していたようだ。

 だが――今となっては、それは違うのかもしれない。

 俺は、改めて右手の中の空間を認識する。

 これは亜空間ではなく――

 もしかして、深淵世界なのではないか。

 転移やメッセージの巻物が関係する、世界の外側。

 この世界を一冊の本と仮定するならば、深淵世界は本の外側に当たる。

 亜空間とはすなわち。

 深淵世界のことではないだろうか。

 つまり――

 いま、俺の右手の中には深淵世界への入口が繋がっている状態と考えられる。

 そして、手の届く範囲の物体だけを、深淵世界に放り出して……俺はそれを掴み取っている。

 賢者が便利に収納していた亜空間も。

 ただ単純に深淵世界に繋げた穴に物を入れていただけ。

 取り出す時も、同じ深淵世界の場所に穴を繋いでいたので見つけられた。

 そう考えられる。


「――完璧強奪ルフェクトス・ラピーナム


 コツンと軽く、まるでノックをするように甲羅を叩いた。

 それだけで俺の右手の中に甲羅の一部分が移動する。

 まるで削り取られたかのような六角形の形に、甲羅が深淵世界を通って俺の手の中へと顕現した。

 なるほど、やっぱり転移に似ている。

 対象を無理やり右手の中に転移させているのだ。


「ふむ」


 まぁ、それが分かったところでどうなる訳でもない。

 俺が生まれた時から持っていたギフト。

 賢者と出会わなければ、一生気付いてなかったのが不満だけど。あと、同じ種類のギフトだし、俺のは下位互換な気がしないでもないけど。

 でも――


「すっっっごいですわ!」


 ぱちぱちぱち、とルビーは手を叩いて俺を褒めてくれた。


「師匠さん、そんな固有スキルを持っていたのですね! どうして早く言ってくれないんですの?」

「いやぁ、使う場面とかなかなか無いだろ」


 俺はそう説明しつつ、完璧強奪を使ってどんどん甲羅の表面を削り取っていく。

 一度に奪えるのは手に納まる大きさだけ。それを何度も繰り返して、甲羅の上に穴を開けていった。

 俺もこんな連続で使用するのは初めてだ。

 何か体に影響があるかと思ったが……何の反動もなく、消費することなく、問題も起こることなく、連続使用できた。

 甲羅を削るように盗んでいき――

 次第に穴は大きくなり、深くなり――

 じわり、と血がにじんできて――ごぽり、と血があふれてきた。巨大レクタの血も赤色だった。心臓の脈動と連動しているのか、一定周期で血があふれてくる。

 あまり見ていて気持ちのいいものではないし、なによりこれから殺す相手の内部に手を触れるようなもの。

 それは、どこか禁忌に触れるようなイメージがあった。

 おいそれと暴露してはいけないものを、周囲にさらしている気分だ。

 だから――


「さっさと終わらせよう」


 俺はルビーを見て、頼めるか、と告げた。


「もちろんですわ」


 そう言って、吸血鬼はアンブレランスをかまえる。一見して頑丈な金属の棒だが、ランスのように手元に向かってふくらんでいる。

 今回は槍として活躍してもらおう。


「パル、準備はいいか」

「任せてください」


 パルはうなづき、右手の人差し指と中指を立てる。


「初めての共同作業ですわね」

「あはは、それいいね」


 盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の初仕事としては、それは申し分ない。


「いくぞ」

「では、お願いします」


 俺に向かってくるルビー。俺は両手の拳を合わせ、親指同士を隣り合わせて待ちかまえた。

 そこへ――トンと軽くジャンプした彼女は俺の手に乗る。


「おらっ!」


 後ろへ倒れるようにしながらも、俺はルビーがジャンプする力に合わせて、下から叩き上げるように腕を振り上げた。

 上空へ――!

 真上に飛び上がったルビーは、アンブレランスを真下へかまえて落下し始める。


「アクティヴァーテ!」


 そこへパルのマグ『ポンデラーティ』――加重の魔法が発動した。


「おりゃぁー! ですわー!」


 アンブレランスを真下へ突き出し。

 増加した重さをそのまま攻撃力に転化させ、まるで水の中へもぐるようにして、ルビーは甲羅の下の組織をぶち破り。

 巨大レクタの内部へと破壊するように沈んでいった。

 ごぽり、と不快な音がする。

 ぐちゅり、と聞きたくもない音がする。

 生命を内側から破壊する音がする。

 少し遅れて――


「グルァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!」


 耳をつんざくほどの大絶叫。

 一生に置いて、もう二度と聞くことがない亀の大絶叫というものを。

 俺たちはイヤでも聞くことになったのだった。

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