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~卑劣! 信用とは結果で得るもの~

 巨大レクタに対抗するため、テイスタ国は多くの人々を派遣した。

 領主に声がかけられ、領主が抱える騎士団が派遣され、力自慢なドワーフを代表とする男たちが呼ばれ、それらをサポートする人々が呼ばれた。

 もちろん国王も騎士を派遣しているだろう。

 いわゆる『近衛兵』。

 その代表を務めるのは、引退したクーゴ・ローズベリーお爺ちゃんだった。

 名前はローズベリーで可愛らしいが、本人はまったく可愛くない厳しくも端正な顔立ち。

 さぞ現役時代は恐ろしい騎士団長だったのだろう。


「失礼します、騎士団長殿!」

「元だ、元」


 本陣にはひっきりなしに騎士が訪れて何かを相談し、すぐにまた出ていく。それらの指揮を取っているのはクーゴお爺ちゃんではなく、別の騎士だ。

 あくまでクーゴお爺ちゃんは『代表』という立場らしい。


「お飾りってより、責任の所在だな」

「重要ですわよ。部下に失敗の責任を押し付けるより、よっぽど良いです。なにより失敗を恐れずにノビノビ動けますもの。自分の背中に責任など無いほうが軽くて良いのですから」


 うんうん、とルビーは語る。

 確かに責任なんてものは重くて行動が鈍ってしまうのは理解できるが。

 曲りなりにも魔王領で一部支配地を統治していた吸血鬼のお姫様が言って良いセリフではない気がする。

 下半身がサソリだった部下、アンドロさんの苦労が透けて見えてしまうなぁ。責任者が不在で責任を負わされるのは、もっと重い気がする。

 次にルビーの城を訪れる機会があったら、上等な酒でも持って行こうか。

 アンドロさんの好みってなんだろう?

 人間種じゃなければいいが……


「ん?」


 騎士たちの本陣たるキャンプ地では、やはり甲冑を着こんだ騎士が多い。もちろん休憩中であっても彼らは甲冑を脱がない。せいぜい兜くらいだろうか。

 騎士道精神、というやつか。

 いつだって戦闘ができるように、彼らは訓練されている。

 だからこそ、逆に甲冑を着ていない集団が入ってくるとそれなりに目立った。

 冒険者だろうか。六人ほどの集団が騎士に連れられてやってきた。


「ふむ」


 盗賊スキル『みやぶる』を使用して、彼らを観察した。

 前衛三人、後衛三人。

 理想的な構成だな。

 実力は――中の下といったところ。ベテランではあるが、だからといって熟練ではない。そんな雰囲気を感じる。

 遠目なので、あくまで簡易的な推論だ。

 間違っている可能性もあるが、果たして?


「依頼でもあったのでしょうか?」


 ルビーが首を傾げつつ、面白そうですわ、とぴょこぴょこと跳ねながら冒険者たちのほうへ向かう。


「ごきげんだなぁ」


 とりあえず、ルビーが余計なことをしないか注意を向けておく。

 他の騎士たちも気になったのだろう。少しばかり作業の手を止めて冒険者たちの動向に注目していた。

 おかげで雑音が少々減ってくれる。

 盗賊スキル『兎の耳』。

 単純に、集中して音を聞くっていうスキル。コツは視界からの情報を遮断するようにすればいい。

 だからといって目を閉じるだけではダメだ。

 目を閉じたところで、俺たちは『まぶたの裏側』を見ている。真っ黒な物を『視てる』ことになるので、そこに気付けるかどうかが『兎の耳』を習得できるかどうかに関わる。

 この『兎の耳』を習得できた場合、次のステップアップで『無音』を習得できるようになる。

 つまり、耳からの情報を遮断して視界に集中するスキルだ。

 盗賊としては是非ともゲットしておきたいスキルなので、パルには頑張ってもらいたい。


「あ~う~」


 肝心の愛すべき弟子は疲労で倒れているけどね!

 冒険者たちは、どうやらクーゴお爺ちゃんと話している様子。断片的に聞き取れた情報だと、巨大レクタに対しての対抗策がどうのこうの、と言っている感じか。

 それに対してお爺ちゃんは堂々と座ったままで返事をした。


「やれんのか」


 短く、そう聞こえてきた。

 その一言に冒険者のリーダーらしき青年に少し動揺が起こる。

 あせるように早口になり、声が大きくなった。


「えぇ、はい、任せてください。それにつきましては是非とも援助をしてもらいたいと思ってまして。少しばかりお金を――」

「やれんのか」

「うっ……」


 まさに『眼力』といった感じの視線がこっちにまでビシビシと伝わってくる。騎士の中には、萎縮して背筋を伸ばして直立不動になっている者までいた。


「やれんのかと聞いておる。どうなんだ、詐欺師ども」

「くっ……おい、行くぞ。協力が無いんだったら、オ、オレたちも協力する理由なんてないからな。ハン! か、かってに死んでろ!」


 分かりやすい捨て台詞を吐いて冒険者たちは逃げるように去って行った。

 どうやら援助を求めての詐欺だったようだ。

 その手のヤカラを排除するにも、元騎士団長のお爺ちゃんは役立っているみたいだな。


「残念ですわ。面白い方法があるのかと期待してましたのに」


 ルビーはガッカリした様子で戻ってきた。

 巨大レクタを倒すための、想像もしていない予想外の方法や、珍しいマジックアイテムなどを期待していたのだろうが……

 そんなのがホイホイとあるわけがない。

 地味に具体的に堅実に、巨大な穴を掘って足止めしようとしているのがなによりの証拠だ。


「フン。敵の排除に面白いもつまらんも無い」


 クーゴお爺ちゃんがルビーの後ろからやってきた。

 悪態でもつきたかったのかもしれない。シワだらけの顔を不快そうに歪めていた。


「景気はどうだ、盗賊団。盗む物が無くて呆れたか」

「冗談ぽんぽこりんですわお爺ちゃま。はした金が欲しくて来たのではありません。わたし達は名誉が欲しいのです」

「名誉ねぇ」


 カカカとお爺ちゃんは笑う。

 豪快に笑ってから俺を見た。


「弟子を丁寧にマッサージしてやるような盗賊団が名誉を求めるとは。普通、逆じゃないのか、おい」


 ぐったりと寝ころんでいるパルの体をマッサージしていた俺を、なにやってんだ的な視線で見下ろしてくるお爺ちゃん。


「筋肉痛はしっかりとケアしてやると治りが早いので。本当は風呂があったら温めながら揉んでやることができるのだが。無いモノは仕方がない」

「いや、そういうこと言ってるんじゃないのだが」


 お爺ちゃんはガチャリと甲冑を鳴らしながらしゃがんだ。


「おまえさん達も詐欺の類だと思ってたんだがなぁ。普通に働くとは思わなかった。金かアイテムでも要求してくると思ったら労働を要求してくるとはなぁ。カカカ。俺もモウロクしちまった。人を見る目がくもっちまってる」


 ガシガシとガントレットで器用に頭をかくクーゴお爺ちゃん。


「ふふふ。常識で考えてしまうと見誤りますわ、お爺ちゃま。世の中には優しい盗賊もいますもの」

「お嬢ちゃん達のことか?」

「いえ、師匠さんのことです」


 優しい盗賊ねぇ、とお爺ちゃんは疑うように俺を見た。


「弟子を甘やかして、ちゃんと育つのか?」

「いまのところは。使い潰すのは悪手ですよ、先輩。丁寧に言葉で教えてやれば、誰だって一流になれます」

「費用と時間は?」

「……二倍程度かと」

「話にならんな」


 だろうね。

 才能の有る無しに関わらず、志願者を全員一流にするには時間もお金もかかる。騎士なんていう職業に対して、それほど悠長に新人教育している余裕もないだろう。


「まぁ、そんな優しいおまえさんに期待させてもらうよ」


 お爺ちゃんは立ち上がりながら振り返った。

 それと同時に、ずずん、とほのかに地面が揺れる。

 騎士たちが思わず同じ方向見て、動きを止めた。

 遠くに見えていた巨大な影。

 それが――


「いよいよ近づいてきやがった」


 クーゴお爺ちゃんが、そうつぶやいた。

 表情は見えない。

 でも。


「どこか嬉しそうですわね、お爺ちゃま」

「ハハ。人生の延長戦よ。もうとっくに終わってたと思ってた俺の人生が、もう一華咲かせたいときたもんだ。泥をかぶるのは承知の上だが、これほど楽しいことはない」


 そう言って、俺たちに顔を見せる。

 やっぱり笑っていた。

 不謹慎かもしれないが、クーゴお爺ちゃんは楽しそうな表情で笑っていた。


「あら、お爺ちゃまも退屈に殺されていたタイプですのね。気が合いますわ」

「はは~、どおりでおまえさん――ん、なるほど。はははは! そういうことか! ふははははは!」


 なにを理解したのか分からないが、お爺ちゃんは豪快に笑った。


「師匠、なんでお爺ちゃんは笑ったんですか?」

「すまん。俺にも分からん」


 まだ孤児院にいた頃。

 大人同士の会話に疎外感を覚えたことがあったが……なんとなく、今の状況というか心境はその時のものに近かった。


「俺もまだ大人になりきれてないのかねぇ」

「師匠は立派な大人ですよ」

「そういってくれるのは、弟子のおまえだけだ」


 太ももを揉んでやっていたので、頭まで手が届かない。仕方がないのでお尻を撫でてやろうと手を伸ばしたところで、ビシリと体を止めた。

 危ない危ない。

 イエス・ロリィ、ノータッチの原則を破るところだった。

 やはり肉体労働で疲れているらしい。

 あとで俺もマッサージしてもらおう。ケアの方法を覚えるっていうのも大事だし。いずれ勇者パーティに所属したら、あいつの体もケアして欲しいし。うん。

 私利私欲じゃないので、いいよね、別に。

 うんうん。


「じゃぁな、盗賊団。期待してないが、期待してるぜ」

「盗賊ギルド『ディスペクトゥス』にご期待くださいませ、お爺ちゃま」


 ルビーの言葉に、ひらひらと手を振ってお爺ちゃんはガシャガシャと甲冑を鳴らしながらキャンプ地を出ていく。

 他の騎士たちもいよいよ近づいてきた本番に、より一層と行動を早めていった。

 そられを見て、俺もヨシとパルとルビーを見た。


「じゃぁ作戦を伝えるぞ。準備はいいか、サティス、プルクラ」

「はーい」

「もちろんですわ」


 体はギッチギチのバッキバキで痛いけど。

 今回の作戦で重要なのはルビーだけ。

 できれば巨大レクタには夜の間に落とし穴にハマって欲しいが、こればっかりはタイミングをズラすことも不可能だ。


「さぁ、ディスペクトゥスの初仕事だ」


 せいぜい名前を世界に轟かせて。

 勇者支援の要とさしてもらおう。

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