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~卑劣! 腰が痛いっていうとニヤニヤ笑ってチャカされる~

 巨大レクタ対策の落とし穴。

 それを掘るドワーフをはじめとする人間達にとって。

 ルビーの評価は反転した。


「いや、なかなか見どころのある嬢ちゃんだ」


 ガッハッハと豪快に笑いつつそう語るのは年齢不詳のドワーフ。

 なにせドワーフ族と言えば、長くて立派なヒゲ。みんな同じ樽のような体付きで、ずんぐりむっくりな低身長の体にもっさもさのヒゲが生えている。

 白くて立派でサラサラの流れるようなヒゲのドワーフもいれば、黒くてチリチリでもじゃもじゃとしたヒゲもいる。

 白いからと言って老人でもなく、ヒゲが短いからといって若いわけでもない。

 長く生きるエルフにすらドワーフの年齢は分からないので、たぶん人間の俺からしてみれば永遠の謎なんだろう。

 そんなドワーフが語るのだ。


「力仕事ができないとか、すぐにバテたりするかと思ったが、なんだあの嬢ちゃん、永遠に動きやがる。こっちで心配して休憩してほしいと願うくらいだ」


 逸材じゃねーか、とドワーフは笑って俺の背中を叩いた。


「いぃ!? 痛いッス!」


 もちろん普通のドワーフに叩かれた程度で悲鳴をあげてしまう程、俺は弱くない。

 だがしかし――


「アアン? 情けねーなぁ、兄ちゃん。筋肉痛か」


 そう。

 筋肉痛だった。


「ふ、普段まったく使わないところの筋肉なので……うぐぐ……」

「立派なオーガの仮面つけてるのに情けねーな! がはははは!」


 だって俺、盗賊だもん。

 土を掘る……つまり、重いツルハシを振り下ろしたり、溜まった土をスコップで一輪車に乗せたりするのは、普段はまったくしない動き。

 そのせいで、動き始めると同時に腰の筋肉がギチギチと悲鳴をあげるように痛んだ。

 なるほどドワーフが低身長な理由が分かった。

 こんな作業、身長が高ければ高いほど腰に負担がかかる!

 果たして、こういう作業をするからドワーフの身長が低くなったのか、それとも初めから低身長だったからこそ、こういった作業が得意になったのか。

 種の起源が気になるところだ。

 そもそも、なんてドワーフが妖精種って言われてるんだ?

 こんな豪快で力仕事が得意な妖精ってなんだよ?


「あいてててて……」


 そう文句を叫びたかったが、腰が痛くてかき消されてしまった。

 むぅ。

 足腰には自信があったんだがなぁ。

 その考えを改めさせてくれる良い機会になったのかもしれない。肉体が若返ったとは言え、鍛えなければ老人以下。でっぷりと太った貴族が子どもにかけっこで負けてる姿を笑えなくなってしまう。


「もうちょっと全体的に鍛えておかないとダメか」


 それは俺だけではなく、パルにも言えることだった。


「ぜー、はー、ぜー、はー……ひぃー、ひぃー、ひぃー、あーああああー」


 今にも倒れそうな呼吸をしながら土砂が満載の一輪車をフラフラと押していくパル。

 いや、大丈夫なのか。

 腕とか足とか、プルプルと震えてますけど?

 というか、体力ゼロですよね?

 なんで動いてるの?


「あっちのお嬢ちゃんも根性はすげぇな。オレならとっくに心が折れてらぁ」


 ドワーフはそう言いながらもツルハシを振り下ろして穴を掘り続けている。

 俺から見れば、あんたも凄いんだが?

 吸血鬼のルビーと同じくらい仕事をし続けてません?

 という皮肉を言いたかったが、口から出たのは疲れた呼吸だけ。

 筋肉痛の前には、皮肉の皮と肉も出てこないようだ。


「おう、仮面の姉ちゃん! こっち頼む! でけぇ岩が出てきた」

「はいはーい、任せてくださいまし。あとわたしのことはディスペクトゥスのプルクラとお呼びくださいませ」

「おぼえらんねぇよ、仮面の姉ちゃん。ディスペでいいか、ディスペで。美人の名前は覚えられるけどよぉ」

「美人の名前が覚えられるのでしたら、わたしは大丈夫ですわね。で、岩はどちらですか?」


 地面の中には土だけでなく石や岩も埋まっている。小さな石なんかは気にせず掘り出せるが、大きな岩ともなると掘り出さないと次に進めない。

 巨大レクタからしてみれば、岩ひとつ分くらは些細なもの。でも、その些細な一点がどう影響するのか分からないので、取り除いてしまうのが一番だ。

 もしも爪のひとつでも引っかかってみろ。

 ここを起点に穴を脱出されたら、たまったものではない。


「はあああああああああ!」


 男たちの中に紅一点。

 まさにルビーひとりの声が目立って響く。

 ルビーは岩の周囲を掘り起こすように連続でツルハシを叩きおとした。ざっくざくと掘れていき、みるみる岩の半分ぐらいが顔を覗かせる。

 ある程度周囲を掘り起こせたら、熟練のドワーフたちが岩にロープを結び付けた。


「よーし、引っ張れ!」

「うぇーい。ほれ、仮面の兄ちゃんも行くぞ」

「は、はい……」


 ぎっちぎちに固まった筋肉をほぐすように俺は腰を伸ばすと、ロープまで急ぐ。筋肉痛にはなっていないものの、もう腕も太ももも限界かもしれない。

 パルと同じように動くだけでぷるぷると震えていた。


「ぜー、はぁー、ぜー、はぁー」

「パル。無理するな」


 よたよたとロープに寄ってきたパルに声をかける。

 なにがそこまでパルを頑張らせるのか。

 ちょっと分からん。


「んぐ……ぜー、はぁー、ぜー……た、楽しいので……」


 ん~。

 なるほど?

 見た目はとっくに力尽きてるのに目だけは楽しそうなので、嘘ではないだろう。

 考えられる理由は……

 ひとりっきりで路地裏で生きてたものだから、こうやってみんなでやる作業とかが楽しい。とか、そういう理由だろうか。

 まぁ、その気持ちは分からなくもない。

 なにせ俺もずっと独りだったので。勇者パーティの裏方だったしなぁ。ほぼひとりで行動してたので、パルといっしょに訓練したり、三人で野営の準備をするのは楽しいっていうのは確かだ。

 ここまで大規模な共同作業は初めてなので、そこに感じる楽しさみたいなのは理解できた。


「ほーれ、野郎ども! ピリカラ姉ちゃんの頑張りを無駄にするなー! 引っ張れー!」

「プルクラですわ、プルクラ。美人の名前は覚えるんじゃなかったのかしら。ちなみにあっちの金髪はサティスです。で、あのカッコいい人が師匠さん。名前だけでも覚えて帰ってくださいね」


 どこの漫談道化師だ、おまえは。

 というツッコミを入れる元気もヒマもなく、俺はロープを引っ張る。ぐっ、という抵抗のあとズルズルと岩が動いて取り出せた。


「おっしゃぁ、ストップストップ、もう引かなくていい!」


 ある程度引っ張ったところで解散となり、みんなが作業に戻っていく。俺も置いていたツルハシの元まで戻ろうと思ったが、もう動けなかった。


「ぜぇ、ぜぇ、はぁ、はぁ……んぐ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 隣を見ればパルが仰向けに倒れていた。

 すげぇな。

 もう立っていられなくなるまで動けるなんて、ちょっとおじさんには出来ない体力の使い方だ。どこかで限界点を決めてセーブしてしまうものなぁ。

 ナリフリ構わず動けるのは、若者だけが持っているスキルなのかもしれない。

 名付けて『限界突破』。

 誰もができるけど、大人になると使えなくなるスキルだ。

 悲しい。


「よぅし、岩を割ってくれ」

「うぇーい」


 ドワーフたちの作業は続く。

 大きな岩は、そのままでは持ち上げられないので、割って運んでいる。

 人間の俺たちにはサッパリと分からないが、ドワーフには岩の割れやすい部分が分かるんだそうな。

 言ってしまえば、それは岩の弱点を知っているということ。

 物事における壊れやすい筋を見極める目を持っているということだ。


「あぁ……俺にも割れ目が見えれば……」

「師匠……」

「あ……なんだ……」

「いま、とんでもないこと言いましたよ……」

「……ん……あぁ……忘れてくれ」

「はい……いえ、あたしので良ければ――」

「忘れてください」


 俺は泥だらけの手で自分の顔を覆って、どっかり後ろ向きに倒れた。

 となりでパルが笑ってくれた気がしたので、オッケーということにしておこう。

 しておいてください。

 お願いします。

 そんなこんなで、本当にもうダメだっていうところまで働いた俺たちは、ルビーにおんぶしてもらって騎士たちのキャンプ地まで戻った。


「わたしはもう少し掘ってきますわ。うふふ」


 いってらっしゃい、というヒマもなくルビーは行ってしまう。

 さすが退屈に殺されていた吸血鬼。

 単純な肉体作業すら娯楽になってしまうようだ。


「し、ししょ~……ぽーしょんくださ~い~」


 キャンプ地に張られた天幕の下で、まるで怪我人のようにパルは転がっている。その隣で俺はうなだれるように座っていた。


「ダメだ」

「えー!? なんでー!?」


 ぐったりと倒れていたパルが勢いで体を起こす。

 元気じゃねーか。


「訓練の後にポーションを飲むと、なぜか筋肉が付かないんだ。だから飲むべきなのはポーションじゃなくて、スタミナ・ポーションだ」

「ほへ~」


 パルにスタミナ・ポーションを渡してやる。

 震える手でふたを開けて、パルはスタミナ・ポーションを飲み干した。俺もいっしょに飲んでおく。

 体の傷みは無くならないが、失われていた気力と体力が回復した。たぶん。筋肉痛で体が重いので良く分からないが。

 いっそのことポーションを飲んでこの苦しみから逃れたいが、弟子が頑張ってる手前、飲めるわけがなかった。


「うぅ、生き返るぅ」


 ありがとう神さま、とパルはヘロヘロと倒れながら言う。

 こういうところで信仰が生まれるのかもしれないな。


「師匠~、ポーションがダメならどうやって回復したらいいんですか?」

「食え。いっぱい食べろ。そして良く寝ろ。それが一番だ」

「あたしの得意分野でしゅ」


 よだれよだれ!

 言い終わる前によだれが垂れてる!


「食べる前からよだれ出してんじゃねーよ、まったく」


 ぐしぐしとパルの口元を拭いてやった。


「俺はもう動けん。なんかもらってきてくれ」

「はーい」


 なぜか元気になったパルはテントから出て炊き出し場へと向かう。スタミナ・ポーションが凄いのか、パルの食い意地が凄いのか。

 どうにも後者のような気がしてちょっと怖い。


「はぁ~……しかし余裕あるなぁ……いや、俺がおっさんなだけか」


 若返ったといっても十代まで戻ったわけではない。

 おっさんには違いないので、パルとの差は歴然と存在する。


「うらやましい限りだ」


 いっそのこと、時間遡行薬をもう一度飲んでみようか。


「少年に戻るのも悪くない」


 恐らく――

 そんなことをすれば神さまから何らかの罰が下りそうな気がする。

 自然から逸脱してしまうので、精霊女王にも嫌われてしまいそうだ。

 別にそこまで強く信仰しているわけではないけど、それは怖い気がした。

 あいつにも、怒られそうだな。


「師匠、肉ありましたよ、肉! 鳥の丸焼き! 豚も牛もありました! すごい!」


 めっちゃ嬉しそうなパルが山盛りの肉を持って戻ってきた。


「サンドイッチとか、サラダとか、フルーツとかあった?」

「有りましたよ」


 取ってきてくれないのね、うぅ。


「いただきます」


 仕方がない。

 肉いっぱい食べて、筋肉痛を治そう。


「んへへへ」

「肉、好きだなぁ」

「師匠の次に大好きです」

「ありがとう。肉より上で安心した」

「師匠はあたしのこと、どれくらい好き?」

「そうだな……実はこっそり夜中に襲ったらいけんじゃね? って考えてしまって眠れない夜があるくらいには好き」

「うわぁ」

「おい、引くなよ」

「冗談です」

「俺も冗談だよ」

「うへへへ」


 パルは嬉しそうに笑いながら肉を食べる。

 俺はそんなパルを見ながら肩をすくめつつ、お皿の山から肉を取ってかじったのだった。

 あ、美味しい。

 鶏肉もイケるもんだなぁ。

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