~卑劣! お爺ちゃん近衛兵長~
森を抜ければ――
そこは穴と壁が作られていた。
情緒もなにもあったものではなく、一心不乱に巨大な穴の中でツルハシを振るう男たち。そして、穴を掘って出た土や石を懸命に高く積む人たちの姿があった。
一見して土木工事のように見えるが、その魂胆は分かりやすい。
「落とし穴ですわね」
ルシェード騎士団長の白馬に追いつくと、ルビーが楽しそうに話しかけてくる。楽しんでいる状況ではないので、騎士団長が苦笑をしていた。
「すごいよね! あ、でも穴じゃなくって、え~っと、『落とし城』って感じ?」
パルの言いたいことは分かる。
落とし穴と聞いて想像するのは、円形、もしくは正方形のものだ。
いま、目の前にあるのは想像を絶する大きさであり、今のところ貴族の屋敷がすっぽりと入ってしまいそうな縦長の長方形。
パルの言う『落とし城』というにはちょっと大げさかもしれない。せいぜいが『落としお屋敷』だろうか。でもまぁ語呂が悪いので落とし城のほうがいいかもしれない。
巨大レクタが通るであろう場所に、左右に二か所、大きく地面が掘られていた。
長方形なのは、前足と後ろ足の両方を落とすためであり、甲羅の部分を引っかけるようにして宙に浮かそうという魂胆だろう。
山があろうが崖があろうが真っ直ぐに進むレクタの習性があるので、落としてしまうよりは行動不能に陥らせたほうがいい、という判断だろうか。
もしくは――時間の都合か。
巨大レクタを足止めするための穴であるので、深さよりも大きさが優先される。完全にレクタを落とすには、相当な大きさと深さが必要となるので現実的ではない。
加えて、あまり離れすぎた場合には、目測を見誤まる危険性が生まれてくる。そうなれば無意味な穴となるし、深さが足りなければ脱出されてしまう。
もちろん、長方形の長さが足りなければ意味がない。
その絶妙な大きさと穴を掘る速度、そしてなにより掘りやすい場所を選定してこの場所を選んだのだろう。
付近には何も無い場所で、近くには森の中に湖がある。
働く人間の水を確保する上でも、丁度良い場所だったに違いない。
ただし――
「間に合えば……の話だが」
深さは充分にある。
だが、理想は深ければ深いほうがいい。
前足と後ろ足が両方浮いてしまう形でどこにも触れられない状態になれば、亀という生物の構造上動けなくなってしまうはずだ。
しかし、完璧を求めて間に合わないのでは本末転倒だ。転倒もさせられないのであれば、意味もない。
これでも、充分に『足止め』という機能は果たせるはず。
問題はそこから先、というわけか。
「どうどう」
地面を掘った土で壁を作っており、その後ろ側まで行ったところでルシェード騎士団長が馬を止めて降りる。
「どうぞ、レディ」
「ありがとう」
ルビーは手を添えてもらって降りている。
「師匠、あたしもあれやってください」
「任せとけ」
俺は馬を飛び降りるとパルに手を添えた。
「どうぞレディ」
「えへへ~」
貴族ごっこをしつつ、俺たちも馬を降りた。
駆け寄ってきた騎士に馬を預けて、ルシェード騎士団長のもとへ移動する。
「本陣はあちらです。案内しますので付いてきてください」
「分かりましたわ」
ひとまず交渉や応対はルビーに任せておくとして、俺たちは騎士団長に連れられて移動する。
その際に作戦に協力してくれている人たちが休憩しているキャンプ地を通った。
やはり男性の姿が多いが、中には冒険者と思わしき女性の姿もあった。
適材適所、炊き出しには年を重ねた熟年の女性の姿もあり、てきぱきと料理が作られている。ただよってくる料理のにおいは美味しそうで、パルが興味津々だった。
穴掘り作業を担当している人は、やっぱりドワーフが一番多い。
普段はどこか陽気に楽しく仕事をしている彼らだが、そんな余裕は無いらしい。歌のひとつも聞こえてこないほどに真剣に穴を掘り続けていた。
作業の内容は、巨大な穴の中には穴を掘る、掘った土を運ぶ、運ばれた土を滑車で引き上げて壁として積む。その三つの仕事がある。
さすがの緊急事態での作業なので、娼婦はいないようだ。
作業者たちのキャンプ地を越えて、更に後方まで移動すると。
ようやく騎士たちの本陣が見えてきた。
もっとも――
本陣といえど、立派な陣営地があるわけではなく、壁も無いし、柵も無い。見方によっては、作業者たちのキャンプ地よりも殺風景だ。
単純に騎士たちの集まりを『本陣』と言っているだけなのかもしれない。
それでも日よけのテントが張られ、その下では学者と思わしき人たちが状況をまとめていた。
騎士たちが武装しているのは、恐らく護衛を兼ねているのだろう。
どんな状況でも魔物は発生する。
巨大レクタが迫っている人類未曾有の災害だからといって、魔物が遠慮してくれるわけではない。
巨大な落とし穴を作る人たちが休憩する場所を守るのも、騎士たちの仕事だ。
ルシェード騎士団長は本陣にいた別の騎士たちに手であげて挨拶しつつ、テントの下まで俺たちを案内する。
甲冑のデザインが違うところを見るに、ひとつの騎士団ではなく複数の騎士団が合わさった連合軍のようだ。
真っ白な甲冑を身に纏っているものや真っ赤に塗られた甲冑もある。
それぞれかなりの実力者のようで、射貫くような視線が俺たちへと向けられた。殺気が込められていないのが唯一の救いか。
「歓迎ムード……とは違うようですわね」
「よそ者はこんなもんさ」
俺は肩をすくめる。
たとえ俺たちが勇者パーティだったとしても。
彼らの視線は同じだっただろう。
「失礼します、近衛兵長殿」
テント内にあった簡易的な椅子。
そこに座っていたのは、物々しい鎧を来た老人だった。
真っ白に染まった白髪に鋭い眼光。歴戦の猛者たる雰囲気がある。シワのひとつひとつが、まさに勲章のようにも感じられた。
なにより老い以上の迫力を感じさせるのは、全身を鎧が覆っているからか。その鎧にも無数の傷が付いており、お飾りではなく『ホンモノ』を感じさせる説得力があった。
さすがに武装はしていないが、それでも今すぐにでも魔物を倒すくらいは平気でやってのけそうなお爺ちゃんが、威風堂々と背筋を伸ばして座っている。
「元だ、元」
そんなルシェード騎士団長の言葉を老人は否定する。
どうやら、もともと偉かったお爺ちゃんらしい。
近衛兵長ということは、王様の側近か。
実力も兼ね備えた立派な人だったのだろう。たぶん。
「ふん。今度はどんなホラ吹きが来たんだ?」
「いえ、実は……彼らはレクタの頭から降りてきまして」
「ほう」
お爺ちゃんが甲冑を装備しているにも関わらず、すっくと立ち上がる。
なるほど、引退しても騎士は騎士、ということか。
立ち上がると身長は俺と同じくらいだった。現役時代は俺より高かったかもしれない。相当迫力があっただろうなぁ。
「それは本当か、おまえさん達」
ギロリ、と猛禽類を彷彿とさせる視線が向けられた。
悲鳴をあげなかったパルを褒めてやりたい。
「確かめる前に自己紹介がマナーなのではないでしょうか、お爺ちゃま。それともこの国の騎士たちはレディファーストを勘違いなさっているのでしょうか?」
おいおい。
余計な挑発をしてくれるなよルビー。
「かかか! 失礼、レディ。私の名はクーゴ・ローズベリー。今はただの引退した爺だ」
「お初にお目にかかります、クーゴお爺ちゃま。わたしは盗賊ギルド『ディスペクトゥス』のプルクラと申します。どうぞよしなに」
ルビーは片足を引き、つま先をちょんと地面に付けて膝を曲げる。スカートをつまみあげるような指を見せながら挨拶をした。
いわゆるカーテシーと呼ばれる貴族式の挨拶だ。
メイドさんがよくやってるのを見る。
「ご丁寧に挨拶、痛み入る。で、頭の上にいたというのは本当か?」
「眺めは最高でしたわ」
ほほう、とお爺ちゃんは驚く顔を見せた。
「どうやって登った?」
「それは明かせません。ですが、登ったところで甲羅も硬く頭の皮膚も同じでした。生半可な者を登らせたところで、バカと煙の仲間入りするだけです」
バカと煙は高いところが好き。
どこで生まれた言葉なんだろうな。
調子に乗ったバカは目立ちたがる、という意味合いなのだが……どこの国でも似たような者はいるってことか。
「ムっ」
俺の隣でパルがくちびるを尖らせた。
そういや、パルって何故かナユタに登って肩車してもらうのが好きだったよなぁ。
「あたしバカじゃないもん」
「知ってる」
こっそりとパルの背中をぽんぽんと叩いてやった。
「そうか。あの亀の頭に乗れるとは、おまえさん達は相当な実力者だと思ったのだが。さすがに煙と同程度か」
お爺ちゃんは残念とばかりにガシャリと鎧を鳴らしながら椅子に座った。
良くそんな重装備で体を投げ出すように座れるものだ。
恐ろしい。
「ふふ。煙は空に消えていきますが、わたし達は消えませんよ」
ルビーはそう言ってお爺ちゃんに何かを投げ渡す。
甲冑装備の手で、それを器用にキャッチしたお爺ちゃんは手の中の物を見て怪訝な表情を浮かべた。
「なんだこれ。ただの石か?」
「甲羅ですわ」
「レクタのか?」
「はい。いまこちらに向かってるレクタの甲羅です」
「……マジか?」
「マジです」
「ほう。やれんのか?」
判断が恐ろしいほどに早い老人だ。
レクタの甲羅の一部を持って来れる実力がある。それすなわち、レクタの防御力を抜くことができるということ。
にわかには信じがたいことの是非を問う前に、結論を容赦なく問うてきた。仮定はどうあれ結論だけを聞いてきている。
きっと有能な近衛兵長だったに違いない。
引退したというのに、今この場にいることも、その判断の早さから――なのかもしれないな。
もっとも。
失敗しても、すでに引退している身。罰を受けたとしても、痛くもかゆくもない。なにひとつ恐れる物も失う物も無いので、迅速に行動できるのかもしれない。
ルビーはちらりとこちらを見た。
俺はうなづく。
「やれます」
「分かった。望みはなんだ? 武器か? アイテムか? それとも金か? 食い物なら山ほどあるぞ」
くちびるの端を釣り上げ。
元近衛兵長、クーゴお爺ちゃんは不敵にもそう告げてきた。
なるほど。
そういうことか。
俺はルビーの耳元に口を近づけて、こそこそと伝える。
「あん」
「いや、そういうのいいから」
「ユーモアは必要ですわよ?」
「分かった分かった。お爺ちゃんが怖い顔してこっち見てるので」
「失礼しました、クーゴお爺ちゃま。こほん。必要なものはありません。ただ、確実に足止めしてもらえるとやりやすいと思います」
ほう、とお爺ちゃんは驚いたような表情を見せた。
「なにもいらない、と」
「えぇ、わたし達の目的はあくまで巨大レクタです。ケチな盗賊団と同じと思わないでくださいまし」
「そいつは悪かった」
クーゴお爺ちゃんは素直に謝ってくれる。
ちょっとしてやったりな気分だな。
「では、ヤツが落とし穴に落ちるまでゆっくり休んでくれ。テントなどいくらでも空いてるから自由に使ってくれてかまわんよ」
「いいえ、それには及びませんわ」
ん?
あれ?
なぜかルビーが勝手に断ってしまった。
「是非とも、穴掘りを手伝わせてくださいまし!」
あ、こいつ――!
この退屈に殺された吸血姫――!
落とし穴を掘る作業が楽しそうって思ってやがる!
これだから!
これだからヒマを持て余した貴族さまは困るんだ!
「あ、はいはい! あたしも! あたしも手伝う!」
あれぇ、パルもやるんですか!?
ひたすら穴を掘って土とか石を運んだりするだけで、めちゃくちゃ地味な作業ですけど?
「勤労意欲の高いレディたちだ。おまえさんはどうするかね、部下殿」
「あ、俺ですか?」
どうやら俺、部下と思われているらしい。
まぁ、ずっと後ろに控えているので、間違えられても不思議じゃないけど。
「部下じゃないよぅ、お爺ちゃん。あたしの師匠です」
「そうですわ、クーゴお爺ちゃま。部下じゃありませんよ」
さっきよりも驚いた顔をするお爺ちゃん。
「なんだ、おまえさん師匠だったのか。うーむ……威厳が無いのぅ」
「うっ」
でしょうね!
俺もそう思いますぅ。
師匠なんて器じゃないですよねぇ。
うぅ。
「穴、掘ってきます……」
威厳が無いので、俺も穴を掘ってくることにした。
こういう時、無心で出来る肉体労働っていいよね!
そう思いました。
うぅ。




