~卑劣! 騎士にちょっと嫌な思い出のある弟子~
さすがに目撃者がいるところでルビーの眷属召喚は使えない。
明らかに魔物である、ということよりも……魔物が共通語を話す、という真実はそこそこ秘匿するべき情報ではないだろうか。
そう思う。
いや、本当のところ『魔物種』と『モンスター』に分けるべきなんだろうけど。俺たち人間が襲われているのは魔物ではなく、モンスターという似たような存在なのだ、と。
だが。
世界的にその真実が、すんなりと受け入れられるとは思えない。
なのでやっぱり、ルビーの存在は隠すべきだ。
無用な混乱は、あいつを邪魔するだけにしかならない。
できれば魔王を倒した後に魔物と和解した、という形にしておきたい。
そうなれば、多少は分かりあえるはず。
きっと。
俺は人間種の根源的な優しさのようなものを信じたい。
「……ルビー。頼めるか」
「もちろんです」
というわけで、巨大レクタの頭から降りるにはルビーに魔力糸を持ってもらって、俺とパルは糸を伝って地上まで降りた。
高さが高さなだけにパルに一発本番させるのは危ないので、背中にしがみついてもらった。
「マグは切ってくれよ」
「……もう師匠の腕をちぎれそうにはしたくないです」
高さがあり、魔力糸でぶら下がる状況は、嫌でもルビーの城で起こったことを想起させられる。ほとんど記憶に残ってないものの、ヤバかった事実は魂に刻まれているようで、どうにも体が震えそうになってしまう。
パルにとっても、あまり良い思い出じゃなさそうだ。俺にしがみつく手に、力が無駄に入っていた。
それも仕方がない。
俺でさえ怖いのだ。パルにとっては、もっと酷い記憶になっているだろうから、無理もない。
ともかく、魔力糸を伸ばすように顕現させて俺たちは地上へと下りていった。
その間も巨大レクタは一歩進む。
まるでブランコのように揺れてしまうが、問題はない。
「ほっ、と」
「到着~」
揺れに合わせるように上手い具合に走りながら着地すると、背中からパルが降りた。
ふぅ、とふたりして息を吐いて、苦笑する。
「今度は無事に降りられたな」
「前も無事でしたよ?」
「あぁ、そうだな」
パルの頭を撫でつつ、魔力糸を霧散させる。
これを合図として、ルビーは少し離れた場所から降りてくる算段だ。
「飛び降りれますわよ?」
「誰も飛び降り自殺の現場を見たくない。しかも自殺した人間が生きているので尚更だ」
どう考えても魔物認定されてしまうので。
ルビーにはこっそり飛び降りてもらうしかない。
俺とパルが降りたった場所は、木々がまばらに生えていた。人の手が入っていない場所で、草が生い茂っている。
ガサリ、と大きめの昆虫が飛びだった。
少し進めば、木々は林となり、森になっている。
上からも確認していたが、周囲に人工物はなく、街道も存在しなかった。地図と照らし合わせても周囲に村や集落は無い。
「ふむ」
地図によれば、もうちょっと進めば森の中に湖らしきものがあるようだ。巨大レクタの上から見えなかったのは、木の高さがあるからか、もしくは地図上で見るよりも離れているか。
そこそこ大きい湖なので、もしかしたら狩人たちの狩場なのかもしれない。
少なくとも、野生動物たちが豊かに暮らしている森であるには間違いなかった。
「――師匠!」
「大丈夫だ」
そんな森からドドッドドッと地を駆ける音。
音と気配に気付いたパルが臨戦態勢を取ろうとするが、俺は手で制す。
森の獣ではない。
馬が駆けてくる音だ。
すぐに真っ白な馬体が見えた。いや、正確には白い馬体に銀の馬鎧を着ている。そんな重い装備品で木々の間を縫うように走ってくる白馬。
どうやら相当に訓練された名馬に違いない。
そして、そんな名馬に乗ることができるのは――本職の騎士さまだ。
丁度朝日がさし込んできて、立派な甲冑がキラリと光る。胸に描かれたエンブレムは、果たしてどこの貴族のものか。王族かもしれないし、もしかしたら神殿騎士の可能性もある。まぁ、少なくとも光の精霊女王ラビアンさまの紋章ではなかった。
いや、それにしても――
朝日がさし込んでくる中、颯爽と白馬に乗って表れるなんて!
きっとイケメンだ。
イケメンに違いない。
いや、ぜったいにこいつイケメンだ!
ちくしょう!
きっと小さい頃からモテてたんだろうなぁ!
うらやましい!
「……」
なんていう感情は引っ込めておく。
こういうカッコいい登場って女の子が好きそうだなぁ~って思って、ちらりと弟子を見てみたけど。
「むぅ」
あんまり好みではない様子。
アレか。
騎士職に対して、ちょっと嫌な思い出があるせいか。
ありがとう、罪人イークエスくん。
君のおかげで、パルが騎士嫌いになった。
イケメンに引っかかる可能性がちょっと減ったので、こっそり感謝しておくよ。今ごろどんな実験台にされているんだろうね。今度、差し入れもっていくよ。覚えていたら。
「失礼する。貴殿らはレクタの頭上から降りてきたように見受けられたが、話を聞かせてもらってもいいだろうか」
ぶるるる、と息を吐いて甲冑白馬を停止させる騎士さま。
慌てるように、だが努めて冷静を装いながら質問してきた。
「問題ありませんわ。ただし、名前を名乗ってからにしてくださるかしら白馬の王子さま気取りさん。レディから自己紹介されるなんて、騎士の名折れですわよ」
いや、いつの間に隣にいたんですかルビーさん!?
危うく叫びそうになるのを寸前でこらえる。
パルも同じ表情だった。
いや、口元を隠す仮面のおかげで誤魔化せてるけど。
「これは失礼した。私はティスタ国王直属、シェル騎士団の団長を務めておりますルシェード・バッガーと申します。挨拶が遅れたことを許していただきたい、レディ」
ルシェードは兜を取り、胸に手を当てて慇懃に礼をした。
予想通り、金髪の爽やかなイケメンだった。ちくしょう。
でも、単純に騎士家の長男として家督を受け継いだだけの優男という風合いではない。それなりの実力はありそうだ。
しかし真っ先に駆けつけてきたのが斥候ではなく団長か。乗っている白馬の能力が高いのももちろんだが、それ以上に馬術の腕も相当なのかもしれない。
森の奥からドド、ドド、と音が聞こえる。
恐らくルシェード騎士団長の部下だろう。
「初めまして、ルシェード騎士団長さま。わたし達は盗賊ギルド『ディスペクトゥス』のメンバーです。巨大レクタの調査にやってきました。わたしのことはどうぞプルクラとお呼びくださいな」
ふむふむ。
こういう高貴な人間の対応はルビーに任せるのが一番か。
なにせ腐っても支配者。いや、腐ってないけど。
魔物であっても領主であったのは間違いないので、それなりに対応してくれそうだ。
便利べんり。
「プルクラ(綺麗)……なるほど。名に偽りが無いようだ。是非とも紅茶でも飲みながらゆっくり話をしたいところだが――」
ルシェードの言葉を遮るように後方で轟音と共に巨大レクタの足が一歩進み、地震と共に風が吹きすさぶ。
暴れそうになる白馬をルシェード騎士団長はなんとかなだめて、話を続けた。
森の奥ではようやく顔を見せた部下たちが馬を必死に制御しつつ、近くまでやってくる。
「この通り、我が国最大の災害が移動しているのでね。ゆっくり話している暇もない。貴殿らの目的は調査だけなのだろうか? もしも余裕があるのであれば、是非とも力を貸して頂きたい。いや、知恵だけでもいい。あのレクタの背に乗れるほどの実力があるのだ。わずかでも良いので、力添えを得たい」
頼む、とルシェードは馬上で頭を下げた。
よくもまぁ、謎の怪しい仮面を付けた謎の盗賊団に頭を下げられるものだ。
馬から降りないのが、せめてもの抵抗か。
ルビーはちらりと俺を見てきた。
俺は、問題ない、という意思を込めて一度だけまばたきをする。
「分かりました。調査は終わりましたので問題ありません。盗賊ギルド『ディスペクトゥス』として、協力いたしますわ」
協力すると告げた途端、ルシェードの顔がパッと明るくなった。
相当に追い込まれているのだろうか。
普通に考えれば、たかが盗賊三人を味方にしたところで解決するような事態でもないだろうに。
まぁ、その思惑は当たらずとも遠からず、なんだけどな。
「本陣に案内する。部下の馬に乗ってもらいたい。心得はあるだろうか?」
「問題ありませんわ」
ルビーはルシェード騎士団長に手を引いてもらい、甲冑白馬に乗った。
後ろから抱きしめられる形になるので……ちょっと嫉妬する。
むぅ、イケメンめ。
女の子を馬に乗せる姿も様になってるじゃないか。
ちくしょう。
「あたし、無理」
そんなルビーを見てパルが拒否の声をあげて俺にしがみつく。
騎士嫌いというよりも、馬に慣れてないっぽいのが原因か。
しまったなぁ。
ルビーの眷属に乗って移動する時、闇狼よりも闇馬にしてもらうんだった。
経験を無駄にした。
反省だ。
「では、部下の馬を一体貸しますのでよろしいでしょうか? かわいいお嬢さん」
「それならいいよ」
ルシェード騎士団長は、おい、と声をかけてひとりの騎士が馬から降りる。
「すまんな」
「いえ、こいつも可愛い娘に乗ってもらえて喜びますよ」
冗談の分かってくれる騎士クンだった。
彼は走って戻ることになるので、ホント申し訳ない。
「ほれ、サティス。手を」
「はい、師匠」
パルを引っ張り上げて、後ろから抱きしめる形で乗ってもらった。
……あいつすげぇな。
ルビーみたいな美少女を乗っけて反応しないなんて。
アレか。
ロリコンじゃなかったらこんなもんなのか。
俺がおかしいのか。
そうか、納得。
ルシェード騎士団長を先頭に、森の中を駆けていく。
さすがに馬は森の中を真っ直ぐ走れないので、ルシェード騎士団長は加減をするように馬を走らせた。
まばらだった木々が段々と増えていき、やがて森の中に入った。
「大丈夫か、パル?」
「はい、ぜんぜんオッケーです」
ぴょんと跳ねて倒木を飛び越えて、ガックンと激しく揺れる。
なかなかハードな乗馬体験だ。
「わたしの心配はしてくださいませんの?」
こっそりと仮面を通じてルビーが聞いてきた。
「手伝おうか、お姫様?」
「白馬の王子様に憧れると女の子が思っているなんて、時代遅れですわ師匠さん。今のトレンドは男女平等、おんなと子どもを解放しろだなんて差別です。男の子も解放してあげるべきですわよね」
「おまえは何を言ってるんだ」
「冗談です。ただのジョークですわ」
「ルビーはときどきオカしい……」
パルの同情するような声がなによりの答えだった。
さっきまでルシェード騎士団長と堂々と貴族っぽく話していたのになぁ。もしかしてその反動だろうか。
退屈に殺されそうだっただけに、シリアスとその正反対を演じることで自分でバランスを取っているのかもしれない。
「師匠さんまでそんな可哀想なものを見るような目で!?」
いや、目は見えてないだろうが、目は!
「あはは、やーい同情されてやんの」
「いいことでは?」
「……そうかも?」
珍しくケンカにならなかった弟子と吸血鬼に苦笑しつつ、森の中を走っていく。何度か休憩を挟み、やがて森の中に開けるようにして大きな湖が見えてきた。
「おぉ~」
「綺麗ですわね」
こんな状況でなかったらピクニックを楽しみたいような綺麗な景色だ。
だがそれも、巨大レクタによって消されてしまうだろう。
およそ真っ直ぐに馬を走らせているので、巨大レクタによって森は踏み荒らされ、湖の形も変わってしまうかもしれない。
「……」
その景色を見納めるようにしながら、縁をなぞるようにして馬を走らせた。
湖を越えれば木々はまばらになっていく。
「そろそろ本陣です!」
ルシェード騎士団長がそう告げて、俺たちは森から出た。
果たして辿り着いたのは――
「わ、すごーい!」
「壮大ですわね」
男たちが汗水を流す巨大な現場だった。




