表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

364/938

~卑劣! 恐ろしく速い移動。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね~

 日が落ちて。

 人間種の時間は終わった。

 太陽はすっかりと山と地平線の向こう側に落ちていき、代わりに月と星の光が地上を照らす。

 ここからは異形の時間だ。

 人間種がウロウロとしていれば、たちまち死体がひとつ増えることになるだろう。

 その犯人は魔物か。

 それとも野生動物か。

 もしかしたら夜盗の類かもしれない。

 人間の敵は、必ずしも魔物だけではないということだ。


「いけるか、ルビー?」

「もちろんですわ」


 スッと空中を撫でるようにルビーが手を動かすと、彼女の影がせり上がってくる。まるで液体のようにも思えた影の中から出てきたのは、真っ黒な馬だった。

 夜に溶け込みようなほどの闇色で、魔物と見間違うかのような巨躯。力強く大事を踏みしめる足は太く、だが鈍重には程遠いほどの筋肉質なのが見て取れた。

 闇色の体に唯一、月の光を反射している瞳。

 本来なら震えあがりそうに怪しく光る虹彩は、俺に対して優しく見下ろしてきた。

 同じ眷属として認めてもらっているのか。

 それとも、ルビーの一部だからか。

 眷属の仕組みはさっぱり分からないが、見た目の割りに従順そうな巨馬だった。

 それこそデュラハンが乗る馬のようにも思える。

 恐らく、戦闘となったとしても問題なく対応してくれるだろう。


「師匠さんはこの子に乗ってくださいませ」

「あたしは~?」

「パルには、こちらの子がいいと思います」


 ルビーがちょんちょんと空中で手を動かす。

 ルビーの影から次に出てきたのは――狼だった。もちろん真っ黒で、遠目に見れば狼とは判別できないほどの深い闇色だ。


「おぉ~。よろしくね、オオカミさん」


 パルが闇狼の頭を撫でる。

 ちょっぴりくすぐったそうに狼は目を細めた。


「ルビーはどうするんだ?」

「久しぶりに思いっきり走ってみたい気分の時ってありません?」


 まぁ、気持ちは分からなくもないが。


「目撃されないようにほどほどに頼むぞ」


 万が一、誰かに見られようものなら大変なことになる。

 巨大レクタだけでなく、夜闇を高速で駆ける魔物まで現れたとなると……人類の混乱が著しく高まってしまう。

 ただでさせ巨大レクタの対処をしないといけないのに、謎のターボババァの警戒までするとなると戦力を分散させないといけない。

 できれば、人類には巨大レクタの足止めと対処に注力して欲しいものだ。


「う~ん。それでしたら、これを」


 ルビーが影から何かを取り出して手渡してきた。


「これは……仮面か」


 セツナ殿と同じような、顔の目元だけを覆う真っ黒な仮面だった。ご丁寧に角まで付いており、セツナ殿とは違って二本の角が左右から突き出している。

 目元は大きめに空いているので視界が狭まることはない。顔を隠すという目的よりも、この仮面を印象付ける感じか。

 メガネをかけている人物がメガネを外すと、意外と顔の印象が変わる。

 身を隠すには、この程度でも充分に効果を発揮するはず。

 まぁ、それはいいが。

 どうやって付けるんだ、この仮面?

 そう思いつつも顔に当てると――


「うわぁ!?」


 顔に張り付くように吸着した。

 きもちわるっ!

 ぺっとりと肌に吸い付いて、なんかちょっと冷たい……


「あ、いいないいな~。師匠かっこいい。あたしもあたしも!」

「では、パルにはこれを」


 俺が目元を隠したのに対して、パルは口元を隠すような仮面だった。いや、それって仮面って言うのか? マスクって言ったほうがいいのかも?


「お~」


 牙を剥きだしたオーガの口元。

 そんなデザインの黒い仮面というかマスク。

 パルが口元に付けると、うわ、という短い悲鳴。やっぱり自然と吸着しているようで、思わず声を出してしまうのも仕方がない。


「どうですか、師匠? かっこいいですか?」


 金髪美少女が牙を剥き出しにした黒いマスクをしているアンバランスな姿。

 うん。

 イイ!


「おう、カッコいいなそれ」

「えへへ~」

「では、わたしはこちらを」


 ルビーが装備した仮面は、左半分だけを隠すようなデザインだった。俺が上で、パルが下。というわけで、ルビーは左。そんな感じか。

 のっぺりとした普通の仮面に目元だけがくり抜かれている。


「もっと可愛いのにしたらいいのに」

「可愛いデザインを自分で考えて付けるのって、なんかちょっと恥ずかしくありません?」

「あ、分かる~。でもほら、目の下のところにハートマークとか入れたらいいんじゃない?」

「では、パルのデザイン案ということで。笑われたらパルのせいですから」

「え~!?」


 見事な責任転嫁を宣言しつつ、ルビーは自分の仮面を人差し指でハートの形になぞる。目元の下にハート型の穴があいて、ルビーのぷにっとしたほっぺが見えた。

 なんだか穴に指入れたい誘惑に駆られてしまう。

 きっと仮面にテンプテーションの効果が封じられているに違いない。

 我慢だ、我慢。


「これで目撃されたとしても正体を隠せますわ」


 ん?

 あぁ、そういう意味合いで仮面を顕現させたのか。

 どうやらルビーは勘違いしていたみたいだ。

 しかし、これはこれで好都合。

 盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の記号として使える。黒い仮面はディスペクトゥスの証、としておけば分かりやすく噂が広がってくれるはず。

 結果オーライ。

 わざわざ訂正する必要もあるまい。


「よし、行くぞ」

「はーい」

「了解ですわ」


 俺は影馬に飛び乗る。

 少々暴れるかと思ったが、そこはルビーの眷属。不気味なくらいに大人しい。もとより馬ではないのかもしれないな。

 馬のような形をした何か、というのが眷属なのかもしれない。

 ご丁寧に鞍と手綱まであるのでありがたい。

 パルが影狼にまたがったのを確認してから、影馬の腹を蹴った。

 ダッ、と一気に走り始める影馬。

 だが――


「え?」


 ちょちょちょ!?

 ちょ、ちょっと待って!

 速過ぎない!?


「うわわわわわわわ」


 後ろからパルの声が聞こえた。

 悲鳴ではなくて、驚いている声。小さいはずの口元を震わせる声は、仮面を通して俺の耳まで届く。

 もしかして、仮面の能力か何かか?


「ルビー」

「なんでしょうか、師匠さん」


 試しに声を張らずにルビーを呼んでみると、しっかりと聞こえていた。逆にルビーがどこにいるのかも分からないが、声が聞こえてくる。

 なんとなくだが、仮面から聞こえてきている気がした。


「声が届くのは、この仮面の能力か」

「実際には眷属を繋ぐ力ですわ。影からできているものは、わたしの支配下にあります。そして、血を吸った師匠さんとパルも眷属ですので。仮面を通じて声くらいは聞こえますわ」


 便利だなぁ、眷属。

 いや、便利と言えるくらいにルビーが味方であってくれるわけで。

 ひとつ彼女が裏切れば、これらの能力は全て『厄介』に反転してしまうわけだ。


「信頼してるぞ、ルビー」

「んふ。なんですの師匠さん。今夜、抱いてしまってよろしいんですの?」


 なんでそうなる?

 というか、そっちが攻めなんだ。

 いや、どっちかっていうと俺からは攻めれる気がしないので、ありがたい……いやいや、違う違う。そうじゃない。


「こらぁ、吸血鬼ぃ!」

「大声を出さないでくださいまし、小娘。ちゃんと聞こえてますわ」

「ごめんあそばせ、おばあ様! 聞こえないかと思いまして!」

「誰がババァですって、誰が!」

「ルビーだよ、ルビー。もう! 師匠は信頼してるんだから、師匠を裏切っちゃダメだからね」

「……確かに」

「えー、素直!?」

「パルの言う事はごもっともな意見ですわ。では、パルからお先にどうぞ」

「ふえ!? いや、えっと、あたしはまだ先でいいので」

「あら。ではわたしが先に抱かれてしまいますね」

「どうぞどうぞ……って、ダメだってば!」


 うん。

 ワザと口喧嘩を楽しんでるだろう、こいつら。

 楽しくケンカするのはいいけど、無駄にケンカするのはやめておいて欲しい。


「ふふ。仕方がありませんので、今夜はおあづけということで。ということで、申し訳ありませんが師匠さん。今夜はひとりでソロぷれ――」

「いわせねーよ!?」


 あら残念、とルビーが言ったところで、ようやく彼女の姿を発見した。

 どうやら空中にジャンプしていたらしく、まるで落ちてくるかのように飛来した。地面を削りながら着地し、また飛び跳ねる。

 空中に吸血鬼の姿が切り取られるように、優雅に楽しく、彼女は飛び跳ねている。


「楽しそうだな、ルビー」

「えぇ、夜のお散歩は吸血鬼のたしなみですもの。大好きな師匠さんといっしょに夜を駆けられるなんて、夢のようですわ」

「そいつは良かった」

「あたしもいるからねー!」


 分かっていますわよ、とルビーは苦笑する。


「そろそろこの速度にも慣れてきたと思います。もう一段階、スピードをあげますわね」

「へ?」

「え?」


 どうやらこれが全速力ではなかったらしい。まるで暴風の中に放り込まれたように、影馬が加速した。

 普通の馬とは違ってまるで疲れを知らないように、ぐんぐんと速度があがる。

 景色が――

 見えている風景が、かつてない速度で後ろへと過ぎ去っていく!


「ひぃ、ぃ、ぃ、ぇ、ぇ~」


 パルの小さな悲鳴が聞こえてきた。

 距離が遠いのではなく、単純にビビってしまって声も小さくなっているようだ。

 俺も似たような気分なので分かる。

 めっちゃ怖い。

 恐ろしく速い。

 なんなの、これ。

 超こわいんですけど?


「あはははは! たーのしーぃ~!」


 ちなみにルビーはご機嫌だった。

 ぴょーんぴょーんと飛んだり跳ねたり、回転したり、バック走したり。しばらく走ってはジャンプして前方の様子を見たり。俺の後ろ、影馬に座るように着地したかと思うと、全力で影馬に捕まっていて、まったく余裕の無いのをいいことに、俺の頭を撫でたりした。

 好き放題だった。

 やはり吸血鬼は恐ろしい。

 ホント、魔王領での生活が退屈だったんだろうなぁ。

 そんな風に思えた。

 しばらくそのまま超スピードで走り続け、なんにもしていないのにヘトヘトになったころ。


「休憩しましょうか」

「さ、賛成! 休みましょう、師匠!」

「俺も同意見だ!」


 というわけで、なんにもない場所だけど、巨大レクタが作った道のど真ん中で影馬は止まった。

 その後ろで影狼も止まり、ふへ~、と盛大にパルが息を吐いて、コロンと道の真ん中に転がる。

 気持ちは分からなくもない。というか、俺も同じように転がってしまいたい。

 でも、俺は師匠だから。

 弟子にいいところを見せないといけないから。

 ちょっと我慢する。


「し、師匠。手がぷるぷる震えます」

「分かる。俺も無駄に力が入ってしまった」


 手綱を必要以上に握りしめていたらしい。

 手が白くなっていて、引き剥がすように手を開いた。

 手汗でじんわりと、ではなく、硬く握りしめていて固まっている状態。


「俺もまだまだ精神力が足りないようだ」


 でも怖かったし。

 マジで怖かったし。

 あんな速度で動いたの、初めてだし。

 仕方がないよね?

 うん。

 俺が特別ヘタレな訳じゃないよね。

 うんうん。


「あぁ~、気分がいいですわ。師匠さん師匠さん、お願いがあります」

「なんだ?」

「血を飲ませてください」


 どうやら相当にテンションが上がってしまっているようだ。

 ルビーの目がキラキラ輝いている――のではなく、怪しく紅色の瞳に金色の輪ができていた。

 ちょっと本気モードになってるじゃないか。


「それくらい問題ないが、ちょっと落ち着いてくれ」


 俺は影馬から降りて、地面に座る。

 ルビーはぴょんと跳ねるようにして、俺の前に立った。


「では」


 んふふ~、とご機嫌な様子でルビーは俺に抱き着く。

 正確には、俺の首元に牙を立てているのだが――他人から見ればルビーが俺を抱きしめているようにも見えるだろう。

 ぷつり、と首筋に傷みが走り、じんわりと熱を帯びるような感覚があった。


「あ~む……ちゅ、ちゅぱ……れろれろ……んっ、おいひぃ……ん、ちゅ、ちゅ」


 首筋に舌をはわせられ、ゾクゾクしてしまう。

 あまりパルには見られたくないが、どうやら弟子は疲労困憊のようのでぐったりと地面に転がっていた。

 助かる。

 できれば向こうを向いていて欲しいのだが……


「じ~」


 がっつり、こっちを見ていた。


「うっ」


 パルの目がちょっと怖いです。

 これがアレかなぁ。

 浮気を疑う女の子の視線なのかなぁ。

 あぁ、勇者よ。

 俺はまたひとつ、他人の視線に詳しくなってしまったよ。

 これからは、浮気を疑う女性の視線が分かるようになった。これで浮気調査を依頼される前に対処できそうだ。

 いや、俺は浮気なんてしないけど。

 まぁしかし――

 できれば……

 知りたくもなかった視線の種類だなぁ。

 なんて。

 そう思ったけどさ。

 おまえはいつも、賢者と神官からこの視線にさらされていただろうから。

 今さらだよな!

 あっはっは!

 はぁ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ