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~卑劣! 歩いていこうよ~

 パルとルビーが仲良くケンカし終わった頃合いで。


「ルビー、なにか情報は手に入ったか?」


 と、聞いてみた。

 ルビーは、こほん、とワザとらしく咳払いをしてから答える。


「これといって特に重大と思われる話はありませんでした。冒険者ギルドに顔を出してみたところ、巨大レクタの討伐へはすでに冒険者たちが向かったそうです。もちろん、足止めすら出来ないと承知の上らしいです。ボランティア、というやつですわね。ギルドに残っている仕事は街の警備と周辺の警戒。ルーキーレベルの仕事しか残っていませんでした」


 なるほど、と俺はうなづく。

 もともと魔王領から遠い南方の地なので、魔物の被害は少ないと思われる。冒険者の活動が盛んな街では無かっただろうが、それなりに実力のあるパーティはすでに巨大レクタの元に向かったか。

 もっとも――

 こんな街をホームにして活動している冒険者のレベルはそれほど高くは無いだろう。学園都市ではパルのレベルを上げてくれなかったくらいだ。

 そんな冒険者たちに巨大レクタを足止めできる実力があるかどうかと考えると、やはり難しいと考えるのが一般的だ。

 ボランティア。無償の仕事という意味だったかな。

 依頼達成が不可能なことを前程に請け負うとは、なかなか郷土愛のある冒険者たちだ。

 彼らの中でひとりでも古代遺産、アーティファクトの類を持っていれば……あるいは足止め程度はできるかもしれないが。

 逆に考えると、そんな物を持っているのなら、こんな街にいるはずがない。

 期待するだけ無駄か。


「ルビーも、これといった情報は無し、か」


 肩をすくめる。

 そんな俺を見上げながらパルが聞いてきた。


「師匠はどんな情報を手に入れたんですか?」

「とりあえず、歩こう」

「誤魔化してますの?」

「違うちがう」


 俺は巨大レクタによって削られて出来た『新しい道』を指差した。考えようによっては、大陸を横断するとても素晴らしい地ならしができるわけで。

 歩きやすくなった真っ直ぐな道を歩き始めた。


「俺が手に入れた情報は、すでに馬が売り切れってことぐらいだ。乗り合い馬車もこの状況じゃぁ運行してないだろう。巨大レクタに追いつくには、歩くしかない」


 さすがに坂道や丘になっている場所は、そう簡単に均等に平地にすることはできないようで。

 それなりの景観は残っている。

 ただ茶色い線が、今までの景色に一本の直線として入り込んでいるようだった。

 見渡せる範囲に巨大レクタの姿は無い。真っ直ぐ一直線に続く空白のような茶色い道の先には、何も見えなかった。

 徒歩で追いつくとは思えないが、それでも向かうしかない。


「周辺に街や村は無いんですの? そっちに向かえば馬車とか馬はあるのではないでしょうか?」

「ルビーの言うことはごもっともだ。つまり、みんなそう考える」

「あぁ、そうなりますわね。つまり周辺の街でも売り切れていると」


 そういうことだ、と俺は肩をすくめた。

 トボトボと歩くしかない。

 幸いなことに、非常に歩きやすくなっているのが皮肉めいていた。


「もしかしたら『いい出会い』があるかもしれんぞ」

「誰とですか、師匠?」

「さぁ、それは出会ってみないと分からない」


 パルはそれ以上聞いてこず、首を横に傾げる。

 なかなか良い弟子じゃないか。

 自分で考えることも重要なことだ。なんでもかんでも聞いてばかりでは、身に付くものもあるけれど、身に付かないものもある。

 世の中バランスが大事だ。


「う~ん……ねぇ師匠。走らなくてもいいんですか?」

「あ、そっち? もう考えるのを放棄したのか」

「えへへ」

「体力の温存だ。なに、夜になったら我らが吸血鬼さまが頑張ってくれるさ」

「あら、わたしですか?」


 ルビーが自分を指差してにっこりと笑う。

 知ってたくせに、頼りにされて嬉しそうだった。


「日が落ちたらルビーの能力が戻るので、連れていってもらおう」

「では師匠さんをお姫様抱っこしますわね」


 え~……

 それは、嫌だなぁ……


「眷属の召喚にしておいてください。馬とか、狼とかで勘弁してください」

「仕方ありませんわね」


 お姫様抱っこは回避できたようだ。

 良かった。

 誰にも見られないとは思うけど、できればパルにも見て欲しくないので。恥ずかしいし。師匠としての威厳とか、なんかその変の何かが傷付きそうなので。


「じゃぁ、師匠。代わりにあたしをお姫様抱っこしてください。いま!」

「却下だ」

「ちぇー」

「頭を使わないのなら歩きながら魔力糸の顕現。いつだって訓練できるぞ。まずは細く丈夫なものから」

「はい師匠!」


 物分かりの良い素晴らしい弟子の頭を撫でつつ、俺たちは真っ直ぐの道をひたすら歩いていく。

 途中に何度か休憩を入れ、ひたすら茶色の道を真っ直ぐに歩いていくと、そろそろ日が傾きかけてきた。

 残念ながら巨大レクタの姿はまったく見えない。


「まるで冒険者みたいな一日でしたわ」


 歩いているだけでもルビーにとっては楽しかったらしい。

 確かに冒険者と言えば、冒険よりも移動時間のほうが長いとも言える。ルーキーなど馬や馬車を買うお金も無いので、一日中歩くのが仕事と言っても過言ではない。

 まだ太陽は隠れていないものの、そろそろ野営の準備に取り掛かる頃合いだ。


「ふへ~……師匠~、休憩しましょ~」


 魔力糸を顕現する訓練を続けたパルは、さすがにヘロヘロになっていた。なかなか上手くなってきたが、まだまだ修行は続ける必要がありそうだ。

 パルがふらふらになっているので、夕飯を兼ねた休憩をしてもいいかもしれない。


「じゃぁ休憩するか。ちょうど森があるし」


 木々が薙ぎ倒されているが、元は森があった場所が見えてきた。幅広の大きな道が、森をまっぷたつにしている。

 巨大レクタのおかげで拓けているが、夜に森へ入るには注意が必要だ。

 森は、昼間でも薄暗い上に人の気配が少ない。

 つまり、魔物が発生する条件が整っている。

 それに加えて、野生動物もいるだろうから、何も考えずに森に入れば死が待つばかりだ。

 熟練の冒険者と言えども狼の群れに囲まれれば、休むこともできず疲弊させられ、僅かなミスをキッカケに死に追いやられる。

 よっぽど急ぐことが無い限り、夜に森へ入ることは推奨されない。


「おっ、誰かが野営した痕跡があるな。丁度いい」


 森の手前に焚き火した後の炭が残されていた。それほど日にちは経っていないが……少なくとも三日以上は経過していそうな感じではあった。

 雨で流れた様子が無いので、ここ数日だとは思う。

 ふむ。


「パル、この野営後から読み取れることはなんだと思う?」

「ほえ?」


 ヘロヘロながらもブーツのおかげで足取りはしっかりしているパル。ぼやけた頭でも、思考を働かせる訓練になるかと思って質問してみた。


「え~っと……あ、分かりました。レクタが通った後に野営しています。だから、目的があたし達といっしょのパーティです。人数はえ~っと……ふたり?」

「残念、三人だ。でも、良く出来ました」

「えへへ~」


 パルの頭を撫でつつ、休んでいいぞ、と声をかけておく。

 木を背もたれにしてぺったんと座り込んだパルを見届けてから、森の中を確認する。

 元は薄暗く、それなりに深い森だったんだろう。地面は深い落ち葉と緑の苔で倒木が埋もれていた。

 今では巨大レクタのせいで、それなりに日が差し込んでしまったらしく、足元の一部の苔が茶色く変色している。

 あまり太陽の光を得意とする植物ではなかったらしい。


「ルビー、火を熾せるか」

「やらせてください」


 できるできないじゃなくて、やらせて欲しい、か。


「いいぞ、頼んだ」


 冒険者セットに火打石もあるし、パルもいるのでなんとかなるだろう。乾いた枯れ木もそれなりに落ちている。

 喜々として枝と落ち葉を集め始めるルビーに苦笑しつつ、俺は森の中に入った。


「あったあった」


 お目当てのツタのように伸びる一本の植物を見つけた。

 それなりに太く、一見すると木の枝のようにも見えるが、よくよく観察すれば地面から生えてきているのが分かる。

 投げナイフを取り出し、その植物を切断すると――少し遅れてダバダバと水が流れ出してくる。あとは冒険者セットの鍋にそれを受け止めれば水分は確保できる。サバイバルの基礎知識だ。

 近くには、同じように切断された太いツタがあった。

 恐らく前に野営をしていたパーティだろう。

 鍋に水が貯まる間に森の中を歩き、適当に食べられる木の実を集めておいた。お腹いっぱいにはならないが、多少はマシになるはず。

 甘い木の実もあったので、ちょっと大目に取っておく。

 パルが喜んでくれたらいいな。

 そう思いながら鍋を回収し、森からレクタの道に出ると――ちょうど馬車と出くわした。

 御者席にふたり、冒険者風。

 幌の中にひとりの青年。

 馬車は速度を緩め始めており、馬は疲弊した様子だった。

 馬車が来たのは、俺たちが向かう方向から。

 つまり、巨大レクタのいる方向から馬車がやってきた。


「ふむ」


 もしかしたら『いい出会い』かもしれないな。

 つまり、同業者。

 レクタの跡を通ってきた馬車は、調査を終えてリダの街に戻るところ、かもしれない。

 情報を手に入れるチャンスだ。

 馬車は、ちょうど野営跡が有ったあたりで停車する。

 俺は鍋の水がこぼれないようにしながら、小走りで野営地に戻った。


「すまない、休憩させてもらえないだろうか」


 前衛装備――戦士と思われる冒険者がルビーに声をかけているところだった。

 もうひとりは神官服を着ている女性だった。まぁ疑う必要もなく神官職だろう。御者席から降りて馬の顔を撫でている。


「えぇ、どうぞ。ただし、火を点けるのはわたしです」

「お、おう。もしかしてルーキーかい?」

「レベル1ですわ」

「そうか。え~っと……」


 困ったように頭を掻く男戦士に、俺は声をかける。


「申し訳ない。冒険が楽しくて仕方がないようで」

「ん? あ、あぁ。あんたが雇い主か。いや、オレたちは別にかまわんよ。少しだけ休憩させてもらったらすぐに出る」


 彼らが休むというよりも、馬を休ませたいという感じか。

 すでに日が落ちかけているが、急げば許容範囲内でリダの街に帰れる距離だ。ここが北方ならばおススメしないが、比較的平和な南の地。よっぽど運が悪くない限り、魔物とエンカウントするとはないはず。


「ひとつ聞いていいか。見たところ、巨大レクタの調査に行かれたようだが……?」

「あぁ、学者さまをレクタに連れていく任務だったんだ。もしかして、あんたも調査か?」


 俺は素直にうなづいておく。


「依頼されて調査に来たのだが。図々しいかもしれんが、情報提供してもらえないだろうか」


 答えてくれたのは男戦士ではなく女神官だった。


「学者さまに聞いてみましょう」


 そう言って彼女は幌の中にいる男に声をかけてくれた。

 同じ神官服でもサチとは違う雰囲気があるな。どこの信徒かは分からないが、ベテランの神官さまのようだ。

 年齢的には年下の女性なのだが……個人的にはあまり良い印象は無い。

 別に神官という存在そのものが嫌いとかそういう訳ではない。

 うん。

 彼女は25歳くらいだろうか。うん。手遅れだな。うん。

 いや、別にいいんだけどね。

 あくまで、個人的に、だ。個人的に、なんかイヤなだけ。年下だろうと。うん。

 あぁ、もう!

 それもこれも全部、勇者パーティのせいだ!

 逆恨みだけどさ。

 できれば、男戦士クンと結婚しててくれ。うん。それがいい。夫婦で冒険者やってんだろ。しあわせにな!


「情報収集ですか、ごくろうさまです!」


 俺が意味不明なモヤモヤ感を心の中で追い払っていると、なかなか快活な声が聞こえてきた。

 幌から降りてきた学者さまの声だ。

 意外にも快活に挨拶をする人だったようで、目がランランとしている。

 あぁ、これはアレだ。

 学園都市の生徒たちと同じ目をしている。

 あそこに行かなかっただけで、研究者は世界中にいるからなぁ。もしくは、学園都市からスカウトされて国に所属する生徒もいるので、その類と思われた。

 未曾有の獣害だというのに、楽しそうでなによりだ、まったく。


「すまない、俺はパーロナ国のジックス街から派遣されてきた者だ。レクタ・トゥルトゥルの進行方角等の情報を教えて欲しい」


 俺は長筒から地図を取り出しながら学者さまに伝える。

 もちろんです、と学者さまは嬉しそうに答えるのだった。

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