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~卑劣! 半分だけのリダの街~

 学園都市とはまた違った砂浜。

 リダの街にある砂浜は、学園都市とは違って少し濃い色をしている。

 全体的に茶色の色をした砂浜だった。

 ざっぱーん、という波の音。海岸に押し寄せてくる波も高く、波が崩れた先が白く濁っており、泡立っているように見えた。

 どこか薄らさみしい光景に思えるのは……やはり、街の惨事と隣り合わせの風景だから、なのかもしれない。


「街が――」


 パルの言葉は続かない。

 どこか冗談めいた――まるで子どもが積み木で作った街をイタズラに崩したかのような崩壊をしていた。

 なにせ、まるで区切ったかのような綺麗なラインが見えるのだ。

 ハッキリと、崩壊した場所と無事な場所が分かれている。街の左側は無事で、その反対側は何も無くなっていた。

 崩れたとか火事があった、とかそういうレベルではない。

 地面を削り取るように、擦りつぶされるように。

 何も無くなっていた。


「師匠さん、これを」


 唖然と街の被害を見る俺とパルだったが、ルビーは冷静だったらしい。そのあたり、魔物らしいと言えるかもしれない。

 冷静と薄情は表裏一体なのかもしれないな。

 それはともかく、ルビーが示す場所へ向かう。そこは、砂浜が広い範囲でへっこんでおり、押し固められている状態だった。

 遠くから見れば、段差がひとつあるように見えるかもしれない。

 それほど大きな範囲が、丸く押し固められて沈んでいた。


「もしかして、これは……足跡か」

「そう思われます」


 俺の身長を優に越えた大きさ。いやいや、身長と比べること自体が愚かとも言うべき足の大きさだ。

 馬車どころではなく、家の一軒や二軒と比べるほうがいい。

 もしかしたら貴族のお屋敷がまるまるひとつ入ってしまうかもしれない大きさだった。

 どれほどレクタ・トゥルトゥルが大きかったのか、一目瞭然となる足跡だ。


「え~……」


 これが足跡だと聞いて、パルはポカンとしている。

 むしろ、正しい反応と言えた。


「ルビーは、冷静だが……こういうの見たことあるのか?」

「いえ、初めてです。正直言いますと興奮を抑えきれません」


 どこか嬉しそうなルビーの口調は、街に入る前に確認できて良かったかもしれないな。

 不謹慎だ、と怒られるのでなだめておく。


「あまりハシャぐなよ」

「分かっております」


 そんなルビーに対して、パルは唖然としたまま足跡をそばでしゃがんでいる。押し固められた砂浜をいじっているようだ。


「意味わかんない……」


 常識が邪魔をしているのだろうか。

 こんな生物がいるっていう状況を受け入れらないような感じか。


「ひとまず、誰かに話を聞いてみるか」


 いつまでも砂浜にいるわけにもいかないので、街へと向かってみる。外壁もなにもあったもんじゃないので、擦りつぶされた境目の場所へと移動した。

 削られた地面と舗装された道。

 半分だけ残った家。

 ギリギリで難を逃れた店。

 くっくりと命運が別れた街が、そこにはあった。

 そんな街の境界線に、ひとりの衛兵がいた。

 仕事中のはずだが、疲れ切ったように座り込んでいる。

 まぁ、それも無理はないだろう。


「すまない」

「ん? あぁ、旅人さんかい?」


 ちらりと顔をあげ、衛兵である青年は苦笑した。


「こんな時に来るなんて、間が悪いなアンタ」

「いや、大惨事になったと聞いたから来てみたんだ。予想以上だったが」


 ははは、と青年は乾いた声で笑った。


「オレもこんな事になるとは思ってもなかったよ。楽な仕事だと思って衛兵になったんだが、それどころじゃなくなっちまった。家も綺麗さっぱり真っ平になっちまったんだ」


 青年の家は、運悪く巨大レクタの通り道だったようだ。


「大変だったな」

「でもよぉ、不幸中の幸いってやつか死人はゼロ。足が遅いのはやっぱり亀なんだな。どうやっても止まらなかったが」

「戦闘したの?」


 パルの質問に青年はうなづいた。


「あぁ、戦ったよお嬢ちゃん。オレの家が潰されそうなんだ。オレの街が真っ平にされていくんだ。今までこんなに頑張ったことがないってくらいに必死に攻撃した。でも、まったくダメだった。オレ達程度の攻撃じゃぁ止めることすら不可能だったよ」


 青年は肩をすくめて、自分が持っていた槍をコツコツと叩く。

 マジックアイテムでもなく、ましてや特別性でもない普通の量産品である槍。傷をつけるどころか、ダメージすら与えられなかったらしい。


「どこを狙いましたの? 足? それとも甲羅でしょうか?」

「足も狙ったし、顔も狙った。甲羅が硬いのは初めから知ってたしな。皮膚ぐらいはやわらかいと思ったんだけどさ。でも刺さりもしねーし、血の一滴すら出なかった」


 まったくダメだった、と青年は諦めたように笑う。

 もう投げやりの状態だ。

 笑いうしかないというのも、無理はない。


「ヤツの歩く速度はどんなもんだ?」

「さっきも言ったが、そんなに速くはなかったな。やっぱり体が重いせいか、一歩が遅い。ゆっくり歩いて、確実に進んで、踏みつぶす。そんな感じか。妨害が効いたかどうかは分からないが、街を通り過ぎるのにそれなりに時間が掛かったな」

「なるほど」

「そんなこと聞いてどうするんだ、旅人さん。見物に行くのはいいが、国の足止めに巻き込まれないように気を付けろよ。矢とか魔法がわんさか飛んでるかもしれないぜ」

「国が動いてるのか」

「王様の私兵とリダ公爵と貴族が動いてるって聞いた。まぁ、こういう時のために税を納めてるんだから、当たり前っちゃぁ当たり前だが」


 なにかあった時のため、平民のために動くのが貴族というものだ。

 リダ公爵とは、恐らくこのあたり一帯を治める領主だろう。自分の土地をひたすら削られるのを静観できるほど、貴族の生活も甘くない。

 明日は我が身、ならぬ、明日は我が領地。

 通り道になっている領主や、名声や武勲をあげたい貴族連中、騎士の一族が集まっているに違いない。

 そこにどんな思惑があるのかは知らないが。それでも、静観しているよりよっぽど安全に名声を集められるだろう。

 なにせ、巨大レクタからは攻撃してこないのだから。

 死者をひとりも出さず、大義名分は叶えられる。


「ありがとう、参考になったよ」

「半分だけでも楽しんでいってくれ、旅人さん。あと、かわいい護衛さんも」


 衛兵の青年にお礼を言ってから、俺たちは街の中に入る。

 街の中と言っても、潰された部分と無事な部分の境目を通っていく感じなので、中なのか外なのか分からないが。


「復興に取り掛かるには、まだ時間が必要か」


 押しつぶされ、削られた側の街には、ちらほらと人影がある程度。すでに脅威が去った後とは言え、まだまだ混乱は残っているようだ。

 なにより、現状では建物を再建する材料が無い。そのほとんどを押しつぶされている状態なので、新しく用意する必要があるのだろう。


「師匠、こっちにも足跡がありますよ」

「運が悪かった家もあるようだな」


 街の左側……無事だった方でも足跡があり、その部分は丸く潰されている。巨大レクタの甲羅部分ではなかったが、通り道である限りは足を付かないといけない。

 その部分に丁度当たってしまった家は、ぺったんこになるしかなかったようだ。


「死人がゼロということは、初動が良かったのでしょうか」

「いや、もしかしたら速度が相当ゆっくりなのかもしれん」


 街の半分に当たる人間がきっちり逃げ切るには、相当な時間が必要だ。なにより混乱もあっただろうから、想像以上に巨大レクタの動きが遅い可能性もある。


「なんにしても得られる情報は集めたい。適当に聞いてきてくれないか。集合は街の反対側」

「はーい」

「了解しました」


 パルとルビーが街中に入って行くのを見届けてから、俺は境界線上をまっすぐに歩く。巨大レクタが通ったほうは押しつぶされるように一段下がっていた。


「一歩歩くごとに甲羅をおろしている感じか?」


 見た目と反して重いレクタの甲羅だ。

 ここまで巨大だと相当な重量のはずなので、巨大レクタ自身も一歩づつ歩いては休憩しているのかもしれない。

 俺は、地面の中に沈むように押しつぶされた家の柱を見た。

 もろくひび割れていて、粉々になる寸前のように見える。


「老朽化じゃぁ、ないよな」


 重さと地面の硬さに挟まれて、砕けながらも地面に沈んだ。

 そう考えるのが良さそうだ。

 木片は残っているが、石造りの建物は砕けて砂になったのではないだろうか。

 構造解析スキルが欲しいところだ。


「ん」


 ふと気配を感じて顔をあげれば。

 俺と似たような感じで境界線上を眺める男がいた。風貌は一般人ではなく、どちからかというと冒険者に近いものを感じる。


「同業者か?」


 そう声をかけてみると、男は肩をすくめた。


「旅人の同業ってのはなんだよ」

「そういうことだ」


 同年代らしき鼻で笑った。

 やはり盗賊のようだ。


「あんたも調査に来たのか?」

「まぁ、物見遊山で来るような場所じゃないな」


 確かに、と今度は俺が肩をすくめる。


「情報があれば売って欲しい」


 そう言って俺は中級銀貨を指で弾いた。

 男はそれを受け取るが、同じ調子で弾き戻す。


「残念だが、見た目以上に情報は無い」


 戻ってきた銀貨を見ながら、俺は嘆息した。

 魔物でもなく、被害は野生動物のせいだ。

 しかし、その動物が規格外なので情報も何も得るものが無いようだ。


「方角も、分かりやすい跡が残ってるしな。あとは速度だが……一応は足止めできているらしい」

「確かな情報か」


 いや、と男は首を横に振る。


「失敗した、という話も聞いてる。実際に見に行ってみないと分からんな」

「そうか」


 やはり巨大レクタには追いつく必要があるようだ。


「あんたも出発するなら早くしたほうがいいぜ」

「どういうことだ?」

「馬が売り切れだ」


 男はそれだけ言って、手のひらをヒラヒラとさせて街中へと移動していった。


「馬って売り切れるのか」


 まぁ、ホンモノの騎士さまには必要だしな。

 なにより壊滅状態の街だ。

 商人にとっては、今すぐにでも逃げ出したい職業もいるはず。そういった商人が大荷物を抱えて街を出ていくには馬車が必要だったかもしれない。

 巨大レクタを討伐しようと意気込んだ冒険者たちも、こぞって馬を買った可能性もある。

 なにより――

 馬を扱う店が、街の右側にあったのならば……売り切れの理由も分からなくもない。


「お」


 更に境界線を進んでいくと、ドワーフの姿が見えた。

 それと商人だろうか。

 復興の計画を立てているのかもしれない。

 人間種が引き続きこの街に住む以上、家は建てないといけない。

 そうなると優秀なドワーフたちがやってくる。ドワーフたちが食べて寝る以上、宿屋は儲かる。で、肝心の再建材料である木材や石などが売れる。で、やっぱり力仕事をした後は酒が飲みたくなるもので。そんでもって酒が入ると性欲がアップするので、娼婦や男娼がいる。儲かった娼婦たちが自分の価値を高めるためにアクセサリーを買うので、今度は装飾品の商人が儲かる。

 そういう感じで経済とは回るものだ。

 ジックス街の橋に、新しい村が出来たように。

 何も無くなってしまったリダの街の半分は、そのうちきっと元に戻るはずだろう。


「ふぅ」


 被害が出てしまった街の心配はしなくていい。

 恐らくだが……この規模の街で死人が出なければ、集落や村ならばもっと安全に逃げられるはず。すでに通り道が確定した村や集落の人間は避難しているかもしれない。

 問題はやはり――


「巨大レクタの倒し方か」


 足止めの方法はいろいろあるが。

 肝心の倒し方が問題だった。

 甲羅だけでなく、皮膚にも攻撃が通らない。

 それは、言ってしまえば『無敵』とも言える生物だ。


「……」


 ゲラゲラエルフが、それこそゲラゲラ笑ったが。


「手はある」


 俺は自分の右手を見た。

 なにも掴み取ることができなかった手だ。

 巨大レクタにとっては、それこそちっぽけな手だ。


「手はあるんだ」


 卑劣と呼ばれ、卑怯とさげすまされた――

 そんな手が。


「俺にはある」


 ふぅ、と息を吐いて。

 俺は境界線上を真っ直ぐに歩き続けた。

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