~卑劣! 盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の初仕事~
長旅の準備。
本来は馬車の手配や携帯食料など、いろいろと用意しないといけない。ルートの確認もあるし、場所によっては危険な場所もある。
魔物だけでなく、同じ人間種だって敵となるのだから仕方がない。
それこそ冒険者の護衛を雇う必要も出てくるだろう。彼らにとっては、護衛の仕事は良い稼ぎでもあるのだから。
だが、しかし――
「なにも考えないでいいのは楽だな」
俺はコツンと左腕に装備している転移の腕輪を叩いた。魔力の充填は完了しており、腕輪はほのかに青く光っている。
いつでも転移できる状態だ。
「師匠、準備できました」
「こちらも整いましたわ」
パルの見た目は変わっていないが、投げナイフをしっかりと装備してきている。ベルトにはポーションの瓶を携えており、いつでも出発できる姿だった。
盗賊らしい軽装備。
それに対してルビーは、まさしく重装備。
いわゆる戦士の出で立ちだ。
なにせ、背中に大きな鉄の棒を装備しているように見えるのだから。
アンブレランス・バージョン2。
残念ながら、まだ訓練でしか使っておらず、本気で使用はされていない。
「わたしの出番はあるでしょうか。ラークスくんに使い勝手の報告をしないと」
「戦うのはレクタ・トゥルトゥルだけとは限らんぞ。遭遇戦。ランダムエンカウントもあるからな」
「あぁ、確かに」
失念していましたわ、とルビーはポンと手を合わせて笑った。
ホントにこの吸血鬼は魔物種なんだろうか。
単純思考が危ういけど、ちょっとうらやましくも思える。
「ふむ。もう少し、冒険者っぽく見せる必要があるか」
「わたしですか?」
ルビーの言葉に俺はうなづいた。
「いくら前衛の軽装戦士とは言え、ポーションのひとつも持っていないのは変だしな。全身鎧の重装戦士ならまだしも、ルビーの見た目だとちょっと違和感がある。レベル1とは言え、バックパックじゃなくてベルトかウェストポーチぐらいは装備しておいたほうがそれっぽく見えるかな」
「あたしのと同じベルトでいいんじゃない? ポーション装備できるよ」
パルのベルトには背中側にポーションの瓶を装備できるようになっている。冒険者用のベルトで、ルーキー御用達の一本だ。
「それでいいか、ルビー?」
「異議はありませんわ」
せっかく前金をもらったので、そこから払っておく。
ルビーのベルトを防具屋さんで買った。
「黒色がいいですわ」
上も下もソックスもマントもベルトも、真っ黒な美少女が完成した。
髪色も黒だし、似合っていると言えば似合ってるのだが。
いかんせん、お年頃の冒険者に見えなくもない。
いるんだよねぇ~……
十二歳くらいで冒険者になって、ルーキーをそろそろ卒業しようかって頃合いが十四歳から十五歳。
新しく防具を新調した結果、真っ黒になっちゃう男の子。
うん。
勇者がそうだった。
一時期、あいつ黒かったなぁ~。
技名を叫びながら、めちゃくちゃ楽しそうだったので別にいいけど。
「もっとオシャレしたらいいのに」
「オシャレして、変に目立ってしまっては師匠さんに迷惑がかかりますわ」
「自意識過剰」
「これでも領主ですので」
合っているような間違っているような……?
まぁとにかく、ルビーの見た目をそれっぽく整えてから神殿に向かう。
そこでポーション、スタミナ・ポーション、マインド・ポーション、ハイ・ポーションを一本づつ買って、ルビーのベルトに装備していった。
「かなりサマになったぞ、ルビー」
「ありがとうございます師匠さん。頭を撫でてくださいまし」
「なんで?」
理由は分からんが、とりあえずルビーの頭を撫でておく。どうせ文句を言われると思ったので、パルの頭も撫でておいた。
「んふ」
「えへへ~」
美少女ふたりが満足そうでなによりだ。
「そろそろゲラも治まっただろうし、戻るか」
改めて装備点検してから、俺たちは盗賊ギルドへ戻った。階段を降り、幻の壁を越えるとルクスが手をあげる。
「大丈夫か?」
「なんの話だ?」
トボけた様子を見るに、まぁ大丈夫なんだろう。若干、疲労しているように見えるが。そこはスルーしておくのが大人の対応というものだ。うん。
「準備が整った。こっちはいつでも行けるぞ」
「馬車の用意は?」
「いらん。独自のルートがある」
「分かった。これが新しい世界地図とテイスタ国の詳細な地図だ」
世界地図はともかく、テイスタ国の詳細地図など国家機密に値しそうな一枚だ。王都や街、村、集落の位置が正確に記されているし、川の流れや街道、更には森の大きさなども把握できてしまう。
もしもテイスタ国と戦争をする場合。
この一枚の地図で、なにもかもが決まってしまいそうな気がした。
「世界地図は記入してもかまわんが、テイスタの詳細地図は必ず無傷で返却しろ。複製は禁ずる。説明するまでもないが、紛失した場合はちょっとした罰が待ってるのでそのつもりでな」
「ちょっとした罰って?」
パルの質問に、ルクスは首にトントンと手をあてた。
「なに、首と胴体が永遠にさよならするだけさ」
「ちょっとした罰ですわね」
ルビーが肩をすくめて苦笑する。
吸血鬼にとっては、ホントの意味で『ちょっとした罰』なのかもしれない。
俺とパルは盗賊職なので、『首無し騎士・デュラハン』にも成れそうに無いので、注意しないといけないな。
地図を丁寧に丸めて、筒状の収納ケースに入れる。それをバックパックに丁寧にしまった。
本当ならできるだけ丁寧に扱いたいが、だからといって地図用に新しくカバンを増やすのも問題だ。
大切だから、貴重だからと特別に扱うのは良いが、それはそれで別の意味で狙われてしまう可能性が高い。
大事そうにカバンを抱えていては、盗んでください襲ってください、と言っているようなものだ。
ボロボロのバックパックに、まさか金のインゴットが敷き詰められているとは誰も思うまい。
「他に何か質問や要請はあるか?」
「ひとつ頼みがある」
「なんだ? 愛の告白ならお断りだぞ」
「そいつは残念だ。今度、弟子たちが見ていないところで言うことにするよ」
そうしてくれ、とルクスは肩をすくめた。
この程度の冗談では笑わないんだな。笑われても困るが。
「で、なんだ?」
「この仕事、ディスペクトゥスが引き受けたことにしてくれ」
「あぁ、立ち上げたギルドの話か。なるほど。まぁ、成果はどうあれあんた達の名前は売れるかもしれん。よし、分かった。そういうことにしておくよ。ただし、失敗したらディスペクトゥスとエラントの名前は出すから覚悟しておけよ」
「承知の上だ」
分かった、とルクスはうなづいた。
「ジックス街の盗賊ギルドは、正式にギルド『ディスペクトゥス』に巨大レクタの調査依頼をした。これでいいかな?」
あぁ、と俺はうなづく。
契約成立。
ここからディスペクトゥスの名を売っていこう。
「じゃぁ行ってくる」
「いってきまーす」
「行ってまいりますわ」
「頑張れよ、ディスペクトゥス。言いにくいな。ディスペでいいか、ディスペで?」
「正式名称で頼む」
「へいへい」
適当な会話でお互いに肩をすくめつつ、盗賊ギルドを後にした。
俺たちはそのままジックス街の外を目指す。
冒険者と護衛される旅人を装いつつ門から外に出ると、そのまま街道を進み、途中で街道から反れて森の陰へと入った。
「パル、視線は?」
「通ってません」
「ルビー、魔物の気配は?」
「ありませんわ」
「うむ。では、転移するぞ」
パルとルビーが手をつないで、空いたほうの手で俺の服をつかむ。それをしっかりと確認してから転移の腕輪に転移のマグをコツンと重ねた。
イメージするは、テイスタ国のリダの街。
貝がたくさん取れた海辺の砂浜を覚えている。夕焼け空の下で剣の素振りをしている勇者を真似て、街の子ども達がいっしょに棒を振っていた、あの光景だ。
なんとも微笑ましい思い出であり。
勇者として、あいつが信頼されている風景でもある。
それを思い出しながら――
「アクティヴァーテ」
発動キーを唱える。
ふわり、と体を浮く感覚と、視界がブレ、一瞬だけ見える真っ暗な深淵。
しかしそれもわずかな間だけ。
果たして転移は成功した。
少しの浮遊感が消え、暗転した目の前がすぐに明るくなる。
足元に感じる砂と、波の音。
それと共に。
「あぁ……」
壊滅的なダメージを負った街の姿が。
目の前に飛び込んできた。