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~卑劣! 夏と訓練と新しい仕事~

 夏。

 どこまでも空が青く、真っ白な雲が遠くに浮かんでいる。

 まぶしいくらいの日差しと、それとは正反対に影の中は濃い黒にも思えた。

 そう。

 夏は動物たちが活発に動く季節であり、盗賊も大活躍する季節だ。

 もっとも――


「盗賊は年中活躍してるが」


 春だろうが、夏だろうが、秋だろうが、冬だろうが。

 いつだって影を除けば陰があり。

 陰があれば盗賊がいる。

 そんなものだ。

 しかし、暑いなぁ。

 大陸の中央ともなると、やっぱり神さまへの信仰は均衡化しているので、季節の移り変わりがしっかりしている。

 南方の国などでは火の精霊女王や陽の精霊女王、太陽を司る神や熱を司る神の信仰があついので夏の暑さはより過酷だ。

 砂漠国デザェルトゥムが典型的な例だろうか。

 なにせ、暑すぎて植物が枯れ、砂漠の国になったのだから。

 ともかく、夏のある日。

 盗賊ギルドから連絡があったのは、午後。

 俺たちはジックス街の近くにある森でパルの訓練中だった。


「3、5、1」

「はい!」


 投げナイフの投擲訓練。

 番号を適当に描いた板を森の中にランダムに配置し、背中を向ける。俺が番号を告げると同時に振り返って、素早く板を確認。

 パルは指示通りに素早く3番、5番、1番の板へと投げナイフを投擲した。

 当たりハズレに関わらず、パルはすぐにくるりと反転して板に背中を向ける。手応えがあったかどうか判断するのも訓練の内だ。


「結果は?」

「三つとも命中です」

「よろしい」

「えへへ~」

「さて問題。2番の板は存在したか?」

「え~っと、無かったです」

「では、ルビーはどこにいた?」

「7番の木の上」

「正解。良く出来ました」


 パルの頭をちょっと強めにわしゃわしゃと撫でてやる。

 状況判別と投擲技術は飛躍的に向上した。瞬間記憶のおかげか、物覚えがいい。なにより、しっかりと飽きずに訓練を続けてくれるのがパルの強みだ。

 静止した状態からの投げナイフの投擲はすでにスキルマスターの領域と言ってもいいだろう。もちろん、これだけでは実戦には使えないので、次は全力移動を合わせた投擲訓練をしていかないといけない。

 しかし――

 やはり実戦経験が圧倒的に少ないよな。

 今後どうやってそれを補うのかが問題か。

 しばらく冒険者として魔物を倒しまくる依頼を受けさせようか……それとも、黄金城へ行ってみるか……

 とりあえず、今はできることをしよう。


「ルビー、次は攻撃の意思を示してくれ!」

「分かりました~!」


 幸いなことに、最強の魔物とも言える吸血鬼が協力してくれるのだ。

 攻撃ばかりではなく防御も考えないといけないしね。

 次の訓練に移ろうかと思った矢先――


「あ、師匠」

「ふむ」


 こんな森の中に誰かが近づいてくる気配。パルも感じ取ったらしく、警戒するように身構えた。素晴らしい気配察知だ。路地裏で鍛えられただけはある。

 森の中から近づいてきたのはひとりの男。

 攻撃の意思が無いことを示すように、両手をあげながら近づいてきた。


「あんたがエラントさん、かい?」

「そうだが」

「仕事だ。ギルドに来てくれ」


 なるほど、盗賊ギルドからの呼び出しだった。

 どうやら同業者だったようだ。


「直接声をかけてくれるとは珍しい」

「こんな森の中だ。こそこそ隠れて近づいたら逆に危ない」


 確かに、と俺は肩をすくめた。

 変に隠れて近づいてこられたら敵かと疑ってしまう。

 堂々と近づいて用件を伝えるほうが、よっぽど安全だ。なにより他に誰もいないのだから、隠れる必要もないか。


「用件はそれだけだ。頼んだぞ」

「ありがとう」

「嬢ちゃんも、訓練がんばれよ~」

「はい、頑張ります!」


 男はヒラヒラと手を振って、また森の中へと消えていった。しばらくすると気配が霧散してどこに行ったのかも分からなくなる。

 普段は狩人として擬態している盗賊なのかもしれないな。


「ルビー、すまん。仕事が入ったんでお片付けだ」

「了解ですわ~」


 パルは投げナイフを、俺とルビーは板を回収してジックス街へと戻る。宿に帰って荷物を置くと、そのまま盗賊ギルドへと向かった。


「ここが盗賊ギルドですのね」


 今日はルビーも同行するらしく、地下へと続く階段をきょろきょろと見渡した。そのまま地下室へと到着すると、目の前に座る男に怪訝な目を向けた。


「こっちですわね」


 さすが吸血鬼。

 一言さんを騙すダミーの受付と幻の壁に気付いたようで、率先して中へと入った。


「おや。君が噂のルゥブルム・イノセンティアか」


 ルビーに気付いたゲラゲラエルフのルクスが、歓迎するよとダルそうな態度で迎え入れてくれる。


「初めまして、ルクス・ヴィリディ。あなたに出会えて光栄です。お噂は聞いておりますわ」

「わたしの噂なんてあるのかい?」

「もちろんです。なんでも笑いだしたら止まらないとか」

「噂には尾ひれが付くもんだ。冗談半分、話半分で充分だ」


 堂々と嘘をつくゲラゲラエルフだった。

 止まらないどころか、漏れる漏れる、と苦しんでいるくせに。

 というか、実際漏らしてそうで怖い。

 ゲラゲラエルフじゃなくて、ビショビショエルフだ。


「なにか言いたげな顔をしているな、エラント。盗賊のくせに感情が表情に出るとは情けない」

「はいはい、精進するよ」


 俺は肩をすくめて適当に話を流しておいた。

 ツッコミを入れたら負け。

 俺は年上の女には負けたくないんだ。


「んで。顔を見せたってことはルゥブルムも盗賊ギルド入りするってことか?」

「いいえ、ただの見学ですわ。面白そうな所ですし、一度あなたに会ってみたかったので」

「ふ~ん。わたしなんかに価値があるかね」


 好奇心旺盛、というルビーの情報をルクスは得ているのかもしれないな。

 まぁ、どうしてルビーが好奇心旺盛なのか、その理由までは到達していないと思うが。


「充分に興味ありますわ、森人さん。それに、一応はあなたも女ですもの。師匠さんにちょっかいを出さないかどうか、チェックしておかないといけません」


 浮気チェックに堂々とやってくる愛人。

 恐ろしい概念だ。


「あれ、ルクスさんって師匠のこと好きなの?」


 そしてパルがとんでもない勘違いをし始めていた。


「わたしがエラントを!? 冗談ぽんぽこりん!」


 謎の拒絶セリフを言って、ぶふぅ、と自分で噴き出すゲラゲラエルフ。

 自分で言って自分で笑うとか最低だぞ、ホントマジで。


「ごほんごほん。失礼。わたしがエラントを好きになるには五十年足りない」

「老け専なのか」

「老け専ですのね」

「お爺ちゃんが好きなんだ!」

「うるさいなー、人間ども! これだから若いヤツは困る」


 シッシッ、とルクスは手を振った。


「わたしの趣味がどうあれ、エラントには手を出さんよ。というか、わたしがいくら好きになろうとも、あんたの師匠さんはこっちを見てくれないだろ。ガチのロリコンだし」

「確かにそうですが。でも、一応は警戒しておかないといけませんでしょ? 学園都市の学園長と仲良しでしたし。エルフは若く見えますからね。足元をすくわれてからでは遅いので」

「いらない心配だと思うけどなぁ。わたしよりパルちゃんを警戒してたほうがいいんじゃないのか?」

「パルはいいのです。わたしは愛人一号ですので」

「割り切ってるのか。だったら余計に気にしなくてもいいんじゃないの?」

「いえ、一号の地位は誰にも譲りません。二号ではダメなんです」


 謎のこだわりだった。

 というか、公認の愛人とかどうなんだ?

 貴族とかそういうのが当たり前にいるとは聞いたことがあるが、俺はあくまで一般人。

 愛人がいることを公言されている状態だが、ホントに大丈夫なのか?

 俺の地位とか、名誉とか!


「ロリコンの時点で地位も名誉もないだろ」


 ごもっともな意見をいうルクスだった。

 ぐぅの音も出ないとは、このことか。


「師匠。完全に心を読まれてますよ」

「ぐぬぬ」


 悔しがる俺を見て、パルとルビーとルクスが笑った。


「まぁ、俺のことはどうでもいい。仕事の話をしてくれ」


 その言葉に、ルクスはうなづき表情をマジメなものへと変える。

 どうやら簡単な仕事では無さそうだな。


「レクタ・トゥルトゥルって知ってるかい?」


 その名称は、何度か聞いたし、口にも出している。


「あぁ、知ってる」


 俺はうなづいた。

 パルとルビーもうなづく。


「ならば、話は早い。そいつを調査してもらいたい」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味さ。レクタ・トゥルトゥル。『真っ直ぐ亀』。古来より、真っ直ぐに進み続ける不思議な亀として認識されている」


 大陸にはレクタ・トゥルトゥルの甲羅が各地に残っていた。防具として使用されている例もあるが、加工には向いていない。

 一見して岩に見える物が、レクタの甲羅である場合がある。

 草原のど真ん中にポツンと巨大な岩が転がっていたのなら、それはレクタの甲羅の可能性が高い。

 そんな風に、どこにでもある『ありふれた存在』なのが、レクタ・トゥルトゥルだ。

 今さら調査するとは、どういう意味だろう?


「奇妙な習性で、海から海へとレクタ・トゥルトゥルは移動する。なぜか、ひたすら真っ直ぐに進んで。そこに川があろうと山があろうと崖だろうか壁だろうが関係なく、とにかく真っ直ぐに進む亀だ。めちゃくちゃ重いから動かすこともズラすことも容易じゃない」


 そこまではいいな、という視線を受けて俺たちはうなづいた。


「問題は大きさだ」

「大きさ?」


 パルの言葉にルクスはうなづく。


「レクタ・トゥルトゥルの大きさはあまり特定されていない。それこそ手のひらに乗るサイズから巨大な岩みたいなサイズが発見されている。さすがにデカいサイズは生きているのではなく甲羅が見つかっているだけだが」


 ニュウ・セントラルの近くにあった岩。

 あの転移先の目印にした岩もレクタの甲羅だった。

 長く年月を経たせいで、もう他の岩ともなかなか見分けが付きにくくなっていたが、学園長が興味深く調査しようとしていたのを覚えている。

 つまり、巨大な甲羅は滅多に見つからないということか。


「そのデカい甲羅を探して来いっていう依頼か?」


 だったらニュウ・セントラルの近くにあるので、それを教えれば依頼はクリアだが――

 もちろん、そんな容易い仕事ではないだろう。


「ある意味ではその認識で間違っていない。ただ問題は、甲羅が現在進行形で移動中ってことだ」

「どういう意味ですの?」


 ルビーの質問に、ルクスは皮肉げにくちびるを歪ませた。


「生きてるレクタ・トゥルトゥルだ。しかも街ひとつを押しつぶすレベルで巨大な個体でな」

「街ひとつ!?」


 まさか、と俺は声をあげたが。

 ルクスは笑わなかった。

 ゲラゲラエルフが笑いもしなかった。


「マジなのか?」

「マジだ」

「ほ、ホントに街ぐらい大きいの?」

「そいつが分からんから調査依頼だ。ホントに街ひとつ押しつぶす大きさなのか? もしそうだとしたらどの場所にいて、どの方角に向かって、どこを進んでいるのか? その速度はどれくらいなのか?」


 大きさ、場所、進行方向、速度。取り急ぎ、不確定なそれらを調べてこい、という仕事だった。

 こういった形で盗賊ギルドが動くってことは、領主からの依頼の可能性があるな。

 むしろ、国から情報が届き、イヒト領主が盗賊ギルドに調査依頼を出したのかもしれない。


「それはいつ届いた情報だ?」

「今朝だ。幸いにもウチにはフラフラとノンキでヒマをしている優秀な盗賊がいるからな。調査に向かわせるにはピッタリだろ」

「なるほどな」


 分かった、と俺はうなづく。


「この仕事を受けるぞ、パル、ルビー」

「はい、師匠」

「了解ですわ」


 よろしい、とルクスは答える。


「では、詳細を説明する」


 ルクス・ヴィリディはカウンターの上に一枚の紙を取り出す。

 それは主要な都市の名が書かれている精巧な世界地図だった。

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