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~卑劣! さよならなんて言わないさ~

 学園校舎。

 今日も今日とて、相変わらずの騒がしい建物内。

 どこかの研究室で爆発が起こったかと思ったら、またどこか別の場所で謎の光が溢れている。忙しそうに廊下を走る生徒もいれば、階段で死体のように眠る生徒もいた。

 人間は多種多様なれど。

 文字通り、他種族ではあるけれど。

 この学園校舎に通う生徒たちは研究一筋という方向性に偏っていた。

 ある種、熱狂的というよりも妄執的――妄執的というよりも狂気的に近いのかもしれない。

 研究の先にある答えが知りたいというよりは、研究そのものを楽しんでいる節もある。

 まったくもって、興味の尽きない者たちだ。

 そんな騒がしくも楽しい校舎の中を進み、階段を昇り、最上階までやってくると――


「工事中?」


 天井に穴が開けられ、ドワーフたちがアクセクと新しい階段を作り始めていた。

 中央樹の枝を切り落とすことなく、かといって完全に避けるわけでもなく。

 枝そのものを利用した階段が作られようとしていた。


「部屋が足りなくなったのか……いや、学園長に金貨を渡したから、さっそく増築を始めたのか」


 なんにしても学園校舎はまだまだ大きくなるようだ。上に伸びているうちはいいが、それも限界がある。

 後者の増築ならぬ『増殖』を続ければ、いずれ大陸の全てを学園都市が埋め尽くす日が来るのかもしれない。

 大陸の王は学園長だ。

 なんかダメそう。

 まぁ、その前に魔王を倒さないと絶対に達成できないが。

 しかし、学園都市VS魔王という構図は、なんとなく恐ろしい。

 生徒の中から勇者が選ばれ、精霊女王の加護と学園都市の新技術で魔物を退治する。

 う~ん。

 なんか嫌だなぁ。

 えげつない方法で魔王を倒そうと画策しそうな気がした。

 毒殺とかしそう。


「師匠、どうしたんですか」

「あ、いや。なんでもない」


 果たして毒で魔王を暗殺した場合、その勇者は敬われるのかどうか。そんなことを考えていると弟子に心配されてしまった。

 荒唐無稽なことを考えても仕方あるまい。

 バカな考えを頭から追い払って、俺たちは神秘学研究会にやってきた。ルビーが壊してしまったらしい扉が新しくなっているので、その扉をノックする。


「誰だい?」


 中から聞こえたのはミーニャ教授の声。


「パルヴァスです。師匠もいるし、お邪魔虫な吸血鬼もいます」

「誰が邪魔な虫ですか。わたしが虫なら益虫ですわ」

「液チュー!? 師匠とえっちなことしたの!?」

「え?」

「え?」


 バカなことを話してる弟子と吸血鬼は置いておいて、俺は扉を開ける。扉にはしっかりと鍵が施錠してあったらしく、ミーニャ教授が開錠してくれた。

 神秘学研究会は分厚いカーテンで窓が覆われており、真っ暗な部屋になっていた。前に来た時は明るい部屋だったのを覚えているが、すっかりと雰囲気が変わってしまっている。

 なにより机と椅子だけのシンプルな部屋だったのだが、今では簡易的にブロックを積んだ『即席かまど』が作られており、大きな料理用の鍋が置いてあった。

 一見すると料理をしているようにも見えるが、たくさんの瓶には青い液体が入れられて並んでいる。

 どうやらすっかりとエクス・ポーション研究会になってしまっているようだ。


「なんだか申し訳ない、ミーニャ教授」


 本来なら『神』を研究する場所のはず。

 研究目的が反れてしまったのを俺は謝った。


「この有様かい?」


 あっはっは、とミーニャ教授は部屋のかまどを見て笑う。


「問題ないさ。なにより君たちとサチのおかげで研究は大幅に進んだ。エクス・ポーションを通して神の有り様も分かったし、なによりエクス・ポーションは神の力を越える。神の奇跡を越えた結果を生み出せる。神に向かって、どんなもんだ、と笑うことができる。なにも間違ってはいないさ」

「あ、はい」


 神さまに恨みがあるミーニャ教授。

 復讐方法はなんでもいいようだ。天罰を喰らわないことを祈るしかない。

 ん?

 祈る?

 神さまに懇願する、のほうが正しいか。良く分からん。


「ところで、サチは?」

「あそこにいるぞ。今日も大神ナーの体をお手入れしてる」


 真っ暗な部屋の隅っこ。

 よく見ればそこには椅子があり、ひとりの少女が座らされていた。

 もちろんルビーが作り出した影人形であり、その影人形に降臨した大神ナーの抜け殻だ。なぜか綺麗で真っ白なドレスを着てて、髪型も三つ編みになっている。

 神さまの降臨された人形というよりも、等身大の着せ替え人形になってない?

 大丈夫?

 ナーさま、それ認めてるの?


「サチ~、おはよう。元気にしてた?」

「……おはよう、パル。何も問題は無いわ」

「おはようございます、サチ。大神ナーの体に問題はありませんか? 要望があれば大きくしたり小さくしたりできますが」

「……ほんと?」

「えぇ。なんでもおっしゃってください」

「……じゃぁ、いっぱい服が欲しい」

「そっち!?」


 やっぱり着せ替え人形にしてるじゃねーか!


「ミーニャ教授。これを」


 ひとまずサチへ挨拶する前に重要な用件を済ませておこう。

 俺は荷物から金のインゴットを取り出すとミーニャ教授に手渡した。小さな彼女の手には、なおさら大きく見えてしまう。


「なんだい、これ。エクス・ポーションに削り入れると効果があったりするのかい?」

「いや、単純に資金提供だ」

「あぁ!」


 なにが、あぁ、だ。

 やはりミーニャ教授も生徒のひとりであったらしい。金を見ても材料のひとつにしか見えていないようだ。

 そう考えるとクララスの反応は常識人である証拠とも思えた。

 是非、そのままの君でいてほしい。


「それでひとつだけ頼みがある」


 俺はパルたちがサチと話している間に盗賊スキル『妖精の歌声』を使って、ミーニャ教授に話しかける。

 小さな声でも対象にハッキリと伝えるスキル。

 それを感じ取ってか、ミーニャ教授は視線だけで答えてくれた。


「時間遡行薬を作って欲しい。俺に使用した未完成バージョンでもかまわないし、研究ができるなら安全な完成品でもいいので、頼む。とりあえず一本だけでいいのでストックしておいて欲しい。頼めるか」


 こくん、とミーニャ教授はうなづいた。


「元よりそのつもりだ。任せておいて」


 そう短く答えて、彼女は鍋へと向かった。

 鍋の中には青く濃い液体で満たされている。濃縮されたポーションであり、エクス・ポーションでも時間遡行薬でもない状態だ。


「ここにポーションの粉末を加えれば、時間遡行薬になる。エクス・ポーションの完成にはまだまだ試行錯誤が必要そうだ。なにか奇抜なアイデアは無いかなエラントちゃん」

「奇抜なアイデアか……このポーションに回復魔法を使ってみるとか?」

「それは試したが効果は無かった。もっとこう、なんだそれ、みたいなことを言ってくれ」

「う~ん……あぁ、そういえば『酒』は神聖なものとして神に捧げられている地方があった。酒でポーションを作ってみてはどうか?」

「ほう、面白い。だが、奇抜とは言えないなぁ」


 面白い程度ではダメなのか。

 もっと斬新で奇抜……


「食み酒」

「ハミザケ?」


 俺はうなづく。


「なんでも義の倭の国では神に仕える『巫女』という処女の少女が口でモグモグした食べ物をペッてした物を貯めておいて、それがお酒へと変化するらしい。神聖なお酒として伝わっていると聞いたことがある」

「よし採用。サチとパルちゃんとルビーちゃんにポーションをくちゅくちゅしてもらって、作ってみよう」


 採用されてしまった……

 余計なことを言ってしまった……

 もしも、これでエクス・ポーションが完成してしまったら。

 少女が吐き出した液体を飲むことになるのか。

 あぁ。

 夢が広がっていく……


「……あの」


 パルとルビーがミーニャ教授に呼ばれたこともあって、サチが俺に話しかけてきた。


「……ここまで連れてきてくれて、それからナーさまを助けてくれて、ありがとうございました」


 サチは丁寧に頭を下げる。


「……ナーさまもお礼を言っています」

「今?」


 こくん、とサチがうなづいたので思わず俺は見上げてしまうが……天井だった。どうにも神さまに見られてると思うと、空を見上げたくなってしまうな。


「神さまになんと言って答えたらいいか分からないが、とにかく上手くいってるみたいで良かったです。と、伝えてくれるか?」

「……聞こえてますよ。私はいいけど、子どもを泣かせるな。ってナーさまが言ってます」

「泣かせませんよ。俺は子ども好きですから」

「……だからだ、とナーさまが笑ってます」


 う、そういう意味か。ロリコンなのはバレてるんだったか。

 いや、心の中の声も伝わるんだったっけ。

 大丈夫です、ナーさま。

 イエス・ロリー、ノー・タッチの原則は忠実に守ってますので!


「……守れよ、だそうです」

「はい」


 なんだか良く分からない、という表情でサチは首をかしげた。


「サチ。俺たちは今日、ジックス街に帰る。もっと早く別れが来ると思っていたが、意外とずるずる残ることになってしまった」

「……はい。でも、ありがとうございました。……こんなにお世話になるとは思ってなくて、学園長にも会わせてくれて、ミーニャ教授と出会うこともできました。……ナーさまも大神になれたし、全部エラントさんのおかげです」

「気にしないでくれ。サチはパルの仲間だ。弟子の仲間を優遇するのは、打算的な目的があるからであり。つまりは最終的にパルのためだ」

「……そういうのは自分で言わないものですよ」

「そうか?」

「……わざと嫌われようとしないでください」


 くすくすとサチは笑う。


「別れるのはちょっと苦手でな。長くいっしょにいると、その、さびしいだろ」

「……そうですね。でも大丈夫です。……いつでも会いに来れるんですよね」


 サチを俺の腕に装備されている腕輪を指差す。


「そうだな。学園長に頼めば、もう一個くらい作ってくれるんじゃないか。そうしたら遊びに来てくれ。こっちからも遊びに来るよ。用事があるし」

「……はい」


 俺はほがらかに笑うサチの頭を撫でる。

 出会った頃の彼女ならば、確実に拒絶していただろうけど。

 でも、今は――


「ふふ」


 素直に撫でさせてくれた。


「……パルが嬉しそうに撫でられるのが分かりますね。……気持ちいいです」

「そうなのか?」

「……くせになりそう」

「そんなに!?」

「……今度ナーさまが降臨された時、いっぱい撫でてもらいます」

「お、おう」


 まぁ、俺なんかが大神に勝てるはずもないので、それはそれでいいんだが。なにか相変わらずの空気感を出しているよな、サチは。

 ある意味、学園の生徒らしいとも言える。

 うん。


「じゃぁ、そろそろ帰る――うわぁ……」


 パルとルビーを呼ぼうと思ったら、鍋の中に口から青くて濃厚な液体を吐き出しているところだった。

 絵ずらが最悪である。


「おえええええええ」

「あびゃびゃびゃびゃびゃびゃ」


 パルは大丈夫だが、ルビーはなぜか涙目だった。そういえば聖骸布を装備したら燃えてたし、濃縮されたポーションも吸血鬼には毒になっているのかもしれない。


「舌がピリピリしますわ」


 なんにしても、鍋には人間と吸血鬼の唾液が混じった濃縮ポーションが火にかけられている。

 ホント、これで完成してしまったらどうしよう。

 不安だ。


「じゃぁ、サチ。そろそろお別れだ」

「……はい」


 サチはそう返事をすると、俺と握手した。意外と力強く、冒険者であったことを思い出させてくれる。


「……また会える日を」

「おう」


 次にサチはルビーと握手した。でもなんか、俺とは違って手の握り方が優しい。優しいというより、撫でまわしてるような気がしないでもない。


「……パルをよろしくお願いします」

「任せてくださいまし」


 最後にサチはパルの前に立った。

 握手するのかな、と思ったら――


「うひゃう!?」


 サチはパルを抱きしめる。


「……さよならは言わないから。でも、ひとつだけお願いがあるの」

「なぁに? あたしにできることなら何でも言って」


 今、なんでもって言いました?

 そう言いたげなサチの表情。

 別れを惜しんでいるようには見えない。


「……キスしていい?」

「へ?」

「するね」

「ほひゃ!?」


 というわけで、パルのくちびるはサチに奪われたのだった。

 あぁ、良かったぁ。

 先にパルとキスしておいて。

 ファーストちゅうは俺がもらったもんね!


「んんんん~~~~!?」

「……ちゅぱ」


 めっちゃ満足そうなサチは、じゅるりとくちびるを手でぬぐって……思い直したようにぬぐった手をペロペロと舐めた。

 本物じゃねーか!

 今まで我慢してたけど、もう言っちゃうよ!?

 ナーさま!

 あんたんところの神官、やっぱホンモノじゃねーか!


「……? なぜかナーさまがごめんなさいって謝ってます」

「あ、はい」

「ひどいよ、サチぃ~。急にキスされたら苦しいじゃない!」

「あ、そっち」


 別にいいんだ、キスすることは。


「わたしとはしなくていいんですの?」

「……いいの?」

「もちろんですわ」


 というわけで、なぜかルビーともキスをするサチ。

 まぁ、少女の生き血をすする吸血鬼らしい行為でもあるので、なんかこっちは安心して見てられる。

 嬉しそうだなぁ、サチ。

 なんにしても、最高の思い出ができたんじゃないでしょうか。


「じゃぁ、今度こそ。またな、サチ」

「まったね~」

「またお会いしましょう」


 ジックス街で、偶然にもパルと同じパーティになった神官少女サチ。 

 事件に巻き込まれ、奇妙な運命に従うように学園都市までやってきて。

 そして小神だったナーさまは大神となり。

 ポーションは時間遡行薬となり、光の精霊女王ラビアンは降臨した。

 まるで運命として定められていたような流れだった。

 彼女と出会ったのは、果たして偶然だったのか、それとも必然だったのか。

 もしも運命を司る神に会えたら。

 真実を聞いてみたい。

 不思議な魅力のある神官少女サチ。

 またそう遠くない未来で。

 お世話になるのかもしれないな。

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