~卑劣! おくおくオークション~
ギルド職員が目を光らせてくれたおかげか。
はたまたニンジャであるシュユが裏で頑張ってくれたおかげか。
いや、むしろその両方か。
オークションが開始されてからは事件が起こるわけもなく、妨害も何も無くスムーズに進行していった。
まぁ、警告を受けた以上は出された飲み物には手を付けないでおく。
一応ルビーに毒見を頼んでみたところ――
「普通のジュースですわ。味に変化はありません。もっとも、無味の毒が入っていた場合はわたしには分かりませんけど」
毒見役としては超一流なのか役立たずなのか、難しいところだ。
お金に困ったらルビーを領主や王族に派遣するのも悪くないだろうが……無味の毒や遅効性の毒で生き残ってしまうルビーが、どう考えても犯人になってしまうよな。
しかも拷問したところで平気な顔をしているし、絞首刑にしても死なないし、ギロチンにかけても死なない。
うん。
お金に困ってもルビーを毒見役に派遣するのは辞めておこう。
「みなさまお待たせしました。休憩はここまでにしまして、美術品オークションを再開いたします」
美術商人の集まるオークション。
商業ギルド美術担当者、マノイア・ルグラント……通称マーノ氏が司会を勤めている。
司会進行で忙しい中、オークションが始まる少し前に挨拶してもらった。
マーノ氏のはからいで、俺たちはステージの横から見学をさせてもらっている。
ある意味では特等席だ。
「申し訳ない。本来ならお嬢さん達をあちら側に招待するつもりでしたが……」
マーノ氏は汗を拭きつつ、オークション会場にちらりと目を向けた。
前評判というよりも、噂が噂を呼び、商人たちが溢れんばかりに参加しているようだ。しかも良く見れば商人だけでなく貴族の姿もある。
どうにかしてねじ込んでもらったのだろう。
ララの絵を一目見るためか……もしくは、なんとしても落札するつもりだろう。
「いえ、こちらのほうが安全そうですので」
俺は苦笑しつつ、そう答えておいた。
初めから粗相をするつもりなんて毛頭無いが、それでも何が起こるのか分からないのが世の中というものだ。吸血鬼が俺に惚れる、なんてことがあったくらいだし。
そういう意味では、あまり貴族さまには近寄りたくない。
別に貴族に嫌な思い出があるわけではなく、トラブルに巻き込まれたくないだけ。
これだけ大勢の人で込み合っているのだ。
暗殺する条件としては充分整っている、
まさか、とは思うが……
その『まさか』が起こらない保障はないので、無用なトラブルに確実に巻き込まれることのない場所のほうが安心だ。
「2ペクニア、2ペクニア以上はありませんか?」
コンコン、とマーノ氏が木槌を叩く。
「それではこちらの絵画はヌイリャン氏が2ペクニアで落札されました」
パチパチパチ……と、まばらな拍手。
あまり盛り上がっている様子はなく、どこか会場に浮き足立った空気が流れていた。本日の目的であるララの少女画を見に来た者ばかりの空間では、それも仕方あるまい。
「2ペクニア……絵が、あの絵が……金貨2枚……!?」
そんな会場の雰囲気とは打って変わって、我が愛すべき弟子がガクガクと震えていた。
あわわわ、と口も震えている。
可愛い。
パルがガクブルと震えているのは、さっきまでそんな絵に囲まれた場所でノンキに過ごしていたせい、ということだろうか。何も知らなかったが、絵の価値を知ってしまったがゆえの衝撃だろうな。
あと、ナユタに肩車もしてもらっていたし。
ひとつ間違えれば、とんでもないことになっていた、というのを自覚したようだ。
よろしい。
ひとつ学んで、弟子が賢くなった。
「あの絵が金貨2枚ですと、ララの絵はいくらの値が付くのでしょうね。パルはどれくらいだと思います?」
「え? う、う~ん……色が塗ってある絵が金貨2枚なんでしょ? だったら、金貨1枚とか?」
「有名な作家と無名な作家を比べてもダメなんじゃないです? あ、無名というのは失礼でしたかも」
礼儀というか、道徳心というか。魔物にあるまじき礼節さを持った吸血鬼だ。
魔王の教育が良かったのだろうか?
「じゃぁ、金貨5枚くらい?」
「ハイ・エルフはいくらになると思ってますの?」
この中では、一番美術品に関する審美眼を持っているはずの学園長。ステージ横から見物しているのは美術品ではなく、オークションに参加する人間の様子を観察していた。
「10枚は軽くいくだろう。良くて50じゃないかな。今のところ会場内の熱がララ・スペークラに向いていて、オークションが加熱していない。入札合戦になった時にどうなるのかが楽しみだ」
あぁ、そうか。
持ち上がっていない、と感じたのはほとんどが初期の値段から最初だけトントントンと進んですぐに落札されてしまい、いわゆる入札合戦になることが無かったからだ。
つまり、欲しい人が言い値で買えている状態となっている。
このオークションが初見ならば、あまり値段が上がるようには思えないのも無理はない。
普通は、もっと競合して値段が上がっていくものだからなぁ。
同じ時に開催となった出品者たちには主役をかっさらってしまって申し訳ない。
「他にありませんかな? では、こちらの彫刻品は950アルジェンティでトールドン氏が落札されました」
コンコンコン、と静かな会場内に音が響く。
しかし、凄いなマーノさん。
この大勢詰めかけた会場の中で、商人の名前をひとりひとりきっちり把握しているとは。
商人は人の顔を覚えるのが一番重要なスキルだと言われているが、さすがは商業ギルドの美術担当。生半可なスキルレベルではない。まさにマスタークラスだ。
「それでは、本日最後の商品となります」
出品数が少ないので、あれよあれよという間に最後の出品となった。
「エラントさん、お願いします」
ギルド職員にうながされ、俺は立てかけていたララ・スペークラの少女画をイーゼルスタンドごと手渡した。
職員の手が少しばかり震えていたのは、緊張からか、はたまた認識の差か。
やはり俺にとってはララが適当に早さ優先で描いてくれた絵にしか見えないので、認識している貴重さがぜんぜん違うのかもしれない。
「ただいま運び込まれてきた一枚の絵画が、本日最後の美術品となります。かの有名なドワーフ王国の宮廷彫刻師ララ・スペークラの少女画でございます」
会場内に、おぉ~、というどよめきが起こった。
静かだった会場内が途端に熱を帯びる。
興奮している者、熱心に観察する者、無事に運び込まれたことに舌打ちしている者、未だ諦めていないのか、鋭い視線を絵ではなく俺に向けてくる者。
三者三様ではなく、十人十色の反応だった。
ざわざわと騒がしくなる会場内。
だが、マーノ氏が口を開くと、途端にみんなが静かになる。
「ララ・スペークラに関しては説明不要でしょう。ドワーフの天才美術家と呼ばれる彼女が作り出す彫刻は一級を越えて特級です。しかし、それ以上の物を生み出すのが天才が天才と呼ばれる所以でしょうか。彼女の描く少女画は滅多に表に出ることなく、工房にいけば自由に見ることができるというのに、実際に自分の物として手に入れるのは不可能と言われております」
うん。
工房には是非とも足を運んで欲しい。
じゃないと、ララが餓死しているかもしれないので。
「そしてこのたび出品されるこちらの絵は、非常に荒々しい筆のタッチになっております。まるで何かを追い求めるように――それこそ神にすがるような、そんな心情を彷彿とさせる筆運びを思わせる一枚です。なにより、ここに描かれている少女は神のように神々しい。今までララ・スペークラが描く少女画は素朴な少女が多かったですが、筆運びと合わせてまったくの新しい境地に至った、と彼女の評価を再考すべきかもしれません。もっとも――超一流の評価を再考したところで超一流ですが」
そんなジョークを交えてマーノ氏が指を一本あげた。
「美術オークションは平等な場です。この場におられる全員に参加する権利がある。誰もが今日、この日という物を経験したいに違いありません。さぁ、準備はよろしいでしょうか?」
シン――と静まる会場。
ごくり、と生唾を嚥下する音は隣にいるパルから聞こえた。
「金貨一枚から、スタートです」
まるで会場内の空気が一気に膨れ上がったように、声という圧が風となった。ぶわり、と熱が一段階あがって、貴族を交えた商人たちの声が怒号のように押し寄せる。
なるほど、ララ・スペークラの少女画オークションに参加した、という名誉がこれで手に入ったわけだ。
商人としては飯の『タネ』。
いわゆる、話の『ネタ』っていうやつをマーノ氏は提供したらしい。
「金貨100枚!」
マーノ氏が指をさした。
さぁ、ここからが本番だ、とばかりに値段が釣り上がっていく。
「200枚!」「250!」「400!」「420!」「450!」「475!」
次々と宣言されて値段が上がっていく。
我こそは、と商人たちが手を上げながら値段を叫んだ。
「ご、500!」
これが精一杯、とばかりに商人のひとりが声をあげ、どよめきが起こった。
金貨500枚。
「ひぃ!?」
なぜか悲鳴をあげるパル。
気持ちは分からなくもない……
俺もそんな気分です……
はい……
「金貨500枚、500ペクニア。他にありませんか? なければ――」
そこでスっと手があがった。
貴族のひとりが、ゆっくりと口を開く。
「金のインゴット1本」
は?
何言ってんだ、あいつ――?
という感想でした。
金のインゴットは、金貨1万枚くらいの価値です。千枚だった? いや、1万だよな? え? もう良く分からん。
なんにしても金貨たくさんが、金のインゴットです。
うん。
それを山ほどジックス街に寄付しておいてなんだが、何言ってんだあの貴族?
という感想です。
うん。
「インゴット2本!」
は?
何言ってんだ、あの商人――?
「あの人たちはバカなんですの?」
ルビーの言葉に同意したかったけど。
「いや、盛り上がればこんな物だろう」
と、学園長が納得していたので俺は黙ってることにした。
卑怯でごめんね、ルビー。
「インゴット3本だ」
貴族がバカなことを言ってトドメを刺した。
おい、大丈夫か!?
領主とかじゃねーだろうな!?
おまえのせいで領地が傾いたら許さないからな!
領民が少しでも困っていたら、おまえのところに乗り込んで絵を盗んで金のインゴットと交換してやるからな!
「い、インゴット3本……ほ、他にありませんか?」
ほらぁ、マーノさんも引いちゃってるじゃん。
おかしいんだって!
普通金貨千枚くらいなんだって!
……いやでもインゴット2本で争ったんだから、ここまで伸びるのは必然だったのか。
え?
いや、ホントに?
ちょっともう、訳が分からないんですが?
「で、では! 金のインゴット3本でそちらの――」
「エフェリット・ガーギンだ」
「エ、エフェリット・ガーギン氏が落札しました!」
コンコン、コンコン! と木槌が4度叩かれた。
え~っと?
とりあえず無事に?
無事?
無事ってなんだ?
無事かどうかは分からないけど、オークションでララの少女画を出品し、落札してもらえることになった。
「師匠」
「なんだ?」
「あたし、あんな凄い人に絵を描いてもらってたんですか」
「うん」
泉で全裸になって絵を描いてもらいましたね、パルヴァスさん。
あれも、こんな価値が出てしまうんだろうか……
こわい……
「あたしの裸にインゴットの価値が!?」
「いや、それはない」
ララが描いたからインゴットの価値があるだけで。
パルにはそれほどの価値はない。
うん。
「まぁ、パルの裸には……せいぜい金貨千枚くらいじゃないかなぁ」
「師匠さんもバカでしたか」
「あっはっは!」
吸血鬼とハイ・エルフに笑われた。
オークションの結果にあてられて……俺とパルは、ちょっとテンションが高くなっていたのかもしれない。
なんにせよ――
ララ・スペークラの少女画は、金のインゴット3本という訳の分からない数字で落札されたのだった。




