~卑劣! マブダチおーくしょん~
セツナ・ゴウガシャ。
相変わらず一本角の生えた仮面をかぶったままで、怪しさは普通の商人の比ではない。暗闇で不意に出会えば、オーガ種と間違ってしまう可能性もあった。
しかし、義の倭の国特有のキモノと相まって、不思議と違和感がないのは……セツナ殿の柔和な表情のおかげだろうか。
もっとも――上半分は仮面で隠れて目元しか見えていないのだが。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
知り合いの商人、という形で入ってもらったので、それ相応のフリはしておかないといけないだろう。
なにより、通常では関係者でないと入れない場所。
ララ・スペークラの少女画が無ければ、すぐにでも追い出されてしまう。状況が状況なので、なにもかもが特例中の特例だ。
だがしかし、その特例を出させた理由がセツナ殿たちにあるとは商人ギルドも予想はできまい。
なにせ盗賊ギルドでさえ情報購入者のニンジャ少女を発見・追跡できていない。
セツナ殿たちが堂々と動けるのも、シュユの実力に他ならないだろう。
「それで、何の用事で?」
商人ギルドの職員さんが、新たにセツナ殿とナユタの椅子を持ってくる。セツナ殿は丁寧にお礼を言って頭を下げる。それからゆっくりと俺と向かい合うように座った。
ナユタも頭を下げて礼はしたが、椅子に座らずに後ろに立ったまま控えた。あくまでも従者であり護衛である、ということか。
こうなってくるとパルがナユタにどういう感情を持っているのか少し心配だったが……
「んふふ~。ナユタさん、肩車して~」
と、ご機嫌良くナユタの肩に登ったのでいらぬ心配だったのかもしれない。
「おい、パル。あんまり迷惑をかけるなよ」
「あたしじゃなくて、ナユたんに言ってください」
「誰がナユたんだ、まったく」
一度裏切っているというか、後ろめたいこともあるのでナユタはあまり強く言えないらしい。最初に裏切ったのはナユタのほうであるので、パルの言う事はごもっともな話でもある。
ナユタはパルを肩に乗せたままで拒絶はしていない。
なんだかんだ言って優しいハーフ・ドラゴンだった。
「ウチの那由多が迷惑をかけたのでパルばす殿に謝りに来たのですが……どうやらそれ以上に気に入られてる様子みたいで」
セツナ殿は苦笑しながらナユタの上に乗っているパルを見る。
「いえ、こちらもルビーが迷惑をかけたみたいですから」
隣に座るルビーは、にっこりと笑った。
見ようによっては挑発しているようにも見えるが……まぁ、純粋な笑顔だろう。特に俺たちみたいな特殊性癖の人間にとっては充分に効果がある。
いや、効いてしまう。
セツナ殿はどうなんだろうな。
ロリババァもいける口なのだろうか。
ちょっと酒を飲みながら語り明かしたい誘惑に駆られてしまう。
まぁ、そんなお誘いをするわけにもいかないので、ここは旅人の仮面をかぶっておこう。
「ここは――痛み分け、ということでひとつ」
「エラント殿がそう言うのであれば、こちらは願ったり叶ったりです」
安心しました、とセツナ殿は笑顔を見せた。
もともとセツナ殿も敵対するつもりはなかったのだろうが……成り行き上、仕方がなかったのかもしれない。
ナユタも主人のことをベラベラと話すわけにもいかないだろうし。
なんとも平穏無事に終わらせるには難しい話だったのかもしれないな。
「それで噂で聞いたのですが……エラント殿が話題になっている少女画の出品者であるとか。珍しい一品らしく、一目見せてもらえないかと思っているのですが」
「えぇ、問題ありませんよ。どうぞ」
俺はバックパックに入れていた少女画を取り出し、近くのテーブルの上にあった木の骨組みだけのようなイーゼルスタンドに絵を立てかけた。
元よりオークションの時には、このテーブルとイーゼルスタンドに乗せられて会場に入る予定だ。しかし、なにがあるのか分からないのでギリギリまで手元に置いておくほうがいいだろうとバックパックに入れっぱなしにしていた。
「近くで見ても?」
「えぇ、どうぞ」
セツナ殿が立ち上がり近づいてくる。
ふむ……なにかあるな。
そう思って、俺も絵の前に立った。
視線は向けず部屋の中にいるギルド職員の姿を確認しておく。周囲は慌ただしく準備に動く職員も多いので、全ての動線を把握するのは難しいか。
それでも、ナイショ話するくらいの余裕はありそうだ。
「ほう。これはこれは……いや、マジで凄いな」
セツナ殿はマジマジと少女画を見つめる。
どうやら俺と違って、そこそこ芸術センスがあるのかもしれない。じっくりと少女の絵を見つめながらぼそりとつぶやいた。
「控えめでイイ……うん……素晴らしい……イイな……」
「漏れてるぞ、旦那」
「こほん、失礼」
後ろからナユタがセツナ殿の背中を突っつく。
ただの主従関係ではなく、良い信頼関係だ。
芸術への感性が高いのではなく、少女への感性が高いだけだった。ホンモノではなく絵でも充分イケるらしい。
レベル高いな、セツナ殿!
俺もその高みへと昇りたいものだ!
「――須臾からの報告だが……出される飲み物には手を付けないほうがいい」
小さな声でセツナ殿が言う。
おっと、なるほど。
そういう言伝か。
どうやらオークション会場に到着した後も、油断はできないらしい。
まだまだララの少女画を狙われている最中のようだ。
商業ギルドの人間が裏切っているのか、はたまた侵入者がいるのか。それは判断できないが、毒物を混入される危険性があるということらしい。
「分かった、助かる」
「須臾に言って排除してもらおうか?」
「迷惑をかける」
「なに、物のついでだ。魂の兄弟よ」
「話の分かるブラザーだ」
ふたりで、へへへ、と笑い合った。
後ろでルビーとナユタが奇妙な表情で俺たちを見ていたのは、まぁ仕方がない。残念ながら高い位置にあるのでパルの表情は確認できなかった。
気持ち悪いヤツ、とか思われてないといいなぁ。
「ところで、そちらの探し物は見つかったのか?」
わざわざオークション事務所の情報を買って、侵入までして探している武器。
致死征剛剣。
もしくは、七星護剣。
「未だ査読中だ。古い資料ともなると文字の判別も難しくなってくる。なにか情報があれば恩の字、ということろだな」
「そうか」
俺はちらりと学園長を見た。
外套をすっぽりと頭から被ったまま、部屋の中の芸術品を楽しんでいる。
「良ければ、彼女に話してみないか?」
「そちらが学園都市の古代長耳種と言われるハイ・エルフ殿……なのか?」
あぁ、と俺はうなづく。
ナユタから聞いていたのだろう。学園長の説明が省けて助かる。
セツナ殿はこくんとうなづいて、ありがとうございました、と述べると椅子に座った。
「須臾」
「こちらに」
小さくセツナがつぶやくと、これまた小さくシュユの声がする。見えてはいないが、どうやらずっと近くにいたようだ。
「一仕事頼む。ついでに人払いを」
「分かりました」
恐らく俺たちにも聞こえるようにセツナ殿が言ってくれたのだろう。
盗賊スキル『妖精の歌声』は、小さな声でも対象にハッキリと声を伝えるスキルがある。
盗賊にできてニンジャにできないことはない。
しばらく不自然にならない程度に少女画についての話をしていると、会場内がにわかに騒がしくなった。
部屋の中にいたギルド職員も誰かに呼ばれて、慌てた様子で出ていく。
どうやらシュユが人払いをしてくれたらしい。ついでに毒物混入を狙っていた者をどうにかしてくれたのかもしれないな。
「学園長」
「なんだい?」
「時間が無いので、本気で短めにしてくれ。セツナ殿の探し物の件だ」
「ほう。興味深い話が聞けるのかな?」
「失礼します、古代長耳種殿。挨拶を省く非礼を許して欲しい。致死征剛剣、もしくは七星護剣という銘に覚えはないか?」
ふむ、と学園長は頭からすっぽりと被っていた外套を外すように天井を見上げた。そこになにかあるのではなく、記憶を辿っているのだろう。
右、左、と瞳を動かしてから口を開いた。
「それは七本の剣ではなかったか?」
「――知っておられるのか!」
あえて情報を少なく伝えたにも関わらず、学園長は七本の剣という情報を記憶から引っ張り出してきた。
「実際には見ていない。ただ世の中の変わった武器を調べていた時があってね。その時にそんな銘の剣があったことを覚えている。七星ではなく、致死征だったが。言葉というものは変化するが、まさか武器の銘すらも変化してしまうとは面白いねぇ」
「既知の情報でもかまわない。なにか知っていることを教えてもらえないだろうか。確か、対価がいるのだったか」
セツナ殿は慌てるように財布を取り出すが、学園長は首を横に振った。
「それならば、そこのハーフ・ドラゴンにすでにもらっている。珍しい種族である彼女といっしょにお風呂に入れたのだ。十日分の食事に匹敵するほど素晴らしい情報量だったよ」
「お、おおぅ……え、えぇ~?」
なんとも複雑な感情を訴えるナユタの上でパルはケラケラと笑った。
世の中、なにがどう繋がるのか分からないものだなぁ。
「致死征剛剣。私が調べた際には『致死征合剣』とも呼ばれていたね。その理由は七本で一本の剣となる、合体剣。その特性故に剛剣であり、合剣である。森羅万象の全ての属性を操るその剣を扱えるのは、まことの戦士であり、神にも等しい存在となる」
記憶を探るように伝える学園長の言葉に、セツナ殿はうなづいた。
知っている情報だったらしい。
そして、ここからが彼にとっては未知の情報だった。
「確か……七本の剣は四種に分かれる。そう記述があった。中心となる大剣、刃となる刃剣、重みとなる長剣、外殻ともなる短剣。それぞれの剣には、光と闇を除く七つの属性――つまり、七曜の属性を持つ。それひとつで伝説の武器にも勝る剣とも言われており、その剣を持つ者は世界の王となる。だからこそ、その時代を担っていた王は、その剣の力を恐れてバラバラに散らせてしまった」
七つの剣。
四種の剣。
中心となる大剣とは……あの時に見せてもらった武骨な木剣だろうか。異様に大きく不自然だった鍔は、もしかしたら合体させるギミックでもあるのかもしれない。
「バラバラに……」
「あくまで私が調べた時の話だ。戦争で武勲をあげた者に褒美として贈ったとも、二度と集まることのないように各地に封印したとも、剣を司る神に祈り捧げるために各地の神殿に収められているとも言われている――と、記述されていたね。今でもその通りなのか、情報の保障はなにひとつ無いので注意したまえ」
つまり、分かっていることはバラバラに存在している、という話だ。
どうしてセツナ殿がその剣を求めているのかは分からないが、どうにもこうにも生半可な覚悟で見つけられるものではなさそうだ。
それひとつで伝説の武器にも引けを取らない。
ならばこそ――
全てを集めて勇者に届けることができれば……いや、セツナ殿という実力を持ったサムライに仲間になってもられれば……
あの魔王に。
届くかもしれない。
「ならば目指すは各国の王都と、剣の神殿。ふむ……ありがとうございます、ハイ・エルフ殿。おかげでこれからの歩むべき道が分かりました」
「知識は武器というからね。ヒマがあったら私も調べておくよ。もしも全てがそろったら私も一目見てみたいからね。お礼はそうだな……君の素顔を見せてくれたら満足さ」
「拙者の――」
セツナ殿はコツンと自分の仮面を叩く。
「分かりました。全てがそろった時にはお見せします」
どうやら、セツナ殿が付けている仮面にも意味があるようだな。
顔を隠さねばならない事情か……もしくは、呪いの類か。簡単に外せそうにもないの雰囲気から、もしかしたら顔に酷い傷でもあるのかもしれない。
なんにせよ、充分の情報は得られたらしい。
セツナ殿は商人の表情を顔に貼り付けてから立ち上がった。
「どうやらオークションが始まるようで、忙しくなってきたみたいですね。邪魔にならないようにおイトマしましょう。那由多、エラント殿たちに何か伝えることはありますか?」
「いや、あたいに言うことは何にもないよ。あぁ、そうだルビー」
「わたしですか?」
「次に出会った時、また一戦頼む」
「分かりました。退屈しないで済みそうです」
「ハハ。飽きさせねーよ。ほら、おチビ。そろそろ降りてくれ」
「はーい」
パルはナユタから飛び降りる。
それを待ってから、セツナ殿とナユタは丁寧に頭を下げて部屋から出ていった。
その際にちらりとシュユの姿が見えたような気がしたが……気のせいだったのかどうかも判断できなかった。
そんなセツナ殿と入れ替わるようにギルド職員が入ってくる。
「すいません、バタバタしてしまいまして。そろそろオークションが始まります」
はてさて。
シュユはなにをどうしていたのか気になるところではあるのだが、聞かないほうがいいだろう。
オークションも始まってしまえば、そう易々と手が出せなくなっていく。
無事にララ・スペークラの少女画を出品できそうだ。
もちろん、油断するつもりは毛頭ないが。
「さて、どれくらいの値が付くか」
「楽しみですね、師匠」
そうだな、と俺はパルの頭を撫でる。
売れたお金で、ちょっと豪華な夕食でも食べて。あとは全部お世話になった学園長の転移の腕輪の代金として渡してしまおうか。
その程度だと思っていた。
しかし――
ララ・スペークラの少女画の価値をまったくもって把握できていなかったことを。
俺は、後でちょっぴり後悔するのだった。
そりゃぁ、みんな無謀なほど前のめりになって奪おうとしてくるはずだよ、まったく!




