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~卑劣! どきどきオークション~

 オークション会場にゲストの控室のようなものは無い。

 あくまで主役は出品される美術品等の貴重な物。それらを安全に厳重に保管し、会場まで運び込み、落札者に受け渡すまでがメインとなっている。

 オークションが始まるまで、俺たちが待機するのは出品される絵画や彫刻などが並ぶ一時保管される部屋。

 額縁に入れられた絵画や魔物を模した彫刻品たちといっしょに、この部屋で出番を待つことになった。


「こんなところ、あたし達が入ってていいのかな?」


 不思議な形をした木を描いた絵を見ながらパルは言う。

 ララの少女画の価値すら分からない俺では、なおさら意味不明な絵にしか見えなかった。


「まぁ、本来は部外者立ち入り禁止の場所だろうしなぁ」


 盗もうと思えば、出品される絵画は盗んで逃げられる。さすがに大きな彫刻作品は準備が出来ていないので難度が高いが。


「全部、影の中に入れて持ち出せますわね。夜まで待機しないといけませんが」


 ルビーの言葉に、意味無いな、と俺は肩をすくめた。


「夜にはオークション終わってるから無理だな。盗む方法か……どこかに彫刻品を運んできた荷車があるはず。それを見つけて利用する手があるが、逃げるのに陽動が必要だな。ふむ……パルならどうする?」

「うぇ!? あ、あたしですか!?」


 これも訓練だ、とパルに言って思考を促す。

 見つからずに大きな物を持って逃げる方法――それは、敵の根城から負傷者を助け出す状態にも似ている。

 本来なら見捨てるはずの仲間を、見捨てなくても良い方法があるのなら……それを使わない手はない。

 時には冷酷で冷徹な判断を下さないといけないけれど、それでも最初から仲間を切り捨てるような判断はパルにはして欲しくなかった。

 まぁ、そういう甘い判断は盗賊失格かもしれないけど。

 いいじゃないか。

 俺とは違って優しい盗賊になったとしても。

 卑劣だの卑怯だのと、賢者と神官は言うかもしれないが……

 それでも、あいつは――

 勇者は歓迎してくれるはずだ。

 頼もしい役立たずだ、と。


「う~んと……あ、ひとつ思いつきました」

「お、どんな手だ?」

「会場に火をつけて、みんなが慌ててる隙に逃げます」

「……」

「あれ、ダメですか?」

「……ダメじゃない。ダメじゃないがぁ……こう、なんというか、う~ん……?」


 おぉ、勇者よ。

 おまえのもとに『優しい盗賊』を送り込むのは無理かもしれません。

 ごめんね。


「上手くいく方法だと思ったんだけどなぁ」

「それだと不確定要素が大きいですわ。目撃される危険性も大きいですし」

「ルビーならどうするの?」

「わたしでしたら、オークション会場に来た一番偉い貴族を人質にして逃げます。あとで身代金も要求できますので、成果が倍になりますわ」

「おぉ~、なるほど! で、どうやって人質にするの?」

「普通に殴って捕まえればいいのでは?」

「師匠、この吸血鬼バカだ~」

「え、なにか間違ってました?」

「それが出来るんだったら、普通に逃げればいいじゃん」

「確かにそうですわね……」

「師匠、この吸血鬼やっぱりバカだ~」

「一度は許しても二度は許しませんよ、小娘」


 わっちゃわっちゃとパルとルビーは揉め始める。暗所で能力が多少戻っているのか、それとも実力が付いてきたのか。ルビーはパルの口に指を突っ込んで横に引っ張っていた。

 仕返しとばかりにパルはルビーのほっぺたを両側から引っ張っている。

 美少女同士がお互いの顔を掴み合っているのは、果たして美しいと言えるのか、それとも醜いと言えるのか、判断が難しかった。

 もしかしてこれも『芸術』なのだろうか?

 なんて思ってしまう。


「おーい、仲良くケンカするのはいいが、まわりの物を壊すなよ。大人しく可愛らしいケンカをしてくれ」

「わはひはひはー」

「了解ふぇふ」


 ふたりが『優しい盗賊』と『知恵のサピエンチェ』となるには、まだまだ遠そうだ。

 はぁ、とため息をつきながらも俺は大人しくしている学園長を見た。彼女は彼女で出品される美術品などを鑑賞しているらしく、部屋の中をウロウロとしている。

 足を止めては美術品を鑑賞し、絵画であっても裏を見たり、額縁を見たり、と興味深そうだ。

 美術品の価値は俺にはやっぱり分からないので、それらにどれくらいの値段が付くのは見当も付かない。

 目の前にある出品予定の絵を見る。

 どこかの風景である森の中の湖と小さな赤い屋根の小屋。

 確かに上手いっていうのは分かるけど、じゃぁ他の人が描いた同じような風景との価値の差はどこにあるのか。それが分からない。

 いったいこの絵にどんな想いが込められているのか。この絵に描かれた小屋や湖になんの意味があるのか。

 そういうものが読み取れない限り、絵画に価値は見い出せそうにもなかった。


「ん?」


 絵画を楽しむ学園長を見ていたら、その奥に違和感を覚えた。

 なんだ、と思ったらひとりの少女が現れる。

 口元に手をやり、静かに、のポーズを取って近づいてきたのは――

 シュユだった。


「突然の訪問、申し訳ないでござる」


 声を発し、頭を下げたところでパルたちも気付いたらしい。思わず臨戦態勢を取ったルビーだが、俺は大丈夫だ、と手で制した。

 復讐に来たのであれば、とっくに殺されてる。

 やっぱりニンジャって恐ろしいな。

 あと、忍術があれば平気で侵入して物を盗めるわけか。優しい盗賊より、優しいニンジャを目指すべきなのかもしれない。

 まぁ、俺とパルにはセンコツというものが無いみたいなので、どうしようもないけど。


「こんにちは、シュユ。ルビーが迷惑をかけた」

「いえ、こちらこそナユタ姐さんがパルちゃんを騙したみたいで。申し訳なかったでござる」


 シュユは素直に頭を下げた。

 パルとは違った短い黒髪の小さくて可愛らしい頭。

 綺麗でサラサラな髪がはらりと揺れ、思わず触りたくなってしまう。

 いや、それ以上に可愛い。

 なんというのかな、小さくて可愛らしい、という言葉をそのまま当てはめればいいような、そんな感覚だ。

 ぎゅ~っと抱きしめて頭を撫でそうになってしまったが……我慢する。

 シュユに手を出してみろ。

 今度こそセツナ殿の刃が俺の首を胴体から切り離そうとしてくるはず。

 避けられる自信は、あんまり無い。


「ひとつお願いがあって来させてもらったでござる」

「お願い?」


 怪訝な顔をする俺に対してシュユは、はい、とうなづいた。


「ご主人様が話があるそうで。迎え入れてもらえないでござるか?」

「あぁ、もう来てるのか」


 オークション会場には誰だって近づくことができる。

 会場内に入るには、それなりの信用が必要だが、外までなら悪意を持つ泥棒だって近づくことはできるので、セツナ殿は外で待機しているんだろう。


「分かった。パル、セツナ殿を迎えに行ってくれ。知り合いだと言ったら入れてもらえるだろう。ダメだったら俺が行く」

「はーい!」

「ありがとうでございます。エラント殿のご健勝を祈るでござるよ」


 そう言って、シュユの姿は見えなくなった。

 見えないながらも、そこに彼女がまだいるのは分かり、移動していく感覚をわずかに捉えることができた。

 しかし、それもわずかな時間のみだ。少し離れてしまっては、もう気配を追うこともできず、ましてや部屋から出ていってしまっては完全に見失ってしまった。

 今さら追いかけたところで、もうどこにいるのかも分からない。目の前にいたとしても気付けないだろう。


「今のがニンジャで、姿を消す忍術か。ほほ~、なるほど。忍法『隠れ身の術』だったかな。盗賊技術と仙術を組み合わせた独特の職業『ニンジャ』。その中でも女性は『くのいち』と呼ばれ諜報に長けていると聞いたが……ふむふむ、なるほど。盗賊クぅン」


 学園長がキラキラした瞳でシュユを追っていたが、俺に向けた視線はジットリとねばつくような気がした。


「なんだ?」

「君もすっかりニンジャというものに囚われていそうで怖い。いくら少女が好きだからといって、ぶしつけに視線を向けるものでもないよ」

「い、いや、そんな視線など……」

「ニンジャくんが頭を下げた時の視線。まるで変態のそれじゃないか」

「うっ」


 見られていたらしい。

 そうか、俺はそんなヤバイ視線を送っていたのか。


「師匠、セツナさんとナユタさんを連れてきました~」

「申し訳ない、申し訳ないぃ」


 俺は顔を両手で覆って、セツナ殿に謝った。

 セツナ殿は何も把握していないらしく、何が起こったのか動揺しているらしい。


「なにが――ど、どうしました?」

「え、師匠なにかやっちゃったの?」


 パルの質問には、ルビーが俺に代わって答えてくれる。


「男の性、というものですわ。特に師匠さんの場合、サガというよりもセイのほうでしょうけど」

「どういうこと?」


 ニンジャであり、それも『くのいち』であるシュユが俺の視線に気付いていないわけがなく。

 ましてやそれをセツナ殿に告げ口もしていないらしいので。

 なんかもう、申し訳ない気分でいっぱいだった。


「大丈夫ですか、エラント殿」

「だ、だいじょうぶ。心配無用です、セツナ殿」


 頬をペチペチと叩き、精神を安定させる。


「師匠さん、手伝ってあげますわ」


 なぜかルビーが絡んできた。俺のほっぺたを優しくペチペチと叩く。なんの意味があるんだ、これと思っていたらパルまで参戦してきた。


「ズルい、あたしもやる!」


 ふたりの少女に、俺はペチペチと頬を叩かれる。

 どういう状況かサッパリ分からないが……セツナ殿は口元を押さえてプルプル震えていた。


「なるほど、同属か」


 学園長がポツリと漏らした言葉に、セツナ殿の肩がびくりと震えた。

 あぁ、そうです。

 そうですとも。

 我ら同属、運命の親友。

 親友と書いて『マブ』と読むが、俺たちはその上を行く。

 激友。

 ゲキマブだ。


「はぁ~ぁ~」


 セツナ殿の後ろで従者のごとく控えていたナユタだが、肩をすくめて苦笑しているのが分かった。

 申し訳ねぇ、申し訳ねぇ……

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