~卑劣! わくわくオークション~
ララ・スペークラの少女画は毒のようなもの。
そう評した学園長の言葉は分からなくもない。
いつまでも手元に置いておけば、ジワジワと周囲から狙われ続けてしまう。内部から死に至る毒とさほど意味は変わるまい。
解毒剤は無いので、さっさと手放すべき一品だ。
毒を喰らわば皿まで。なんて言葉が義の倭の国にはあるらしいが――額縁まで食べてしまう意味も趣味も芸術性もサッパリ理解できないので、やはり俺にとっては毒なのだろう。
というわけで商業ギルドの人もできるだけオークション開催を急いでくれて、無事に当日となった。
「ふぅ」
久しぶりに宿の外に出てみれば、なんとも周囲の視線が痛いような気がする。
心なしか、周囲の人々がひそひそと俺を侮蔑の表情で見ているような気がしてしょうがない。
近くで笑い声があがると、俺が笑われているのかと思ってしまう。
それが若い女性であると尚更だった。
いや、もちろん気のせいなんだけど。
そのはずなんだけど――
「えへへ~」
どこか嬉しそうなパルが、嫌でもその気分を加速させた。
というのも、昨日。
時系列的に言うところの、ルビーがシュユに仕返しをした夜から一夜明けた日。
「では、今日の守備はパルにお任せします。わたしは街を散策してきますわ」
そう言って、ルビーは朝から嬉しそうに出掛けて行った。
せっかく昼間でも自由に動き回れる権利を手に入れたので、退屈に殺されていたルビーとしてはウズウズしていたのかもしれない。
本来、吸血鬼としては有り得ない破格の権利だ。使わない理由もないわけで。
そわそわしつつも朝食を済ませると、足早に出て行った。
「色気よりも食い気、食い気よりも退屈殺し、だな」
俺は肩をすくめる。
「ねぇねぇ師匠。絵はどこにあるんです?」
パルは口元を隠して聞いてきた。
監視は今でも現在進行形で続いている。
くちびるを読まれる『読唇術』を心配しての行動だろうけど、この距離だとさすがに読まれる心配はない。
それでもせっかくの弟子の配慮だ。
乗っかってやらないと可哀想かもしれん。
俺は不自然にならないように口元を隠す。ちょうど口の端を掻くような仕草で、くちびるの動きをごまかした。
「ベッドの下だ。床ではなく、ベッドの裏側に貼り付けるように魔力糸で固定してる」
これなら強襲されたり、俺も知らないような隠密能力で部屋の中に侵入されたとしても、ベッドをひっくり返されない限り見つけられないはず。
まぁ、逆に言ってしまうと――
「それができる相手だったら、素直に絵を渡したほうがいい」
「なんでですか?」
「殺されるよりマシだろ」
肩をすくめた俺に対してパルは、確かに、と笑った。
絵を守るために死んでしまっては意味がない。
この世を生き延びる一番の奥義は、争わず逃げること、とも言われているぐらいだ。
自分たちの手に余るような強者が攻めてきた場合は、素直に相手の要求を飲んだほうがいい。
もちろん、状況と場合によってはその限りではないが。
「じゃぁ、あたしは何をしてればいいんですか? 周囲の警戒?」
「警戒はしつつ、適当に休め。しっかり休みつつ警戒する、という訓練でもいいな。野営に必要な能力だ。まぁ、路地裏で生きてたパルにとっては当たり前の能力かもしれないが。しかし、はっきりと狙われてるこんな状況は初めてだろ。あまり気を貼り続けると休めない。だからといって完全に気を許すと敵の動きに気付けなくなる。バランスの訓練と思ってやってみろ」
「分かりました! ではさっそく――!」
そう言って、パルは嬉しそうに俺に抱き着いた。
「なんでそうなる……」
「しっかり休むのは、これが一番です」
「お、おう……なるほど、確かに……?」
そこで受け入れてしまったのが俺の間違いだった。
間違い?
間違いではない。
うん。
いや、ロリコンゆえに、かもしれない。
だって俺のことを好きって言ってくれる美少女が抱き着いてくるんだよ?
どうやってそれを引き剥がせと言うのか!
不可能だ!
「ほどほどにな」
俺の声は震えていたかもしれない。
それをごまかすように、俺はベッドに座って足を伸ばす。パルはそのまま太ももの上に座るようにして、俺に抱き着いたままぴっとりと顔と体をくっ付いてきた。
う~む。
体温が高い。
熱いとまではいかないけど、それなりに『子ども』らしさを感じる。
それが、俺の心の奥底のなんか触れちゃいけない部分をこちょこちょとくすぐってくる。
なんて――
なんて心地良い感覚――!
「ふむ。これは良い背もたれだ」
そんな俺たちを見て、学園長はトコトコと移動してくると、パルの背中に持たれて座った。
俺の足の間に座り、小説の続きを読み始めた。
あぁ~……
うん。
やばい。
ヤバイ。
ヤバイよヤバイよ。
「ん? あれ? あは。えへへ~」
パルに変化を気取られた。
でも黙っててくれたので、俺は知らないフリをする。
窓からは確実に今の状況を監視されているので、できれば黙っていて欲しい。
金なら払おう。
頼むから、こいつ朝っぱらから幼女を抱きしめて喜んでやがる。しかも足の間にはもうひとりの少女まで!
こいつ確実にロリコンの変態じゃないか!
――なんて情報は流さないで欲しい。
金なら払う!
頼むから!
見ないで!
見ないでくださいぃ!
「……」
なんてことがあったのが、昨日。
もちろん監視者たちから情報拡散への考慮や交渉があったわけもなく、かといって少女画を狙っていたヤツらが黙っていてくれている保障もなく。
なので、恐らくたぶんきっと。
俺はロリコン変態野郎の烙印を押されたに違いない。
「どうしました、師匠さん」
「いっそ魔王領で暮らしたい……」
「ホントにどうしましたの!?」
そんなやりとりをしつつ、オークション会場へと向かう。
開催時刻は夕方からなので、実際にララの絵が出品される時間は夜になるだろう。オークション運営からそう聞いている。
本来はもう少し出品数が増えたところでオークションを開催するのだが、もうすっかりと美術商をはじめとする商人たちの話題になっているララの少女画。
少ない出品数でも充分に集客でき、盛り上がると判断した上でのオークション開催となった。
加えて言うのなら、俺たちの安全も考慮してくれた、という話だ。
結局のところ、当初に心配してたオークション事務所を狙っていた『きな臭い動き』は未解決のままの強行開催となっている。
もちろん俺たちはセツナ殿たちが犯人だとつきとめたのだが――
「わざわざ言う必要もあるまい」
オークションに出品されている物を狙っているのではなく、過去にやり取りされた武器類を調べているのだろう。
セツナ殿が探していたのは剣だ。
過去、オークションで取引された物の中に『致死征剛剣』もしくは『七星護剣』の銘があれば、本格的に動くのかもしれないが。早々簡単にそのような武器銘が見つかるとは思えない。
むしろ違う銘で売られた可能性もある。
なにより、すでに正式な名すらも失われ、間違えられた銘で伝わっているだろうし。
「おっと」
オークション会場までの道すがら。
実行するのは今だ、とばかりに視線と『意』を受けた。
「パル、右側」
「ハイ!」
わざとらしく俺は声を出して、パルに右側を防御するよう指示する。人混みの中で、息を飲む気配がした。
「ルビー、左後ろ」
「了解ですわ」
くるり、と優雅に振り返ってルビーはにっこりと笑った。
意を削がれたように、気配が距離を取っていく。
「学園長、前だ」
「私も!?」
「立っているのなら親でも使え、というだろ?」
「君のお母さんになったつもりはないよ、盗賊クン。でもまぁ、君にママと呼ばれるのも悪くないかもしれない。親ではなく、子ども達の手前、配偶者ゆえの言葉として」
「帰ったら別の男に頼んでくれ。俺は忙しい」
「なら、ヒマになったら頼む」
「あたしも!」
「わたしも!」
「あ~、忙しい! 忙しいなぁ、もう!」
俺は学園長に向かって飛ばされた盗賊用の針を手甲で叩き落す。そのついでに左右に牽制の視線を送りつつ、屋根の上に投げナイフを素早く投擲した。
羽根虫を払うような仕草でごまかしつつ投げたので、威力は弱い。
それでも学園長を狙った盗賊には実力を分かってもらえただろう。
次やったら、殺す。
というか、狙うのなら絵を持ってる俺を狙えよ。
学園長に毒や麻痺薬を打ち込んだところで、絵の交渉には進めないだろうに。
それともアレか?
未だに学園長を俺の娘か何かと勘違いしてるのか?
太陽の光が苦手だからと外套を頭からスッポリかぶったままなので、ハイ・エルフと露見していないままなのか?
情報収集も満足にできないマヌケ共め!
ちゃんと仕事してくれ、まったく!
「パル、ルビー、前を固めろ。学園長、俺の後ろへ」
できるだけ騒ぎを起こさないようにしつつ、彼我の差も理解できない襲撃者に辟易しつつ、オークション会場へ向かった。
ようやく会場が見えてきたころには、かなり疲労していた。
体力的ではなく精神的に。
「ようこそおいでくださいました。ささ、こちらへ」
入口も近づいてきたところで、商業ギルドに所属しているらしい男が近づいてきた。
「これで最後だな」
「はい?」
男に投げナイフの刃を突き付ける。
服装も完璧だし、商業ギルドに所属している証明であるバッチも付いている。
だが――
どうにも迎えに出るにしては距離が離れすぎている気がする。
普通は、入口前に待っているものだろう?
「な、なんですか!? お、お、おやめください」
「俺の名を言ってみろ」
「も、申し訳ありませんが、その、お名前をうかがってませんので――」
「そんなわけあるか」
俺は投げナイフの腹で男の顔を殴り、よろけたところを蹴り上げた。ぐにゃり、と気絶する男をロープで捕縛し、転がしておいた。
「師匠、つよ~い」
「こいつが弱いだけだ。強いヤツは、そもそも手を出してこない」
「無謀というやつですわね。もしくは愚か者」
転がされた男の顔をルビーは足でツンツンと蹴っている。本当に気絶しているのかどうか試しているのだろうが、見ようによってはご褒美だな。
世の中、美少女に踏まれたい男はたくさんいる。
俺も美少女に踏まれるのであれば、嬉しいと思ってしまう可能性があるので、そんな変態どもを悪く思えない。うん。
なんだなんだ、とこちらを見ている者の中にはうらやましく思っている人間もいるだろう。
いや、いて欲しい。
俺と同じような変態が、世の中にたくさん存在して欲しいです。
そうしたら、俺もあんまり変な目で見られないだろうし。
……いや、そんな変態だらけの世界も嫌だが。
少女の命が危ないので、このままがいいか。
イエス・ロリー、ノー・タッチの原則が生きた世界がいいです。
うんうん。
「お待ちしておりましたエラントさま」
「本物?」
会場の入口で出迎えてくれたギルド職員の女性にパルが指を差しながら失礼なことを言った。
思わず、パルの頭を軽く叩いてしまう。
「申し訳ない。ウチの護衛が失礼なことを言った」
パルとルビーは冒険者で俺が雇っていることになっている。
思わず叩いてしまったけど、まぁ大丈夫だろう。
「いえ、疑うことは基本ですので。冒険者さんは間違っていませんよ」
「にひひ」
パルは俺に振り向いて笑った。
俺は肩をすくめておく。
「それではこちらへどうぞ。中は安全と思いますが……それでも保障はしかねます。出品のその瞬間まで油断なさらないようお願いしますね」
「分かりました」
本来、会場側が絶対に言ってはならない言葉だ。
だがしかし、オークション側が置かれている状況が事務所を狙われている不可解な状況と共に毒物にも劇薬とも言えるララの少女画。
この状況における言葉としては、むしろ信用がおける。
ここで、もう安心ですね、なんて言われたほうが心配になってしまうというものだ。
オークション会場には、続々と商人たちが集まり始めている。
聞こえてくる言葉には『ララ』や『少女画』という単語が多く聞こえてきた。
やはり、今日の目玉商品ということは間違いなさそうだ。
「警戒は続けろよ、パル、ルビー」
「はい!」
「了解ですわ」
俺たちは、マヌケな盗賊たちの相手をようやく終えて。
オークション会場へ入っていった。