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~流麗! 月夜を駆ける少女たち~

 夜も深まってきた頃合いでしょうか。

 色街には明かりがコンコンと灯っており、人通りも多く、こんなにも賑やかですので勘違いしそうになりますが――

 夜は人間種の時間ではありません。

 わたし達、魔物の時間なのです。

 もっとも――


「ニンジャ娘が動いたようです」


 魔物だけでなく、盗賊とニンジャの時間でもあるようです。

 夜闇に紛れて活動するのは、なにも魔物だけではなく。

 太陽の光の下。

 明るい場所を嫌うのは、吸血鬼だけでは無さそうです。


「どこどこ? シュユちゃんはどこにいるの?」


 眷属のしっぽをブンブンと振りながらパルが聞いてきました。

 肉体と連動してないはずなんですけど、どうなっているのでしょう。しっぽだけの眷属が空気を読んでいるのでしょうか?

 自分の能力なのに、ちょっと自信が無くなってきました。


「ここから少し離れた場所ですわね。急ぎましょう」

「はーい」


 わたしはパルを引き連れて路地裏に入る。

 色街の路地裏で、しかも夜ともなると……少々治安が最悪になっていますが、今は気にしている場合ではない。

 吐しゃ物を踏まないようにぴょんと跳びながら移動して、こんな暗がりで女性を口説いてる男の頭も飛び越えて奥へと移動すると、真っ暗な住宅地に出た。

 おんぼろな家が並んでいて、色街に近い場所ということで貧民街みたいな雰囲気があるのでしょうか。あまり良く無い空気が流れています。

 家を失った人間や孤児の気配も感じますが……視線は通っていない。

 今のウチ、ですわね。


「変装はここまでで充分でしょう」


 わたしとパルは、とぷん、と影に包まれると羽と耳としっぽを失った。パルは元の装備品に戻しておきましたが、わたしはお気に入りのゴシックな黒ドレスを着ておきます。

 このほうが、吸血鬼らしいですので。


「急ぎますので失礼しますね、パル」

「え、うん? あっ――」


 ぎゃぁぎゃぁ騒がれても困りますので、パルを眷属化させておく。びしり、と動きを止めたパルは命令を待つようにわたしを見た。

 もう魔王領での失敗は繰り返しませんとも。

 暴走しないように、しっかりと自由を奪っておきます。勝手な行動は命の危機につながりますからね、ホント。

 しっかりと待機状態になったパルの襟首を掴もうとして、やめる。途中で落としそうな気がしましたし、なにより後で怒られそうですので。

 改めてパルを横抱きにして持ち上げた。

 いわゆるお姫様抱っこですわね。


「姫にお姫様抱っこされる名誉をあなたに与えますわ」

「ありがたき幸せ」


 ぜったい嘘でしょそれ、っていうパルの内面が透けて見えますが……眷属とはそういうものです。

 パルの言葉にうなづいてからわたしは走り出す。


「舌を噛まないように」


 貧民街の通りを全力で走り、加速し――ジャンプした。

 風を切り、夜の街を飛び上がる。

 街の明かりが小さくなり、星に少しだけ近づいた気分。

 わたし達は空を飛んだ。

 もちろん、重力を司る神を倒していないので完全飛行は無理ですが。


「気持ちいいですわね」


 久しぶりの全力移動です。走っても良いのですが、やはり飛んだほうが早いでしょう。

 間違っても誰かにぶつかるわけにはいきませんし。


「着地しますわよ」


 地面が近づいてくる。

 石畳を壊さないように丁寧に着地。勢いを殺さないようにそのまま走り続け、再びジャンプした。

 風に流される髪が揺れ、それが夜空を切るような気分。

 あぁ、やはり太陽は敵です。

 夜こそが。

 あの欠けた月と幾千の星こそが、わたしの味方です。

 もっとも――


「今ではわたしも、ひなたぼっこを楽しめるようになりましたが」


 そんなひとりごとに、パルは瞳をパチパチとまばたきさせた。

 なんでしょう、抗議でしょうか?

 ちょっとぐらいロマンチックな気分になってもいいでしょうに。吸血鬼にお姫様抱っこされて、夜の街を駆けているのです。

 こんな幸運に恵まれているのは世界でひとりですのよ。

 せいぜい後世に伝えるといいですわ。

 吸血鬼ルゥブルム・イノセンティアは、とてもステキでロマンチックな師匠さんのお嫁さんだったと!

 とかなんとか思っている内に到着しました。

 眷属からニンジャ反応があるとの感覚を受け取った場所です。

 場所は――普通の住宅街でしょうか。

 周囲にお店らしき物はありませんので、住宅だった建物をそのまま事務所に応用したのか、それとも住み込みで働くために作ったのか。

 それは分かりませんが、事務所内に人の気配は感じられなかった。

 誰かが侵入しているようにも見えません。

 それでも間違いなく、ニンジャ娘がこの事務所の中にいるはずです。


「さて、今から眷属化を解除します。騒がないように」


 静止していたパルは、こくん、とうなづく。

 それを確認してから眷属化を解除すると、パルは大きく息を吐いた。

 なぜか非常に疲れているみたい。

 どうしてでしょう?


「こ、怖かった……」

「安全ですのに」

「こっちは普通の人間なのっ」

「わたしは普通の吸血鬼ですので」

「普通って何よ、普通って」

「変態ではなくノーマルという意味です。さて、ケンカは後にしましょう。今はニンジャ娘を捕らえるのが優先です」

「あたしもノーマルだもん。分かった。で、どうやって入るの?」


 もちろん鍵は施錠してあるでしょうが……そんなもの、吸血鬼には関係ありません。


「少々お待ちください」


 わたしは事務所に近づくと影に沈む。

 そのまま影の中を移動して玄関の内側へ出た。玄関の扉に付いているスライド式の鍵を音が鳴らないように影で塗りつぶすように覆いながら解除した。

 ゆっくり静かに玄関を開けるとパルを迎え入れる。

 人差し指を口元に当て、静かに、というポーズを送った。

 それを見てパルはうなづき、スッと気配が希薄になる。

 ふふ、やりますわね。

 盗賊スキル『隠者』というものでしたか。しっかりと身についているようで、なによりです。

 さて、問題はニンジャ娘が視認できるかどうか。

 学園都市で出会った時、ニンジャ娘の荷物は完全に意識の外へ追いやられていました。恐らく、あの忍術があれば自分の存在すらも消せるはず。

 ですが、それはあくまで『認識できていない』だけ。

 つまり、見えているのに把握できていない状態です。

 人間も魔物も、無駄な物をいちいち注力していては頭の処理が追いつけませんからね。

 ハイ・エルフくらいでしょうか。

 見えている物すべてを注意しているなんて。

 簡単に言ってしまえば、道に転がっている砂の一粒一粒を全て認識して数えて認知するようなものです。普通に考えて目と頭が死んでしまいます。


「パルはここにいてください。玄関からニンジャ娘が逃げるのを阻止してもらいます」


 こくこく、とパルはうなづく。

 よろしい。

 では、ニンジャ娘を捕獲しましょうか。

 わたしは影を事務所中に広げた。

 間違っても逃がすわけにはいきませんので、まずは窓や別の入口などをわたしの影で覆ってしまいます。

 イメージ的には薄い膜で事務所をまるごと包み込むような感じでしょうか。

 もちろん廊下や部屋の中にも影を展開させたのですが、気配は感じ取れません。やはり、あの認識阻害の忍術を使っているようです。

 いくらなんでも事務所に落ちているゴミやほこりのひとつひとつを認識できませんからね。

 仕方がありません。

 一番確実なのは、この状態でニンジャ娘が外へ出るのを待てばいいのですが。

 それでは面白くありません。

 相手が完璧だと思っている術を破ってこその意趣返し。

 私の愛する師匠さん。その師匠さんが愛する弟子を可愛がってくださったお礼ですもの。

 しっかりとニンジャの術を見破りませんといけないですよね。


「……」


 玄関から続く廊下には左右ふたつのドアがあり、奥には外につながる扉があった。

 もうひとつ、右側には低い位置に両開きの扉がありますが……そこは物置でしょう。探ってみたところ地下室の入口では無さそうです。

 わたしは影に運ばれるように、廊下をスーっと移動していく。歩くよりよっぽど音が立ちませんからね。

 まずは廊下にある右側のドアを調べてみますが……ドアプレートにトイレと共通語で表示されていますね。

 念のため、中を影で探っておきますが――反応はありません。


「……」


 ということは、左側のドアが事務所として使われているメイン部屋。こちらにニンジャ娘がいるはず。

 では――

 わたしは影の中に沈むと、ドアを開けることなく壁を越えた。

 影の中。

 まるで水の中から空を見上げるような感じで部屋の中をうかがってみますが……

 事務所内に人がいるような気配は無かった。

 本当にニンジャ娘がいるのかどうか、分かりませんね。

 出ていった気配は無いので、確実にこの部屋にいるはず。それが分かっていても尚、姿どころか気配も感じられないとは……ニンジャの使う忍法というものは凄いですわね。

 ですが。

 対処法はいくらでもあります。

 ここは一番簡単な手でいきましょうか。

 せーのっ――


「ばぁ!」


 わたしは勢い良く影の中から外へ出た。

 何の前触れもなく、事務所内に勢い良く現れて見せる。


「!?」


 という驚く気配がしたのは間違いありません。

 事務所の中は雑多な雰囲気で机が四つほど向かい合わせに部屋の中央に並べられていた。部屋の周囲には棚が置かれていて、資料がまとめて置いてある。

 さてさて。

 姿は見えませんでしたが、驚いた気配があった場所――


「そちらですか」


 玄関の方角から言えば、奥側。

 そこには物置になっているようで、スライド式の扉があった。

 不自然に開かれ、そこにあった棚から引き出しが一段だけ開けられている。

 どう見ても、誰かが見ていたようですわね。

 決まりです。

 そこに、ニンジャ娘はいます。

 そしていま――

 ――わたしを見ている。

 ならば。


「わたしの魅了の魔眼は強力ではありません。せいぜい、スキルを維持する集中力を奪う程度。まったくの役立たずでお恥ずかしいのですが……どう思います?」


 わたしは魅了の魔眼を発動させる。


「うっ」


 予想通り、そこにはニンジャ娘がいたようで。

 忍術を解除されたのを不思議と思っているのか、それとも逃げる先を探しているのか。

 きょろきょろと周囲を見渡している姿をようやく視認できました。

 ニンジャ娘、シュユを見つけて。

 わたしはニヤリと笑いました。


「安心してください、シュユ。ちょっとお仕置きする程度ですので。ふふふ」

「あ、あわわわわ」


 飛び出すように逃げるニンジャ娘。


「逃げても無駄ですわ」


 知らなかったのでしょうか?

 魔王さまから逃げられないように。

 四天王からも逃げられませんのに。

 慌てて逃げるニンジャ娘。

 その足を、わたしの影が捕まえた。


「ひ、ひぃ!?」


 部屋の中に顕現させた巨大な腕。それがニンジャ娘の足を握り、釣り下げるように天井付近まで伸びる。

 哀れ、ニンジャ娘は宙ずりにされてしまいました。

 うふふ。


「な、ななな、なんでござるかこれー!?」


 逆さになっていますので、ぺろんとめくれる前掛けのようなニンジャ服。その下から、あそこを隠すように貼られた長方形の紙が見えた。なにか文字が書き込んであるのですが、読み解くことはできませんでした。

 これが下着なんでしょうか。

 変わった文化ですわね、ホント。

 まぁそれはともかく――


「さて、お仕置きの時間です。覚悟はいいですか?」


 わたしはニヤリと笑って、ニンジャ娘の顔を覗き込むのでした。

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