~流麗! スカウトにはふたつの意味がある~
色街。
分かりやすく、娼館通り、とでも言いましょうか。
きらびやかな夜を彩る女性たちが主役の、華やかな通り。太陽の出ている昼とは違って、まるで別世界のような空間。
世界で一番最初に生まれた商売とも言われている娼婦。そんな彼女たちを買うために、男たちがゆらゆらとランプと魔光のあふれる通りを歩いていく。
もちろん、中には女性の客も歩いていて、男を目的としているのか、はたまた同姓好きか。今晩の相手を探しているのは間違いなく、男性ばかりが客ではなかった。
人間の趣味は多種多様ですから、そこに生産性も非生産性もありません。
女の子が女の子を好きでも、なんら問題ないでしょう。
むしろ美しいと言えるかもしれません。
大神ナーに仕える神官少女のサチも、そんなにおいがしますし。
ときどきパルを見る目がえっちでしたので。
師匠さんと違って堂々と見ていたので本人は自覚していない可能性もありますが。
果たして、あの子はナーをどういう目で見ているのでしょうか……すこし気になります。
「んふふ、美味しい~」
対してこちらの小娘は単純ですわね。
色恋沙汰より食い気が完全勝利しています。
師匠さんが好きなことは分かりますが、あとは食べ物さえあれば問題ない。とでも言ってしまいそうなほど単純な思考をしているようです。
「ほら、クリームが付いていますわよ」
一応は主人と従者という変装ですので、それなりに体裁は整えないといけません。口元にクリームを付けたマヌケな従者の主人、という目で見られるのはあまり良く無いでしょう。
わたしは、パルの口端に付いた白いクリームを指先でぬぐってやる。指先に付いたクリームは服で拭うわけにもいきませんので、ぺろりと舐める。
しつこい砂糖の甘さではなくミルクの味がしました。
「牛乳のクリームでしょうか。美味しいですわね」
「ルビーも頼めばいいのに」
「フルーツの盛り合わせでお腹いっぱいですわ。はい、あーん」
「あーむ」
確かに美味しいのですが、わたしの好物は人間の血液ですので。さすがにフルーツの血液がけ、なんていう猟奇的なメニューはありませんでした。
都合良く血液提供者が現れればいいのですが……やはり、一度師匠さんの血を味わってしまうと、普通の血液では満足できる保障がないのでやめておきましょう。
「甘い物を食べ過ぎると太りますわよ」
クリームも美味しいですが、そんなに多くは食べられません。なにより、おデブちゃんになってしまうと師匠さんに嫌われてしまうかもしれません。わたしは大丈夫ですが、パルが心配です。
「太ってても師匠は喜んでくれるよ」
「程度がありますわよ。胸も腰もお尻もぷにょぷにょになってからでは遅いのですから」
「その時は、いっしょにダイエットしようね」
「はいはい。付き合いますわよ」
一蓮托生というやつでしょうか。
せっかく注文した物を残すのももったいないですので、リンゴをパルの口に放り込んでおきます。
面白いですわね、これ。
食べ物を口の前に持っていくと、自動的に食べてくれる小娘。お腹が裂けるまで永遠に食べるのでしょうか。
ハイ・エルフではありませんが、実験してみたくなります。
お腹がぽっこりしたら、師匠さんは驚くかもしれませんね。
俺の子どもか!?
と、あたふたする姿を見たくないと言えば嘘になりますので。
「失礼します」
パルにフルーツを食べさせて遊んでいると、店員がテーブルの上に新しくパフェを置いた。
「あら? 注文していませんわよ」
「あちらのお客さまからです」
店員さんが指し示す席には冒険者風の男性がいて、わたし達が見るとウィンクをバチコンと決めてきました。
「まぁ、嬉しい。パル、お礼の投げキッスをしてあげなさいな」
「え、あたしが!?」
「食べるのはあなたでしょう?」
「え~……ルビーもいっしょにやってくれるなら、やる。じゃなかったら、やらない」
「お礼くらいしなさいよ、まったく。ほら、せーの」
「わ、わ」
ふたりで、ん~、ぱっ、と投げキッスを送っておきました。
お礼としては充分でしょう。
しかし、ホントにあるんですね。あちらのお客さまから、なんていうものが。
勝手におごるのは別にいいのですが……この後どう関係性を深めていくおつもりなんでしょうか?
お礼に一晩を共にできるとでもお思いで?
でしたらパフェひとつではまったくもって値段が足りないと思うのですけどねぇ。
それほど安い女と見られてるのでしょうか。
ここがわたしの支配地でしたら、追放モノの所業ですわ。
愚劣のストルティーチァに優男のなんたるかを学びに行かせたいものです。
もっとも――
性的な意味で食べられてしまうかもしれませんが。
男女平等の博愛主義者。と言えば聞こえはいいですが……わたしとは違った意味での人間好きでしたから。
「失礼します。あちらのお客さまから、こちらを」
投げキッスを受け取った男の奥にいた別の男性から、今度はカットフルーツが届いた。
「またですの」
「ん~、ぱっ」
「すいません、向こうのお客さまからです」
「また?」
「ん~、ぱっ」
「今度は向こうの席に座られてるお客さまから」
「えぇ!?」
「ん~、ぱっ」
テーブルの上からいっぱいになってきましたけど、まだ続けるつもりでしょうか。というか、ぜったいに食べきれませんわ!
「ん~、ぱっ」
「いつまでやってますの」
「あいた!?」
とりあえず、そこら中に投げキッスをまき散らしている金髪小娘の頭を叩いて止めておく。原因はパルが愛想をふりまいているせいでしょうか、まったく。
「ルビーが美人なのが悪いんじゃない? 吸血鬼の能力に魅了ってなかったっけ?」
「ありますけど、使っていませんわ。それに、わたしの魅了の魔眼は気休め程度ですもの。そんな強力ではありません」
「そういえばそうだっけ」
せいぜい注意を引く程度。
傾国には程遠い、小指の爪程度の威力しかありません。
魅了の魔眼を発動させることはおろか、視線を合わせてるわけでもありませんので。わたしのせいではないです。
そんなことをコソコソとパルと話し合っていると――
「失礼するわ」
ひとりの女性がいきなりテーブルに付いた。
胸元がざっくりと開いたドレスを着ており、年齢は若め。金髪の髪を丁寧にオールバックにして、貴族風にも見えますが……おそらく娼婦でしょう。どことなく石鹸の良いかおりがしまうので、一仕事終えた後かもしれません。
「あなた、どういうつもり?」
そして開口一番、そんな言葉を言われてしまう。
「どういうつもりと言われても困りますわ。なんのことでしょう?」
「どうだか。そうやってアタシたちを笑いに来たんだろう? えぇ?」
「んん?」
わたしはパルと顔を見合わせる。
ホントになんのことを言っているのか分かりませんし、娼婦を見て笑った覚えもない。
むしろ、わたしの隣にいる小娘なんて娼婦どころか男すら見ずに、テーブルの上のスイーツを食べ散らかすという暴挙に出ていますが?
「申し訳ありませんが、説明してくださいます?」
「どういうつもりもなにも、そうやって見せびらかしに来てるんでしょ? 貴族さまか何か知らないけど、宿に帰ってもらえないかしら。見学と見物は推奨しないよ」
貴族?
見学?
見物?
「ちょっと待ってくださいまし。わたし達、別に貴族ではありませんわ」
証拠に、とわたしは冒険者になったときに渡されたプレートを取り出す。
ホントは服の下に来ていた装備品の中にあったのですが、スカートをめくりあげる訳にもいきませんので、影を利用してそれっぽく取り出しました。
「わたしは冒険者です。それもレベル1ですわ」
女性にプレートを渡すと、ジロジロとわたしの顔とプレートを見比べました。
「あたしのもあるよ」
パルはスカートをめくりあげて、下に履いていたホットパンツのポケットからプレートを取り出しました。
ざわっ、と店内の男性たちが声をあげたのは……仕方がありませんね。
それにしても師匠さんがいなくて良かったです。こんなところを見られていたら、今すぐ宿に連れ戻されたかもしれません。
別にいいよ、という態度を取りつつも独占欲がチラチラと見えている師匠さん。
大きな器量を見せたいのでしょうが、それとこれとは別。といった感じで本心がチロチロと見えてしまっているのが可愛い。
たまらなく血を吸いたくなってしまいますわよね。
こう、ちゅ~っと。
じゅるじゅるべろべろ血を舐めながらデロデロに愛してあげたい衝動に襲われてしまいます。
「ホ、ホントに冒険者?」
そうですわ、そうだよ、とふたりでうなづきました。
なによりパルの装備をそのまま下に着させていたので、変装らしく見せられたかと思います。
「その格好は何よ」
「仕事中です。ちょっとした調査依頼を受けてますの」
「ルビー。個別に受けた依頼だから、しゃべっちゃダメだよぅ」
「おっとそうでしたわね」
適当に嘘をつきましたが、パルがそれを補強してくれました。なので、そのまま乗っかっておくことにしました。
「もしかして、アタシの勘違い? 邪魔しちゃった?」
「そのようですわね。どういうつもりだったのか説明してもらっても?」
「あぁ~、ただの嫉妬よ嫉妬。ごめんなさい。貴族の娘か何かが、色街を見学に来たのかと思って。しかも美少女だし、娼婦を笑い者にしにきたのかと思ったの。ごめんなさい」
素直に頭を下げる娼婦。
しかし、顔を上げた瞳はキラキラと輝いていた。
へっ? と、パルは思わずのけぞった。
でも、食べていたクリームがいっぱいついたイチゴは落とさない。さすが色気より食い気ですわね。
「良かったら、あなた達も娼婦にならない?」
またしても理解不能だったので、わたしとパルは顔を見合わせた。
もう冒険者だっていうことは伝えているはずなのに、娼婦に誘ってくるとは……どういうつもりなのでしょうか?
「年齢と体型に少々問題があるようだけど、充分だわ。あなた達が店先に立つだけで、娼館のレベルがあがる!」
「そういうものですの?」
えぇ、と娼婦はうなづいた。
「店の看板って大事よね。看板が立派であればあるほど、お店のレベルも分かる。目立つ看板が必要なのは、商人じゃなくても分かるでしょ?」
「あぁ、分かる分かる。なんのお店か分かんなかったら入るの怖いもんね」
なぜかパルが賛同しました。
フルーツ盛り合わせのブドウを食べながら、ですけど。
この小娘、そういえば全てのフルーツを皮ごと食べてますわね……まぁいいですけど。
「娼館でも看板が大事なのはいっしょ。で、娼館での看板と言えば、娼婦よね!」
「まぁ、そうですわよね」
娼館の前では自分をアピールするために娼婦たちが下着も同然な姿で男性たちをお店に誘っている。
あれが看板と言えばそうなのでしょう。
「というわけで、ふたりに『看板娘』になってもらいたいのよ」
なるほど。
この娼婦の言いたいことが分かりました。
客を取るには少々というか、かなり問題のあるわたし達ですが。看板になるには充分だということでしょう。
なにせ、お店でスイーツを食べているだけでこれだけおごられるのですから。
お礼は投げキッスだけでも殿方たちは満足しているようですし。
「つまり、わたし達が店の前に立てば、文字通り『入れ食い状態』ということですわね」
「い、入れ食い……挿れ杭?」
なぜかパルが両頬に手を添えてふるふると体を動かして赤くなっていますが、無視しましょう。
「話が早くて助かるわ。というわけで、今の仕事っていくら? 娼婦になってくれたら倍以上を払うことを約束する!」
この娼婦には、娼館の権利をかなり約束されているようですわね。
しかし、残念ながら――
「お断りしますわ」
わたしは丁寧に頭を下げた。
「申し訳ありませんが、わたしにはすでに心に決めた男性がいますの。娼婦という仕事をバカにするつもりはありませんが、そうホイホイと男性たちに抱かれるのを是としませんわ」
「あらら、そうなの? ざんねん……そっちの金髪ちゃんは?」
「あたしも師匠が好きだから、ごめんなさい。あと、前に娼婦になろうと思った時はあったんだけど、その時は追い返されちゃった。二度と来るんじゃねぇって蹴られたのを覚えてる。でも、あたしはもう娼婦になる必要がなくなったから」
「見る目がないわね、その娼館」
ちくしょう、と娼婦は目を閉じて悔しがった。
娼婦でありがながら娼館を経営しているのでしょうか。
どちらかというと商人に近い目をしていますよね。
「気分を害されたようですし、よろしかったらこのテーブルの上の物を娼館に提供しますわ。今夜だけでも大盤振る舞いしてくださいな。わたし達じゃ食べきれませんし」
「……気づかいができるし、いい女ね。あなた何歳なの?」
「さぁ? 千を越えたところで数えるのをやめました」
「え? 翼の生えたエルフなの?」
「冗談ですわ。ただの有翼種のコウモリタイプ。お仕事は冒険者です」
「あぁもう! 冗談も言えるし、美人だし。腕っぷしもいいのでしょう? ホントもったいないわ!」
そう言われても困ります。
「でも役には立てませんわよ。わたし処女ですから。こっちの小娘も生娘ですわ」
なぜか周囲がざわざわしだした。
処女なんて、あふれるくらいにいるでしょうに。
殿方も青いですわねぇ。
「あっはっは! それは売り文句にしか聞こえないわ。あ~ぁ、ほんと残念。ここで一気に人生逆転できると思ったのに」
「攻めの姿勢は悪くないですわ。貴族だろうと関係なく殴り込む姿勢も評価されます。近いうちに見受け話のひとつやふたつ、ありそうですけど」
「そうだといいんだけどねぇ~」
娼婦は肩をすくめた。
「よう、姉ちゃん。あんたも買えるのかい?」
そんな娼婦に声をかけてくる冒険者がひとり。
「アタシは高いよ。一晩50アルジェンティだ」
「ハン、安いもんだ」
冒険者は硬貨の詰まった革袋をジャラリとテーブルの上に置く。
「フルーツといっしょにお買い上げしても?」
「いいねぇ、買われた!」
決まりだな、とふたりはニヤリと笑い合った。
「悪かったね冒険者のお嬢さん達。仕事の邪魔をしたみたいで」
「いいえ。そちらは仕事を始められるみたいで良かったです」
「頑張ってね~、お姉さん」
テーブルの上のスイーツ盛り合わせを持って、冒険者と娼婦は去って行った。
「娼婦も大変そうですわね」
「ホントホント」
「では、そろそろわたし達も行きましょうか」
「どこへ?」
決まってますわ、とわたしは笑いながら席を立つ。
「お仕事じゃなくて、お仕置きの時間です」
ニンジャ娘が動いたようですので。
オークション事務所に向かいましょう。