~可憐! うそつき・裏切り・あんぽんたん!~
空飛ぶモグラを捕まえた!
これで、あたしもニュウ・セントラルの盗賊ギルドに認められたはず。
問題なく情報を売ってもらえるはずだ。
でもでも。
盗賊ギルドから情報を買う前に――
「ねぇねぇ、ナユタさん」
「なんだおチビ」
「おなかすいた」
「確かに、すいたな」
ナユタさんといっしょにお昼休憩することにした。
朝ごはんも食べずに、ずーっと屋根の上にいたからお腹がペコペコだ。
急いで情報を買いに行っても、モグラを捕まえたことをジャッカルお姉さんはまだ知らないかもしれないし。
時間は少し開けたほうがいいかな~って思う。
「おチビはなにが好きなんだ?」
「肉」
「直情的な答えだな。じゃぁ肉くおーぜ、肉。あたいも嫌いじゃないしな」
八番通りマーケットから抜けて、中央通りでお店を探す。大通りなのでレストランとかあるけど、逆に屋台は少ないかも?
そんな中でレストランの店先に屋台のように屋根を広げて、丸焼きの肉をぐるぐる回転させているお店があった。
炭で焼いているのか、白い煙がもくもく空に登ってる。
見るからに美味しそう!
「ナユタさん、あれあれ。あれ食べたい」
「お、いいね~」
店に近づくと、炭火でじわじわとお肉を焼いている音が聞こえてきて、いいにおいがしてた。
こげないように、常に店員さんが肉を串刺しにしたような装置のハンドルを回してる。ゆっくりと回ってる茶色く美味しそうにこげた肉からは、ときどきジュワジュワと肉汁があふれてきて、炭に落ちては美味しそうな煙がブワっとあがっていた。
「いらっしゃい! 何枚にする?」
「まい?」
何の単位か分からなかったので、あたしは首を傾げる。
「おっと。ウチは初めてかな、美しいお嬢さま方」
モジャモジャと黒いヒゲのおじさんが、ぱっちりとウィンクする。見た目以上にお茶目な店員さんなのかもしれない。
なによりナユタさんを見ても驚かないし、騒ぎもしないのが商人らしい。
師匠が前に言ってた。
「商人は、人を見た目で判断するんじゃなくて、財布で判断してやがる」
ひどい話だけど、ナユタさんにとってはいい話なのかもしれない。
「ウチはこうやって丸焼きにした肉を削いでいくんだ。それをパンに挟んでソースをかけるか、野菜にくるんで食べるか選べるよ」
ヒゲおじさんは見本としてお肉の塊からナイフで丁寧に削いでいく。香ばしく焼けた部分で美味しそう。これが一枚ってことか~。
「ほれ、サービスだ小さいお嬢ちゃん」
「やった!」
ヒゲおじさんが差し出してくれたお肉を、あたしは口で受け止めた。つまり、そのままぱくっと食べる。
「おいひー」
「はは、可愛いのに豪快なお嬢ちゃんだ。そっちのおっきい嬢ちゃんもどうだい?」
「あたいは嬢ちゃんじゃないんだがねぇ」
ナユタさんは苦笑しながら肉を受け取る。さすがに口からいくんじゃなくて、手で受け取って自分で口に運んでた。
「うん、うまい。一枚いくらなんだ?」
「一枚100アイリスだ。パンは50アイリス、野菜の葉は20アイリスだよ」
「じゃぁ、あたしは9枚とパンで!」
「あたいも同じのでいいか」
「あいよ! へへ、9枚とは豪快なお嬢ちゃんたちだ」
銀貨一枚をわたして、銅貨でおつりをもらう。その間に店員さんがいそいそとナイフでお肉を削いでいって、それをパンに挟んでいった。
こんもりとパンからはみ出しそうなくらいにお肉がはさまれたお肉サンドに、上から茶色いソースがたっぷりとかけられる。
「おまちどう。かわいい女の子と美人相手にゃナイフの滑りも良くなるってもんだ。おまけしておいたよ」
どうみても十二枚くらいはありそう。
「わーい、おじさん好き!」
「あたいは美人じゃないんだけどなぁ……」
トカゲとかリザードマンって言われるのは怒るけど、お嬢ちゃんとか美人って褒められるのにはめちゃくちゃ弱いナユタさんだった。
ちょっと可愛いらしい。
あたしとナユタさんは、お肉サンドを受け取ると屋台の隣で立ち食いする。
「ん~、おいひぃ」
ソースはちょっとだけピリリと辛いけど、甘さもあって美味しい。お肉はもちろん美味しいけど、パンも負けないくらいに美味しかった。
もしかしたら焼き立てなのかも?
「確かに美味いな、これ」
もぐもぐと屋台の隣で食べていると、ナユタさんの容姿が目立つからかジロジロと見られる。でも、すぐに視線はあたし達の食べている物にうつって、豪快に丸焼きしている肉に注目が集まってた。
お肉の焼けるにおいと煙のおかげもあって、気が付いたらお客さんがワっと増えていた。
「いいねぇ、お嬢ちゃん達のおかげで繁盛したよ。看板娘にならない?」
「あはは、考えときます」
食べ終わってソースの付いた指をペロペロと舐めつつ、ヒゲおじさんにお礼を言った。
看板娘になる前に立派な盗賊にならなきゃいけないので、あたし達は盗賊ギルドへ向かった。
「あたいはここで待ってるよ。盗賊じゃないしな」
「そっか。じゃぁ行ってくるね」
あたしは『一番細い路地』に入っていき、占い屋さんに爪を見せた。ちらりと振り返り、誰にも視線が通ってないことを確認してから後ろへとまわる。
布をすこしだけズラして身体を滑り込ませると、階段を下りていった。
「こんにちは~」
「やぁ、ルーキーちゃん。いやいや、パルヴァスちゃん。待ってたよ」
どうやら空飛ぶモグラを捕まえたことは、すでにジャッカルお姉さんは知っているらしい。
いつの間にか名前まで知られてて、ご機嫌な感じで迎えられた。
「まさか本当に捕まえてくれるとは思わなったよ。言ってみるもんだね」
お姉さんの視線があたしの目じゃなくて、ちらりと左腕に装備しているマグに向けられる。
そうだよね、そうなっちゃうよね……
何度か腕輪に手を添えたりしてたし、明らかに魔法の使い方が違ってたから、そりゃ怪しまれるよね……
「あ、あはは。あたしじゃなくて、手伝ってもらったナユタさんのおかげです。ナユタさん、めっちゃ強いし」
「ハーフ・ドラゴンらしいねぇ。知り合いなの?」
「それっていくらで買い取ってもらえる?」
「おや、ルーキーちゃんがルーキーじゃなくなってしまったか」
残念ざんねん、とジャッカルお姉さんは肩をすくめた。
「情報の値段は交渉次第だね。で、後払いになる。すごいお宝情報があるよ、と言われて買ってみたら嘘だった、なんてことが多々あるのよ。詐欺は盗賊の専売特許だけど、同業者には勘弁して欲しいものだ」
「ふ~ん。じゃぁ銀貨一枚でナユタさんの秘密を教えてあげる」
「ほうほう、どんな情報だい?」
「ナユタさんは、トカゲとかリザードマンって言われるとすっごい怒るけど、可愛いとか美人って言われると照れて大人しくなるよ」
「素晴らしい情報だ。銅貨一枚あげよう」
「わーい」
ジャッカルお姉さんが親指で弾いた中級銅貨一枚をあたしは両手でキャッチした。
リンゴ一個買えるよ。
「でも銀貨じゃないのかぁ、残念」
「さすがにその程度じゃぁねぇ」
「あはは」
あとは意外と子ども好きで頼めば肩車してくれるとか、おっぱいとかおへそとかおしりは鱗に覆われてないとか、そういう情報もあるけど言わないでおく。
せっかく手伝ってもらったナユタさんの『急所』にもつながっちゃう情報を売っちゃうほど、あたしは悪い人にはなれない。
師匠は自分で自分のことを卑劣とか卑怯とかって言ってるけど。
でも、師匠は優しいし、イイ人だ。
あたしも、そんな人間になりたいと思う。
ちょっと自信ないけど。
「さて、本題だ。パルヴァスちゃんが欲しがっていたカウンター情報、オークション事務所の情報を買っていった者の情報。それを買う。これで間違いないね?」
「はい」
あたしはしっかりとうなづいた。
「では先に情報量を払ってもらう。かなり高額になるが、大丈夫かい?」
「大丈夫です」
「よろしい。情報量は500アルジェンティになる」
銀貨500枚!?
めちゃくちゃ高い!
「払えるかい、ルーキーちゃん」
「だ、だだ大丈夫です」
あたしはベルトを外し、腰のところに魔力糸でぐるぐる巻きにして止めていた金貨を一枚取り出した。
実は昨晩、師匠に盗賊ギルドで情報を買おうとしてるってことを話した時に預かったお金だ。
「かなり高額になるな、それ。必要経費だから、持っていけ」
と、ポンと金貨を渡された。
師匠から預かっていたお金だし、ぜったいに落としたり盗まれたりしないように隠しておいた。
ホットパンツの中にしようかと思ったけど、それは動くのに邪魔になるかもしれん、と師匠に却下された。
いま思えば、お金を取り出す時に脱がないといけないので、師匠の言ったことは正しい。
やっぱり師匠って先の先まで見通せるのですごい。
いや、でも、これってあたしがバカなだけかも?
「金貨一枚とは、なかなか豪胆だね」
あたしは金貨を渡すと、上級銀貨が5枚返ってきた。単純に財布の中に入れるのは怖いので、同じようにベルトの裏に魔力糸でぐるぐる巻きにしておく。
ちゃんとベルトを装備し終わるまでジャッカルお姉さんは待ってくれた。
「さて、情報だ。オークションの事務所の情報を買いに来たのはパルヴァスちゃんと同じくらいの女の子だったよ」
「女の子?」
てっきり男の人だと思ってたけど、違ったみたい。
絵本とかで描かれてる泥棒って男の人が多い。そのせいで、今回の事務所情報を探ってる人も男だと思い込んでいた。
これもまた、失敗のひとつかも。
思い込みは注意しないと。
でも――
あたしと同じくらいの女の子ってなると、やっぱり奇妙だ。それとも、ホントに小さい頃から……生まれた時から盗賊として育てられた女の子とかだったり?
う~ん?
謎が深まっていく感じ。
「少女が求めたのはニュウ・セントラルに存在する全オークションの管理事務所の場所だ。オークション会場の情報は公開されているが、雑用や書類管理する事務所の情報は公開されて無いからね。この街では多種多様なオークション会場があり、それら全ての事務所情報を買い取って行ったよ」
「全部ですか?」
あぁ、とジャッカルお姉さんはうなづく。
「大手のオークションから、個人がやっている小さな会場まで、全てを求めていたよ。まぁ、さすがに個人がやってる小さい会場の事務所なんて無いけど。とにかく、全ての事務所情報を求めていたよ」
「それって相当なお金だったんじゃ?」
今あたしが聞いてる情報は500アルジェンティ。
このレベルの情報をふたつ買っちゃうと金貨一枚になっちゃう。
「ひとつひとつは大した情報じゃないから、そこまでじゃないぞ。倉庫情報や会場の間取りなんかはそれこそAランクの情報になるが。事務所にはせいぜい目録とか運用手順とかがある程度だ。Cランクの情報になるね。物によってはオマケで教えてもいいレベルだ」
Cランクの情報。
つまりそれって、あんまり情報に価値は無いってことだ。
ナユタさんが美人って言われると照れるっていうのと同じくらいとは言わないけれど、ランクは同じってことになる。
だからこそ、きなくさい動き、として見られてしまうんだろうなぁ。
買わなくてもいい情報。
買う必要もないくらいの情報。
でも、あえて買うことによって奇妙な動きを見せつけている……とか?
オトリとか、混乱させる目的なのかもしれない。
「うぅ、難しい……お姉さんはどうしてこんな情報を売ったんですか?」
「おいおい、ルーキーちゃんに戻ってしまうのかいパルヴァスちゃん。ここは盗賊ギルド。売れる情報ならなんでも売るのが盗賊ってものだ。知りたいのなら、王様のえっちした回数まで売っちまう場所だよ」
カカカと笑ってジャッカルお姉さんは肩をすくめた。
えぇ~。
王様のえっちした回数って数えられてるんだ……
あたし、王様のお嫁さんには絶対にならないでおこう。
師匠と結婚する。
ぜったい。
うん。
「それに、奇妙な情報を売ったことで商業ギルドからとパルヴァスちゃんからも、こうやってお金を払ってもらえる。Cランクの情報をまとめて売るだけで、それがBランクの上級情報に早変わりするのさ」
なるほど。
さすが盗賊ギルド。
卑怯だし、卑劣だ!
「お姉さんはその女の子が誰か知らなかったんですか?」
「初見の客だったね。少なくともこの街に所属している盗賊じゃなかったよ。パルヴァスちゃんと同じように辿り着いたんだろうね」
よそ者か~。
そりゃそうだよね。
何者か分かっているのなら、教えてくれるはずだし。
それこそ『空飛ぶモグラ』みたいな名前を付けられててもおかしくはない。そういう情報が無いからこそ、謎で奇妙なこと、なんだろう。
「あ、そうだ。盗賊ギルドがふたつあるって聞いたんだけど、それって本当?」
「ん? あぁ本当だよ」
ジャッカルお姉さんはくつくつと笑う。
「大昔、盗賊ギルドの男と女が大喧嘩したらしい。それで男女でギルドがふたつに別れちまった。それが今でも残っていて、こっちは女性専用盗賊ギルドってわけだ。あぁ、安心しな。今では仲良くやってるから、情報の共有とか仕事の斡旋はちゃんとできてるよ。無駄に男側で情報を買う必要はないからね」
なるほど。
それで符合がハートマークで可愛い感じなんだ。
「じゃぁ、これで最後。情報を買った女の子の特徴を教えてください」
「それが一番の情報だな。なにせ特徴的だったよ。まず義の倭の国の女の子だったね。で、ここからが面白い」
義の倭の国……で、面白い……?
それって――
「なんとニンジャだったんだ! 白い前掛けみたいな服装をしたニンジャの女の子が情報を買いに来たんだけどね。驚いたことに街中では一切の目撃情報が無い。どこに潜伏してるのかも分からないけど、とにかくその女の子が……どうしたんだい、パルヴァスちゃん?」
「う、うぎぎぎぎ……!」
あたしは手をワキワキさせながら唸った。
だって――
だってだってだって!
それって絶対にシュユちゃんじゃん!
義の倭の国で、あたしと同じくらいの女の子で、ニンジャって!
もう、シュユちゃんしか考えられないんですけど!?
えええええええええええええ!?
あっ……
あああああああ!
ああああああああああ!
ナユタさんも知ってたくせに黙ってたぁ!
昨日の夜!
オークションの事とか話してたのにぃ!
ああああああああああああああ!
「だ、大丈夫かい、パルヴァスちゃん?」
「情報ありがとうございます! ちょっとナユタさんをぶっ飛ばしてきますので!」
「は?」
「ありがとうございましたぁ!」
あたしはダッシュで盗賊ギルドから出ると、占い屋さんを飛び越えて、急いで大通りに出た。
「ナユタ――ん!? あれ!? いない! ちくしょう!」
もちろんそこにナユタさんの姿は無かった。
「ナユタさん!? なゆ、ナユタぁ! ナユナユぅ!」
待ってるって言ったくせに!
ちくしょう!
うそつき!
裏切者ぉ!
「あんぽんたん!」
あたしは思わず大声で叫んでしまった。
叫んでもナユタさんが出てくるわけでもなく、ましてやシュユちゃんも見つかるわけもなく、ただただ通りがかった人にジロジロと見られただけ。
「うぅ」
これって失敗?
それとも成功?
うぅ……
うぅうぅぅぅぅううううううぅぅぅぅううう!
「むぅ~」
あたしはがっくりと肩を落とした。
落とせるのだったら頭も落としたい気分。
もう。
もうもうもうもうもう!
「はぁ~……」
仕方がないので、あたしは宿屋に戻ることにした。
師匠~。
ししょう~。
知ってたことだけど――
世の中って、生きてくのは難しいぃ~ぃ。