~可憐! 私は失敗した強盗です。助けないでください~
ナユタさんといっしょに、屋台でいろいろごはんを買ってから宿に戻った。
「おまえらお金持ってんだなぁ……」
まるで貴族の館みたいな宿『ホテル・ロイヤル』を前にして、ナユタさんはポカンと口を開けて見上げてる。
思わず開いた口にパンを入れたくなったけど、背伸びしないと届かないし、怒られるのでやめておいた。
あたし偉い。
「特別に泊めてもらっただけだよ。ダッシュ薪たまご、無くて残念だったね」
「出汁巻きたまごな。なんだその速そうなタマゴ料理」
ダシマキタマゴっていう料理は無かったので、スクランブルエッグをホットドックみたいにレタスといっしょに挟んだサンドイッチというかホットドックのソーセージ無しバージョンみたいなのをナユタさんは買った。
あたしは分厚いベーコンを挟んだのとか、そのままホットドックとか。師匠とルビーと学園長のも同じようなやつにしておいた。
たまごよりお肉のほうが美味しそうだし!
簡単に手で掴んで食べられるものばっかりを紙袋に詰め込んでナユタさんが持ってくれている。紙って本だけじゃなくて布の代わりにもなるなんて、便利だ。
それにしても――
焼き立てのパンにあつあつのお肉をはさんで、ソースをたっぷり。
じゅるり。
あぁ、美味しそうなので早く食べたい。
だからダッシュなのかな?
ダッシュマキたまご。
「出汁だっつってんだろ、おチビ」
「ダシってなに?」
「出汁ってのは……なんだ? なんかこう、美味い汁だ」
「あぁ、貴族の人たちがすすってるらしいヤツ?」
「その『ウマい汁』とはちげーよ!」
そんな良く分かんない話をしつつ、門までくると従業員の男の人が丁寧に頭を下げた。
「おかえりなさいませ」
「うわ。あ、ありがとうございます?」
まさか覚えてもらってるとは思ってもみなかったのでビックリしちゃった。しかもナユタさんを見ても動揺することなく挨拶してる。
すごい。
「すげぇ宿だ。はは、須臾に自慢できるな」
中の様子を見ながらナユタさんがつぶやいた。もっと安い宿に泊まってるっぽい。
「こっちだよ~」
ナユタさんを案内して、いっしょに階段を登る。
二階の用意された部屋の前まで来たところで――
「なにこれ?」
「なんだこりゃ?」
部屋の前。
ドア横の通路に縄でぐるぐる巻きにされた男がふたり、座らされていた。がっくりと肩を落としているようで、落ち込んでる感じにも見える。
装備品とか口元を布で隠した見た目では盗賊っぽい。
もしかして泥棒かな?
縄で縛られたふたりの首からは一枚の板がぶら下がっていた。
あたしはしゃがんで、板に書かれた文字を確認する。
「『私は失敗した強盗です。助けないでください』だって」
「盗みに入って返り討ちか。情けねーな、おい」
逃げればいいのに、と思ったけど動けない理由が分かった。
泥棒の足には鎖が巻き付けられていて、お互いの右足と左足が縛られている。ワザとらしいくらいに大きな錠前が付いていた。鎖はそのまま身体をぐるぐる巻きにしているロープとも繋がっていて、立ち上がるには縄抜けするしかない。
もちろん息を合わせて、ふたりで這って移動することはできると思うけど、かなりマヌケだし、階段を転がり落ちるしかなさそう。
残る手段はロープを外し、大きな錠前を開錠して逃げるしかない。
というわけで。
泥棒さん達は、絶賛縄抜けの最中だった。
落ち込んでるように見えたんじゃなくて、一生懸命後ろ手を縄から外そうとしている感じ。
でもこれは――
「留り縄……縄抜け不可能と言われた縛り方だな。エグい縛り方を知ってるなぁ、おまえの師匠」
「あたし、縄抜けを教えてもらったけど、これは無理でした」
両手を広げた状態で指の間に指を組むようにして、後ろ手に縛られるやり方。
これ、師匠にやってもらったけど、ホント何もできなかった。ある程度、身体の自由が効くなら周囲の環境を使って縄を切るしかない。
でも、この泥棒さんにはそれに加えて、鎖で足を縛ってる上に、更にぐるぐる巻きにされているので余計に縄抜け不可能って感じ。
「頑張ってね」
「抜けたら教えてくれよ」
ふぅふぅ言って縄抜けに挑戦し続けている泥棒さんを激励してから、あたし達は部屋に入った。
「ただいま師匠」
「お邪魔します。世話になる」
遠慮なく入ってきたナユタさんに師匠の目がまん丸になった。学園長の瞳がキラキラしたのが分かったけど、それとは正反対にルビーの瞳は曇った。
「これは、ナユタ殿。どうしてここに?」
師匠は慌ててベッドから立ち上がってナユタさんと話す。
「あ~、ナユタでいいよ。あたしは旦那の護衛だ。そんな偉いモンじゃない」
かしこまる必要はないよ、とナユタさんは笑う。
「そうか。では、ナユタ。パルとはどこで?」
師匠に、あたしとナユタさんで状況を説明した。
そのためには、まずあたしが盗賊ギルドに行こうとしたところからなので、今日の報告を全部することになった。
ナユタさんが手伝ってくれるところまで話し終わると、学園長はそのままナユタさんに質問していったので、残りの報告を師匠にする。
「やぁやぁ君はハーフ・ドラゴンだね。珍しいね。こんなところで会えるとは思わなったよ。その鱗の色から察するにレッドドラゴンの末裔かな。立派な赤銅色の鱗鎧だ。美しい。ふむふむ、ということは倭国にはまだレッドドラゴンがいるのかい? 彼女はすでに倭国から旅立ったと思ったが。それに確か、倭国はホワイトドラゴンがいたと思ったんだけどなぁ。今は状況が違うのかな?」
「あぁ、レッドドラゴンさまは旅立たれて倭国にはいない。今はホワイトドラゴンさまがいらっしゃる。まぁ、あたしは会ったこともないし伝聞で聞いているだけの話だが。で、確かにあたいはレッドドラゴンさまの末裔だが……なんで知ってんだ? あんた何者だ?」
「あぁ、すまない。自己紹介をしないでいいなんて、うぬぼれていた。そうだね、ここはニュウ・セントラルで学園都市ではなかった。改めて名乗ろう。ただし、名前を忘却してしまったので、肩書だけで失礼するよ。私は学園長とも呼ばれている者だ。そこのルゥブルムくんなんかは私のことをハイ・エルフと呼んでいるね。気楽に『白いの』と呼んでもらってもかまわないよ。ナユタくん」
「はぁ……学園長なのか……んん!?」
そんな会話を横で聞きつつ、今日にあったことを師匠に報告し終えた。
「なるほど、情報を売るには信頼が足りないと言われたか。だが、ひとりで盗賊ギルドに辿りつけたのは頑張ったじゃないか。よくやったなパル」
「えへへ~」
師匠は優しく頭を撫でてくれた。
褒めてもらえた、やったー!
「しかも失敗も経験してるな。大変よろしい」
師匠は更に頭を撫でてくれる。
やったー……あれ?
「失敗も褒めてくれるんですか、師匠?」
「失敗してこいって言っただろ。成功よりも貴重だぞ。世の中には初見殺しで命を奪われることが多い。失敗できる余裕がある時には遠慮なく失敗しておくべきだ。俺にはそんな余裕が無かったからな。だから今ごろになって失敗すると、一気に死にかけるってわけだ」
「……アレはあたしの失敗です」
「確かにそうだが、俺も失敗したぞ? もっと無理なく生き残る方法もあったんじゃないかと思ってなぁ。ルビーが助けてくれるのを見込んで、素直に谷底に落ちてたほうが良かったんじゃないか、とも思ってる」
あの時、師匠の両腕は酷いことになっていた。あたしの片腕も気持ち悪いくらいに伸びてたし。それ以上に師匠のお腹は酷かったので、両肩とは腕は関係ないかもしれないけど。
「受け止める自信はありましたよ。愛すべき人をこの手にかける……実際には足でしたが。足蹴にしてたまるもんですか」
ルビーがベッドの上でくちびるを尖らせた。
「ま、そういうことだ。失敗はしていい。ダメなのは失敗を恐れて行動が遅れること。動きが縮こまってしまうこと。大胆に動いてこそ盗賊ってもんだ。と言っても、致命的なミスは推奨しない。そこは気を付けたまえよ、愛すべき弟子よ」
「はい、師匠!」
今日の報告はおしまい。
失敗もしちゃったけど、成功もありました。
いっぱい褒められて嬉しかったです!
「ところで、師匠。外の泥棒はどうしたんですか?」
「バカと天才は紙一重というが、あれはバカの部類だろう。真昼間に真正面から押し入ってきたので普通に制圧した」
「え~……凄い度胸……」
「女ばかりと油断したようだ。ルビーか学園長を人質に取れば勝ったも同然、と思ったのかもしれないが。彼我の力量差も読めないのでは話にならん。パルはこういう失敗はするなよ」
「しませんよぅ」
外に放置しているのは仲間を呼び寄せるために餌になってもらってるから、らしい。助けに来たところを捕らえるつもりなのだとか。
これも一種の罠ってことなのかなぁ。
ただし、今のところ助けに来る素振りが無いので、もしかしたら二人組の泥棒だったのかもしれない。
それからナユタさんと学園長のお話も終わったので、みんなで夕食となった。
「ふーん、オークションに参加ねぇ。どんな絵なんだ、凄いのか?」
たまごサンドを食べながらナユタさんが聞く。どうしてニュウ・セントラルにいるのかっていう話になって、オークションに参加しに来たことを伝えた。
「これですわ」
「へ~……これ、凄いのか? 良く分からん。だけどまぁ、上手いってのは分かる。綺麗な絵だし。しかし、裸の少女の絵とはねぇ……旦那が喜びそうだ」
「変態ですのね、あの仮面商人」
「おいこら。旦那の悪口をあたいの前で言うとはいい度胸だな、黒いほうのチビ」
「さっき自分で、旦那が喜びそう、と言っていたのですが。これ、わたしが悪いんですの? ハーフドラゴンにうらまれる覚えはありませんけど」
負けましたし、とルビーは肩をすくめた。
「おまえ吸血鬼らしいじゃねーか」
「なんで知ってますの!?」
「おチビから聞いた」
「「ぱーるー!」」
なぜか師匠にも怒られた。
あれー?
「ホントなんだな。あん時はアレか。手加減してたのか?」
「吸血鬼は夜がメインですの。ベッドの上では凄いんですから」
「お、お、おう」
ナユタさんが赤くなった。
鱗に覆われてない場所って、人間の皮膚とやっぱり変わらないんだなぁ。
「冗談を真に受けないでくださいまし! これでも清らかな乙女ですのよ」
「清らかな乙女はそんな冗談いわねーよ」
「恋に恋する乙女は、ステキな殿方とのベッドインを夢見るものでは?」
うんうん、とあたしはうなづいた。
うんうん、と学園長もうなづいている。
師匠はなぜか天井を見上げていた。
照れてる。
かわいい~。
「まぁ、言わんとしてることは分かる。で、吸血鬼。あとで一手、手合わせ願えるか?」
「いいですわよ」
「ありがたい」
ナユタさんは丁寧に頭を下げた。
ルビーのこと嫌いなのか、そうでもないのか、なんか難しい人だ。
「礼儀には礼儀で返す。世話になるのに当たり前じゃないか、おチビ。そこに好きも嫌いもないぞ」
「義の倭の国の人は難しいことを言う」
「当たり前の話なんだがなぁ」
ナユタさんは鱗を爪でポリポリと引っかいた。
鱗ってかゆくなるの?
「ところでナユタ。君たちがこの街に来た理由は、やっぱりアレか」
師匠の質問にナユタさんはうなづく。
「情報収集だ。オークションってやつには武器もたくさん出品されてんだろ。致死征剛剣、もしくは七星護剣があったかどうか。それを調べに来た」
「……なるほどね」
師匠が口元に手を沿えながらナユタさんの瞳をジっと見る。その視線を受けてナユタさんはフっと笑った。
「セツナ殿とシュユはそっちの調べ物かい?」
「あぁ。あたいには向いてないからお留守番……してるのもヒマなんで街中をブラブラ散策してたって話だ」
分かったよ、と師匠は肩をすくめた。
なんだろう?
何か含みがある感じ。
良く分からなかったけど、大人の世界のお話なのかもしれないので、あたしは聞かないでおくことにした。
必要なことなら、後で師匠が教えてくれると思うし。
その後、宿の庭でルビーとナユタさんが勝負して、ナユタさんがまったく歯が立たずに呆然としていた。
あたしとしては、ナユタさんの強さが凄くって呆然としちゃったけど。
もしかして師匠より強くない?
気のせい?
「いや、ナユタのほうが確実に俺より強いぞ。まぁ、何でもアリだったら分からんが」
「盗賊って、弱い?」
強さだけじゃなくって、いろんなことを覚えないといけないのが盗賊。だから、戦闘だけを訓練してる人には普通には勝てないってことなのかな。
なんだか損をしてるように思えた。
「はっはっは。まぁ、卑怯者や卑劣と言われるからな。イメージは悪い。冒険者でも少ないのはそのせいかもしれん」
「むぅ」
師匠は優しくて凄くてかっこいいんだから、卑怯でも卑劣でもないんだけどなぁ。
あと、めっちゃ強いし。
魔王サマの部下のキックを受けても、あたしをしっかり守ってくれたぐらいだもん!
師匠はサイキョーだ!
って言いたいのになぁ。
「ぜぇぜぇぜぇ……ダメだぁ、勝てねぇ!」
地面に大の字で倒れたナユタさん。悔しそうに叫んでるけど、表情はめちゃくちゃ楽しそう。満足した~って感じで拳を握りしめていた。
その後、みんなでお風呂に入って(もちろん師匠はいっしょじゃなかった。誘ったけど断わられたし、ナユタさんが真っ赤になって拒絶した)ベッドで寝ました。
ちなみにナユタさんの身体を見たけど。
全身が鱗に覆われてるんじゃなくて、一部だけでした。おっぱいとか人間と変わらないし、お腹とか太ももとかお尻とか、普通に皮膚だった。腕の外側と首元、足の側面としっぽに鱗があるだけで、リザードマンとかトカゲとかとはぜんぜん違ったイメージ。
でもでも!
鎧みたいで裸もカッコいい。
しっぽを洗うと、えっちな声を出してたので面白かったです!
めちゃくちゃ怒られちゃったけど。
あはは。




