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~可憐! 弟子に新たな仲間が加わった!~

 ゴキン、という嫌な音が聞こえて。

 大人の男の人が空に飛ばされたかと思うと、あたし達の後ろに墜落した。


「うわぁ!?」


 みんなは慌てて墜落現場から距離を取る。

 殴られた人は気絶してるみたいで、ぴくりとも動かなかった。

 死んではないだろうけど。

 それにしても――

 殴られた人ってあんなに飛ぶんだ。どうやったら、そんな思い切り殴られる状況になるんだろう? ちょっと弱すぎない? 

 でも殴られて気絶した人は冒険者とかじゃなくて、普通の一般人みたい。装備とか何もないし、武器も持っていないっぽいし。

 ん? 普通の一般人って何?

 そもそも冒険者でも商人でもない人って仕事なにしてるの?

 貴族?

 でも貴族っぽくない。

 むしろ本来の意味での『盗賊の部下』って感じの格好をしてるし……


「あぁ、チンピラとかゴロツキとかいう人たちか」


 あたしがそうつぶやくと、周囲の人たちも納得するようにウンウンとうなづいた。

 ということは――


「悪いのはこっちの男の人たちだね」


 そう。

 ケンカの中心にいるのは、たったのひとり。それをゴロツキ達が取り囲むようにしてケンカをしてるんだけど……


「おらぁ! どうしたそんなもんかよ!」


 鱗の付いた拳で殴り付ける女の人は、口から炎を吐く勢いだった。

 ハーフ・ドラゴン。

 半龍人。

 ナユタさんが、大通りのど真ん中でゴロツキ相手にケンカしてた。

 これがホントの『紅一点』。

 ナユタさん、身体の鱗が赤銅色だし。

 背中にある赤い槍は使っていなくて、あくまで素手のケンカ。勝負とかそういうのじゃなく確実にケンカなんだろうな~っていうのが分かる。

 でもズルイよね。


「はん! 後ろからならイケると思ったか!」


 ナユタさんには大きくて太いしっぽがあるので、それをぐわんと振り回すようにして、後ろから迫ったゴロツキを殴り飛ばした。

 しっぽで殴る、って合ってる? しっぽで叩く? でも殴ってるみたいだし。う~ん、言葉って難しい。

 とりあえずゴロツキ集団はあらかた倒されてしまって、残りはへっぴり腰になってしまった男の人ばっかりだ。

 さすがに女の人はゴロツキの仲間にはいなかったみたい。こんな人たちの仲間になるくらいだったら、娼婦になるほうがマシだよね。


「もう終わりか、ああん? ケンカ売ってくるくらいなんだ。勝てる見込みがあったんだろうが、多対一で油断したか? それとも大勢だったら勝てる気でいたのか。情けねぇなまったく!」


 ナユタさんは拳同士をガツンと合わせ、カカカと笑って挑発する。

 硬い鱗に守られてるので、拳からは人間離れした音が鳴ってる。アレで殴られたら痛いんだろうなぁ。というより、痛いで済めばいいけど。

 あたしなんか身体に穴が空いちゃいそうだ。

 というわけで、ナユタさんが背中を向けている間に、こっそりと近づいていく。


「お、おい、お嬢ちゃん」

「しー」


 ケンカを見物していたおじさんに止められるけど、あたしはくちびるに人差し指を当てた。

 だいじょうぶ、まだバレてない。

 盗賊スキル『忍び足』で足音を消しつつ、こっそり歩く。ブーツちゃんの補助付きなので、完璧に足音は消せるからね。

 そこに重ねて盗賊スキル『隠者』。

 魚掴みで、文字通りコツは掴んだので、かなり上手くなったと思う。興奮して笑ってるナユタさんの後ろを取れる程度には熟練度は上がった。

 気配を消したまま、こっそりとナユタさんの背後に近づいていく。

 その間にもゴロツキたちは敗北を認めて、なにかをわめき散らしながら去って行った。ナユタさんの完全勝利が決まったところだ。


「ふん。おら、てめぇらも見てんじゃねぇ。散れ、散れ」


 あはは。

 周囲の人たちがナユタさんをまだ見てるのかと思ってるけど、違うよ。

 あたしあたし!

 あたしが近づいているので、みんな見てるだけ。

 くひひ、と笑いたくなるのを我慢して――


「とう!」

「ッ!? 重っ!? なんだ――ふひゃぁん!?」


 あたしはナユタさんのしっぽに飛びついた。赤くて太いしっぽに抱き着くように、おしり付近の根本にしがみつく。

 あたし、知ってるよ。

 ナユタさんってば、しっぽの付け根を触られると弱いんだよね。というわけで、しっぽにしがみついたまま、頬ずりしちゃう。

 ヒンヤリと冷たくて気持ちいい~。


「ちょ、やめ、んっ」


 えっちな声をあげちゃったナユタさんは、思わず自分の口をおさえた。そのままにらみつけるように後ろを向いた。

 あ、やっべ。

 めっちゃ怒ってる。

 真っ赤な顔になってるのは恥ずかしいからか、それとも怒ってるからか。

 たぶん両方だ。


「てめぇ、ぱるぱる!」


 襟首を鷲掴みにされて、あたしはしっぽから引き剥がされた。そのまま片腕で持ち上げられて、ナユタさんの顔の前でぶらんと両手両足を垂れさせた。

 ハーフ・ドラゴンって凄い。

 マグで加重状態のあたしを、片手で持てるなんて。

 めちゃくちゃ力が強いんだなぁ。


「おいこら、チビぱる。なにやってくれてんだ、あぁ? てめぇもケンカ売ってるんなら、遠慮なく買うぞコラ」

「あ、あはは……なにしてんの、なゆなゆ」

「なゆなゆ言うな。おら、おまえらも見てんじゃねぇ! 馬車とか停まってんだ、散れ散れ! 迷惑とかかけんな! 気絶したヤツは誰か介抱してやれよ!」


 自分が迷惑をかけてたくせに、ナユタさんは周囲の見物人たちのせいにした。

 すごい。

 すごい遠慮の無い責任転換。

 見習いたい。

 ナユタさんはあたしを肩に担ぐようにして大通りから一本、路地に入る。こっちもそれなりに人通りは多いけど、馬車道とかは無いので迷惑にはならなそう。

 何人かは心配そうにあたしを見てたけど、大丈夫だいじょうぶ、とあたしは笑顔で手を振る。

 知り合いかい? という視線に、あたしはうんうんと答えておいた。


「で、よくもやってくれたな、おチビ」


 肩から降ろされたかと思ったらほっぺたを引っ張られる。


「いひゃい」

「こっちは大勢の前で恥をかいたぞ」

「かわいかったひょ?」

「うるせー!」

「いひゃーい!?」


 ほっぺたを両方から引っ張られた。

 ちぎれるかと思った。もう二度とジュースが飲めなくなっちゃうかと思った。穴が空いたらこぼれちゃう。


「あいたたた……ひどいよナユタさん」

「酷いのはおまえだ、パルばす。なにやってんだ、こんなところで」

「ナユタさんこそ何やってるの? シュユちゃんもいるの? どこどこ? セツナさんといっしょ?」


 周囲を見渡したけどセツナさんの姿もないし、シュユちゃんも発見できなかった。忍術で隠れられたら絶対に見つけられないよね。


「あたいだけだ。ふたりはいない」

「え、なになに? お楽しみ中?」

「だったいいけどなぁ。旦那は意気地なしだし須臾は自分を卑下しすぎるし。おまえくらい須臾が堂々としてりゃぁ今ごろ……いやいや、ふたりのそんな想像するのは失礼か。申し訳ない」


 ふたりはいないのにナユタさんは謝ってる。

 やっぱりイイ人なんだなぁ。


「で、パルは何やってんだ? あの気持ち悪い女はいっしょじゃないのかよ」


 気持ち悪い女って――


「ルビーのこと?」

「そうそう、あいつ。刺しても死なねーバケモノみたいな女」

「吸血鬼だよ」

「あぁ、それで死なないのか。納得……できるかよ!?」


 えええぇ、とナユタさんは目をまん丸にした。


「吸血鬼って、あの吸血鬼か? 絵本とかに出てくる? 人間の血を吸って、仲間を増やしたり、コウモリに化けたり、霧になったりする、あの吸血鬼!?」

「血は吸うけど、コウモリになったり霧になったりはしないなぁ。でも自分の影からコウモリとか狼とか出してたよ。自分も影の中に入ったりしてたし」

「はーふ・ばんぱいあっていうのじゃなくて?」

「本物の吸血鬼」


 ナユタさんは、道理で強いわけだ、と空を見上げて肩をすくめた。


「なんでそんな吸血鬼が人間領にいるんだよ」

「退屈してたから、って言ってたよ。で、師匠のことが好きになったから、師匠にくっ付いてる。いつかあたしが倒す」

「お、おう……頑張れよ」


 頑張る、とあたしは拳を握りしめて気合いを入れた。

 いつか倒す。

 そして、あたしが師匠の第一夫人になるのだ。

 はっはっは!


「で、ナユタさんは何してんの?」

「あ~、旦那と須臾が調べ物してて、あたいはそういうの苦手でよ。役立たずだから今回は留守番だ。ヒマなんで今は散歩中。さっきのはトカゲ女ってケンカ売られたから買っただけだ」

「ドラゴン女だもんね、なゆなゆ」

「間違ってないが、それもなんか嫌な感じだなぁ。あとなゆなゆって言うな」


 ナユタさんにまたほっぺたを掴まれるけど、今度はむにむにと触るだけで痛くなかった。


「次はおまえさんの番だ。ぱるぱるは何やってたんだ?」

「えっとね――」


 あたしは盗賊ギルドで情報を買おうと思ったけど、信頼度が足りなくて買えなかったことをナユタさんに伝えた。

 オークションとかそのあたりのことは言わないでおく。

 だって高く売れるような情報だったし!

 もう失敗したくないし。


「だから、モグリのスリを捕まえようと思って。あ、ねぇねぇナユタさん。手伝って!」

「スリを捕まえるのか?」

「うんうん。お願いしますナユタさん。ジュースおごるから!」

「あたいはそんなに安い女じゃねぇよ!」


 またほっぺたをムニムニされた。


「え~、ダメですか~?」

「ジュースで動く女って思われたくないだけだ。ヒマだし手伝ってやる。ジュースじゃなくて団子がいいな、お団子が」

「ダンゴ? 虫のこと?」

「いや、悪かったよ。こっちには無いよな。おもちを丸めたりして焼いたお菓子だ。丸くてもちもちしてて、あまじょっぱいタレを付けて食べるとうまいんだ。間違ってもダンゴムシは食べない……うへ、想像しちまったじゃねーか」


 ナユタさんは勝手にげんなりとした表情を見せた。

 虫、食べられるのに。

 マズイ虫も多いけど、美味しい虫もいるよ。久しぶりにめっちゃくちゃ酸っぱいアリとか食べたくなった。

 この辺にいないかなぁ。


「ん? なにやってんだパルパル?」

「ナユタさんに酸っぱいアリをプレゼントしようと思って」

「嫌がらせ!?」


 アリは見つからなかったけど。


「違うよ~。食べたら意外とクセになるよ?」

「いや、いらない」

「ざんねん。今度見つけたらあげるね」

「いや、いらない」

「え~」

「えー、じゃねぇよ。ほれ、手伝ってやるからアリは忘れろ」

「はーい」


 ナユタさんが仲間になってくれた!

 よーし、空飛ぶモグラを捕まえるぞーぅ!

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