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~可憐! 情報には鮮度というものがあります~

 オークション事務所の情報。

 ――を買った人の、情報。

 それが欲しいと伝えると、ジャッカルお姉さんは眉間にシワを寄せて、ちょっぴりうなった。


「ダメですか?」

「ハッキリ言おう。ダメだ」


 意地悪とか、そういうのじゃなくて、お姉さんは少しだけ伏し目になって首を横に振った。


「お金いっぱい払っても?」

「そうだな。金貨十枚をアタシの胸の中に突っ込んでも、金のインゴットを目の前に積んだとしても、アタシの口は開くことができないな」


 あらら……

 盗賊ギルドで情報を買ったんだから、盗賊ギルドにその情報を売ってもらえば簡単だ。なんて思ってたけど、そう上手くはいかないみたい。

 でも、良く考えたら商業ギルドが情報を手に入れられて無いんだから、当たり前か。あたしより商業ギルドのほうがよっぽどお金も持ってるだろうし。


「むぅ~」


 困ったな、どうしよう、って首を傾げながら考えていると、ジャッカルお姉さんが聞いてきた。


「お嬢ちゃんは冒険者なのか? それとも盗賊ギルドに所属してるのかい?」

「あ、盗賊ギルドに所属しています。パーロナ国ジックス領のジックス街の盗賊ギルドです」

「へ~、中央からの遠征か。仕事かい?」


 あたしはうなづく。


「師匠の仕事で学園都市に用事があって、今はオークションに来てます」

「ほう。どういう状況だ?」


 ジャッカルお姉さんが興味深く目を細めた。なので、あたしはララさんの少女画を師匠が手に入れたので売りに来た、と簡単に説明する。

 もちろん転移の腕輪の実験とか、そういうのはちゃんと秘密にしておいた。バレちゃったら大変なことになるし、たぶんめちゃくちゃ怒られると思う。

 師匠じゃなくて、学園長に。

 あと、エルフの偉い人にも怒られるかも?

 深淵魔法とか、そういうのの秘密も含まれてるんだっけ。ゲラゲラエルフのルクスさんに嫌われたりしたら、仕事ができなくなっちゃうので大変だ。


「ふむふむ、なるほどね。情報提供、感謝する」

「あっ」


 キシシ、とジャッカルお姉さんは悪そうに笑った。


「もしかして、その情報って売れたんですか?」

「いま話題のララ・スペークラの少女画に関する情報だ。少なくとも50、いや100アルジェンティにはなったな」


 銀貨百枚!?


「そんなに!?」

「情報には鮮度があってな。オークションの後じゃあ1アイリスにもならない情報だが、いまこのタイミングだと一番高い。加えて、一番注目度がある。謎の旅人が珍しい物を持ち込みに来たとは聞いていたが……まさかその関係者が盗賊ギルドに現れるとは思わなかったよ。これからは気を付けるんだね、小さな盗賊ちゃん」

「ぐぬぬ」


 むぅ~!

 失敗しちゃった!

 これが、師匠の言っていた失敗かどうかは分からないけど、ひとつ失敗してしまった。

 んんん~!

 くやしい~ぃ~!

 100アルジェンティがあれば、美味しい物いっぱい食べられたのにぃ!


「だが、状況は変わった。タダでは転ばせないよ、盗賊ルーキー。どこの誰かも分からないヤツに情報は売れないが、情報内容の関係者だというのなら話は別だ。この場合、オークションに参加したいが、そのオークションが妨害される可能性がある状況となる。広義の意味で関係者と言っていいだろう。美味しい情報をタダでもらうだけじゃぁギルドの名がすたるってもんだ」

「え、じゃぁ――」


 やった!

 損しちゃったけど、情報を売ってもらえる!


「ただし!」


 と、思ったけどジャッカルお姉さんの、ニヒヒ、という笑顔は浮かべられたまま――あたしのくちびるが掴まれた。上のくちびるだけが引っ張られる。

 速くて避けられなかった。

 すごい。

 でもちょっと痛いしマヌケな顔になっちゃうのでやめて欲しい。


「売るには条件がある」

「なんひぇすか?」

「信頼度をあげてくれ。ルーキーちゃんが欲しがってる情報はBランクに相当する。いくら盗賊だからといっても、よそのギルドに所属してるヤツだしなぁ。簡単に売れるもんじゃないのは確かなんだ。信頼が必要だ」

「どうひゅれば?」

「仕事を請負い、達成すればいい。暗殺から泥棒、おつかいにスリ、なんでもいいぞ」


 ジャッカルお姉さんがようやく手を放してくれた。

 うぅ~、上のくちびるだけ伸びてない?

 だいじょうぶ?

 変なくちびるになっちゃうと、師匠とキスできなくなっちゃう。


「え~っと、暗殺とか泥棒はちょっと怖いので、もっと優しいのがいいです」


 くちびるを触りながら伝えると、ジャッカルお姉さんはケラケラと笑う。


「そのほうがいい。ルーキーちゃんには向いてない仕事だ。おつかいにしておくかい? 時間が掛かってしまうけど」

「どこです?」

「北のほうだ。魔王領一歩手前」

「却下です」


 だろうね、とジャッカルお姉さんは肩をすくめた。


「でも、簡単に早く終わる仕事なんて取り合いだからねぇ。早々と残ってないよ。世の中、そんなに甘くない」

「激辛の仕事しか無いですか?」

「そうだねぇ……あぁ、そうだ。一発で終わる厄介な仕事がひとつあった。モグリの捕獲だ」


 モグリの捕獲?

 それって――


「もしかして八番通りマーケット?」

「んお、なんだ知ってるのか?」


 あたしは盗賊ギルドの情報を手に入れるために行った八番通りマーケットのことをジャッカルお姉さんに話す。


「なるほど、そいつはいい。話す手間が省けた。そのモグリは、アタシたちが『空飛ぶモグラ』って意味で『ヴォランス・モーレ』と呼んでるヤツさ、ま、面倒だから結局モグラって呼んでるけど」


 空飛ぶモグラ……?

 ヴォランス・モーレは旧い言葉かな。

 モグラって土の中にいる動物だけど、空を飛ぶってどういうことだろう?


「そのままの意味さ。ルーキーちゃんは消えたって思ったかもしれないが、違う。空を飛んで逃げたんだよ」

「え!?」


 あたしは思わず空を見上げるが……天井だった。ここ地下だった。空なんか見えない。


「ど、どうやって飛んだんですか? 魔力糸とか使って?」

「モーレが履いてるブーツがどうやらマジックアイテムみたいでね。跳躍力をアップさせる効果があるらしい。そいつで一瞬にして高い壁を越えて逃げるのさ。あぁ、気を付けなよルーキーちゃん。跳躍力がアップしてるってことは、キック力がすさまじい威力を持っていることだ。体重を軽くしてるんだったら良かったんだがな。ギルドメンバーが何人吹っ飛ばされたか、二十人を越えたところで数えるのをやめたよ」


 なるほど。

 あたしみたいに特別なブーツを持ってる人なのか。

 でも、ブーツの性能じゃぁ、あたしのブーツちゃんのほうが上だ。特別に高くジャンプできるわけじゃないけど、いろいろ補助してくれてるもん。

 さすが師匠がくれたプレゼントだ。ふふん。


「分かりました。そのヴォランス・モーレっていうモグラを捕まえれば、情報を売ってくれますよね」

「あぁ、約束する。ただし、怪我をしても助けてはやらないぞ」

「大丈夫です! モグラのキックなんて吸血鬼に比べたらぜんぜん弱いですから!」


 一応、あたしもルビーに蹴られたことになるので。

 師匠に全力で守ってもらったけど。

 気絶しちゃったので、あんまり覚えてないけど。

 でも、それに比べたら――ただの人間のキックなんて、どうってことないよね!


「吸血鬼? まぁ油断しないようにな」

「はーい」


 あたしはジャッカルお姉さんにお礼を言って盗賊ギルドから出る。暗い階段を再び登って、倉庫内に出た後、入口をふさぐ布の向こう側にいる占い屋さんの背中にちょんちょんと突っついた。


「いいよ」


 占い屋さんの声を聞いてからあたしは布をちょっと避けて外へと出た。


「良い結果は出たかい、お嬢ちゃん」


 お婆ちゃんの声でそう聞かれたのであたしは答える。


「う~ん? あんまり良くなかった。でも、頑張る」

「希望があるなら、良かったよ。暗い顔して出てくるよりよっぽどマシさね」

「ありがとうお婆ちゃん」

「誰がお婆ちゃんだ」


 声が若返った。

 あたしはケラケラと笑いながら『一番細い路地』を出る。振り返れば、影と重なっておばあちゃんの姿も盗賊ギルドの入口もよく見えない。

 ほんと、よくできてるなぁ。


「あっ」


 ひとつ聞くのを忘れた。

 盗賊ギルドがふたつあるっていう噂!


「ま、後でいいや」


 空飛ぶモグラを捕まえて、また情報を買いに来ないといけないし。

 小指のハートマークは消えないように気を付けないといけないなぁ。消えちゃったらまたネイル・クリアで描いてもらわないといけないし。


「……絶対もうかってるよね、あのお店」


 上手な商売だなぁ。

 爪が伸びちゃったら、切らないといけない。だから、いずれは絶対にハートマークが消えちゃう。

 この街の盗賊ギルドは、みんな爪が綺麗なんだろうなぁ。


「あれ?」


 そういえば、男の人も手にハートマークを入れるわけ?

 それって逆に怪しくない!?


「男は別?」


 ハートマークじゃなくて、星のマークとか?

 なんて思いながら、五番通りから中央通りを目指して歩く。

 ひとまず八番通りに戻ろうか。

 それとも一度帰って師匠に報告したほうがいいかな。


「ん?」


 中央通りに戻ると、少し離れた場所に人だかりが出来ているのが見えた。ちょっとした騒ぎなのか怒号も聞こえてきた。

 馬車の通る道まで人がふさいじゃって、ちょっとした渋滞が出来ている。


「なにかあったんですか?」


 停まってる馬車に近づくと、御者席に座るおじさんに聞いてみた。


「いや、ここからは見えなくてね」

「乗ってもいい?」

「あぁ、どうぞ。気を付けてね」


 おじさんの横にぴょんと飛び乗って、背伸びして見てみるけど……


「見えない」


 遠いし、人がいっぱいだし、なにより前に停まってる馬車とかが邪魔で何にも見えなかった。

 失敗しっぱい。


「あはは。もう少し身長が高いと良かったねお嬢ちゃん。でも、もう少し大人だったら食事に誘っているところだったよ」

「そろそろお昼だもんね。ありがとうおじさん」

「いえいえ、可愛いお嬢さん」


 仕方がないので、あたしは歩いて人だかりに近づいてみる。

 段々と分かってきたのは、大人しそうな顔をした人は人だからを避けるように離れていき、冒険者とか好戦的っぽい表情の人は近づいている。

 で、ヤイヤイと聞こえてくる歓声とか怒号。

 これは――


「ケンカかな」


 人だかりを縫うようにして前に進んでいく。わぁわぁと盛り上がってる男の人たち。女性もいるけど、その姿は冒険者ばっかりだった。

 こういう時って、スリをしやすそうだなぁって思った。もしかしたらモグラさんがいるかもしれない。

 なるほど、人混みが『土』ってわけだ。

 大勢の人の中に潜り込んでいるからモグラで、ジャンプするから空飛ぶモグラ。

 しかもモグリ。

 上手いネーミングなので、学園長も見習ってほしい。マグ『ポンデラーティ』は可愛い感じで気に入ってるけど。


「ぷはぁ!」


 最後にはモミクチャにされそうになりつつ、四つん這いになって冒険者の足の間から顔を出す。


「おぉ」


 やっぱりケンカだったみたいで、人々が輪になって見学したり囃し立てたりして、ヤイヤイと盛り上がっていた。

 学園都市の冒険者ギルドで師匠がケンカを売られた時に似ている。

 どんな場所でもケンカがあれば、こうやって盛り上がっちゃうのかなぁ。


「あっ!」


 そんなケンカをしている中心人物を見て。

 あたしは思わず声をあげてしまった。

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