~可憐! 結局、結婚運は分かりませんでした~
天下一番と細い針穴。
その間にある路地が、一番細い路地。
「一番狭い路地じゃなくって、一番細い路地って言ったのはこういう事か~」
分かってしまえば簡単だし考えることもないような内容だけど。でも、普通に聞いただけとか、言葉の意味を考えないといけなかったり。
偶然では絶対に辿り着けない場所が、盗賊ギルドっていう場所。
師匠はこういう情報を迷うことなく簡単に手に入れてて、やっぱり凄い。
あたしも見習わないと!
「よし」
まだ盗賊ギルドに到着できたわけじゃないし、なにより盗賊ギルドがふたつあるっていう噂の真相とかも分かっていない。
まだまだ油断できないってことだ。
あたしはちらりと左右を確認してから『一番細い路地』に入る。怪しい視線は無い。だいじょうぶ。
そこは地面が舗装してなくて土が剥き出しになっており、日陰ながら雑草が生えていた。
地面は踏み固められた感じで硬い。
これは、人が何度も通ってるってことの証だ。だから間違いじゃなさそう。
あと、雑草が生えてるってことは近くに路地裏で生活している人間がいない。
「あたしだったら食べてるもん」
毒が無いかぎり、食べられる物はなんでも食べる。
じゃないと、お腹がすいて死んじゃうから。
まずくても苦くても、おいしくなくても、草だったら食べられるから。
苦い思い出の苦い草の味。
それを思い出しながら路地を歩いていくと――
「あ」
行き止まりかと思われた場所におばあさんが小さな椅子に座っていた。頭からすっぽりと真っ黒なローブをかぶり、背筋を丸めて小さくなっている。
そのせいで建物の影に溶け込んでいるように見えた。
大通りから見えなかったのは、このせいだ。
フードから見える髪は茶色で、かなり傷んでいる様子。
ちょっと怪しい雰囲気で、占い屋さんには思えなかったんだけど……
「おやおや、これは可愛いお嬢ちゃんだ。いらっしゃい」
視線もあっていないのに、おばあさんはそう言った。目深にフードをかぶっているのに、あたしの姿を見通している。
すごい。
占いの力じゃなくて、たぶん盗賊のスキルなんだろうなぁ。
「すいません、占ってもらえますか?」
「えぇ、どうぞどうぞお嬢ちゃん。こちらに座ってもらえるかい」
おばあさんは近くを示す。
あたしは、はい、と返事をして、おばあさんの前にちょこんと膝を折った。
おしりは地面に付けない。
いざとなったら逃げないといけないし。師匠みたいに完全に座った状態から飛び上がるなんて、今のあたしにはまだ無理です。
「何を占って欲しいんだい? 運勢、恋愛、結婚運から金運まで、いろいろと視ることができるよ」
「おぉ~。じゃ、じゃぁ恋愛……いや、結婚運で!」
「ほほほほ、はいはい視てあげますよ。お嬢ちゃん、両手を見せてくれる?」
「はい」
あたしは両手を差し出した。
ホントは爪が見えるように手の甲を向けて出すのがいいんだろうけど、手を見せろって言われて爪を見せるのは不自然だよね。
というわけで、手のひらを見せた。
「かわいい手だねぇ。でも、充分に練度がある。ほうほう、しっかりと修行を積んでいるねぇ。感心感心。爪も綺麗にしているじゃないか」
おばあさんはそう言って、あたしの手を触りつつ、手の向きを変えた。ちゃんと爪にあるハートマークを確認してくれる。
「合格だね。後ろに入口があるので入りな」
「……あ、あの」
「ん? なんだい?」
「結婚運は?」
盗賊ギルドも大事だけど、結婚運も大事!
「バカ言ってないで通りな。まったく、そんな可愛い顔して結婚ができないとでも思ってるの?」
「えぇ!? というか声が若い……」
見た目と声がぜんぜん合って無い。
ニュウ・セントラルの盗賊は、変装が得意なのかな。
「当たり前でしょ。普通に考えて、こんなおばあちゃんが盗賊ギルドの入口役を勤めるわけないわ」
「う……確かに……」
「あんたホントに冒険者レベル1みたいね。頑張んなさいよ」
「は、はーい」
顔とか背格好とか、全部おばあさんなのに声だけがお姉さんっていう奇妙な感じなので頭がクラクラしそう。
後ろを確認して誰も見てないのを確かめると、あたしはおばあさんの後ろへまわる。
建物の壁だと思っていたけど、そこに扉があるんじゃなくて、なんと布だった。カーテンのように布が垂れ下がっていて、壁のような絵が描いてあるだけ。
「えぇ、すごい」
「さっさと入りなさい、もう」
「あはは」
このままだとおばあ姉さんにヒップアタックされそうなので、あたしは素早く布をめくって中に入った。
そこは真っ暗で明かりひとつない場所だった。
空間的にはそこまで広くないのが分かる。
ちょっとの間、目が慣れるのを我慢して……暗闇に馴染んでくる。
見えてきたのは、なにか農業で使う道具っぽい物。
それらが置いてある倉庫のようだ。
「え~っと?」
もしかして、まだリドルが続いてる?
そう思って倉庫内を見渡すと、すみっこにポッカリと四角い穴が開いていた。近づいてみると地下への階段。
「ここかな」
階段を降りていくと、すぐに真っ直ぐな通路になってランプの明かりが見えた。どうやら石で補強されている通路であるらしく、遺跡探索みたいな感じ。
そのまま奥へ進むと、広い部屋に出た。
「あら、新顔ね」
石造りの家の中みたいな感じで、ランプの明かりが揺れている。そこにはカウンターがあって、獣耳種のお姉さんが眠そうな目で迎えてくれた。
胸だけを隠した上半身と、下着だけの下半身。浅黒い肌に長く黒い髪がざんばらに背中に垂れている。
でもブーツは太ももまで覆う形の物で、なんだかチグハグな感じ。
まるで娼婦みたいな姿だけど、不思議とえっちな感じではなかった。
もしかしたら、ちゃんとした装備なのかも?
機動性重視とか?
「こ、こんにちは」
どうやらニュウ・セントラルの盗賊ギルドは、ジックス街のと同じタイプみたい。
受付の人がいて、他のメンバーが常駐していない形の盗賊ギルド。
もしかしたら学園都市の盗賊ギルドが特殊なのかも?
普通、みんないろいろと仕事してるだろうから、学園都市みたいにダラダラ盗賊が休憩してる盗賊ギルドがおかしいんじゃないかって思えてきた。
ギルドマスターが三人いたし、普通に受付までしてたし。
「いらっしゃい、冒険者さん。情報の売買かしら? それともビジネス? 暗殺依頼はおススメしないけど、金額によっては請け負うわよ」
獣耳種の犬タイプなのかな、と思ったけど……ちょっと違うっぽい。耳の先が尖ってる感じで、ネコじゃないと思うし、しっぽがふっさふさ。
「キツネ?」
「ん? アタシの種族かな?」
「あ、うんうん」
「そうだね。100アイリスってところかな」
上級銅貨一枚。
安いような、高いような……リンゴ一個と種族が同じ価値……う~ん?
「お金取るんだ」
「情報には無限の価値があるからね。種族がバレて弱点が露呈する、なんてことがあるくらいだし。タダでは教えてあげられないかなぁ。なんならオマケしてあげるよ」
「どれくらい?」
「そうね、99%引きでもいいわ」
「やっす!?」
ほとんどタダだ。
というわけで、お財布から銅貨一枚を取り出してお姉さんに渡した。
「アタシの価値なんてそんな物だから」
お姉さんは銅貨を確認すると、胸の谷間に押し込んだ。
もしかしたら、ちゃんとお金を払う人間かどうかをテストされたのかもしれない。
あと、本物のお金かどうか、とか?
「よしよし。アタシの種族は獣耳種のジャッカルタイプさ。ま、犬とそんなに変わらないよ。しっぽがちょっと太いくらいだね」
「ジャッカルって言うんだ。ほへ~。しっぽ触ってもいいですか?」
「いいよ」
ジャッカル姉さんはしっぽをあたしに向けてくれた。ピコピコピコと先端を動かしてくれる。ふさふさで触ってて気持ちいい。
「あはは、いいなぁしっぽ。お掃除とかに便利そう」
「埃まみれになるからおススメしないよ。髪の毛で掃除するようなもんだ」
「そういえばそっか」
しっぽで魚釣りも、ただの絵本なのかも。
「それで、お嬢ちゃん。アタシのしっぽを触りにわざわざ盗賊ギルドへ来たのかい?」
「あ、そうだった。情報売ってください」
「はいよ。情報の値段は『情報ランク』によって違う。物によっては常連でもない限り売れない物もあるし、状況によっては無料で提供する場合もあるよ。さて、何の情報が欲しい?」
ジックス街と同じだ。
確かA、B、Cランクで別れてて、Cランクの情報が一番安くて銅貨。Bが銀貨でAが金貨で取引する。
きっとそれ以上のランクの情報も売ってるんだろうけど、それが常連でもない限り売れないっていうやつかな。
「えっと、盗賊ギルドで情報を買った人の情報が欲しいです」
「カウンターか」
カウンター?
あたしはオウム返しに聞いた。
「そのままだ。自分の情報を買われたから、買ったヤツの情報を買う。ちょっとした仕返しでもあるし、争いの抑止力にもなる。お互いに情報を持ってたら状況はイーブンとも言えるだろう。そういう話さ」
なんとなく分かった。
切り札の情報を買われたから、こっちも切り札の情報を買う。お互いに相手の切り札が分かっているので、手が出せなくなっちゃった。
みたいな感じかな。
「それで? どのカウンター情報だ」
「オークションの事務所の情報を買った人の情報を売ってください」
あたしの言葉に。
果たしてジャッカルお姉さんは――
「むぅ」
少し驚いたような顔を見せた後、難しい顔をするのだった。




