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~可憐! ハートマークは乙女の印~

 謎の店、ネイル・クリア。

 その正体はメイドさんがいる、ちょっと怪しい雰囲気の娼館だった!

 っていうのはウソだけど。

 でも、なんかそういうお店みたいな感じがするお店の中だった。いや、あたし娼館に行ったことがないので知らないんだけどね。

 イメージいめーじ。

 路地裏時代に働きたいって言ってお店に言ったら蹴り出された思い出があるので、残飯をあさっただけ。お店の中がどうなっているのか、ぜんぜん知らない。

 ネイル・クリアの店内は、薄くピンク色をした壁にハートマークとか星とかがペイントしてあって、えっちな雰囲気っていうよりは可愛い感じ? ファンシー? なんかよく分かんないけど、そんな感じ。

 窓は無くて薄暗いんだけど、ランプの柔らかい明かりが灯ってて、それも雰囲気が出ててステキな感じがする。

 お客さんは誰もいない。というよりも、ひとりしか入れないくらいに狭くて、ふたり並んで通路を歩くのは無理っぽい。

 こんなところで襲われたら逃げられないくらいに危険な空間だった。

 狭い場所って、それだけで緊張しちゃう。


「いらっしゃいませ」


 そんな通路にニコニコと立っている長い黒髪をツインテールにして、なぜかメイドカチューシャじゃなくてティアラを付けたメイドさんがいた。

 店員さんなんだろうけど……商人っていうよりは可愛いことを重視したメイドさんっていう感じ。実際にいたらメイド失格なんだろうけど、とにかくそんな感じのメイドさんがにっこりと笑っていた。営業スマイルは百点満点だと思う。


「ご予約はされてますか?」

「よ、予約!?」


 あたしは思わず声をあげてしまった。

 慌てて口をふさぐ。

 なんかこう、静かにしないといけないイメージがあったので、口を手でおおいながらフルフルと首を横に振った。


「あ、いえいえ、大丈夫ですよ。ご新規さんですね、どうぞこちらへお越しくださ~い」


 あ、良かった。

 予約するところから始めないとダメなのかと思ったけど、そうでもないんだ。でも予約ってどこでどうやるの? 良く分かんない!

 なぜかスキップしながら移動するメイドさんの後を慌てて追いかけると、通路の先は部屋のようになっていて、幅が広がった。といっても、やっぱり狭い。

 真ん中にカーテンがあって、左右にテーブルがある。そっちにもメイドさんが座ってて、あたしの姿を見て、いらっしゃいませ、と丁寧に頭をさげた。


「どうぞこっちへ」

「あ、はいッ」


 そっちのテーブルじゃなくて、ツインテールさんが反対側のテーブルに案内した。あたしが椅子に座ると、向かい側にツインテールさんが座る。

 案内をするからメイドさんの格好をしてるんだと思ってたけど、ちゃんと店員さんだった。

 ということは――メイド服じゃなくて制服ってこと!?

 あ、でもメイド服ってそもそも制服だっけ……

 あれ?


「う~ん?」

「どうしました? なにか分からないことでも?」

「あ、いえ、なんでもないです」


 あはは、と笑ってごまかしておく。


「まずお店の説明からしますね、冒険者さん」

「あ、はい。よろしくおねがいします」


 ツインテールさんは、テーブルの上にいくつかの石を置く。なんだろう、と思ったらその石がほのかに光り始めた。ドワーフ国のトンネルで見た、あの光る石と同じっぽい。

 黄色がかった光の中で、テーブルの上が明るくなる。

 手元が明るくなったところで、ツインテールさんが説明を始めた。


「ネイル・クリアは爪を綺麗にするお店です。お風呂屋さんで身体を洗うように、散髪屋さんで髪を切るように、神殿で病気を治すように、ネイル・クリアでは爪を綺麗にします。爪専門のお風呂屋さんです」


 どやぁ、とツインテールさんが言った。


「お風呂屋さんは、ちょっと違うかなぁ~」


 隣のメイドさんがカーテン越しにツッコミを入れた。


「もう、わたしのお客さんなんだから黙ってて」

「はーい」


 メイドさんたち、仲良さそう。


「えっと、とにかく爪を綺麗にするお店です。貴族の人や王族の人は、こう、手の甲にキスする文化みたいなのあるじゃないですか。ほら、絵本とかで良く見るやつ」

「あ、うんうん。男の人が膝を付いて手を取るやつ」


 あたしとか師匠とかには、ぜんぜんこれっぽっちも縁の無いヤツだ。ルビーはもしかしたらやられたことあるかも? なんかお姫様っぽいし。

 学園長は経験ありそうだけど、最近は無さそう。綺麗で美人で可愛いのに、お話が長いからなぁ。挨拶するまえにベラベラ話し始めて、キスどころじゃないかも。あはは。


「そんな時に爪が汚れていたら相手の男の人に失礼です。キスしたくなくなっちゃうかも。というわけで、爪を綺麗にする仕事を始めたら儲かるんじゃないかと思ってお店を作っちゃいました。そうしたら成功しちゃった。そんなお店です」

「ちょっと余計な情報をお客さんに言い過ぎかなぁ~」

「だから、わたしのお客さんなのでお姉ちゃんは黙ってて」


 あ、隣のメイドさんはツインテールさんのお姉さんなんだ。姉妹でお店を始めたってことか。すごーい。


「そんなお店なので、冒険者さんはどうしましょう? 爪を磨いて綺麗にするのは基本です。オプションで爪が割れないようにコーティングしたり、赤色とか青色とか、マニキュアっていう爪に色を付けたりできます。色は赤が基本ですが緑や黄色、青にも対応できますよ。他にも爪に関することなら何でも言ってください。生やす以外はなんでも出来ます」


「なんでも?」

「はい、なんでも」


 問題ありません、とツインテールさんはドヤ顔で胸を張った。ふふん、と息を漏らしてる。あんまり胸は大きくないので、なんだか親近感がわく人だ。


「じゃ、じゃぁ……み、右手の小指に小さくハートマークを入れて欲しいんですけどぉ……」

「なるほど、承知しました」


 ツインテールさんは、少しだけ含みをもたせた視線を向けて、ウィンクしてくれた。

 良かった、ちゃんと符合は通じたみたい。

 あ、でも符合じゃないか。符合を作ってもらうって感じかなぁ。


「それではまず手を見せてください」

「はーい」

「お、おぉ~……これはやりがいがありそうです」

「もうちょっとオブラートに包んだほうがいいわねぇ、ユルハちゃん」

「お姉ちゃんうるさい」


 ツインテールさんの名前はユルハっていうらしい。

「気にしないでくださいね、冒険者さん。お姉ちゃんはちょっとヒマなんですよ。では、手と爪を綺麗に洗って、形を整えるところからやりますね」


「あ、お願いします」


 ユルハさんは奥から水の張った四角い箱を持ってきて、テーブルの上に置く。そこに手を入れるように言われたので、水の中に手を入れた。

 そのまま爪だけじゃなくて手もいっしょに石鹸を使って綺麗に洗ってもらえる。

 丁寧に手を握るようにして洗ってもらえるので、ちょっとドキドキしちゃった。


「気持ちいい?」

「うんうん、気持ちいい」


 それは良かったです、とユルハさんは満足そう。


「はい、綺麗になりました」


 手と爪を洗い終えると、柔らかいタオルで丁寧に拭いてもらう。

 それから、ちょっと大きな爪切りで爪を切ってもらえた。切れ味が良くて、ぜんぜん引っかからない感じ。

 パチンパチン、じゃなくて、パスンパスン、って感じかな。音と感触が気持ちいい。


「爪が切れましたので、次は甘皮も処理しますね」

「あまかわ?」

「ほら、ここ、こういうの。爪と指の境目っていうのかな。あと、ほっといたら、びーって逆剥けになる横の部分も処理しておきましょう」

「痛くてちぎろうと思ったら余計に血が出ちゃってどうしよう~、ってなるヤツ?」

「それそれ。でも、想像しちゃうからやめて。そうならないように、ちゃんと切っておくね」


 ユルハさんは丁寧に全ての指のアマカワと指の横の皮膚も処理してくれる。


「切り終わったら、ヤスリで形を整えます」


 ギコギコギコ、とこっちも丁寧に爪の形を整えてくれた。ふ~ってすると、爪の粉がちょっと嫌なにおいがする。人間のにおいなのに、なんか変。


「ではここから――」


 ルハさんは、再びウィンク。あたしはそれにコクンとうなづいた。

 テーブルの下から取り出した小さくて長細い道具箱。

 ユルハさんは、そこからめちゃくちゃ細い筆を取り出した。


「いきます」


 スー、と息を吸い込んでユルハさんは集中する。


「――」


 今までの明るい雰囲気が一気にピリリと緊張した空気になった。

 あたしも、ぜったいに指を動かさないように集中する。

 ゆっくりと右手の小指に点を描くように、ユルハさんはハートマークを描いていく。

 これ、もしかしなくても物凄い技術なのでは?

 ララさんの絵も凄いって思ったけど、こんな小さなハートマークを描くのも凄い。芸術としては認められないかもしれないけど、でもでもスキルとしてはマスターレベルに凄いはず。


「ふぅ」


 簡単なように見えて、とっても難しい作業はすぐに完了した。

 なるほど符合になるわけだ。たぶんきっとユルハさんじゃないとできないと思う。マネしようと思っても無理だ。


「では最後に爪を保護するコーティングをしますね」


 爪にうすーくノリみたいなのを塗られて、ふぅふぅと乾かして作業は終了。


「おぉ~、ありがとうございます!」


 適当に切っていた爪だけど、綺麗な形になった。しかもピカピカだし、小指には小さくハートマークが入ってる。かわいい!


「爪は自分の視線に良く入るので、そこが綺麗だと気持ちも上向きになります。貴族だけじゃなくて、もっと普通の女の子も当たり前に爪をお手入れする日がきっと来るはず。冒険者さんも普及に協力してくださいね」

「うんうん、友達にも教えてあげる。ぜったい好きそうだし」


 ルビーは好きそう。学園長は嫌がりそう。

 師匠は褒めてくれるかな~。えへへ。


「ありがとうございます。ぜひお友達も連れてきてくださいね。お代は10アルジェンティになります」

「んあ!」


 そうだった……忘れてた……ここ、お店だった……

 しかも銀貨10枚……高い……リンゴが百個くらい買える……うぅ……

 いま、あたしの爪はリンゴ百個くらいの価値があります。

 すごいでしょ!

 なんて思いながら中級銀貨一枚でお支払いしました。

 まぁ、そのおかげでテンションが上がっちゃってキラキラしてた頭がす~っと冷静になれたので、良かったと思う。

 そうじゃなかったら、爪を師匠に見せに帰ってたかもしれない。

 危ないあぶない。

 ルビーにゲラゲラ笑われるところだった。ともだちを刺し殺さなくて済んだ。うんうん。

 そう思おう。


「おやおや、冒険者さん。お悩みのようですね」

「え、いえ……あ、はい!」


 悩んでる? そう見えた? あ、違う。符合の続きだ。

 あたしは慌ててルハさんの話にうなづいた。


「そういう時は占いですよ、うらない。手相占いって言って、手のひらにある筋を見て、占ってもらうんです。おススメですよ冒険者さん」

「ほへ~。行ってみようかな」

「ぜひぜひ。六番通りにある一番細い路地を入ったところに、椅子に座ったおばあちゃんがいます。看板もなんにも出てないんですけど、そのおばあちゃんが手相占いのスペシャリストなので行ってみてください」


 なるほど。

 そのおばあちゃんに手を見せて、爪にハートマークがあるのを確認してもらうんだ。


「分かりました! ありがとうございます」

「はい。ではでは、良いネイルライフを~」


 ユルハさんとお姉さんにお礼を言って、あたしはネイル・クリアから外に出た。ちょっと薄暗い店内だったので、外がまぶしく感じてしまう。


「次は六番通りか」


 いまが五番通りなので、お隣だ。近い近い。

 というわけで、ちょっと小走りでお隣の大通りに到着。

 あとは一番細い路地を探して……


「ん?」


 似たような大きさの路地がいくつもあって、どれが一番細いか分からない……


「こういうのって、『構造解析』スキルだっけ」


 冒険者には遺跡とか洞窟の壁とかを見て、どれくらいに作られた物なのかを判断できる人がいるらしい。そういう能力のことを構造解析スキルって言うみたい。

 建物とか道とか、そういう建造物とかを人工物を的確に把握できるスキルがあれば……どの路地が一番細いか分かるんだけど……

 もちろんあたしには出来ない。

 ていうか、盗賊が使えるスキルじゃない。


「う~ん。ということは、普通の『一番細い』ってことじゃないんだ」


 まぁ考えてみたら、お店とお店の間があたしでも入れないくらいにぴったり寄り添って作られている場所もある。

 一番細いって言ったら、それこそそんな隙間になっちゃうわけで。


「じゃぁ、なんだろう。リドルか~」


 リドル。

 なぞなぞ。

 有名なのが、朝は四本足で昼は二本足、夜は三本足になるのは何だ?

 正解は、人間。

 生まれた時はハイハイで歩くから四本、成長して二本、老人になって杖を付くから三本。

 そんな感じがリドル。

 冒険譚とかで良くみかけたけど、まさか自分で解かないといけない日が来るなんて、思ってもみなかった。


「一番細い一番細い……う~ん?」


 一番を言い変えれば、トップ? 最高? 細いを別の言葉にすると、痩せてるとか、小さいとか……?


「分からない。うぅ、こうなったら全部の路地に片っ端から――あっ」


 強硬手段に出ようと思ったけど、あたしは見つけた。

『天下一番』という食べ物屋さんと『細い針穴』っていう服屋さん!

 なるほど!

『一番』と『細い』の間にある路地が、一番細い路地だ!


「わーい!」


 思わずバンザイしちゃうあたし。

 リドル、ぜんぜん解いてないけどね!

 でも見つけちゃったものは仕方がない。

 えへへ。

 というわけで、あたしはさっそく『一番細い』路地に入って行くのだった。

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