~可憐! お姉さんとおばちゃんの境界~
盗賊のお仕事『スリ』。
家とか倉庫とかに侵入して盗むのじゃなくて、あくまで人から盗む行為。泥棒とかよりもよっぽど高い技術が必要で、バレたらすぐに捕まってしまう危険性がある。
あんまり褒められた行為じゃないけど、でも盗賊のお仕事であるのは事実。
そんなスリの、獲物を狙っていた盗賊の人、を追いかけて話を聞こうと思ったんだけど……
スリさんの姿は消えていて。
行き止まりになっている高い壁だけになっていた。
「おい」
「ぴゃぁ!?」
で、壁を調べていたら、後ろから声をかけられて。
思いっきり変な声を出しちゃった。
だって気配がぜんぜんしなかったし、足音すら聞こえてなかった。びっくりして、慌てて負振り返ったら、そこには商人の格好をしたお姉さんがいた。
パっと見たら、お姉さんだった。でも、良く見ればおばちゃんだった。いや、違う。手が若い。でもくちびるの横には深いシワが……でも、髪はツヤツヤで綺麗……お姉さんで間違いない……でも目元は皺があって若くない……あ、あれぇ?
その人を、見る場所によってぜんぜん印象が変わってしまう。全体で見ると、もうお姉さんなのかおばちゃんなのか、どっちとも言えなかった。
どうイメージしたらいいのか分かんない――
印象が安定しない――
あ、違う。
分かった!
逆だ!
印象が『無い』んだ。
商人っていう『記号』だけは分かるけど、お姉さんとおばちゃんの『記号』が混ざってるんだ。
だから、どんな女性なのかが分からない。
あたしより身長は高いから、少女じゃないってこと。それから、腰が曲がってないからお婆ちゃんじゃないってことぐらいしか分からない。
顔があるのに、顔が無い。
年齢があるはずなのに、年齢が無い。
目の前に見てるのに、なんだか遠い気がする。
そんな女の人が、あたしに声をかけてきた。
あぁ、間違いない。
この人は確実に――
「盗賊だ」
「あぁ、そうだよ。アタシは盗賊だ。それでいてお嬢ちゃんも盗賊だろ?」
「あ、はい! そうです。パルヴァスっていいます!」
あたしが元気良く名前を名乗ると……盗賊商人さんは少しだけ表情が見えた。
なんというか、戸惑っているみたいな感情が一瞬だけ見えて、また元のお姉さんだかおばちゃんだかに戻ってしまった。
「悪意じゃ無い、か。あいつの仲間ってわけでもなし。なにをしてたんだ? いや、違う。なにをしようとしてたの? 目的を教えてくれない?」
「盗賊ギルドの場所を探してて。スリをやっている人に聞けば教えてもらえると思って後を付けてました。そしたら見失っちゃって」
盗賊商人さんは、あたしの言葉に再び表情を見せた。
「あちゃぁ」
と、目元を手で覆う。そのままグイっと顔を拭うように手を動かした。
すると――
その下から出てきたのは……おばちゃんじゃなくてお姉さんだった。
化粧か何かでおばちゃんに変装してたのか。すごい。ぜんっぜん印象が変わる。あ、印象が変わるんじゃなくて、印象が出てきたっていう感じかな。
「お姉さん、スゴい! 変装の名人?」
「盗賊スキル『変装』ではあるけど。アタシのはそれの改良版だ。誰にも教えてないけどね」
確かに変装とは違う。誰か別人になっているんじゃなくて、誰でも無い人、何者でも無い人になっている。
それは変装とは違って、え~っと……何かって言われたら困るけど。
忍術みたいな上位スキルじゃなくて、改良とか応用とか複合スキルみたいなことなのかな。
でも、スゴイものはスゴイ。
「あたしもやってみたい! 教えてくださいお姉さん」
「ダメだ」
「え~。弟子にならないとダメとかですか?」
違う違う、とお姉さんは肩をすくめた。
「パルヴァスとか言ったっけ。あんた、美少女過ぎる。特徴的過ぎるんだ。ブスは綺麗になれるけど、綺麗なヤツは何をやっても綺麗なまま。残念だけど、あんたにできるのは変装くらいなもので、没個性は向いてないよ。美少女に産んでくれた両親を恨むんだな」
「あたし捨て子だから、恨む親がいない……」
「……ごめん」
お姉さんはワタワタと手を動かして何か言葉を探すけれど、結局はあやまった。
イイ人だった。
「変装スキルは諦める。その変わり、盗賊ギルドの場所を教えてください」
「ギルドの場所ねぇ。パルヴァスは冒険者?」
「いえ、違います。あ、でも冒険者もやってます。偽装? なんかそういうので」
「ふ~ん。ま、いっか」
お姉さんは何か考えたあと、右手を差し出してクルっとひっくり返した。手の甲が上になるようにあたしに見せてくる。
「パルヴァスは爪の手入れをしてる?」
「爪?」
あたしは自分の爪を見た。
貴族とか商人の女性とか、商業ギルドの職員さんとか、爪を綺麗にしているのを見ている。ルビーの爪も、綺麗に整えられていた。
まぁ、ルビーのは武器に使えるくらいに尖ってたりするけど。
それに比べたら、あたしの爪は単純に切っただけで、ガタガタで汚い。しかも、ちょっと汚れてるし。
でも、綺麗にしても投げナイフの練習とか、訓練の途中で汚れちゃうし傷が付くことも多いので、手入れをするのはもったいない気がする。
「女の子なんだから爪の手入れくらいしたほうがいいわよ。ほら、右手の小指にハートマークでも入れてもらいなさい。かわいいし役に立つわ。そうね、五番通りになる『ネイル・クリア』というお店がおすすめよ」
お姉さんが差し出してくれた手を良く見る。
右手の小指には、確かにハートマークが小さく描いてあった。
でも、それはとても小さなハートマークで、遠くからだと赤い点にしか見えないようなものだ。よくよく覗き込むようにして見ないと、これがハートマークだと認識できない。
これって……もしかしなくても物凄く技術力がいるんじゃないの?
「じゃぁね、パルヴァス。今度は邪魔しないでよ」
「え?」
盗賊ギルドの情報は?
そう思って顔をあげると、お姉さんはもう路地を出ようと歩いていた。追いかけようと思ったけど、さっきの言葉があたしの足を止めさせた。
「邪魔しないでよ?」
あたし、いつお姉さんの邪魔したっけ?
ただスリを追いかけてただけで、邪魔なんてした覚えは……
「ん?」
もしかして、お姉さんもスリを追いかけてたってこと?
あたしが自己主張するみたいにしてスリを追いかけたから、逃げられた……って、考えるのが普通かな。
「ということは、あのスリって」
もしかして……
モグリだったってこと!?。
盗賊ギルドに所属しないで『お仕事』するのは許されていない。確か、秩序とか治安とか、そういうのが崩れちゃうから、ちゃんとギルドに所属する必要がある。
所属しないでお仕事をしちゃうと、ギルドから敵認定されて怒られちゃうんだっけ。
「えっと、つまり……そういうこと?」
スリはスリでも盗賊ギルドじゃなくてモグリの人を追いかけてたの、あたし!?
「うわぁ、ごめんなさい!」
お姉さんを追いかけて、慌てて路地から出てみたけれど……
お姉さんの姿はどこにも無かった。
いや、ちゃんと見えてるのかもしれない。今も目の前にいるのかもしれない。
でも。
お姉さんみたいな商人の格好をした人は、この街にはたくさんいる。
だからもう、あたしにはどの人がさっきのお姉さんか分からない。目が合ったとしても、認識できない。お姉さんだと自信を持って話しかけることができない。
「あう」
あぁ……
もう失敗しちゃった。
偶然だけどさ。
盗賊ギルドのスリじゃなくて、モグリのスリを追いかけてるなんて。マヌケって言われても仕方がないような失敗。
別にお姉さんは怒ってなかったし、許してくれたんだと思う。
でも、ごめんなさい、ぐらいは言いたかったなぁ。
「はぁ……」
あたしは自分の爪を見る。
傷だらけで、ガタガタで、ぜんぜん綺麗じゃない爪。
「五番通りのネイル・クリアっていう店に行けば、盗賊ギルドのことが分かるのかな」
右手の小指に小さなハートマーク。
それがたぶん、盗賊ギルドに繋がるヒントだと思うので――
「よし、あたしも爪を綺麗にしてもらうぞ!」
さっそく五番通りに向かって移動を開始する。ここが八番通りから近い場所なんだから、大きな通りを三本いけばいいはず。
あたしは中央通りに出て、案内板で確認しつつ歩いていった。その際にも、一応はお姉さんの姿とスリを探してみたけど、もうどこにも見つけることができず、あきらめた。
盗賊ギルドを見つければ、あのお姉さんにごめんなさいっていう伝言くらいは伝えてくれるはず。それぐらいは無料でやってくれるよね、きっと。
中央通りを通って、目的の五番通りに到着したあたしは、適当な屋台でジュースを買った。そのついでにネイル・クリアの情報を聞いてみる。
「あぁ、そのお店なら真っ直ぐいった先にあるよ。文字は読めるかしら? あ、大丈夫なのね。だったら店の入口にピンクの文字でネイル・クリアと書いてあるから大丈夫よ。でも小さい店だから見逃さないようにね」
「ありがとう。おばちゃ――お姉さんも爪は綺麗にしてもらってるの?」
「おばちゃんでいいよ、冒険者のお嬢ちゃん。憧れはあるけど……でも、ワタシの太い指じゃねぇ」
「でも、商売人らしい手ですよ。綺麗な指です」
「あっはっは。そういうものは商品を受け取る前に言うものだよ、お嬢ちゃん。もう何もオマケしてあげらんないじゃない。良かったらもう一杯飲むかい?」
「本心ですよぅ。あんまり飲むとおしっこ行きたくなっちゃう」
「あはは、そうかい。爪、綺麗にしてもらいな」
「はーい」
ジュース屋のおばちゃんに手を振って、あたしは五番通りを進んでいく。
さっきの八番通りマーケットとは違って、こっちは屋台とか露店とかが無くて、店舗だけの通りみたい。
お店も服屋さんとかアクセサリー屋さんといった女性向けの店が多く並んでいた。もちろん男の人向けの服屋さんもあるけど、圧倒的に数が少ない。
それらのお店を一軒一軒見ながら歩いていくと、ようやくお店を発見できた。
「あった!」
ネイル・クリア。
入口にピンクの文字で書いてある店は……
「ホントに小さい」
周囲のお店に比べて、幅が三分の一くらいしかなかった。商品とかも大きく出してるわけじゃないし、店の入口に店名が書いてあるだけで、何のお店なのかも分からない。ちょっと入るのに勇気がいる感じだった。
しかも、情報を知ってるから気が付けたけど……ちょっと油断すると通り過ぎちゃって、目につかない可能性もあった。
「お、おじゃまします」
入口を開けると、カランコロンとドアベルが鳴った。大げさなくらいに音が鳴ってる気がするのは、ドアベルの他にも鈴がいっしょに取りつけてあった。
音が鳴るなんて思ってなくて、あたしはちょっとびっくりしてしまう。
「いらっしゃいませー。ご予約の方でしょうか?」
ドアベルの音にコツコツとヒールの音を鳴らせて店員さんがやってきた。
なんと!
店の中にいた店員さんは――
メイドさんでした!




