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~卑劣! ラブレターになるか、報告書になるか~

 はてさて。

 盗賊ギルドを立ち上げたはいいが、すぐさま出来ることは少ない。なにせ目的が勇者の支援ということもあるし、そのことを隠している状態だ。

 なにせ俺が勇者パーティだと分かった時のルビーの反応が怖いので。

 なんだかんだ言ってパルは信用してくれそうだが……ルビーは、やはり魔物であり、魔王直属の四天王である。

 命がけで助けてくれた事実はあるし、もう信用はしているのだが。

 もう一歩、彼女に向かって踏み出すのは……ちょっと怖い。

 また裏切られたりしたら、俺の心が持たないので。

 もうちょっとだけ、みんなには伝えないままでいたいと思う。

 まったくもって卑劣という名に相応しいギルドマスターだと自分でも思うが、そこをあえて聞かないでいてくれるパルとルビーの心境は、少し聞いてみたいところでもある。

 もっとも――

 妙に突っつくと藪から棒になってしまうので、のらりくらりとギルドを運営していくしかないが。


「ひとまず団員の補充と救済だな」

「救済?」


 朝ごはんとして買ってきたくるみパンを食べながらパルは聞いてきた。


「クララスだ。このままだと可哀想だからなぁ」


 嘔吐して気絶してしまうくらいだ。

 相当に精神的負荷が掛かっているはず。


「そうですわね。師匠さんを救ってくださった大恩人とも言えます。ちょっと背負ったものが大きすぎて気絶してましたので、クララスの背負っている物を軽くしてあげないといけないでしょう」


 くぴくぴと美味しそうにホットミルクを飲みながらルビーは言う。

 俺は普通のミルクにパンをひたして食べながらうなづいた。

 一度は潰れてしまった内臓だ。徐々に慣らしたほうが良いと思うので、やわらかい物を食べるようにしている。

 肉を食べるのは、しばらく先かなぁ。


「どうやって助けるんですか、師匠。記憶を奪う?」

「俺は催眠術師じゃないよ。こういう場合は手っ取り早い方法がある」

「なんですか?」

「金で解決しよう」


 えぇ~、と苦笑するパルと、素直にうなづくルビー。


「まぁそれだけじゃ精神的負担は減らないから、クララスはギルドに所属してもらう。そこから資金援助という形を取り、定期的にお金を払う形を取るつもりだ。いわゆる『後ろ盾』だな。ギルドが安全を保障する」

「師匠が護衛をするんですか?」


 いいや、と俺は首を横に振った。


「そこはこれから勧誘するギルドメンバーにお願いしよう」


 というわけで、朝食を済ませた俺たちは学園校舎にやってきた。

 すっかりと通い慣れてしまった感があるので、生徒になった気分でもある。カモフラージュのために生徒たちが着ている白のローブを手に入れておいたほうがいいかもしれないな。


「俺は学園長のところへ寄ってから行くよ。パルたちは先にミーニャ教授の教室に向かってくれ」

「はーい」

「分かりました」


 校舎の上階へ向かうパルとルビーを少し見送り、俺はそのまま学園長のいる中央樹を目指した。

 相変わらずドタバタと激しい学園校舎内だが、やはりどこか浮き足立っているというか、緊張感のようなものを感じる。

 新技術で色めきだっているとも言えるし、ソワソワしている感情があちこち見え隠れしていた。

 その原因を作ってしまったことに、なんとも言えない感情が想起されるが、顔には出さないようにして進んでいくと、いつものように暗く広い空間に出た。

 這い出る根とうず高く積まれた本の山。

 ルビーが全力で走ったりしたせいで一部が崩れたままになっている本の中に、学園長が埋まるようにして眠っていた。

 俺を寝かしてくれた簡易ベッドがまだそのまま残されているのに。どうしてこのハイ・エルフはベッドではなく床で寝ているんだろう……


「おはよう、盗賊クン!」


 いや、寝てなかった……覚醒していたらしいが、起き上がっていない状態だった。


「おはよう、学園長。義務の睡眠は取れているのか?」

「興奮してなかなか寝付けないまま朝になってしまったな。目を閉じると試したい方法がいくらでも思い浮かんで眠るに眠れない。君の提供してくれた伸縮ハンマーの解析は終了した。今度はそれを模倣して、オリジナルのアーティファクトを作っている段階だが、どうやって衣服や物をいっしょに小さくするのか課題がある。それにはまず人ではなく物を小さくすることが出来ないといけないが……ふふ、くくく、ばっちり思いついたぞ。まず魔法とは対象を固定するのだが、それを物とする場合においては場所の指定を行っている。つまり、神官魔法のように魔法陣を展開すれば――」

「待った待った、学園長」

「なんだ、ここからがいいところなのに」


 ちぇ、とくちびるを尖らせながら学園長は体を起こす。


「ん」


 と、両手を伸ばすので……仕方がないので学園長を抱きかかえて起こした。

 見た目以上に軽く、しかも細い体なので、少し不安になってしまう。出会った当初のパルの、骨の浮き出た姿を思い出してしまった。


「学園長。申し訳ないが『メッセージ』のスクロールを用意してくれないだろうか?」

「問題ないよ、用意しよう。勇者クンへの報告かな?」


 さすが学園長。

 お見通しというわけか。


「あぁ。魔王領で知り得た情報を報せないと。あとルビーの領地を目指すように伝えないといけない」


 四天王のひとり、乱暴のアスオエィローが言っていた。


「俺が倒すまで、勇者に手を出さないでくれ」


 と。

 それは、裏を返せばアスオエィローと決着を付けるまで、誰も勇者には手を出せないことを意味する。

 つまり、アスオエィローの領地から出てしまえば、ある程度は安全とも言い切れるわけだ。

 もちろん例外もあるだろう。

 未だに共通語で話すことができる魔物と、人間領で発生するギャギャギャと蛮族語で喋る魔物との差が分かっていない。

 果たして自然発生する魔物は、四天王たちの制御下に置かれているのかどうかも怪しい状態だ。

 だから、真に安全だと言い切ることはできない。

 それでも。

 知恵のサピエンチェの領地にいるほうが安心できるはず。少なくとも、人間と魔物がある程度の共存している領地であれば……多少の安全は覚悟できるはずだ。

 いや。

 これからの目的を考えれば、勇者にはサピエンチェの城に向かってもらう必要がある。

 時間遡行薬。

 これを勇者に飲んでもらうためには、あの城に向かってもらうしかない。


「分かったよ、盗賊クン。ただし、メッセージの巻物は表示される時間に制限があるからね。あまり多くの文章を送ってしまうと、全て読み切れないことになる。短い文章で簡潔にまとめたまえよ。ついでにどんな文章を送るのか私に見せてくれ。添削してあげよう。なに、プライベートな部分は他言しない。どんな愛の言葉を綴ろうとも安心したまえよ。私の口の固さは、レクタ・トゥルトゥルの甲羅よりも上だぞ」


 レクタ・トゥルトゥル。

 奇妙な習慣を持つ亀であり、その甲羅も皮膚も岩よりも硬く重い。その甲羅を盾に加工した物はかなりの値段が付くというが、残念ながら加工というよりも持ち手を付けただけで使いにくい。

 なにせ硬すぎて加工すらできないという甲羅なので。

 ちなみに、重すぎて並みの戦士では扱いきれないという盾でもある。


「愛の言葉を送るヒマがあればいいが。というか、俺とあいつをそんな目で見ないでくれ。友情だ、友情」

「友情ねぇ。君たちの関係は友情というよりも、愛に近いなにかに見えるが? というか、君は少し過保護に見えるぞ幼馴染クン。勇者クンが大好きなのは分かるが、君がしっかりと勇者クンをガードし過ぎているから、他の勇者大好き少女たちに追い出されたんじゃないのかい?」

「……」

「おいおい、否定しないのかい? 言い訳くらいしたまえ盗賊クン。それじゃぁホントに愛になってしまうぞ。私としては一向にかまわんが。盗賊クンと勇者クンのラブラブ譚はベストセラー間違いなしだろうけどさ。でも、今度はパルヴァスくんとルゥブルムくんがいるんだ。ちゃんとふたりを見ていないと、また追い出されることになる。それが例え自分が立ち上げたギルドであろうともね。その時は、私だって君のことを軽蔑してしまうかもしれない。君との子どもを作りたいという話も破棄させてもらうよ」

「破棄しておいてくれ。俺は年下が好みなんだ」

「あっはっは、偶然だな。私の好みも年下だよ」


 学園長は笑いながらメモとペンを本の山から取り出した。さすがにインクだけは中央樹の根本にこぼれないように置いてあったが。


「メッセージのスクロールはすぐに用意できるよ。その間に伝えたい文章をメモに書いておくといい。査読し添削してあげよう。本来なら高い授業料を取るところだが安心したまえ。今回は特別に安くしておこうじゃないか」

「そいつはありがたい。いくらだ?」

「もうもらっているから気にしなくていいよ」

「ん?」


 魔王領の情報か何かだろうか?


「さっき抱き起してくれただろ。それでチャラだ」

「やっす!?」


 人類種最先端の集う学園の長たるハイ・エルフの授業料。

 安ッ!

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