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~卑劣! エクス・ポーションの超危険な副作用~

「……ん、……ん?」


 どうやらまた、しばらくの時間を寝込んでいたらしい。

 やはり、相当なダメージが負った反動があるらしく、肉体は回復しても精神は回復しないのはポーションらしいとも言える。

 だが、まぁ……


「上に乗られて気が付かないほどとは」


 いつの間にやら俺の上に学園長が乗っていた。乗っていたと言っても座っているのではなく、俺に抱き着くような形で眠っている。

 右手にはパルが、左手にはルビーがしがみつくように抱き着いているし、その延長線上で気付かなかったとも言えるが……


「どちらにしろ疲れてるのは確かだな」


 両手のふたりには申し訳ないが、そっと腕を引き抜き、俺は遠慮なく上半身を起こした。


「んわぁ!?」


 もちろん学園長はころころと俺の上を転がって、簡易ベッドの下へ落ちた。

 ざまぁみろ。

 俺の上で寝ていいのは幼女だけだ。いや、十二歳まで許そう。俺は寛容で優しい男だ。


「あいたたた……なにをするんだ盗賊クン」

「それはこっちのセリフだ、学園長」

「君の大好きな少女の身体だぞ。ムゲにあつかって傷物にでもなったら、どう責任を取ってくれるんだい? これはもう結婚するしかないね」

「俺が大好きな少女は肉体ではなく精神性だ。無垢で純真であれば、年上だって問題ない」

「ギルティ」

「……う、嘘じゃありません!」


 思いっきり動揺してしまったので、俺の負けだった。

 学園長はケラケラと笑う。


「あっはっはっは。いや、すまない。君たちがあまりに気持ちよさそうに眠っているので、釣られて私も眠ってしまったよ。一日一回は眠るように強制されてしまってね。眠らないと研究を続けさせてもらえないんだ」


 まぁ、野宿している冒険者でもない限り、睡眠はしっかり取っておいたほうがいい。

 いくら種族の違うハイ・エルフと言えども、眠たいと肉体が訴えるのであれば、それはもう間違いなく眠ったほうが良いはずだ。

 野宿が続いた経験から言わせてもらえば、睡眠不足は判断力にも影響する。あらゆる能力が半分程度に落ち込むと思ったほうが良い。

 加えて、何日も眠らない状態が続くと幻覚が見えてくるそうだ。なんでも、全身に虫が這いずるような物を見てしまうらしい。

 相当な虫好き以外は地獄のような体験だろう。

 眠ったほうがいいのは間違いない。


「食欲と睡眠欲は満たした。さぁ盗賊クン。あとひとつが私に欠けているのだが、それが何か知っているかな? 人間の三大欲求はハイ・エルフたるこの身にも等しく備わっているぞ」

「簡単な問題だ。学園長に足りないのは『品性』だ」

「まったくもって反論できないな。あっはっはっは!」


 そう笑いつつ学園長は俺に近づいてくる。


「ふむふむ。知性と記憶の退行は見られない。他にはどうかな盗賊クン。体調に問題があったりしないかい? お腹はすいてる? 呼吸はちゃんとできるかな?」

「体調チェックなら素直に言ってくれ、まったく……やはり体調というか身体はすこぶる調子が良い。お腹は……すいてるな。食欲も問題なくあるようだ。呼吸にも問題はない。魔力の流れも悪くないな。それどころか以前よりスムーズになっている気がする」


 俺は魔力糸を顕現してみせた。

 しゅるり、と普段より器用に動かせる気がしたので、幅広く顕現させた魔力糸をリボンのように結ってみせる。

 色は真っ白。

 やはり魔力の流れが良いみたいで、純度の高い真白で彩度が上がっているような気がしないでもない。


「エクス・ポーションの効果と言えるのか、これは。体調が良くなるというか、健康になるというべきか。回復とはまた違った感じがある。随分と眠ったからこその回復とも考えられるが……それ以上な気がするな。こんなことが有り得るのか?」

 肩をすくめるが、その肩も心無しが軽い。


「う~む。怪我を治すのがポーションとハイ・ポーションの効果だ。魔力がスムーズに行使できるのは、どちらかというとマインド・ポーションの領分と言える。ハイ・マインドポーションなるものが存在するなら、そういった効果も得られるかもしれない。同じくハイ・スタミナポーションだったら、身体の調子が良くなる可能性もある。エクス・ポーションには、それらの効果が副次的に存在すると考えられるだろうか……? ふ~む」


 学園長は思慮を巡らせているのか、視線をあちこちに動かす。


「怪我は完璧に治っているのだろうか。少しお腹を押さえるぞ。痛かったら言ってくれ」

「あぁ」


 そういえば、服を着ていなかった。血まみれになっていたので捨てられたのかもしれない。

 下着は勘弁してもらえているようで良かった。

 そんな下半身に学園長は座って、俺のお腹を押さえる。

 小さくて可愛らしい手だ。

 あまり意識しないようにしないと、ちょっと危ない気がする。

 それにしても……腹筋が前より立派になっている気がする。ムキムキになったというよりかは、脂肪が減ったような感じか?

 なんにしても学園長にお腹を押されても傷みも何も感じなかった。


「傷みは無し。完治しているのは間違いなさそうか。ふぅむ……では、残すところ問題は維持性ということだな」

「維持? どういうことだ?」

「盗賊クンの飲んだエクス・ポーションだが、実は未完成とも言える状態でな。報告によると、エクス・ポーションとして維持できる状態は、わずかな時間でしかないようだ。それが経過すると途端に効果を失ったただの液体になってしまうらしい」


 学園長は少しだけ考えて、まぁいいか、とエクス・ポーションの現状を話してくれた。


「盗賊クンも知っての通りポーションを沸騰させて水分を飛ばすと白い粉が残る。それを更にポーションに混ぜて溶かしを何度か繰り返していくと、なぜか液体は青くなっていくんだ。興味深いだろ? 粉は白いっていうのに。で、それを更に繰り返していくと、青く濁った液体ができる。この状態では、まだハイ・ポーションと変わらない効果のようだ。ここからがポイントとなる。その限界まで濃度をあげた液体に、ポーションの粉を加える。すると、青く透明な液体に変わることが分かった。ミーニャ教授とクララスくんは、その透明な状態をエクス・ポーションではないか、と仮定したわけだ。だがここで問題が起こる。青く透明な液体はすぐに無色透明なタダの水になってしまうらしい。無色透明な液体は、すでにポーションですらなく、ただの水になってしまうようなんだ。理由も原因もまだ分かっていない。現段階で分かっているのはここまでだ」


 なるほど。

 それを考えれば、俺が飲んだ後でエクス・ポーションは無色透明に変化してしまったとも考えられる。

 果たしてそれはエクス・ポーションとして維持できているのか、どうか。

 そういう問題もあるわけか。そういえば夜中にルビーが未完成と言っていたような気がしないでもないな。

 いや、しかし――


「……ちょっと待って欲しい。俺に飲ませたのは、そこまで確信があった訳じゃないのか?」


 怪我が治ったから良かったものの、失敗していたり維持できなかったりしたら、俺は死んでいたのか。


「そうだとも。運が良かったなぁ、盗賊クン。ついでに実験に付き合ってくれてありがとう。罪人の腕を切る手間がはぶけたよ」


 軽々しくも恐ろしいことを言う学園長。

 だが――まぁ、実験するならそうなるだろうね。

 ハイ・ポーションでは切断された腕は復元しない。エクス・ポーションならば、腕が再生するはずなので、実験に罪人を使うのは当然といえば当然か。


「なんにしても時間制限有りの状態だがエクス・ポーションは実在できた。と、言っても良い結果が出たかな。もちろん完成したとはまだまだ言えない。それに、発表するにはまだまだ恐ろしく時間と根回しが必要だろう。なにせ、神の奇跡をお鍋でぐつぐつ煮込むんだ。ブチギレた神官がメイスを振り回しながら抗議に来てもおかしくはない」


 有り得そうな話なので困る。

 と、俺が苦笑していると命の恩人であるミーニャ教授とクララスがやってきた。


「おはよう、エラントくん。気分はどうかな? ホントに生きてる?」

「おはようございます、エラントさん。あの、服が血まみれだったので洗濯しておきました。料理で油が跳ねたりすることもあるので、染み抜きは得意なんです。血も綺麗に落ちましたよ」

「あぁ、ありがとう。助かったよ」


 俺はミーニャ教授に体調を語りながら服を着た。さすがにズボンを履く段階になると身体を起こす必要もあるので、パルとルビーも目を覚ます。

 パルが深い眠りに落ちるのは分かるのだが、ルビーも相当に疲れたみたいだな。

 看病してくれたみたいだし、ありがたいものだ。

 まぁ、原因はルビーの凶悪な足だったので、笑えない真実なのだが。


「おはようございます、師匠さん。ご無事でなによりですわ」

「うぅ、ふあぁ~……おはようございます、師匠。師匠が元気で嬉しい……あれ?」


 あくびをして目から溢れてきた涙をぬぐいながらパルは首を傾げた。

 俺を見て、なにやら眉根を寄せている。


「どうした?」

「なんか師匠、雰囲気が変わった」

「ん?」


 そうなのか、とルビーを見るが……ルビーには分からないらしい。学園長も何も感じていないようだ。

 ミーニャ教授とクララスは、そもそも付き合いが浅いからは違和感は無いらしい。


「なんだ? どこか変わったのか、俺は?」


 もちろん自分では分からないので、パルの言語化待ちだ。


「えっとですね……あ、分かった。師匠、若くなってる」

「……は?」

「肌とか、ちょっと綺麗になってますよ師匠。おじさんだったのが、ちょっとおじさんと言うかお兄さんって言うのか、なんか微妙な感じの年齢の人に見えます。お兄ちゃんっていう年齢じゃないけど。あはは、いっぱい寝たから健康になったんですよ師匠」


 なんでもないようにパルは笑った。


「あれ?」


 でも、笑ったのはパルだけだった。

 物々しい雰囲気が、中央樹の根本を包み込む。

 なにか……

 なにか、物凄いイヤな予感というか、なんかトンデモないことが起こっている気がして。

 俺は学園長に視線を向けた。

 学園長は――固まっている。

 いや、物凄い速さで考えを巡らせていた。口が半開きになって、眉間に皺が寄ったり、視線がキョロキョロと動いたり、しまいには天を仰いでいる。

 こわい。


「ちょっと失礼します師匠さん。血をもらいますね」

「あ、あぁ」


 ルビーは慌てて俺の手をつかみ、カプリと指先を噛んで血を舐めた。ちくり、とした傷みが夢ではなく今が現実であると思い知らされる。

 血液鑑定の結果はすぐに出た。


「師匠さん、も、物凄く血が美味しくなってます。今までは極上でしたが、超極上と言っても過言ではありません。確かに……えぇ、確かに年齢が下がっています。師匠さん、間違いなく若返ってらっしゃいます」

「うそ」

「マジです」


 ええええ~、という悲鳴をあげる前に、クララスが嘔吐した。


「うわぁ!? 大丈夫かい、クララスちゃん!?」


 慌ててミーニャ教授が彼女の背中をさするが、そんなミーニャ教授の表情もどこかフワフワしていた。


「おえええええ……も、もう嫌だ。こんな、こんなこと抱えきれない。おうええええ……不老不死の薬だなんて、ぜったい、殺される。こんな知識、いらない。拷問される。喋らされる。貴族や王族につかまって、洗いざらい吐かされる……おええええええ……あぁ、いやだ、料理を研究しにきただけなのに、不老不死だなんて、あああ、あああああああ!」


 クララスは悲鳴をあげて――気絶した。


「クララスちゃん、ちょ、クララスちゃん!?」

「ふぅむ、これは大変なことになった。ちょっと世界が書き換わってしまう。ルール作りどころじゃない。ルールを作れる側になってしまったぞ」


 学園長がなにやらトンでもないことをつぶやいている。


「エクス・ポーション。人類種の特効薬になるかと思いましたが、どうやら毒のようですわね」


 ルビーは肩をすくめた。


「え? え? え?」


 事の重大さが理解できてないパルだけが。

 キョトンした顔で俺を見るのだった。

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