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~卑劣! 夢の国を探す君の名を、誰もが心に刻むまで~

 ――あぁ。

 ――なんとか魔王を倒せた。

 もう心身ともにボロボロで、賢者も神官も戦士も死んだ。死んでしまった。

 犠牲になって、勇者に道を拓き。

 そして魔王にトドメを刺すことができた。

 終わった。

 終わることが、できた。

 終わらせることが、できた。

 これで楽になれる。

 そう思った。


「やったな」


 砕け散った剣を見ながら、勇者は笑う。あいつはボロボロで、傷だらけになっていて。それでも、いつも見たいに笑ってみせた。

 俺はうなづき、その場に座り込んだ。

 疲れた。

 とても疲れた。

 子ども時代に光の精霊女王ラビアンさまから加護を受けて。

 世界中を旅して。

 そして魔王を倒した今となっては、もうおっさんになってしまった。

 あいつは今でも若々しいけど、やっぱり良く見れば年を取ってしまっている。

 おっさんになる運命はいくら勇者と言えども逃れられないらしい。

 俺とあいつはふたりで。

 おっさん同士ヘラヘラ笑って、ゲラゲラ笑って。

 それからジックス街へと帰った。

 平和な世界がきたんだ。

 これからは、みんな笑って生きていける。

 なにひとつ困ることなく生きていけるんだ。


「おまえはどうする?」

「俺か?」


 さぁ、どうしようか。

 魔王を倒した後のことなんて、なにひとつ考えてなかったなぁ……

 もう戦闘技術なんて必要のない世界だ。

 盗賊なんて、それこそ卑劣で卑怯な技なんて。

 平和な世界では、まったく役に立たない。

 あぁ、また……俺はまた、役立たずなんだなぁ……


「おまえこそ、どうするんだ?」


 なにも持っていない俺とは違って、勇者は英雄だ。

 世界を救ったヒーローだ。

 英雄譚にもなるし、歌も作られるし、歴史書に名前が残る。

 だから、貴族にもなれるし、なんなら王様にだってなれるだろう。

 俺みたいな盗賊とは違って、あいつは勇者なのだから。

 正義と優しさを、光の精霊女王ラビアンさまに認められたのだから。

 だから。

 あいつは、何でもできるし、どんな願いも叶えられる。


「なにか、やりたいことでもあるのか? 手伝えることがあったら、俺にも手伝わせてくれよ」

「いや、大丈夫だ。僕はパルヴァスと結婚するよ。ルビーもいっしょに連れていこうと思う」

「え?」

「パルヴァスは可愛いからな。おまえにはナイショで付き合ってたんだ。魔王を倒したら結婚しようって言ってたし。ルビーも良い女だよ。パルヴァスとも仲がいいし、三人で暮らすのも悪くないだろ」

「は? い、いや、ま、待て」

「おまえは残念だったな。なに、いい娘が見つかるって」

「ま、まってくれ!」

「行くよ、パルヴァス、ルビー」

「待て! おい、待て!」


 勇者が遠のいていく。

 パルヴァスとルビーの肩を抱いて、そのまま連れて、遠くへ行ってしまう。

 待て。

 待ってくれ。

 冗談じゃない。

 そんなはずない、だろう?

 おい……おい!

 待て、待て!

 てめぇ、このやろう!

 それは!

 そのふたりは!

 パルとルビーは!

 俺の女だ!

 てめぇ、このやろう!

 勇者だろうと、そうでなかろうと――!


「ぶっ殺してやる!」


 と、俺は怒りのままに起き上がり布団を跳ねのけた。


「……あ?」


 起き上がった?

 布団?


「あれ?」


 途端にさっきまで見ていたものが希薄に感じる。

 あれほどリアルに感じていたものが、スッと消えていくように霧散していった。

 あぁ……なんだ。

 夢か。

 はぁ~……

 ……良かったぁ~!


「や、やはり師匠さんはわたしを恨んで、う、うぅ、もうしわけありませんでした……うぅ、ぅぅぅ」


 安堵の息を漏らしていると、なぜか俺の隣に座っていたルビーがさめざめと泣き始めた。


「ど、どうしたルビー。え、いや、本気で泣いているのか……? あ、え、えっと」


 ウソ泣きかと思ったらマジ泣きだった。

 えぇっと?

 こういう時、どうしたらいいんだ?

 というかここは……?


「中央樹があるってことは、学園校舎か」


 記憶が混濁しているような気がしたが……あぁ、思い出した。

 俺、死にかけてたな。

 ルビーの城から落ちかけて、パルに引っ張り上げてもらって、地下宝物庫にいたのは覚えているが……そこからの記憶がない。

 意識を失っていたのか、はたまた記憶を保てないほどのダメージだったのか。

 その両方でもある気がするので、俺は自分のお腹に恐る恐る手をやった。ぐずぐずになっていたり、下半身が無かったりしたらどうしようかとも思ったが。

 問題なく俺のお腹は存在した。

 下半身がちゃんと繋がっているし、足もちゃんと動く。


「良かった」


 しかし――

 どうあがいても致命傷だったはず。

 ハイ・ポーションでも回復魔法でも治るとも思えなかったが、なにがどうなったんだ?


「エクス・ポーションです」


 ぐずぐずと涙を拭きながらルビーが言った。


「完成していたのか?」

「いえ。正確には未完成でした。実験段階でしたが、ある種の確信があったものと思われます。それを師匠さんに一口飲んでいただき、後はお腹の布に染み込ませて付与しました。肩と腕の骨はサチの回復魔法です」

「なるほど。あとでサチにお礼を言っておかないといけないな」


 回復魔法はもちろんだが、エクス・ポーションの元になっているのは大神ナーさまのポーションだろう。

 生き残れたのはサチがいてくれたからこそ、と言っても過言ではない。


「ふむ」


 俺は自分の身体の状況を確かめる。

 酷いことになっていたはずの肩も腕も問題なく動くし、握力もあった。指先までちゃんと動くし、魔力糸も問題なく顕現できた。

 布団を跳ね飛ばして起き上がったということは、まぁ腹筋も問題ないのだろう。

 でも、なんか……


「違和感があるな」

「ど、どこか不調なのでしょうか?」


 不安そうにルビーが聞いてきた。


「いや、逆だ。すこぶる調子がいい。いや、調子が良すぎる感じがある」


 全快したのではなく、むしろパワーアップというかレベルアップしているような気分だ。

 肩も、今の状態のほうが動きやすい感じもあるし、身体全体が少しだけ軽くなった感じがする。

 まぁずっと寝ていたので完全回復した、ということなのかもしれないが。


「あぁ、そう言えばどれくらい寝ていたんだ、俺は」

「まだ一晩も経っていませんわ。今は明け方近くでしょうか。ほら」


 ルビーはそう言ってベッドの反対側を指し示した。というかベッドじゃないな、これ。本の山を寄せ合わせて土台にした上に布を敷いただけの簡易ベッドだ。

 ルビーの反対側にはパルがいて、ぐじぐじと涙で真っ赤になった目で眠っていた。ちょっと目が腫れているので、なんとなく申し訳ない気分になってしまう。

 可愛い顔が台無しになってしまった。

 俺はパルの頭を優しく撫でてやる。


「心配かけてしまったな。ルビーも申し訳ない」

「なにを謝るんです、師匠さん。わたしのほうこそ、本気で蹴ってしまって申し訳ありません。手加減……足加減ができれば良かったのですが、魔王さまの手前。本気でないのを見抜かれる

心配がありましたので……あぁするしか無かったです。目の届かないところへ落とすしかありませんでした」

「いや、あれで正解だ。百点満点だよ。なにもしなければパルは殺されていただろう?」

「はい。恐らくは」


 失礼を働いた眷属を処分した。

 そう見せかけるには、窓から落とすしかなかっただろう。加えて、直接窓へ向かって蹴り上げられたとしたら、助かる見込みはなかった。

 天井、床とバウンドさせることで勢いをできるだけ殺し、窓から落とさせる。魔王の視界から俺たちを外す方法としてはベストだったはずだ。


「ですけど、全ての元凶はわたしにあります。眷属の制御が甘かったわたしの責任です。どうかパルを叱らないであげてください。そのかわり、わたしがどんな罰でも受けます。太陽の下で詫びろと言うのなら、喜んでやります。慰み者にしてくださってもかまいません。奴隷扱いも覚悟の上です。ですが、どうか師匠さん。パルを許してあげてください」


 すがるような視線で。

 ルビーは言った。

 そこに嘘もなく、全てが本気の瞳だった。

 相変わらず――俺が名付けた『清廉潔白』の名は間違いではなかったようだ。


「大丈夫。怒ってないよ。パルにもルビーにも怒っていない。むしろ、付いていきたいと言った俺の責任なんじゃないかな。俺が付いていきたいなんて言わなければ、そもそも起こり得なかった話だ。だから悪いのは俺だ」

「ですが――」


 俺はルビーの頭を撫でる。


「じゃぁ、こうしよう。俺もルビーもパルも、みんな悪かった。ついでだ。神さまも悪いことにしよう。あの場に魔王が来るなんて、運命の女神が悪いに決まってる。いや、運命の女神こそ一番悪い」


 おぼろげに覚えている、俺とパルのハイ・ポーションだけは割らずにいてくれたのを感謝するが。

 四天王会議があったり魔王が来たりしたのは。

 どう考えても間が悪すぎる。

 偶然にしては質が悪すぎだ。

 むしろ俺もパルもルビーも悪くない。

 運命を司る神が悪いに決まっている。

 うん。


「それは責任転嫁、というものではありませんの?」

「いいのさ、それで」

「うぅ……あまり納得はいきませんが。さっきも師匠さん、ぶっ殺してやるなんて言いながら目覚めるものですから……ホントに怒ってません?」

「夢が最悪だった」


 あれは悪夢だ。

 勇者がパルと結婚してルビーもいっしょに連れていくだと?

 もし本当に言ってみろ。

 次の魔王は俺だ。

 世界中の幼女を俺の物にしてやる。


「邪悪な顔をしていますわ、師匠さん」

「おっと」

「ホントに怒っていません?」

「怒ってないって。ホントに怒ってたら、こうやってルビーの頭なんて撫でないよ」

「むぅ……で、ではひとつお願いがあるのですが」

「なんだ?」


 珍しくルビーが少しだけうつむき加減で胸の前に手を合わせた。なんとなく言いづらそうにモジモジしている。


「あ、あの。眷属を通して見ていたんですけど……あと、パルからちゃんと聞いたんですけど……キスしました?」

「……した」


 そういえば、した。

 申し訳ないけど、した。

 ファーストキスでした。

 うん。

 した。

 しちゃった。

 嬉しかったなぁ……


「あの、わ、わたしもいいですか?」


 意を決したようにルビーは言う。

 白い彼女の頬が赤色に染まっていた。

 あぁ、どうしよう。

 俺はロリコンであって、ロリババァは対象外なはずなのだが……

 めちゃくちゃ可愛い。

 う、う~む。


「……よ、よし。いいぞ」


 というわけで。

 生まれて二度目のキスをすることになった。

 ベッドの上にルビーは乗って、俺の肩に両手を乗せる。

 ひやりと冷たいルビーの温度を感じながら――彼女とゆっくりくちびるを重ねた。


「ずるい」

「うわっ!?」

「ぴぎゃ!?」


 突然あらわれたパルに、俺とルビーは悲鳴をあげて驚き、マヌケにもベッドから転がり落ちてしまった。

 いや、あらわれたもなにも下で眠っていたはずのパルなんだけど。

 音もなく目を覚まし、そして気配もなく立ち上がるとは……成長したなぁ、パル。

 師匠として嬉しいです。

 でも出来れば、キスしてるところは見られたくなかった。

 浮気してる気分になってしまう。

 ごめんなさい。


「師匠、あたしも」

「パルとは宝物庫でしたじゃないか」

「血の味のキスとか嫌です」

「あ、はい」


 仕方がないので、俺はベッドに座りなおしてパルを膝の上に乗せた。


「ちゅ~」


 あ、分かった。

 これ寝ぼけてるだろ、パル。


「はいはい」


 と俺はなかばヤケになるようにキスをした。

 どんなもんだ。

 三回目ともなるとキスにもドキドキしなくなるし、余裕をもって出来るんだぞ。

 はっはっは!

 俺も大人になったなぁ……おっさんだけどさ。

 くくく、勇者め。

 おまえより俺は先に進ませてもらうぞ!

 と。

 そう思ったが――


「んっ」


 パルの舌が俺の口の中に入ってきた。

 え!?

 やだ、大胆!

 ベロチュー!?

 どうしよう、いきなり凄いキスしちゃった!?


「えへへ~」


 ちゅぷん、と。

 パルは俺の口から離れると、ぼんやり笑って、俺に抱き着いた。

 で、そのまま寝息を立て始める。

 呆気のとられてしまったが。

 それでも、俺は嬉しくなって、彼女の体を抱きしめた。


「……ありがとう」


 パルは必死に俺の身体を引き上げてくれて、ハイ・ポーションを飲ませてくれて、意識を保てるように声をかけ続けて、そして泣いてくれた。

 俺はパルの背中をポンポンと叩くように撫でる。


「ルビーもいっしょに寝るか?」

「我が世の春、というやつですわね。師匠さんのハーレムですか」

「そういうつもりじゃないのだが」

「いえ、そういうつもりでお邪魔します」


 というわけで。

 俺はパルとルビーといっしょにベッドに寝ころぶ。

 あぁ。

 良かった。

 俺、まだ生きてるんだなぁ。

 そう思いつつ。

 もう一度夢の世界へ旅立った。

 なにせ、夢の中の勇者をぶっ殺しに行かないといけないんで!

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