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~流麗! 神に祈った吸血鬼~

 パルがなにをやり始めたのか、わたしには分かりませんでした。

 そして、魔王さまが対応されたのも理解できませんでした。

 ですが。

 それでも。

 あぁ。

 なにをしているんだ、このバカ小娘! と、わたしは心の中で絶叫しました。

 えぇ、叫びましたとも。

 声が出せたのなら、きっと下の街まで届いていたことでしょう。

 それくらいに絶叫したい気分でした。

 だって。

 どうやっても。

 どうあがいても。

 その先に待っているのは死ですから!

 魔王さま相手に、たかが人間の小娘が話しかけるなんて言語道断。奇跡的に対応してくださったからまだ生きてるものの、普通でしたら肉体も残らないほど消滅しているところです。

 魔王さまの気まぐれか。

 はたまた、わたしの眷属だということで許されているのかもしれませんが。

 どちらにしろ、この不思議なやり取りが終わった後にパルは殺されてしまう。

 魔王さまは。

 人間が大嫌いなのですから。

 ですが。

 始まってしまったものは仕方がありません。

 どこか暗号めいたやり取りはスムーズに進んでいき、魔王さまも特に不快に思われているような声色ではありませんでした。

 こうなってしまっては、途中で止めることもできず。

 ましてや声をかけることもできず。

 わたしは見守るしかありませんでした。

 後ろで師匠さんも立っていますが……今ごろ心の中で叫んでいらっしゃるでしょう。

 もしくは――死を覚悟されているかもしれません。

 あぁ。

 そうです。

 そうなのです。

 魔王さまに無礼を働いたものを、処分しないわけにはいきません。それはパルだけでなく師匠さんも同じなのですから。


「もう。悪い子ですわね」


 そんなことを言いながら、コツンと頭を叩く程度で済めばどれだけ世界は平和でしょう。

 人間嫌いの魔王さまです。

 いえ、人間が嫌いだからこそ『魔王』なのです。

 世界に呪いを蔓延させた者が、パルと対等に話をしている――ましてや、同じように膝を付いて話をしているなんて。

 こんな状況、屈辱以外のなにものでもありません。

 恐らく。

 恐らくですが。

 この場にいるというだけで、わたしもその対象に含まれてもおかしくありませんし、師匠さんも殺されると思ったほうが良いでしょう。

 魔王さまのことですから、笑って許してくれるはず。

 なんて思えれば、どれだけ良かったでしょう。

 一か八か、に賭けられるのであれば、どれだけマシだったでしょうか。

 十中八九です。

 九割以上の確率で、パルと師匠さんは殺されてしまう。

 気まぐれにもパルに付き合ってくれた魔王さま。

 きっと、冥途の土産、というやつなんでしょうね。

 冥途なんてあるのかどうか知りませんけど。

 あぁ。

 わたし。

 生まれて初めて祈ります。

 大神ナーでも、九曜の精霊女王でも、神の王でも、もう誰でもいいです。靴を舐めろというのなら喜んで舐めます。裸で踊れというのなら喜んで踊りましょう。

 それで願いが叶うのであれば。

 わたし、なんだってやり遂げますので。

 どうか。

 どうか無事に!

 おねがいします。

 どうか、どうか無事に、死なないように、殺さないように、ふたりが生き延びてくれることを。


「ありがとうございます」

「ありがとうございました」


 終わった。

 儀式のようなものが終わり、パルと魔王さまが立ち上がる。

 魔王さまの視線が、わたしへと向いた。

 おまえが処分するか?

 しないのであれば、俺がやるが?

 そう言われているような視線が、漆黒の兜の奥から届いた。

 もう。

 考えている時間もなかった。

 神に祈るのが精一杯であれば、それこそ神に後を託すしかなかった。

 ――いえ。

 いいえ。

 祈るべきか神と、そしてもうひとり。

 大好きになってしまった人間。

 師匠さん。

 エラント。

 もう。

 師匠さんに託すしかない。

 わたしにできることは、もうそれしかありませんでした。

 だから。


「――」


 眷属化を解除する。

 それと同時にわたしは師匠さんの胸倉をつかみ、パルに向かって投げ飛ばした。

 視線が。

 師匠さんの視線が、わたしの表情を見ていた。

 悲痛な表情を浮かべていたわたしに対して、師匠さんの顔は驚きでも死を覚悟したものでもなく。

 未だ希望を手繰り寄せようとするもの。

 死に対して、死に抗う者。

 それこそ、魔王と対峙した人間が浮かべる者としては最高級ではないでしょうか。

 あぁ。

 あぁ!

 だからこそ。

 わたしは師匠さんを好きになったのです。

 高貴なる血ではないでしょう。

 皇族なる血を引いているわけでもなく。

 ともすれば、凡庸なる血族の可能性だってあります。

 なのに。

 どうして師匠さんは。

 ここまで美しいのでしょうか。

 どうしてこんなにも、美しく高潔な魂をしているのでしょうか。

 あぁ。

 あぁあぁ。

 ああああああああ――

 お願いです!

 今生一度のお願いですから!

 どうか!

 どうか神さま、師匠さん、パル!

 死なないで。

 死なないでください!

 わたし、もう退屈は嫌なのです!

 大好きで、楽しくて、面白くなってきたところでしたのに。

 どうか。

 死なないでください!

 そう祈りを込めて。

 わたしは、全力でパルを抱きしめる師匠さんを。

 蹴り飛ばした。

 足先に伝わってくる脆弱な感触。

 師匠さんのお腹を――粉砕してしまう感触。

 魔王さまの目の前で加減など出来るはずがなかった。疑いをかけられる訳にもいかず、ましてや加減を見破られれば、助けることもできなくなってしまう。

 だからわたしは。

 全力で蹴りました。

 無表情に徹し、悲痛な叫びを心の奥にしまい込んで。

 師匠さんのお腹を全力で蹴り飛ばした。

 ふたりの体は天井にぶつかり、床をバウンドして、窓を突き破って外へと投げ出されてしまった。

 その先は崖があるのを知っています。魔王さまの視線が窓へと向いた瞬間、眷属を影に忍ばせて全力で崖下へ向かわせた。

 間に合うはず!

 受け止められるはず!

 どうか。

 どうかふたりとも、生き延びてくださいませ!


「申し訳ありませんでした、魔王さま!」


 わたしは魔王さまの意識を窓の外へ向けないように、全力で床に這いつくばった。さっきまで魔王さまが膝を付いていたのだ。

 わたしも同じように膝をつき、全力で頭を下げる。 

 確か、土下座というものだったと覚えている。

 屈辱を伴う謝り方のスタイル。これが最上級の謝り方のはず。


「顔をあげていいよ、サピエンチェ」

「は、はい」


 床にこすりつけていた顔をあげると、目の前に魔王さまの顔があった。喉の奥で悲鳴をあげそうになってしまう。

 それを賢明に飲み込んで、まばたきをひとつした瞬間に額をペシンと叩かれた。もちろん軽く叩かれたようですが、威力は恐ろしかった。床の奥に沈みそうになる頭をなんとか耐える。

 たぶんパルだったら首がモゲてたでしょう。

 そんな威力でした。


「い、痛い……」


 だってわたしが涙目になるくらいですから。


「物は大切にしなさい、といつも言ってるだろう。なにをやってるんだ」

「い、いえ。魔王さまに不遜な行いを働いた眷属ですので、処分しないと」

「なにも捨ててしまうことはないだろう」


 あ~ぁ、と魔王さまは声を漏らす。


「サピエンチェ。知恵のサピエンチェ」

「は、はい」

「俺は君に知恵という名前を与えた。その意味をよく考えて欲しい」

「は、はぁ」

「分かってないな、バカ吸血鬼」


 もう一度頭をぺシンと叩かれた。


「痛いです、魔王さま!?」

「その足りない頭で良く考えなさい」

「う……はい。えっと、ま、魔王さまは失礼だと感じなかった、ってことですか?」

「いや、めちゃくちゃムカついた。でも興が乗ったのも事実だ。間違えたら即刻首を落としてやるつもりだったのだが、あの小さい娘はなかなかの器量だったな」

「そ、そうなんですか。えっと、でしたら処分して正解なのでは?」

「だからといってポコポコ殺していてはもったいない。せっかく君が見つけてきたオモチャなんだろう? 道具は大切にしないといけない。貴重な物なら尚更だ」

「うぅ、はい。でも、ミスはミスですので……」

「それもそうだな。まぁ、サピエンチェがなにもしなければ俺は怒っていただろうし。そうなってたら君の大切な物を目の前で壊して溜飲を下げるところだった」


 そうですわよね、とわたしは心の中で泣いた。

 結局、師匠さんとパルを蹴り飛ばしたのは正解でした。


「次から気を付けます」

「うん」


 よろしい、と魔王さまは立ち上がった。


「ねぇねぇ~、いま物凄い音が――って、魔王さま!?」


 と、そこへアビィが壁をすり抜けてやってきた。ガラスの割れる音が大部屋まで聞こえてしまったらしく、不審に思ったアビィが見に来てくれたみたいです。


「こんばんは陰気のアビエクトゥス。相変わらず元気だね」

「うわ!? びっくり。こんばんわ、魔王さま! 魔王さまも元気そうで良かった! でも、こんなところでどうしたの? お仕事?」

「乱暴のアスオエィローが勇者と引き分けたって聞いたからね。話を聞きに来たんだ」

「そうなんだ。アスオくん、怒られちゃう? あんまり怒らないであげて、魔王さま」


 物怖じしない性格のアビィは魔王さまに対してもいつも通り。少し恐ろしいですが、今の状況ではありがたい。

 師匠さんとパルを助けるために、わたしはこっそり眷属に意識を向ける。谷底まで落ちたはずの師匠さんとパルを受け止められたかどうか……

 あれ――?

 おかしい。

 谷底までふたりは落ちてこなかったみたい。風で流された可能性もありますが、そうは言っても見失うはずがありません。暗闇に強いわたしの眷属ですから。

 複数のコウモリとなって探索してください。

 わたしは魔王さまの意識をそらせつづけますので。


「怒らないよ。アスオエィローには話を聞きに来ただけだ。むしろアビエクトゥス、君を怒りたい気分だよ」

「えっ!? ななな、なんで!? あたし、またなにかしちゃった!?」

「サピエンチェにも言ったけど、どうして俺が『陰気』なんて名前を付けたのか。その意味を理解して欲しい。君の明るさはもちろん長所でもあり美徳でもあるけど。でも、陰気が短所なんて決めたのは人間種だろう? そういう意味では、君が陰気という名前でもいいと思ったんだけどな。でも、その意味を理解してくれてないので、俺は不満だ」

「ご、ごめんなさい魔王さま。おしおきされちゃう?」

「君にお仕置きするのは難しいな。君はなんでも楽しんでしまうからね。痛みや苦しみも好きなんだろう?」

「好き!」


 とんだマゾ野郎でしたのね、アビィ。

 野郎ではありませんが。


「それじゃぁ、アビエクトゥスの嫌いなことを考えておくよ。アスオエィローはこっちかな? サピエンチェの自室に向かうところだったが、先に大部屋に行けば良かったな」


 ホントですわよ、魔王さま!

 どうしていきなりわたしの私室に向かうんですの!? アンドロちゃんのことが好きなんですの!? だったら納得しますけど!

 ガーゴイルも、挨拶だけじゃなくて案内できたら良かったですのにぃ!

 眷属コウモリもまだふたりを見つけられませんの!?

 どこ!?

 どこかで引っかかってますの!?

 谷底には見つかりませんが、そんなにも風で流されまして!?


「サピエンチェお姉ちゃん、どうしたの? 大部屋に戻るよ~。あたしの分の食事、魔王さまに食べてもらうからね」

「あ、はい。どうぞ食べていってくださいませ、魔王さま。って、魔王さま兜は取れるんですの?」

「取れるよ? 取らないけどね」

「そうなんですのね。呪いの兜かと思ってました」

「あはは。まぁ、間違いではないよ」


 そう言いながらわたし達は大部屋に戻るために移動しました。

 ちらりと後ろを向けば、割れて大破した窓枠。


「!」


 その窓枠にとある物を見つけて。

 わたしは安堵しました。

 さすが師匠さん。

 ならば尚の事、魔王さまの意識を窓から逸らさなければ。


「わたし、魔王さまの顔とお姿を見てみたいのですが」

「あっ、あたしもあたしも。魔王さまってイケメン? それともブサイク?」

「イケメンだったら兜なんてかぶってないよ。ブサイクだから、ずっとカッコいい兜をかぶっているのさ」

「魔王さまブサイクなんだ!」

「アビィ、それは失礼ですわよ。魔王さまは謙遜なさっているのです。ホントはイケメンですわよ、ぜったい」

「サピエンチェ。君はやっぱりダメだなぁ」

「えぇ!? なんでですの!?」


 そんな風に会話を盛り上げて。

 魔王さまの意識を、できるだけ窓へと向かないように。もう過去のものとして忘れ去ったようにしておきました。

 どうか。

 師匠さん、パル。

 眷属を向かわせたのですぐさま助けます。

 四天王と魔王さまが帰ったあと、迎えに行きますから。

 それまでどうか。

 死なないで……

 お願いします……

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