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~可憐! 仁義を切るのはあたしから!?~

「おひかえなすって!」


 と、あたしの体は口走った。

 一瞬、意味が分からなかった。

 自分の体がいきなり何を言い出したのか、普段から使っている言葉なのに、魔物も使っている共通語だっていうのに。

 おひかえなすって、という短い言葉なのに。

 その意味が、頭の中にいるあたしにまで届いてこなかった。

 でも、すぐに分かった。

 ぞうきんで床にこぼれたミルクを拭きとるみたいに、じわじわと頭の中に染み込むように理解できた。

 仁義を切る。

 路地裏で、嫌というほどに見てきた商人のやり取り。

 暗号みたいで、間違えることの許されていないやり取り。

 命をかけた自己紹介。

 それはなにより。

 あたしが、自分の人生を切り開いた――切り札のようなものだったから。

 だから。

 畏怖を込めて。

 恐ろしくも絶対に敵わない存在に対しての、最初の一手。

 あたしは、あたしを守るために。

 そして。

 人類種の共通した『敵』への探りとして。

 口走ったんだと思う。

 そう。

 口走ってる。

 失敗だ。

 こんなこと、しちゃダメだ。

 いいわけがない。

 言い訳もない。

 もしも今、あたしがあたしを見たら。

 間違いなく蹴り飛ばしているか、もしくは全力で逃げるのかのどっちか!

 なにやってんの!?

 バカじゃないの、あたし!

 もう絶対、この黒い鎧のなんか怖そうな角の生えた兜を着てる人って魔王ですよね!?

 だってルビーなんか目じゃないくらいに強いよ!?

 もう立ってるだけで分かる!

 やばい!

 ぜったいにヤバイ!

 あたしでも分かるもん!

 殺される殺される殺される殺される!

 助けて師匠!

 ルビーでもいいから、助けてぇ!


「ふむ……こうだったかな」


 漆黒の闇から声が聞こえた。

 まるで牙を剥き出しにしたかのようなデザインの兜。

 その奥から、くぐもった男の声が聞こえる。

 どこか子どものようで、それでいて大人みたいな。

 そんな声。

 大人か子どもかも判断できない、男だってことが分かるだけの声。

 ガチャリ、と黒鎧のきしむ音を立てて、魔王はあたしと同じように膝を立て拳を床に付けるように座った。

 え~っと……?

 も、もしかして魔王サマ、仁義を切るのを知ってる?

 ホント?

 あたし、死なない?

 殺されない?


「失礼しやす。おひかえなすって」


 角兜の奥の瞳は見えない。

 真っ暗で、まるで何も無いからっぽのような空間から視線が届いた。もしかしたら鎧兜ではなく、魔王の体そのものなんじゃないか。って思う。

 でも、声はくぐもっているから、やっぱりフルフェイスの兜なのは間違いなさそう。


「ありがとうございやす。兄さんからおひかえなすって」


 あたしの体は自動的に続ける。

 逆に、いま眷属化を解かれちゃうとガクガクに震えて続けられなくなっちゃので良かった。

 ……いや、良くないよ!

 中途半端な眷属化だから妙なことしちゃうんじゃん!

 ルビーのバカぁ! あんぽんたん! アホ吸血鬼!

 なにが知恵のサピエンチェだ。

 アホのサピエンチェじゃん、こんなのぉ!


「ありがとうございやす。どうぞ姉さんからおひかえなすって」

「手前、しがない孤児でござんす。どうぞ兄さんからおひかえなすって」

「手前、当領地のしがない者でござんす。どうぞ姉さんからおひかえなすって」


 どこか楽しむような魔王の声。

 というか、やっぱり魔王じゃん!

 当領地のしがない者って言ったらルビーじゃん! でもルビーじゃないじゃん? だったらもう魔王しかいないじゃん! じゃん!


「再三のお言葉、逆意とは心得ますが、手前これにてひかえさせて頂きやす」

「さっそくおひかえ下すってありがとうございやす。手前は粗忽者ゆえ、前後まちがえましたらまっぴらご容赦願います」


 容赦しますよぅ。

 間違えても怒りませんので殺さないでください。

 お願いします、魔王サマ。


「手前、生国は大セントゥラリス国はノンノーメム村。生憎と生まれもっての親殺し。旅から旅へと流れ者にござんした。姓も無く、名前も無し。稼業は未熟の魔王でござんす。以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお願い申し上げる」


 セントゥラリス国って……どこだろう?

 聞いたことがない。

 もともと人間領だった場所かな。そこを魔王が滅ぼして、魔王領になったのかな。

 あと、名前が無いんだ。

 親殺しって言ってたから、そのせい?

 というか、魔王って誰かから生まれたんだ……?

 魔物って……どこから生まれるの?


「ありがとうございます。ご丁寧なるお言葉、申し遅れて失礼さんにござんす。手前、姓は無し、名はパルヴァス。稼業は盗賊、未熟の駆け出し者。以後、万事万端、よろしく申し上げます」

「ありがとうございます。どうぞお手をお上げなすって」


 あ、やばい。


「あんさんからお上げなすって」


 もうすぐ終わっちゃう。


「それでは困ります」


 ホント、困っちゃう!


「それでは、ご一緒にお手をお上げなすって」


 あたしと魔王サマは同時に床から手を話して立ち上がる。


「ありがとうございます」

「ありがとうございました」


 あぁ、終わった。

 無事に、仁義を切る、が終わってしまった。

 魔王サマが、仁義を切る、を知っていた良かった。そうじゃなかったら、とっくに殺されていたかもしれない。

 でも――

 恐ろしい。怖い。問答無用で殺される。

 って、思ってたけど……ちょっと印象が変わった。

 それはやっぱり『言葉が通じるから』なのかな。

 それとも、話してしまったから、かもしれない。

 どこか普通の人みたいな。鎧の中は、人間なんじゃないか、みたいな感じがした。

 あたしの体は、真っ直ぐに魔王サマを見る。

 もしも、その姿が人を喰うオーガのような姿であれば――

 アンドロさんみたいな、人間とはぜんぜん違った形をしていたら――

 有翼種のように、背中に翼が生えていれば――

 獣耳種のように、頭に耳があって、お尻にしっぽが生えていたら――

 もっと分かりやすく、バケモノの姿をしていたら――

 魔王サマとは、まったく話せなかったかもしれない。

 鎧を着こみ、その姿が見えないからこそ。

 あたしの体は、仁義を切ったのかもしれなかった。

 魔王サマの視線は良く分からない。

 冷たい感じがするし、やっぱり怖い。

 でも、そこに殺意みたいなのは無い。

 その理由は分からないけど。

 なにを考えているのか、視線から読み取ることはまったくできなかったけど。

 視線が通っているのが分かった。

 殺意もなく、ましてや攻撃的な視線じゃなかった。

 あぁ、でも分かる。

 これは……『物』を見る視線だ。魔王はあたしを見てるんじゃない。あくまであたしという『物』を見てる。

 たぶんきっと、ルビーの道具を見てる感じ。

 だから平気なんだ。

 だから、普通に会話できてるんだ。

 だって。

 道端に生えてる草に怒ったりムカついたりしないもん。

 ゴミを捨てるのに感情が動かないようなものだ。

 でもどうして。

 どうして魔王は『仁義を切る』を知っていたのだろう?

 不気味な角が生えた兜。

 あぁ、でももしかしたら――魔王サマって――


「?」


 魔王サマの視線があたしから外れる。

 見ているのは、あたしの後ろ?

 あたしの体は振り返った。

 そしたら、師匠が飛んできた。走ってくるのでもなく、ジャンプしてきたのでもなく、ただただ投げ飛ばされたかのように、飛んできた。

 ぶつかるように師匠の体があたしに当たって、抱きしめられるように倒れた。


「!?」


 なにがなんだか分からないけど、一瞬だけ見えたのはルビーの姿。

 それを認識できない内に物凄い衝撃が体を襲った。

 どうなったのか分からない。

 なにが起こったのか理解できない。

 でも。

 師匠があたしを守ってくれた。

 それは分かった。

 ブレる視界の中で、床と天井が一瞬だけ見える。

 あたしと師匠の体は天井と床にぶつかって――窓をガラスと木枠ごとブチ破ってから外へと飛び出した。

 崖の上に建つお城。

 夜空に星が見えて。

 割れたお城の窓が見えて。

 そして師匠が――なにかを伝えるように手を伸ばして


「あ」


 あたし達の体は、真っ暗で底も見えない崖の下に向かって。

 落ち始めたのだった。

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