表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

268/938

~流麗! 魔王直属四天王・愚劣のストルティーチァ~

 陰気のアビエクトゥスが来たということもあって、宝物庫での呪いの武器探しは一旦保留ということになった。

 アビィの言うとおり呪いの武器であるナイフは愚劣のストルティーチァに譲る、という話をしていたのを思い出しましたし、さすがにお客様が来ても無視して宝物庫を探索し続けるわけにもいきませんので。

 ただし、本当に譲ったかどうか記憶が曖昧ですので宝物庫に残っている可能性も残っています。


「う~ん、譲るという話だけで実際にはまだ渡してないような、渡してしまったような……アビィは知りませんか?」

「あたしに聞かれても困るよぅ」


 ケラケラとアビィは笑うだけ。

 ホントに知らないようですわね。

 とりあえず師匠さんとパルを連れて地下から出ることにしました。

 この際です。ストルに直接聞いたほうが早そうですので、無理に思い出す必要もないでしょう。

 肝心のストルが覚えてなかったらどうしようもありませんが。

 相変わらず壁を無視して移動するアビィに苦笑しつつ、地下への扉を銀色の鍵で閉じた。アビィというゴーストが身近にいるので、鍵の意味があるのかどうか疑問になってしまうのは、いつものこと。

 まぁ、それでもしっかりと鍵を閉めるからこそアビィに気に入られているんですけどね。

 幽霊扱いしないであげると、アビィは喜んでくれますので。


「あたしの分のごはん、ちゃんと用意してある?」

「わたしの部下のことです。アビィだけをノケモノにするような酷い者はいませんわ」


 食べられませんが、それでも用意しないといけない。

 それが、四天王同士の付き合い、というものでしょう。余ったらパルが喜んで食べるでしょうし。

 あぁ、でも大丈夫かしらね?

 魔王領での食事……特に肉の類はパルは食べられないかもしれません。いくら人間の肉を使っていないと言っても、精神的な問題がありますからねぇ。

 ちらりと後ろを付いてくるパルを見てみると、表情は能面のように固まっている。眷属化しているので当たり前だけど、表情が読めないのが残念だ。

 あぁ、そっか。

 思い出しました。

 こんな風に人間の表情が読めなくなるから無闇やたらと眷属化するのをやめていたんでした。退屈をまぎらわせるどころか、余計に退屈になってしまう原因でもある。

 あぁ、できればわたしの城の中でぐらいは師匠さんとパルに普通に行動して欲しいものです。でもそんなことをしていたら、乱暴のアスオエィローに見つかったら即座に殺されてしまいかねないですものね。

 人間と仲良くしてくれたらもっと面白くなるのに。

 残念ですわ。


「そういえば……アスオエィローが会議を発起したらしいのですが、アビィは何か聞いてます?」

「ん~ん、聞いてないよ。珍しいっていうか初めてじゃない、アスオくんが会議しようなんて。いつもストルお兄ちゃんの仕事だったのにね」

「アビィも知らないのですね。あと、そのアスオくんって言うのどうにかなりません?」


 なんかこう、おマヌケなにおいが漂ってくる呼び名ですわ。


「アスオくんはアスオくんだよ。サピエンチェお姉ちゃんは名前の切るところが難しいのよね~」

「サピエでいいですのに」

「サピエちゃん」

「……やっぱりサピエンチェと呼んでくださいまし。アスオくんと同じにおいがしました」

「あはは! 分かったよサピエンチェお姉ちゃん。でもサピエンチェお姉ちゃんがこんなにお話に付き合ってくれるなんて嬉しいなぁ。なにか良い事でもあったの?」

「さ、さぁ。わたしはいつも通りですわよ」

「怪しい……恋人でも出来た?」

「恋人だなんてそんな。ただの好きな人です」

「えー! だれだれ!? どこのどんな人間? それとも魔物? あ、でもサピエンチェお姉ちゃんのことだから無機物っていう線もあるよね。あ、分かった! アレでしょ、下の街に生えてる木だ! 正解? 当たった?」

「あなたはわたしを何だと思っていますの?」

「吸血鬼」

「分かっていてその答えは、わたし、ちょっと傷つきます……」


 せめてわたしを植物かなにかと思っていてくれたほうが納得できたのですが。

 と、アビィとそんな雑談をしながらエントランスまで来たとき、ちょうど一台の馬車が到着したらしく、窓に大きな影がうつった。

 あの巨大な馬は愚劣のストルティーチァが所有するスレイプニルですわね。ということは、必然的にストルが来たという証拠。

 丁度良いので呪いの武器について聞いてしまいましょう。

 お城の扉をバーンと勢い良く開けて、わたしとアビィは外へと出た。師匠さんとパルには中で待ってもらいましょう。

 巨大な二体の馬はやはりスレイプニルだったようで、六本脚を休ませるようにブルルンといななく。

 御者台に座る首の無い男が慇懃に礼をしながら馬車の扉を開くと、中から長身の男性が降りてきた。


「ようこそ、ストル」

「こんばんは、ストルお兄ちゃん!」


 ガァ、と鳴くガーゴイルといっしょにわたしとアビィは愚劣のストルティーチァを迎える。

 緑色の長髪に、優しくも涼しい整った顔立ち。

 人間の娘ならば一目で永遠の恋に堕ちてしまいそうな男。

 貴族や王族のお姫様ですら、気品と情緒と世間体をゴミ箱に捨ててでも夢中になってしまいそうなほどのイケメンっぷり。

 細くしなやかで背の高い、甘く涼しいマスクのまさにパーフェクトな男性の姿そのもの。

 相変わらず貴族よりも貴族らしい、王族よりも王族らしく、皇族でさえも皇族と認めてしまいそうなストル。

 彼はわたし達の姿をとらえると、微笑を浮かべながら右手をあげた。


「これはこれは、美しいお嬢さん方に出迎えて頂けるなんて。ふたりで僕を取り合う算段でもしていました?」

「冗談ではありませんわ、ストル。あなたの王宮はすでに定員オーバーでしょ。ふたりでエントランスにいたので出迎えただけです」

「そうよそうよ、ストルお兄ちゃん。あんまり女の子ばっかりに手を出してると、男の子が泣いちゃうんだから」

「これは手厳しい」


 あっはっは、とストルはひとしきり笑ったあと、にっこりと笑顔を浮かべた。


「お久しぶりです、サピエンチェくん、アビエクトゥスくん。元気にしていました?」

「もちろんですわ」

「あたしも元気だよ!」


 それはなによりです、とストルはうなづいた。

 相変わらずの女好きで男好き……と見せかけてのナルシストですからね。

 他人に優しくしている自分のことが大好きなので、そんなストルの態度にコロっと騙される男と女の多いこと。

 彼の王宮には、そんなストルのお婿さんとお嫁さんが大量にいて、日々ストルを取り合っているらしい。

 まったく。

 他人を通して自分を愛するのは、どう考えても不毛だと思うのですが。本人が満足しているので仕方がない。

 この点だけは、しっかりと『愚劣』なので名前通りと言えば名前通りですが。


「ストル、ひとつお聞きしたいのですが」

「なにかなサピエンチェくん。君が質問してくるなんて珍しい。今回はアスオエィローくんが発起人だというし、世界が面白くなってきた証拠かな」


 それは、そのとおりなのかもしれない。

 退屈だった、ずっと同じ日常が続いていたのが、変わった。

 わたしは魔王領を飛び出した結果なのか、それともまた別の要因なのか。

 そう。

 どこか『流れ』のようなものが変わった気がする。


「世界の面白さは気になるところですが。わたしが聞きたいのは別のことです。以前にストルに譲ると言っていたマジックアイテムがありましたでしょ? ナイフの形をしていて傷を付けると癒えることのない呪いの武器。あれって、すでに譲りましたかしら?」

「あぁ、そんな話もあったねぇ!」


 ストルはパンと両手を合わせたあと顎に指を当てて考える。記憶を探っているポーズですら絵になってしまうのですから、それはもう自分が好きで好きでたまらないのでしょう。

 きっと考えるポーズも練習していますわね、これ。


「その話は覚えている。覚えているが……譲り受けた記憶は無いね。確か話だけで終わっているよ。ふむ。似たようなマジックアイテムなら所持していると思うけど、なにか要り様なのかい?」


 さすがストル。

 約束を覚えているかどうか聞いただけで、話が次の段階になってしまった。


「サピエンチェお姉ちゃん、眷属に自分の名前を刻み込みたいんだって。エグ~い」

「えぇ、それは本当かい!? あまりおススメしないよ、それ。ベッドが血で汚れてしまうからね。あ、ということはサピエンチェくん、ついに恋人を作ったのか! おめでとう! 僕を愛人にしてくれる話は覚えているよね!?」

「これっぽっちも覚えていませんわ」


 覚えているとかいないとか、その以前に初耳です。

 というか、ストルの愛人になるなんて絶対に嫌ですわ。

 わたしには師匠さんという、とても素晴らしい人がいますので。ストルなんて問題にならないくらいステキな方ですもの。

 間違っても愛人になんかなりませんわ。


「ストルお兄ちゃん、それあたしに言ったヤツ。間違えるなんてサイテー」

「アビィにそんなこと言ってたんですか、ストル? サイテーですわね、このナルシスト」

「いやいや、みんなに言ってるし、アスオエィローにも言った覚えがある。僕はサイテーではなく、みんなに平等に最高なのさ」


 あっはっは、と反省するつもりなど一切なくストルはわたし達を置いてお城に向かった。ガーゴイルにきっちりウィンクは忘れていないようで、さすがですわ。

 それこそ、木ですら口説きそうな勢いです。


「いっそのことアビィが結婚してあげれば落ち着くと思いますのに」

「え~、別にいいけどストルお兄ちゃんの王宮の人から刺されそう。普通の包丁じゃなくて、マジックアイテムで刺されそう。こう、具体的にこのあたり」


 アビィは脇腹を指差した。

 確かに、不意打ちで刺されそうな場所ですわね。


「王宮に帰ったら確実に刺されますわね。ついでにストルも刺されればいいのに」


 というわけで、愚劣のストルティーチァと結婚する案は無しということで。

 お城の主を置いてさっさと行ってしまったストルを追いかけることにしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ