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~卑劣! 魔王直属四天王・陰気のアビエクトゥス~

 ゴースト種。

 それは、冒険者がもっとも恐れる魔物といっても過言ではない。

 どこからともなく現れる神出鬼没性は、これが最大限に厄介だ。幽霊らしい特徴ではあるのだが、なにせ天井から降りてくるし、地面の中から生えてくるし、壁の向こうからやってくる。

 上下左右、裏表関係なく遠慮なし。

 浮遊スキル。

 物質透過スキル。

 ふたつが兼ね合った結果、恐ろしいほどの有用性を示していた。

 それは逃げることを困難にさせていると同時に、物理攻撃が効かないことも意味している。

 剣で斬ろうが槍で突こうが投げナイフを投擲しようがメイスで殴ろうが、ゴーストの半透明な体はすり抜けてしまうのだ。

 もちろん、ゴーストの物理攻撃もこちらには当たらない。

 代わりに遠慮なく魔法攻撃が飛んでくる。

 そんなゴースト種を倒す方法は主に三つ。

 まず分かりやすいのが魔法攻撃で倒す方法。

 次いで、マジックアイテムなどの属性付与された特殊な武器で倒す方法。

 そして一番冒険者がやりたくない方法がある。

 神の祝福を受けた水を投げつけること。

 つまり、ポーション。

 スタミナ・ポーションでもいいしマインド・ポーションでもいいので、それをゴースト種に投げつけるとなぜか当たるし、ダメージも入る。

 しかし貴重なポーションを投げつけるのは迷うもの。一本で倒せるかどうかも判断できないし、手持ちの全てを投げ切ってようやく倒せるのかもしれない。

 ポーションは命を救ってくれるアイテムなわけだし、それなりに値段もする。ゴーストにダメージを与えられるが、こちらのお財布事情にもダメージが入ってしまう方法だった。

 というわけで、冒険者にもっとも嫌われている魔物はゴースト種。と、言い切っても良いくらいには嫌われている魔物だ。

 そんなゴースト種の中で、いわゆるスタンダードな種族である『幽霊』。

 むしろそのまま『ゴースト』と呼ばれている種族であろう少女が、宝物庫の扉をすり抜けて入ってきた。


「ここにいたのね、サピエンチェお姉ちゃん!」


 見た目の年齢はパルと変わらないくらいだろうか。ルビーよりは幼く見える。

 明るくほがらかな声とは裏腹に、少し眠そうな瞳。まるでパジャマのようなゆったりとした服はたっぷりとフリルがあしらってあるが……それらは半透明だ。

 服を含めてゴーストの体になっている。

 薄いピンク色のウェーブがかった髪は長く、むしろ紫色に近いような雰囲気を覚える。それは半透明だからか、それとも元よりそんな色なのかは薄暗い宝物庫では判断できなかった。

 身長はパルと同じくらいだが、空中に浮いていて目線の高さは俺と同じ。

 俺やパルにはちらりとも視線を送ることなく、ゴーストの少女はルビーに抱き着いた。

 う~む。

 それにしても。

 めちゃくちゃ可愛い……

 幽霊なのでぜったいに触れないというところが、なんともいえない感情を覚えさせる。

 なんていうか、こう……安全?

 なにが安全なのかさっぱり分からないが、俺の頭には安全という共通言語が思い浮かんだ。


「久しぶりですわね、アビィ」


 ルビーはそう言いながら、飛び込んでくるゴースト少女を抱きとめた。

 もしも眷属化していなかったら、まさか、と驚く声をあげてしまうところだ。

 ルビーはゴースト種に触れている。

 扉を透過してきたことからも分かるように、幽霊は誰にも触れられることはない。そのはずなのに、ルビーは当たり前のように霊体に触れていた。

 魔物同士は触れるのだろうか?

 それとも……ルビーの着ている黒のゴシックドレスは、彼女の影で作られているはず。それは、言ってしまえば魔力を編んで作ったようなもの。

 先ほどアンドロに渡したマントはルビーの血で作っていたが、このドレスは魔力の塊なのかもしれない。

 そう考えると、ルビーが付けている長手袋、いわゆるオペラグローブには魔力が通っていると考えられ、そのおかげで幽霊に触れられると推測できた。

 なんにしても、その手があったか、という感じ。

 安全神話は崩壊した。

 そのかわり、なにか希望が生まれたような気がしないでもない。

 うん。

 全身に加重の魔法を受けているパルならば、もしかしたら触れられるかもしれないな。

 うん。

 ということは、魔力糸で縄を作れば彼女を縛れる――

 いやいや。

 いやいやいやいや。


「ねぇねぇ、お姉ちゃんはこんな所でなにやってるの?」

「整理整頓ですわ。アビィこそ、こんなに早く来てどうしたのかしら」

「お姉ちゃんに会いたかったから! って言いたいところだけど、だいたい予定通りの到着だよ?」

「あら、そうなんですの?」


 どうやら宝物庫でラピスラズリと呪いの武器を探している間にそれなりに時間が経ってしまっていたようだ。

 閉所であるし外の様子も分からない場所であった為に時間の感覚がズレてしまったのかもしれない。

 眷属化の弊害という可能性もあるな。体が自動的に動く分、思考が多くなるために没頭しがちになってしまう。

 いや、待てよ。

 宝物庫の中では眷属化は解かれているよな。

 光の乏しい閉所での作業に加えて、魔王領の空は分厚い雲で覆われているので時間による風景の変化が乏しい。

 地下に降りる前から時間の感覚は狂っていたのかもしれないな。

 なんにしても、魔王領では時間に注意する必要があるわけだ。これは人間領にいただけでは絶対に得られない情報でもある。

 やはり来てよかった。


「ふ~ん……ん?」


 ゴースト少女は宝物庫の中を見渡すようにして初めて俺とパルに気付いた。どうやら眼中にまったく無かったらしい。

 ようやく気付いてもらえた、というわけだ。


「コレは? この人間も宝物?」

「新しく眷属にした人間です。宝物といえば宝物ですが」

「ほへ~、サピエンチェお姉ちゃんが人間を眷属にするなんて珍しい。いつぶりだっけ」


 ゴースト少女は俺をちらりと見て、パルのほうへ行ってしまった。なにをするのかと思えば、パルのほっぺたの中に指を突っ込む。


「ほえ? ひ、ひええええ」

「あははは! ひええええ、だって」


 いやいや。

 悲鳴をあげたくなるのも理解できる。

 自分の体に他人の体がずぶずぶと沈んでいく様子は、見た目も相まっておぞましいものだ。


「うりゃうりゃ~」

「ひいいいいい」


 ゴースト少女は調子に乗ったのか、そのままパルの胸からお腹にかけて手を入れて、まるでかき混ぜるように腕を動かした。

 怖い。

 見てるだけで、相当に怖い。


「ちょっとちょっと、大切な眷属なのですからイジめないでくださいまし」

「え~、そうなの? 弱っちそうだよ、この子」

「そうですけど……大切な物は大切なんです。アビィだって、大切にしてるクマのぬいぐるみをイジられたら嫌でしょ?」

「あぁ、怒っちゃうよね。サピエンチェお姉ちゃんだったら許すけど、アスオエィローだったら戦争だ」

「ぬいぐるみで戦争なんか起こしたら魔王さまに叱られますわよ。四天王失格ですわ、陰気のアビエクトゥス」

「あはは! 確かに」


 ゴースト少女は明るく笑う。

 いや、うん。

 うすうすは分かっていたのだが……このゴースト種の少女。

 幽霊の少女。

 魔王直属の四天王のひとり。

 陰気のアビエクトゥス、か。

 なるほど。

 なるほど……

 というか、どこが陰気なんだ!?

 めっちゃ明るく笑ってるし、暗い雰囲気など欠片も感じられないぞ!?

 どうなってんだ魔王!

 知恵のサピエンチェは、まぁ分からなくもないが陰気のアビエクトゥスはもうぜんぜんまったくこれっぽっちもカスッても無いぞ!?

 それともなんだ、魔王にはこれが陰気に見えてるのか!?

 むしろ嫌がらせなんじゃね!?

 可愛いのにこんな名前を付けられたかわいそうだぞ!

 しっかりしろよ、魔王!

 名前ってのはその子の一生を左右するんだぞ!

 適当な名前をつけてんじゃねー!


「ん? なんかこっちのおじさんから怒りのオーラを感じた」


 アビエクトゥスが俺を見た。

 あれ? なんか感情が漏れちゃった?

 精神感応的なスキルをお持ちなんですか?

 やべぇ……

 というか、おじさんて言われちゃったよ……自覚はしてたけど、いざホントに言われると、ちょっとヘコむなぁ……

 やっぱり俺、もうおじさんなんだなぁ……


「うりゃ、おじさんも悲鳴をあげさせてやる」


 アビエクトゥスが俺の体の中にも手を突っ込んできた。

 お腹の中に彼女の小さな腕が服ごと沈んでいく。


「つめた!?」

「あはははは! つめた、だって! あはははは!」


 パルが悲鳴をあげた本当の理由が分かった。

 アビエクトゥスの指というか、手というか、体はめちゃくちゃ冷たい。まるで体の中にツララを刺し込まれた気分だ。

 やめて!

 めっちゃ怖い!

 可愛い女の子の指が俺の体の中に入っていると思うぞ、なんかすごいゾクゾクとするから!

 やめてください!


「ふひひ。では、いよいよおじさんの大事な部分へ~」

「やめなさいアビィ。そこはわたしもまだ手を出してませんので。一番乗りはわたしです」

「え~、なにやってるのお姉ちゃん。真っ先に確認するでしょ、普通。じゃぁ、いっしょに見る? 見ちゃう? お姉ちゃんの命令ひとつで脱ぐんでしょう? ぬ・が・せ・て?」

「却下です」

「ぶぅ。相変わらず人間大好きなんだから、サピエンチェお姉ちゃんは」


 助かった。

 俺の尊厳はルビーによって守られた。

 ありがとう、ルビー。

 君の信頼度がマックスまで跳ね上がった。全面的に信用しよう。そしていっしょに人類を救おう。ついでに勇者も救ってやってくれ。魔王も倒して。おねがいします。


「ところでアビィ。呪いの武器を探しているんですけど覚えはありませんか? わたし、持ってましたよね? 確かナイフの形をしていたのを記憶しているんですが」

「ん~? あぁ~、なんか有った気がする。うんうん、サピエンチェお姉ちゃんが持ってた気がする。それ、どうするの?」

「え? え~っと、そこの眷属にわたしの名前を一生刻んでおこうかと思いまして」


 なにそれ怖い。

 ありがとうルビー。

 君への信頼度が一瞬にして元に戻ったよ。

 うん。

 一度尊厳を守ってもらった程度で全面的に信頼するなんて有り得ない話だよな、うん。


「人間が大好きなのかエスっ気たっぷりのおチャメなのか。サピエンチェお姉ちゃんは分からない吸血鬼だよね」

「そ、そうでしょうか。おほほほほほほ」


 ルビーはごまかすように笑った。

 おほほほほ、ってごまかすお嬢様ってホントにいたんだな……


「あ、そうだ思い出した」


 アビエクトゥスは手をポンと合わせる。

 幽霊も手を合わせると音がするようだ。

 知らないことっていっぱいあるなぁ……


「あのナイフ、ストルティーチァにあげるって言ってなかった?」

「……あぁ!」


 アビエクトゥスに言われて思い出したのか。

 ルビーもまた、ポンと手を叩くのだった。

 というか、あげたの?

 呪いの武器。

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