~卑劣! 説明書は読まずに捨てるタイプ~
薄明りの下で、それでも煌々と輝く金貨があった。いや、それ以上に虹色に反射する宝石や見たこともないような程に細かい意匠が施されている彫刻品などなど。
まさに宝物であると一目で分かるくらいに、豪華で素晴らしい物が適当に置かれていた。
いや。
言い方を変えよう。
雑多に放置されていた。
「ルビー」
「なんですか、師匠さん? なにか欲しい物でもありましたら結婚を前程に全てを譲渡してもかまいませんわ」
「ちゃんと管理しておこうよ」
「うっ」
どうやら触れられたくない部分だったようで、ルビーはカエルがつぶれたような声を漏らした。
現状、どう見ても宝物庫ではなく物置部屋だ。
絵本の挿絵で良く見る金銀財宝の様子。うず高くつまれている宝石と金貨の山。
あれって見栄えはいいんだけど、管理されずに箱や棚にしまわれることなく床に放置されている状態なんだなぁ。っていうのが理解できた。
せっかくの宝石が傷んでしまう可能性がある。金貨は大丈夫かもしれないが、せめて宝石だけでも箱にしまうべきじゃないだろうか。
「とりあえず俺とパルはラピスラズリを探すので、ルビーは呪いの武器を見つけてくれ」
さすがに武器の類は放置されていないので、そちらはルビーに任せるしかない。下手に触って呪われても嫌だし。
吸血鬼なら、そのあたり何とかなりそうな気がした。
「わかりました。師匠さんってばアンドロちゃんと同じようなこと言うのね……むぅ」
ぶつぶつと何やら文句をつぶやきつつルビーは棚の中を物色しはじめる。
俺じゃなくても同じことは言うと思うけどなぁ。
「よしパル。俺たちも取り掛かろう。青い宝石を探すんだ」
「分かりました。んふふ~、いよいよ盗賊らしい仕事ですね」
「そういえば、そうか」
盗賊と聞けば金品の強奪を思い浮かべる人も多い。そういう意味では、今回の仕事というか依頼というものは非常に盗賊らしい、のかもしれない。
もっとも――
「吸血鬼の城から宝石を盗んできたなんて、歴史に名を残してしまう覇業だが」
勇者が世界を救う前に、俺の名前が残ってしまうなんて言語道断だ。
この件は、ぜったいに秘密にしてもらおう。
なんて思いつつ、床に散らばっている金貨や宝石の類を寄り分けていく。おおざっぱに金貨と宝石をわけて、その宝石の中から青色の物ばかりを集めていく、
それ意外は部屋のすみっこに移動させた。
なんだかんだ言って量があると面倒くさいな、これ。
整理整頓はまた次の機会にしよう。その次の機会が一生ないことを祈るばかりだけど。
「師匠」
「なんだ?」
「これだけあれば一生三人で暮らしていけますよね」
三人か。
普通にルビーをカウントするんだな、パルは。
「孫まで遊んで暮らせるな」
「子どもの子どもかぁ。ルビーって子ども生めるの?」
「どうでしょう? 子どもどころかえっちもしたことがないので、分かりませんわ。ハイ・エルフではありませんが、師匠さんに実験してもらいたいです。生まれてくる子がヴァンパイア・ハーフなのかどうかも気になるところですわね。どうですか、師匠さん?」
「また今度な」
「楽しみに待っていますわ」
「あたしもあたしも!」
「分かった分かった。たぶんきっとそのうちおそらく、ちゃんと覚悟を決めるよ。たぶんきっと」
「わーい、ぜったいたぶんきっとそのうちですからね、師匠!」
「はいはい」
俺は作業しつつも苦笑しながら肩をすくめた。
う~ん……どうしてこれが勇者パーティで実現できなかったのか。
パルやルビーみたいな正直で真っ直ぐな女性であれば、俺も追い出されることはなかっただろうに。
たとえその好意が、俺ではなく勇者に向いていたとしても、だ。
まったく。
下手に好意を隠したり牽制したりするからヤヤこしい事になるわけで。
別に俺は勇者を狙っていたわけでもなく、ただ単純に守っていただけなので。
もしかして、今ごろ戦士が追い出されてるんじゃないか?
いや、さすがに前衛が勇者ひとりになってしまったら意味がないので、戦士は追い出されないか。
でも心配だなぁ。
主に、戦士の精神が。
ゲラゲラと笑える状態だったらいいけど。
「師匠、だいたい青いのを集められました。どれがラピスラズリなんですか?」
「こいつだ」
どちらかというと透明感の無い青い石。宝石のように光を通すのではなく、純粋に青い石とも言えるのがラピスラズリだ。
だからこそ塗料に使えるのだろうが、それでも装飾品としての価値が充分にあるくらいには綺麗な石である。
「純度が高いラピスラズリは真っ青な石だけど……ほら、こんな風に混ざりけがあって模様のようになっている物もある」
「ほへ~、なるほど。分かりました!」
後ろでガチャガチャとルビーが呪いの武器を探している間に、俺たちはラピスラズリを袋の中に詰めていく。
それにしてもアレだな……たぶん、めちゃくちゃ価値のある宝石も混ざってるんだろうな。なんか見たこともないくらいにデカい宝石もあったし。
孫の代までっていうのは訂正だ。
一族が永遠に食べていける価値があるのかもしれない。
それこそ学園に寄付したらいいんじゃないか……と、思ったけどロクな使われ方をしないだろうし、やめておいたほうがいいか。
宝石商のサーゲッシュ・メルカトラさんに売るのが一番なのかもしれない。
「よし、こんな物か」
ずっしりと重く感じる程度にはラピスラズリを集められた。塗料にするには充分な量だと思うが、実際のところ必要な量は未知数だ。
もう少しあれば不安もないのだが……
「師匠、ししょう。これは?」
「ん? んげっ」
パルが雑多に放置されている中から見つけてきたのは、いわゆる原石だった。宝石は原石をカットして美しさを出すと聞いたことがある。
パルが見つけたのは人の顔の大きさはありそうな程に大きなラピスラズリの原石だった。もちろん他の鉱石も混じっていて、まるまるラピスラズリというわけではないが、それでも最大級に大きな塊があった。
「こいつは見事だな。うわ、他にも宝石の原石があるのか」
赤とか紫とか、巨大な原石がごろごろと転がっていた。これこそ、メルカトラさんがよだれをまき散らしながら欲しがりそうだ。
「とりあえずラピスラズリの原石だけでいいか。アンドロさんが資金繰りに困るかもしれないし」
そういえば魔王領でも貨幣制度なのか? 人間領と共通のお金が使われているとは思えないし、別のコインでも製造しているのだろうか。
あぁ、もしかしたらこの金貨がそうなのかも?
デザインは人間領とは違っているので、その可能性が高いか。
「ルビーこの金貨……って、なんだそれは?」
「なんでしょうね?」
ルビーが持ち出していたのは大きな鎌だった。絵本に出てくる死神が持っていそうなもので、使い勝手は酷く悪そうな武器だ。
いや、むしろ武器として使うよりも飾っておく用に作られた見せ物なのかもしれない。
「あ、鑑定書がありました。くしゃくしゃですわね。え~っと、名前はファルチェム・ミッソーレム。精神力の弱い者を一撃で死に至らしめるそうですわ」
「よし、そ~っと置いてくれ。俺のメンタルは最弱なんだ」
「ふふふ。師匠さんのメンタルが最弱でしたら、わたしなんて今ごろ死んでいますわ」
冗談じゃなくて、マジなんだけどな。
いまだに勇者パーティから追放されたことをぐじゅぐじゅ考えたりしてるし、勇者のことが心配でしょうがないし、パルをしっかり育ててあげられるかどうかも不安だし、吸血鬼が仲間になっていることを知られたらみんなから石を投げられるんじゃないかっていう恐怖もある。
うん。
メンタル弱いよなぁ、俺。
「それも呪いの武器といえば呪いだが。傷を入れるわけではないよな」
「そうですわねぇ。呪いの武器は手に入れて、しばらく眺めていた気がするんですよね。それで飽きたのでぽいって宝物庫に投げ込んだ記憶があります」
ぽいっ、ってどういうことだよ、ぽいって……
呪いの武器をズサンに扱わないで欲しい。
「ルビー、それってどんな武器だったの?」
「確かナイフだったと記憶しております。どんな大きさで形だったかまでは思い出せないのですが……あと、木箱に入れていたような記憶がありますわ」
木箱か。
といっても、大型の武器や防具以外は全て木箱や棚にしまわれている。箱には何の文字も書いてないので、判別しようがなかった。
「しらみつぶしに調べるしかないか」
「もしかしたら一番底に埋まっている可能性もありますので」
「最悪だな」
仕方がない。
こうなったら整理整頓していくしかないか。
「パル、不用意に触らないように。毒を付与されたり魂に傷が付いてしまうものもある。気を付けて調べるんだ。中には本を開くだけで魅了されるような代物もある」
「はい、分かりました! ……魅了されるとどうなるんですか?」
「本の意思に操られるそうだ。物語の続きを書かされることになる。解呪されるか、死ぬまで」
「絵本作家になっちゃうんですね、こわい」
怖いけど、可愛らしい……
いやいや。
呪いの絵本って存在するの?
まぁ、いっか。
というわけで、宝物庫の中にある棚や木箱をひとつづつ確認しつつ、掃除していきつつ、整理整頓していくことになった。
なんだろう。
まさに眷属っていう感じがする。
これ、いっそのこと眷属化してもらって体を自動的に動かしてもらうほうが楽なんじゃないのか。それも魂まで掌握してもらうモードで。
喜んで働いていたほうが、いっそのこと心が楽になれる気がする。
「なぁ、ルビー。眷属化して――」
俺は思わず言葉を止めて扉を見た。
なんだ……
なにか……?
なにかが来る……?
近づいてくる!?
このゾクリと震えるほどの感覚は!?
寒い。
一気に宝物庫の温度が下がっていく。
魔王領は人間領と比べてかなり気温が低いと思っていたが、一瞬にして温度が更に低下した。
それは感覚の話ではなく、事実。
冬の、あの刺すような冷たさを覚えた瞬間――
「失礼します、ふたりとも」
ルビーが静かに、それでいてあせるように、俺とパルを眷属化させた。
ピシリ、と体が硬直した。
がが、俺の体は不穏なる扉の先を見た。
なにかが来る。
何者かが近寄ってきている。
地下への扉も宝物庫の扉も閉まっていた。
それにも関わらず――
「ここにいたのね、サピエンチェお姉ちゃん!」
扉は開いていなかった。
もちろん穴なんて開いているはずもない。
それにも関わらず――その少女は宝物庫の中に入ってくる。
半透明の少女。
薄暗い部屋の中でも、ハッキリと分かるくらいに。
少女の体は透き通っていた。
そう。
ゴースト種の幽霊少女が。
にこやかに宝物庫の中へ、壁をすり抜けて入ってきたのだった。




