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~流麗! 生まれ変わる裸のままのわたし~

 ふわり、と放物線を描いて――

 ハイ・エルフが投げて寄越したのは銀色の腕輪でした。


「君が被験者第一号の実験台だ」


 その言葉にわたしはうなづきながら、銀色の腕輪を観察する。

 師匠さんが装備していた物よりずっと小さくなっており、手首に装備しても大丈夫そうです。二の腕や太ももに装備しないとダメかと思っていたけど、大きさはわたしに合わせてくれたみたい。

 表面には黒い筋のような紋様みたいに刻まれていて、そこから魔力の流れを感じ取れた。さすがに複雑に折り重なっているので、どういう流れで組まれているのかは読み取ることは無理でしたが。

 確かにこれはマジックアイテムになっており、ゼロから作り上げたとしては人類初のアイテムなのでしょう。


「私達はそれを『魔具』と名付けた。古代遺産、アーティファクトでもなく、ましてや遺跡から発掘されるマジックアイテムでもない。私たちの時代で、新しく作り出した魔法の道具。だからマグ。この世に存在する、有りとあらゆる魔法の効果を再現できる。と、思われる。かもしれない。残念ながらアーティファクトの領域に踏み出すにはまだまだ問題が山積みだ。そもそも魔法じゃないだろうからね、あれは」

「確かにな」


 と、師匠さんは肩をすくめて苦笑した。

 そんな師匠さんの言葉にうなづき、ハイ・エルフは説明を続ける。


「基本的には一般的な魔法が付与させやすいだろう。だが、魔法にもたくさんの種類がある。主に人間種が使う自然魔法、神の奇跡を代行した神官魔法や精霊の力を借りた精霊魔法。更には離れた契約者を一時的に肉体を与えて呼び出す召喚魔法。更にエルフが秘匿している深淵魔法に、かつてドワーフが使っていたという遺失された真言魔法。噂でしか聞いたことがない存在するかもしれないハーフリングたちの小人魔法。更に更に、義の倭の国でメインとして使われている神通力や仙術、忍術。最後に数えるけれども、魔物たちが使う人間種には解明されていない謎の魔法。そのどれもが適合するのか、もしくは適合しない魔法があるのか。まだまだ先は長いが、まだまだまだ結論すらも出せないが、まずはその第一歩を君が歩んでくれたまえ、ルゥブルム・イノセンティア。君の名は歴史に残るぞ」


 あら。

 魔法ってそんなに種類があるんですのね。


「この腕輪には、どの魔法が付与されていますの?」

「それは神官魔法だね。俗に『常闇のヴェール』とも呼ばれている闇属性付与の魔法だ。闇の精霊女王の神官が使う魔法を宝石の粉に封じ、腕輪に彫られた回路で維持している。その黒い紋様のような筋が魔力の流れる回路になっているのさ。ルゥブルムくんが装備している限り、回路に魔力が流れて魔法が発動し続ける仕組みになっている。と、思う」

「それは分かりましたが……さっきから言葉の端々に曖昧さが滲んでいるのが気になるんですが……」

「仕方がないさ。あくまで理想としての形、ここまでは机上の空論だ。そういくつも試作品を作れるわけでもない。宝石の欠片と言えども安くはないぞ、ヴァンピーレ。人間種の貨幣制度と経済力をあまりナメないでもらいたい。実際にテストをするのはこれが初めてだ。果たして回路は魔力を上手く吸い上げてくれるか。もしかしたら魔力が足りず魔法が発動しないかもしれない。もしくは、際限なく魔力を吸い続けマインドダウンで倒れるかもしれない。回路が上手く機能したところで、肝心の常闇のヴェールが発動するかどうかも分からない。そもそも神官魔法たる神の奇跡を宝石に封じて再現性を保ったまま発動するのか。加えて、君みたいな魔物に、その神の奇跡はもたらされるのかどうか。全てはここからさ。全てがここから始まるんだよ吸血鬼ルゥブルムくん」

「分かりました」


 わたしは肩をすくめて了承する。

 人類種のために、身体を張るのは魔王さまへの完全なる裏切りに値しますが。それ以上に、師匠さんと常にいっしょにいられるためです。

 裏切りましょう。

 えぇ。

 是非とも、裏切りましょう。


「それでは分かりやすいように、大嫌いな太陽の光が降り注ぐ外へ行きましょう。ここでは効果がハッキリと分かりませんから」

「だ、だいじょうぶ?」


 パルが不安そうに声をかけてきた。

 まったく。

 わたしは燃えてしまったほうが有利になるというのに。

 優しい子ですね。


「問題ありません。たとえ肉体が燃え尽きたとしても、師匠さんの愛で復活しますので」

「いや、吸血鬼の復活方法なんて知らないぞ?」

「愛です。愛さえあれば、わたしは何度でも蘇る」

「魔王より厄介じゃないか」

「えぇ。師匠さんの愛があれば、魔王さま程度には負けませんもの」


 と、わたしは断言して歩き始めた。

 後ろでパルが、えぇ~、と声を漏らしているのが少しだけ面白かったので、わたしはくすくすと笑った。

 ホント、ここにいればひとつも退屈することがありませんね。

 なにひとつ同じことが起こらないし、誰ひとりとしてわたしに遠慮することがない。

 これがしあわせの形だというのであれば、それこそ魔王さまを裏切った甲斐があったというものです。


「ふふ、ふふふふ。うふふふふふふふ……」


 不気味に笑っているハイ・エルフは少し怖いですけど。


「いやぁ、楽しみだねルゥブルムくん。私の予想では7割は成功すると思っている。でも、残り3割で君が燃えても、私的にはぜんぜん問題ないので悲しむ必要は無いぞ」


 わたしが悲しむんだ……

 もう実験結果のほうが大事になっていて、わたしの命なんかどうでも良くなってない?

 人類種、怖いわぁ……

 そんな感想を抱きつつ、学園校舎から出た。相変わらず雲の少ない気持ち悪い天気で、太陽の光が遠慮なく地上に降り注いでいる。

 わたしは光に触れないように、校舎の壁沿いを進んでいった。

 子ども達がやっているごっこ遊びにちょっと似ているかもしれない。

 影の外は溶岩地帯で、落ちたら死ぬ。

 そんな風に子ども達がはしゃいで遊んでたのを知っていますが……わたしにとってはマジでそれと同じなので、しっかりと影の中を気を付けて壁に沿って歩いていく。

 さすがに人通りの多い大通りに面した場所で実験するのは、ちょっと遠慮したい。なにせ燃えちゃったら、まわりに迷惑だし。

 ある程度、校舎の壁沿いに進んだ場所で、ちょうど実験をしている生徒のいない静かな開けた空間があったので足を止めた。

 ここなら、ちょっと全身火だるまになってもすぐに助けてもらえるかもしれない。日陰にさえ戻ってこれたら、火は消えるので。

 もっとも、その頃には全身大やけど状態でしょうけど。


「まず、普通に日光に触れた場合を見せますわね」


 師匠さんとパルは見たことがあるけど、ハイ・エルフはまだ見ていないはず。


「「え?」」


 という、師匠さんとパルの声を聞きつつ、わたしは日陰から右腕だけを日なたに差し出した。

 途端にボゥと紅く炎があがり、右手が燃え上がる。


「おぉ~!」


 そんな恐ろしい状態にも関わらず、ハイ・エルフは瞳を輝かせて感嘆の声をあげた。

 やっぱり人間種は恐ろしい……いや、この最古の森人が恐ろしいだけかしら。滅ぼすべきは人間種ではなく、ハイ・エルフだけで充分かもしれませんよ、魔王さま?

 腕を引っ込めると紅い炎は霧散した。

 でも、右腕は焼けただれて煙が上がっていますが……ちょっと撫でるだけで回復する。

 この程度ならばすぐに回復できるのですが、さすがに全身が燃え上がって身体の内部まで炎上してしまうと、呼吸もできない可能性がありますので。

 やはり死を覚悟しないといけないのは確実でしょう。


「では、装備しますね」


 師匠さん達はわたしから少し距離を取る。

 なにが起こるのか分からない、とハイ・エルフの指示があったので仕方がない。ホントはいつだってそばに居て欲しいんですけど。

 充分に距離が離れたのを確認してから、わたしはマグを左手に装備しました。手を通し、手首あたりに装着すると、キュっと少しばかり締め付けるような感覚があった。

 それと同時に、ほんのわずかに魔力が消費される。


「ん」


 一瞬だけ、マグの表面にある黒い筋に紅く魔力が流れたのが分かった。

 でも、それは一瞬だけであり、すぐに元の黒い紋様に戻る。


「……なにも、起こりませんわね」


 ふぅ、とわたしは息を吐いた。

 それはハイ・エルフも同じだったみたいで、胸を撫でおろしていた。お互いにぺったんこですけど。パルと合わせて一番大きいのはわたしでしょう。次いでハイ・エルフ。一番小さいというか、膨らみすら確認できないのがパルです。

 おっと。

 胸の大きさなんで今はどうでもいいですわね。

 緊張の瞬間だったようですが……どうやら発動と同時に爆発したり魔法が暴走したりする、みたいな事故は起きなかった。


「第一段階は無事に突破できたようだね。ルゥブルムくん、魔力はどうかな? 活動に影響を及ぼすレベルかい?」

「いえ、何も感じませんわ。ただ腕輪を付けただけ。ひやりとして冷たかったのですが、もう体温にも慣れた感じでしょうか。そんなイメージです。魔力的には何も消費していないくらいの感覚ですわ」

「ふむ。暴走や過供給みたいな現象は無いな。よろしい。では、頼む」

「えぇ」


 わたしは大きく息を吸って、大きく息を吐いた。

 少しだけ覚悟を決めるようにうなづいて、先ほどと同じように右腕を日なたに――大嫌いで憎むべき日光の下へと差し出す。

 結果は――


「おぉ!」


 と、声をあげたのはパルでした。


「燃えない! 成功したぞ!」


 と、バンザイしたのはハイ・エルフでした。


「ん?」


 と、疑問の声をあげたのは師匠さんでした。

 さすがです。

 好き。

 そう。

 燃えませんでした。

 燃えませんでしたが……


「う、うぐ、うぎぎぎぎぎ」


 と、あたしは思いっきり顔をしかめた。

 えぇ、そうです。

 そうなんです。


「めちゃくちゃ、ツライ……です、わ……これ……」


 まるで身体に力が入らない。日なたに出している腕を通じて、日光の影響が全身にまで及んでくるような感覚。

 身体の力がどんどん失われていくような、まるでジワジワと太陽の熱を緩めて浴びせられているような感じでしょうか。


「ふむ……効果が弱かったか。いや、しかし燃えないところを見ると効果はきっちりと発動しているようだ。マグはしっかりと闇属性を付与している。これは、マグの問題ではなく吸血鬼の問題じゃないだろうか」


 腕を伝って太陽の光が全身にまわっていく。

 経験したことが無いのですが……これは恐らく人間種が毒を受けた時と同じ反応を起こしているのでは?


「ルビー、あまり無理はするな」


 ぜぇぜぇ、と息を吐くわたしを見て師匠さんが声をかけてくる。

 ホント、優しい人ですね。


「で、ですが」


 ですが――

 なんとなく。

 そう、なんとなく感覚があった。

 太陽の光が、わたしの体の中をめぐる苦しさは、それこそ赤ん坊が初めて離乳食を食べる時の反応と似ているのではないか。

 慣れていないだけ。

 初めての物質に、身体が驚いているだけ。

 そう。

 もう少し、もう少し太陽の光を浴びれば――


「えい!」


 わたしは腕だけでなく、全身を太陽のもとに晒した。

 光を浴びる。

 全身を貫く、光の魔法のように。

 まるで外側と内側から、わたしの全てを塗り替えて、書き換えるように。

 光が。

 太陽の光が。

 わたしの全身を、貫いていった。

 あぁ――

 あぁ、これが――

 これが日光浴というものですか。

 なんて。

 なんて――

 なんて清々しい気分でしょう。

 まるで全身を風が撫でていくような、とても爽やかな気分。

 大草原の中で、たったひとりわたしがいるような。

 誰にも邪魔をされず、誰にも咎められることのない。

 あぁ。

 素晴らしい。

 素晴らしい自由を感じます。


「る、るるルビー!?」


 あら、パルが慌てて呼ぶ声。と、そちらを見れば師匠さんが目をそらして、というより顔をそむけていらっしゃる。

 ハイ・エルフは興味深そうに瞳を輝かせてわたしを見ていますが……

 どうしたんです?


「裸、はだか! 裸になってる!」

「へ?」


 わたしは自分の身体を見下ろしました。

 えぇ。

 パルが言うように、裸でした。

 なにも身につけてない、全裸状態でした。

 どうりで――


「どうりで清々しいと思いましたわ」


 わたしの服は、自分の能力で作り出したもの。いわゆる眷属や魔力の球と似たようなもので、自分で好きに服を作り出していたのですが……

 どうやら日光に当たることによって、わたしの能力が全て解除されるみたい。全ての能力が使用不可能になっているようでした。

 あらら。

 もしかしたら、今のわたしは。

 パルよりも弱いのかも?


「師匠さん」

「……なんだ?」

「服を買ってください」

「分かった」

「うふふ。こっちを見てくださってもいいのですよ?」

「ダメ!」


 と、パルに隠されてしまったところを見るに……やはり、能力は見た目相応の人間種と同じレベルまで下がるみたいですわね。

 でも。

 それでも。

 これで師匠さんの隣に立つことができます。

 そう。

 晴れて。

 そう、まさしく文字通り。

 晴れて、わたしはパルヴァスのライバルに成れたことを。

 嬉しく思いますわ。

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