~卑劣! 暗闇で笑いながら踊る賢者は可愛くても不気味~
翌日。
「ひぃ!?」
というパルの悲鳴で目が覚めたので、ベッドから跳び起きた。
「なんだ!?」
「おはようございます、師匠さん」
そんな俺とは対照的にルビーは落ち着いた様子で、ベッドの上にちょこんと座っていた。
あぁ、アレか。
ルビーのドキドキ目覚まし。
まさか二日連続で決行するとは思わなかった。意表を突く、というのはこういうのを言うんだろうな。
まさか、の、そのまさか、をやるのは重要だ。
もっとも――
「……おはよう。大丈夫か、パル?」
やられた方はたまったものじゃないが。
「だ、だいじょうぶです。師匠、ルビー、おはよう……」
パルは大慌てで逃げたものだから、部屋のすみっこでひっくり返っていた。ケガが無いようでなによりだが、朝から刺激が強すぎるのも問題だなぁ。
「ルビー。もう少しだけ手加減してやってくれ。まずは普通の物取りが侵入してくるぐらいのレベルにしてくれると、嬉しいのだが……」
「はい。この程度でしょうか」
と、ルビーが俺に視線を向けてくる。
うん。
「まだ強い。油断すると殺されそうな気がする」
「あら? む、難しいですわね。これ以上は下げられないかもしれません」
「う~む……まぁ仕方がないか。では、これぐらいで頼む。さすがにあんな風になってしまうのは、かわいそうなので」
でんぐり返しの途中で止まったような、お尻を突き出したパルの姿。あまり美少女がやって良い姿ではないので、手心を加えて欲しい。
「かわいいですわよ? 逃走者らしい、おマヌケな姿ですし」
「むぅ!」
パルが抗議の声を共に立ち上がり、ルビーにポカポカと殴り掛かる。まったくもって本気の攻撃ではないので、ルビーは平気な顔をして顔面を殴られ続けて笑っていた。
怖い。
なんていうか、本気で人間じゃないんだなぁ、というのが理解できて、怖い。子どもにポカポカと殴られても、唇とか普通にケガをする可能性がある。
やはり吸血鬼っていうのは頑丈なんだなぁ。
「ほれ、目が覚めたんなら屋台で朝ごはんを食べよう。行くぞ、パル。ルビーは影に入ってくれ」
「「はーい」」
ルビーが影に入るのを見届けてから、俺とパルは宿の外に出た。今日も良い天気らしく、明け方のうっすらと青い空には雲は少しだけ。
朝の少しだけ冷たい空気を楽しみつつ、手近な屋台で朝食を取る。
メニューは小麦粉で作った生地を薄く焼いて、中に野菜を挟み、ソースをたっぷりとかけたオリジナルな物。似たような屋台はいっぱいあって、具材とソースが屋台によって違ったりする。
「んふふ~」
さっきの不機嫌さはどこへやら。
パルは美味しそうにチーズ入りを食べていた。びにょん、とチーズが伸びていて美味しそうだ。
これもまた新料理研究会の研究対象なのだろうか? お手軽な屋台料理なだけに、バリエーションは無限に存在しそうだ。
なんて思っていると、生徒のひとりが慌ただしく駆けて来るのが見えた。そんな光景は学園都市において日常茶飯事で四六時中見れるのだが、そんな彼と目が合う。
「あっ」
という口の動きをしたと思ったら、生徒はこっちに駆け寄ってきた。
「エラントさんとパルヴァスさんですよね?」
「そうだが?」
「学園長がお呼びです。朝食を終えてからでいいので、すぐに来てください。では!」
と、それだけ伝えると生徒は来た道を走って戻り始めた。
この時間がもったいないとでも言いたげな、そわそわとした感じ。やはり、学園都市の生徒は生き急いでいるなぁ。
「なんふぇふぉうふぁ」
「食べながら喋らない」
「ふぁい」
パルは、ごっくん、と喉を鳴らした。
いや、ちゃんと噛んで食べようよ……
「学園長、なんでしょうか?」
「なにか追加で要望でも聞きたいんじゃないか。もしくは俺が頼んだ物の展望が見えたとか」
「試作品が出来た~、とかじゃないんですか?」
「そんな早く作れる物じゃないだろう。今まで存在しない新しい物だし」
「そうですよね~」
なんてノンキに朝食を食べ終えて、ノンキに学園長の元まで行ってみる。相変わらず学園校舎の中は騒がしいが、今日の雰囲気もまたいつもと違う感じがした。
「なんでしょう、この感じ」
「大騒ぎってほどでもないが、なにか落ち着きを更に失ったような感じだな」
「お祭り前夜、という雰囲気がしますわ」
いつの間にかルビーが隣を歩いていた。
どのタイミングで影から出てきたのは、まったく分からなかった。
やっぱ盗賊にめちゃくちゃ適合性があるよな、吸血鬼。
才能あふれてて羨ましい。
気配察知はともかく、気配遮断スキル『隠者』なんぞ難しくて、おいそれと習得できるものではないのに。
吸血鬼と比べること事態ナンセンスだけど。
自分の才能の無さに辟易としそうだ。
「どうしました、師匠さん?」
「いや、なんでもない」
実は嫉妬してます、なんて言えるはずもなく。
俺は密かに苦笑しておいた。
そんなルビーも加わったところで、いつもの暗い廊下を抜けて中央樹の根本までやってくると――
「あっはっは! あーっはっはっはっは!」
学園長が笑いながら奇妙な踊りを踊っていた。
なんだろう……精神力がみるみる削られていく気分だ。
怖い。
夜中に出会ったら間違いなく逃げないといけないタイプの魔物だ。
いや、魔物じゃないけど。
「ついに狂いましたか、ハイ・エルフ。残念です」
「誰が狂人だって、吸血鬼? 聞こえているぞ。私は正常だ。誰だって笑いながら踊りたい気分になることもあるだろう。もしも狂ってしまったのなら、私は今ごろ最上階にいるよ。バカと煙は高いところが好きだと言うだろ?」
「言うんですの?」
ルビーが学園長にではなく、俺に聞いてきた。
「誰が言い始めたか、その語源は知らないが。でも、確かに言う。最近ではニュアンスを誤魔化して使うことが多い。なんとかと煙は高い所が好きだ、と」
「なるほど。相手に気付かせるわけですね。おまえバカだろう、と」
「ルビーは低いところが好きだから、天才? 名前も知恵のサピエンチェだっけ?」
パルがそう言うけど……影って低いという認識であってるのだろうか?
というか、魔王から名付けられたその名前を考えるに、ルビーは切れ者なのだろうか?
なんというか、そんな気配がひとつも無いんだけどなぁ……
「わたしは普通ですわ。普通の吸血鬼」
普通の吸血鬼ってなんだよ。普通じゃない吸血鬼っていうのもなんだよ。
って思ったけど、口には出さないでおいた。
「ふむ。影が高いか、低いか。影を低いと捉えたパルヴァスくんの発想は面白いなぁ。でも、夕方に影が伸びて、壁なんかに出来たとき、それは角度によっては自分より高くなる。果たしてそれは自分より高いと言えるのか、はたまた低いと認識できるのか。あはは、それもまた面白い話だね!」
学園長は何かをメモして、手近な本に挟み込んだ。
手広くやっているのは理解できるが、そもそも影を研究している人間なんているんだろうか?
そこからして疑問でもある。
「それで、何の用事ですか学園長」
「できたぞ」
「……なにがですか?」
「いやいや、いやいやいやいや決まっているだろ。決まっているだろうともさ盗賊クン。エラントくん。試作品だよ試作品。今、現在、作っている物といったらそれしか有り得ないだろう。さぁ、さっそく実験を始めるぞ! 結果をドワーフ達に報告しないといけないし、結果次第では改良点の洗い出しも必要だし、結果次第では今やっている作業を全てストップさせないといけない。情報は時間だ。違う。時間は情報だ。いや、これも違う。アレだよ、アレ。時は金なり、だ」
どうやら学園長。
相当にテンションが上がってしまっているらしい。
ちなみに本当に言いたかったのは、時間は有限だ、くらいの軽い言葉だったんじゃないだろうか。
そう思う。
それにしても――
「早すぎないですか? ああ~、そ、その、トッカンでやられると不安になるのだが……」
「む。盗賊クン。いや、あえて言おうエラントくん。君は、ここをどこだと思っている? 私を誰だと思っているんだ? そう答えるまでもない。聞くまでもない。私は名前を忘れるほど太古から生き続けている純粋にして純潔にして純血の森人。ハイ・エルフなのだよ、エラントくん。そしてなにより、この空間が、この街が、この学園都市そのものが、人類の最南端にして最先端にして、最上位の技術が結集している。忘れてないかい、忘れてやしないかい? 君の愛すべき弟子である、君の大好きなパルヴァスくんの、そのカッコいいブーツは、いったいぜんたい、どれくらいで出来上がったのかなぁ? うん?」
あ、やばい。
めっちゃイライラしてるぞ、学園長。
プライドというか、こう、常識を傷つけられた感じだろうか。俺がまったく意味不明なことを言ったかのような態度だ。
「ごめんなさい」
「よろしい。私は素直に謝れる人間は大好きだ。反対に、いつまでたっても自分の非を認められない大人が嫌いでね。子どもなら笑って許せるが、大人のそれは醜悪を越えてゴミだ。君は、そんな大人にならないように気を付けたまえよ、盗賊クン」
「はい」
俺、もう大人なんだけどなぁ……でもまぁ、ハイ・エルフからしたら子どもとそう変わらないので、無理もない。
というか、ロリババァから叱られるっていうのは貴重な体験なので。
甘んじて受け入れておく。うひょー、なんか貴重な体験をしたので心がわくわくしてきた。
笑いながら小躍りしたい気分。
学園長が高笑いをあげながら踊っていた気持ちが理解できた。
理解できてしまった。
「――……」
なんて感情は一切として表に出さない。
盗賊で良かった。
ポーカーフェイスは盗賊の基本だ。ポーカーやったことないけど。ハッタリなら日常茶飯事。なにせ、油断するとパルにデレデレの表情を浮かべてしまいそうだし。
「というわけで、ルゥブルムくん。君が被験者第一号の実験台だ」
学園長はそう言って、ルビーに投げて寄越した物。
放物線を描くそれは暗闇でも鈍く光っていた気がする。
銀色の腕輪。
まさに、人類が神の技術に追いつくための第一歩の姿だった。