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~可憐! 目覚めは乙女の熱い視線~

 ジリジリとあたし達はにらみ合っていた。

 もちろん、相手はルビー。

 ぜったいに勝てるはずのない相手だけど、負けるわけにはいかない。

 そう!

 女の子には、ゆずれない戦いがあるのよ!


「いや、ふたりで寝ろよ」

「「えー!?」」


 あたしとルビーは同時に抗議の声をあげた。

 もちろん相手は師匠。

 いま、あたしとルビーの間に『どこで寝るのか問題』が勃発していたのだ。

 ルールさんの営む宿……ルール宿。宿のレベルとしては、普通くらいの大きさで、師匠が借りた部屋はふたり部屋だった。

 つまり、部屋の中にはベッドがふたつがだけってこと。

 もっと大きな部屋があるけど、そっちはベッドもない雑魚寝部屋って感じ。冒険者のルーキーたちが利用する部屋みたいな大部屋しかない。

 三人部屋っていう都合の良い部屋は、別の宿にいかないと無いのだった。

 というわけで――


「あたしが師匠といっしょに寝る!」

「いいえ、わたしが師匠さんといっしょに寝ますわ」

「むぅ~! ルビーは影の中で寝ればいいでしょ?」

「いいえ。わたしは魔王さまを裏切った身。これからは人間として、人間らしく生きていきたいと思います。寝る時も普通にベッドの上で寝てこそ、魔王さまからの脱却の証明となるでしょう」

「え~っと、つまり?」

「はやく師匠さんに安全な女であると認めてもらいたい」

「影に沈め!」

「お断りしますわ!」


 きぃ~っ!

 師匠がルビーのことを警戒している内に、あたしと師匠がゴールインできれば何も心配することは無かったんだけど。

 でも、ルビーはルビーで師匠に攻め入ってる。

 それは別にいいんだけど。

 だけど!


「だったらベッドを広く使ったほうがいいよ、ルビー。あたしは師匠といっしょのベッドで寝るから」

「いいえ、遠慮なさらないでくださいパル。一番弟子のあなたに広いベッドを譲ります。わたしは狭いながらも師匠さんのベッドで寝るのが筋というものですわ」

「いや、だからふたりで寝ろよ」

「「えー!」」


 ルビーといっしょに抗議の声をあげると、師匠は目を閉じて天を仰いだ。どう見ても、喜んでいる感じじゃなくって、困ってる感じ。


「分かった。じゃぁ俺は床で寝るんで、ふたりでベッドを使ってくれ。心配いらん。これでも旅慣れしてるんでな。硬い地面で寝るのは慣れてる」

「あ、はいはい。あたしもあたしも! いつも硬い路地裏で寝てました。なので師匠といっしょに床で寝ます」

「それでしたらわたしも。魔王領では吸血鬼らしく棺で寝ることもありましたので。もちろん、棺は硬いですから、床は柔らかいも同然。わたしもいっしょに床で寝ます」


 師匠は、ダメだこりゃ、と再び天を仰いだ。


「はぁ……まったく。少しは俺も我慢しているという事を自覚して欲しい……」


 知ってる。

 師匠は優しいから。

 だから欲望とか、えっちな心に負けないように我慢しているのは分かってる。あたしとしては我慢しなくていいと思うんだけど。

 だから、あたしは知らないフリをする。師匠が我慢できなくなってもいいように。優しい師匠の心が傷つかないように。いつだって覚悟はできていることを、ちゃんと師匠に伝えておくんだ。

 たぶんルビーもいっしょ。

 というかルビーは面白いからやってる気がするなぁ。退屈が嫌いみたいだし。


「仕方がない。ルビー、頼めるか?」

「師匠さんが影に沈めとおっしゃられるのであれば、沈みますけど。でも、影の中から永遠に師匠さんの寝顔を眺め続けますので、そのつもりで」

「怖いことを平気で言うのな……そうじゃなくて、ベッドをくっ付けてくれ。合わせたら三人で寝られるだろ」

「おぉ! さすが師匠!」

「機転というやつですわね。いえ、むしろ女の子をひとり選ぶのではなく、両方を選ぶなんて。両手に花とは、このことですわ。師匠さんは、相当にえっちなんですね。わたしはえっちな師匠さんでも問題ないですが」

「あたしもあたしも! 師匠のえっちなとこ好き!」

「……やっぱ俺、床で……いや、もう、外で寝るわ」

「あぁ、ごめんなさい師匠! 冗談です!」

「わ、わたしも調子に乗りました。嘘ですので、いっしょに、いっしょに寝てくださいまし!」


 あたしとルビーは慌てて師匠の腰を掴んで引き留める。まぁ、ルビーの力が強すぎるので、師匠が一歩も動けなくなってるのがちょっと面白かったけど。


「分かった分かった。寝るよ、寝る。大人しく寝るから」

「ルビー、いまのうち!」

「分かりましたわ!」


 あたしが師匠の足に抱き着いている間に、ルビーは大急ぎでベッドをくっ付けた。即席の大型サイズのベッドが完成する。

 簡素な形のベッドだっただけに、ぴったりと合わさったので、もともとそういう用途があったのかもしれない。

 でも、真ん中はやっぱりちょっとへこんでいるので、寝心地は悪いかも?


「じゃぁ俺は――」

「「真ん中です」」

「あ、はい」


 師匠はベッドの真ん中の、ちょっとくぼんだところに収まったので、あたしは師匠の左側に、ルビーは師匠の右側に寝ころんだ。


「ふひひ」

「うふふ」

「我慢できなくなったら……許してくれ。おやすみ」

「おやすみなさ~い」

「おやすみなさいませ」


 というわけで、あたしはこっそり師匠の腕に抱き着きながら眠ったのでした。

 師匠の腕に触った瞬間、師匠の身体がほんの僅かにピクリと反応したのが面白かったけど……同じ反応がもう一度あったので、きっとたぶんルビーも師匠の腕に抱き着いたんだと思う。

 うぎぎ。

 ルビーには負けらんない! って、思いつつ、あたしの意識はしあわせにまどろんでいって、眠りに落ちていった。

 夢は――見たかどうか分からない。

 でも、とりあえずは心地良く眠っていたと思う。

 朝までは。

 そう……


「ッ!?」


 なにかを感じて、あたしは跳び起きた。

 それは、どこか懐かしい感覚でもあった。路地裏で眠っている時、誰かが近づいてくる気配に似ている気がする。

 眠っている時、人間は無防備だ。

 それこそ、殺されても気付けない。殺されるまで意識を失っているのだから当たり前だけど。

 でも、それでも、それでもだ。

 深く眠り込んでしまっては、死んだも同然。死んでいるも当然。

 盗まれても、殺されても、犯されても。

 文句の言えない場所が、路地裏の世界だった。


「なにを――」


 どこかでそれを思い出したあたしは、ベッドから跳ね起きた。

 誰が――

 なにをしようとしているのか――

 一瞬のうちに判断できた。

 だから。

 だから絶句した。

 理解したから、絶句した。

 暗闇に目だけが浮かんでいる。いや、正確には目だけが見えている状態だろうか。それはどう見ても人間ではなく、ましてや普通の魔物でもない。師匠が言っていた夢魔ですら無いだろう。

 だって。

 良く知っているから。

 眠る前まで、楽しく話していたから。

 いっしょにお風呂も入ったんだから。

 殺意なく――

 ただ不気味な視線だけを向けてくるその存在は――


「ルビー……」


 吸血鬼。

 そう。

 吸血鬼らしい姿を、見えない闇の姿を見せて――

 彼女は笑っていた。


「くっ」


 あたしはシャイン・ダガーを引き抜いた。眠るときも、ちゃんと手元に置いてある。さすがに腰に装備したままでは眠れないので、手に届く範囲に置いていた。

 本能だろうか。

 ベッドから飛び跳ねると同時に、気付けば手に持っていた。キラキラと輝く刀身が、闇をまとうルビーに対して心強い。

 でも。

 でも。

 でも。

 どう考えても勝てる見込みが無かった。

 ルビーからは殺気は無い。ただ、あたしを見てるだけ。ただ単純にあたしを見てるだけなのに。

 こんなにも怖くて。

 こんなにも恐ろしくて。

 まったく勝てる気がしなかった。

 どうしよう――

 どうしたら――

 どうすれば――


「そこまでだ」


 パン、と手を打つ音が聞こえた瞬間、ルビーがまとっていた闇が霧散する。それと同時に、ルビーはにっこりと笑った。


「おはようございます、パル」

「……お、はよう? え、なに、なんですか、師匠……うへぇ~」


 あたしは力が抜けて、ベッドの上にぺったりと座り込んだ。


「おはようパル。驚かせて悪かったな。最近のおまえは、眠りが深くなっていたようなんでな。ちょっとした抜き打ちのテストだ。他人が音もなく侵入してきた時、ちゃんと対応できるかどうか」


 テスト?

 試練だったってこと?


「緩んでるように見えたが……そんなこと無かったな。しっかりと目が覚めた上に武器を装備できた。加えて、ルビーに対しても防御反応がしっかりとできていた。今の反応であれば、そこそこの物取りに殺されることはないだろう。悪かったな、パル。驚いただろ」


 師匠はあたしの頭を撫でてくれた。

 いま、汗ぐっしょりだから、ちょっと恥ずかしい。

 でも……


「はぁ~、良かった。ルビーが裏切ったかと思ったよぉ……」

「うふふ。申し訳ありません、パル。師匠さんからのお願いでしたので驚かせてしまいましたね」


 ルビーからは、さっきの怖い雰囲気はすっかりと消えていた。

 にこにこと笑って、ルビーもあたしの頭を撫でる。

 そんな吸血鬼を見ながら、思ったことがある。


「あぁ、でもそっか……良く考えたらルビーが裏切るのなら、あたしなんてとっくに殺されてるもんね。その時点でいろいろと疑えたなぁ」


 はぁ~、とあたしはため息をつく。

 ルビーの実力があれば、あたしなんか目が覚める前に殺されちゃう。いくら殺気を感じたとしても、対応しきれないと思う。


「ほう。そこに気付くとはパルも成長しているな。次からはレベルを上げていこう」

「え」


 次、あるの?


「おまえの感覚が鈍らないようにルビーには気まぐれで起こしてもらうぞ。ちなみに俺にも仕掛けてもらう。初日だったので、パルの反応を見てたけど。次からは立場は一緒だ」

「わ、分かりました。あ、師匠」

「なんだ?」

「朝ごはんは、ちょっと豪華な物がいいです」

「……はぁ。分かったよ」


 師匠は苦笑しつつ、もう一度あたしの頭を撫でてくれた。

 なんにしても――


「吸血鬼の目覚ましって怖い」

「うふふ」


 あたし、もしかしたら弱くなったのかもしれない。警戒心みたいなのが、消えちゃった可能性もある。

 でも師匠はそれも考えててくれてて。

 うん。

 あたし、師匠ためにも頑張る!

 と、思うのでした。

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