~可憐! 夜はベッドの上で運動会~
ルールは簡単。
ルビーが出してくる、なんか黒いのを音を立てずに避けること。当たった部分は黒くなるので、避けられていないのがすぐに分かるよ。
「ちなみに、一発の威力は重くて影響が大きい、という気概でやるといい」
「当たったら死ぬ、じゃダメなんですか師匠?」
あたしは首を傾けながら聞いてみた。
一発の威力が大きい、ってことは、一発でも当たったら死んじゃうってことだ。
それって一緒の意味じゃないのかなぁ。
「一撃で終わる、というのも悪くはない。だが、それではせっかくの訓練がもったいない。どう立て直すか、どうフォローするのか、思考の訓練でもある。攻撃をくらってしまったあと、どう動くか。どう判断するか。当たった場所は腕なのか、それとも足なのか。まだ動けるのか、それとも降参するフリをするのか。選択肢は無限にあり、どれを取捨選択するかによって、動き方も変わる。というわけだ。高度な『ごっこ遊び』程度に思ってくれ」
「分かりました!」
当たったら死ぬ、なんていう遊びを子どもがやっているのは知っている。ボール遊びで男の子たちがやってた。鬼ごっこのボールバージョンみたいな感じかなぁ。
あたしは、そんな遊びをしたことが無かったけど。
でも、ごっこ遊びっていうのはなんとなく理解できた。
「行きますわよ」
「うん!」
ルビーが人差し指を立てると、黒い球が指先から出てきた。黒い水が天井に向かって垂れるような感じ。
それが三つ浮かんだところで、師匠がパンと手を叩いた。
瞬間――
「ッ!?」
あたしの顔を目掛けて黒い球の一個が飛んできた。
速い!
慌ててしゃがんだけど、この時点で失敗した、とあたしは顔をしかめる。腰を沈めるだけで良かったのに、膝を大きく曲げてしまった。あまりの速さに、大げさに避けちゃった。
避けられたのはいいけど、次の動きに繋げられない!
「んっ!」
真っ直ぐに飛んできた二発目の黒球を、あたしはなんとか小ジャンプで避けた。
ありがとう、ブーツちゃん!
つま先だけで、あたしこんなにジャンプできないから、ぜったい補助してくれたよね! でも声を出しちゃった!?
視界のはしっこで師匠が、ほう、と感心する表情を浮かべてるけど、見逃してもらえるかな!?
って思ってる内に三発目、四発目と飛んできた。
空中でバランスを立て直して着地しつつ、今度は最小限の動きで黒球を避けていく。音はなんとかブーツちゃんが消してくれるけど、手とか身体が壁に触れた時とかには注意しないといけなかった。
黒い球は壁とかベッドに当たると弾けるように消失して、当たった場所を黒く染めていく。まるで部屋の中が、どんどんルビーに浸食されていくような感じだった。
「なかなかやりますわね、パル」
えへへ、どんなもんだ!
声は出せないのに、あたしはにっこりを笑った。師匠も、うんうん、って感じの表情で見てくれている。
「では、レベルを普通くらいにしましょう」
え!?
今まで『優しいモード』だったの!?
「お遊戯レベルでした」
心まで読まれてる!?
「ッひぃ!?」
で、飛んできた黒球の速度に思わず悲鳴をあげてしまった。
めっちゃ速い!
というか当たったら痛そうな速度なんですけど!?
「パル、声が出てるぞ」
「そ、そそ、そんな、こと、いったって、し、ししし、師匠!? こわいこわいこわい、ぎゃああああ!? 速いぃぃぃ!?」
避けられたのはそこまでだった。
ジャンプで避け損ねた黒球がブーツちゃんに当たって、身体のバランスが崩れる。なんとか転ばずに着地したけど、体勢が無茶苦茶なので避けてる場合じゃなかった。
素直に転んで、受け身を取るようにしてた方が次につなげられたかもしれない。
なんて思った瞬間――顔と脇腹に黒球が直撃した。
「あいたー!?」
顔に当たったのが痛かった……いや、もちろん死ぬほど痛いわけじゃないし、速度のわりには痛くないと思う。
でも、ブーツとか脇腹は耐えられたけど、顔の衝撃は凄い。
「ほらほら、まだまだ続けますわよ」
「ま、ままま、待って待って!」
もちろんルビーは待ってくれなくて、次々に黒球が飛んでくる。でも混乱しちゃって、もう、どっちに避けたらいいのか、分かんなくなってきた。音を出しちゃダメってルールも忘れちゃってた。
なにより部屋が黒く染まっていて、視線がうまく定まらない。黒い球も見えにくいし、足の置き場所も壁の位置もどんどん分からなくなっていった。
「ひあ! ひぅ! くあ!? ちょ、ま、ま、待って!? ひぇ!?」
避けたり避けられなかったり。
高速に飛んでくる黒い球は、次第に数を増やしていった。
これ絶対イヤがらせも含まれてるよぉ!
「あう!?」
で、ベッドの高さを見誤ってあたしは布団の上に転んだ。
「はい、トドメ~」
「あばばばばばばばば!?」
転んでしまったあたしの身体に、ルビーは容赦なく黒い球を全弾叩き込んできた。
痛くないけど、痛かった。
全身がめちゃくちゃ揺すられる感じ。
あたしにだけ地震が起こってるような状態だった。
「はい、終了~」
「うぅ~……まっくろ……って師匠、笑わないでくださいよぅ」
真っ黒になったあたしが面白いのか、それとも転んだあたしが面白かったのか。
師匠が肩を揺らして笑ってた。
「はははは。はぁ、いや、すまん。まぁ無理だろうなって思ってたけど、最後がちょっと面白かった」
転んだほうを笑われていたみたい。
うぅ。
「まだまだですわね、パル。ほら、回収しますので、立ってください。そのままでは上手く回収できませんので。間違えてあなたごと吸収しそうですわ」
「なにそれ怖い」
あたしはベッドの上で立ち上がって両手を広げる。もう全身に当たっちゃったらしく、身体が真っ黒に染まっていた。
ホットパンツをちょっと下げると、黒く染まってなくて真っ白な肌が見えた。
ちょっと面白い。
師匠がめっちゃ視線をそらしてる。
めっちゃ面白い。
「ところでルビー。この黒いのって何なの?」
「わたしの身体ですわ」
「え?」
どういうこと?
「吸血鬼の眷属にコウモリやオオカミがいることは知っていますか、パル?」
「うんうん、知ってる」
絵本とかおとぎ話で出てくる吸血鬼。
その部下というか、動物を操ってるみたいなシーンが出てきたのを覚えている。あたしが読んでもらったのはコウモリだった。
たくさんのコウモリといっしょに吸血鬼が飛んでくるっていう絵は、ちょっと怖かったなぁ。
絵本の吸血鬼もルビーみたいな女の子だったらいいのに。どうして青白い顔をしたおじさんばっかりなんだろ?
「あれは眷属というより分身といった方が近いです。わたしの身体を一部切り離して、コウモリやオオカミにしています。このように」
ルビーの影から、ずずずっとオオカミが出てきた。紅く鋭い眼光のオオカミで、今にもあたしに襲い掛かってきそうな迫力。
まるで威嚇するように、鼻の上に皺を寄せて牙を剥き出しにしていた。
「安心してください。これもわたしですから」
「え!? ふぎゃー!?」
オオカミが襲ってきて、あたしはベッドの上に押し倒された。しっかりと両肩を前足で踏みつけられて、動けない。
というか、顔を思いっきり甘噛みされて、ベロべロと舐められてるんですけど!?
「こんな風に眷属を自由に使います。他にも身体を霧のように霧散させることができるのですが、今回はそれを応用した形ですね。霧を集めて球状にする。そして当たった場所に付着し続ける、といった感じです。理解しましたか、パル?」
「うぅ、分かったよぅ。ってまた黒いの付いてる!?」
オオカミに舐められた部分が、また真っ黒になっちゃった。
「うえ~、なんで顔を舐めるのさルビー。師匠にも舐められたことないのにぃ」
「オオカミも犬ですから。愛情表現ですわ」
「そうなの?」
「さぁ? 犬は飼ったことありませんから知りませんわ」
「適当~」
といった感じで、夜の訓練を楽しんだのだった。
ちなみに、食後の良い運動にもなったので――
「お腹がちょっと楽になりました師匠」
「食べ過ぎ注意だぞ」
と、おへそを突っつかれて、ちょっとくすぐったかったです。
えへへ。




