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~卑劣! 経験値を得ただけでレベルがあがる優しい世界ではない~

 用件は済んだ、というか学園長がどこかへ行ってしまったので、学園校舎から帰ることにしたのだが……


「師匠」

「なんだ?」


 パルが呼んできたので彼女の顔を見ると、なにやら言いたいことがある様子。またワガママでも言いたいのか、それとも欲しいものでも出来たのか。

 と、少し身構えたのだが。

 意外な『お願い』だった。


「サチのところに行ってもいいですか?」

「ん? なにか用事か?」

「特に用事があるわけじゃないんですけど、夕飯いっしょに食べようって約束したので」


 ふむふむ。

 ちょっとした、遊び、みたいなものか。なにより、サチと一緒にごはんを食べられる機会は残り少ない。

 パルにとっては初めての仲間であり、初めての友達だ。

 大切にしたい気持ちは充分に理解できる。


「いいぞ。良かったらいっしょに食べようって伝えておいてくれ。いや。俺がいない方がいいか。おまえ達だけで食べた方が楽しいだろ」

「そんなことないですよ師匠。サチも師匠のことは嫌ってませんよ、たぶん」


 たぶん。

 うん。

 俺もそう思う。たぶん。

 いまいちサチって思考が読めないんだよなぁ……嫌われてはないと思うんだけど、なんかこう、確信が持てない。


「ルビーも来る?」

「わたしがいると行動が制限されてしまうでしょ? 夜まで自由行動ができませんわ。闇の腕輪が完成したあかつきには、お邪魔させてもらいます」

「分かった。じゃぁいってきます」

「気を付けろよ」


 と、走り去っていくパルを見送った。


「う~む、精神的成長かなぁ」


 親離れというか、師匠離れというべきか。

 パルは、言ってしまえば育児放棄されていたのと変わらない。そういう意味では、保護した俺にべったりというのも理解できる状況ではあったのだが。

 サチという友達のおかげか、はたまた彼女自身の成長か。

 喜ばしいことではあるのだけど……


「師匠さんとしては、ちょっぴり寂しかったり?」

「まぁな。だが、俺にべったり寄り添ってても見聞は広がらないし、強くはなれない。あれくらいで丁度いいさ」


 パルがいない、ということで好都合なこともある。


「ルビー。宿に戻ったら、ひとつお願いがあるが聞いてもらえないだろうか?」

「なんでも言ってください。無理難題でもやり遂げてみせますわ」

「そいつは頼もしい」


 肩をすくめ苦笑する俺を見て、ルビーはくすくすと笑いながら影の中に沈んでいった。

 便利なのか不便なのか、良く分からない能力だ。

 この状態で、あらゆる方向から光を当てて影を消したらどうなるんだろう? と、気になったが、影を完全に消すのは不可能か。

 なにせ、肉体の内部も影に違いないわけで。

 口を開けたところで喉の奥には光は届かないし、歯の裏や舌の裏にも影が発生している。

 無敵な隠れ場ってことだな。

 なんてことを考えつつ、学園校舎を出て宿まで戻ってきた。宿の主であるルールさんに、もうしばらく滞在することを伝え、多めに追加料金を先払いしておく。

 お金には余裕があるのは確かだが、それでも無駄に浪費はしたくないものだ。嫌がらせで持たされた宝石の類を換金したお金は残っているので、使い切りたい気分もあるが。


「そういう訳にもいかなくなったなぁ」

「なにがですの?」


 部屋に入ると、影から出てきたルビーが俺の独り言に反応した。


「お金だ。全部使い切るつもりでいたんだが、パルだけでなくルビーもいっしょとなってくると、無駄遣いもそこそこにしないとな」

「ふ~ん。お願いってそれですか? 仕事をするつもりなのかしら」

「いや、お願いは別」


 そう言いながら俺はルビーに対して半身になり、ナイフを構えた。


「お願いの内容は簡単だ。俺と戦ってくれ、ルビー。条件は周囲のお客さんに迷惑になるので、一切音を立てないこと。可能か?」

「無理難題でもやってみせる、と言ったばかりですわ。いつでも、どこからでも、お好きにどうぞ」

「助かる」


 スッ――と息を吸い、俺は音もなくルビーへと肉薄する。身長差がある彼女の目線と自分の前傾姿勢における視線がかち合った。

 意を見せる。

 右のナイフによる斬撃。

 だが、それは『虚』であり、『実』は左手による殴打。

 ルビーの視線はナイフを見るが、それよりも防御行動にうつる指が俺の拳を受け止めた。まったくもって嫌になるが、全力で殴りつける俺の拳をルビーは人差し指で止められている。衝撃すら、ルビーの腕を貫けない。

 彼我には体重差が存在するはず。

 俺が押せば、必ずルビーの身体は動くはずだ。

 なのに拳はルビーの人差し指から動かない。引くことはできても、押すことは欠片の可能性も感じられなかった。

 まるで巨大な壁をひとりで押している気分。

 ならば――

 俺はもう一歩、踏み込んだ。ルビーの足の間に自分の右足を踏み入れ、まるでもつれるように彼女の身体に体当たりを慣行する。

 肩を当て、そのまま身体を起こした。膝でルビーの股を持ち上げるイメージでナナメに飛び上がる。

 さすがにその行動は予想外だったのか、ルビーの身体は持ち上がった。だが、俺の肩を基点とするようにトンと飛び上がると、そのまま前回りをするように俺の後ろへと着地する。

 音はしない。

 着地の音はしなかった。

 むしろ――

 反転し、俺の蹴り上げる足が空気を裂く音のほうが大きいくらいだ。

 ルビーの着地を狙ったまわし蹴りだが、それを彼女は屈んで避ける。と、同時に細くしなやかな足が俺の軸足を刈り取った。

 スパン、と小気味良い一撃に俺の身体は空中に浮く。


「っ!?」


 そのまま尻もちを付いてしまいそうになるが――なんとか体勢を入れ替えて両手両足で静かに着地した。

 そんな俺の無音着地に驚いたのか、ルビーが目と口を丸くしていた。でも、ニヤリと笑うと襲い掛かってくる。

 速い――と、認識できただけマシだった。まるで意趣返しのように、ルビーの右手のフェイントに引っかかり、左の拳をトンと脇腹に当てられる。


「一死、ですわ」

「ぐっ」


 もちろん拳は脇腹に触れただけなのでダメージはゼロ。

 しかし、本番ならばそれで死んでいた。肋骨が砕けるどころか、身体に穴が空いていても不思議ではないだろう。

 まだまだ、とばかりに俺はルビーの腕をパンと打ち払い、バックステップ。距離を取ろうと後ろへ下がるが、それ以上の速度でルビーは詰め寄ってきた。


「ふふ」

「うお!?」


 両肩、両肘、みぞお、へそ、に立て続けてタッチされる。


「二死」


 防げない。

 見えているが、虚と実を織り交ぜられ、ガードできなかった。

 ルビーの攻撃はまだ続く。

 太もも、両膝、脛、と蹴られた。もうこの時点で俺の足はズタズタになっていることだろう。

 下半身は死んだ。

 というわけで、トドメがきた。


「はい」

「うわっ!?」


 体勢を整えようと一呼吸入れたかったが、再び足を刈られ、身体が空中に浮いたとろこの腕を掴まれる。

 そのまま空中を弧を描くように投げられ――


「三死ですわ」


 ベッドの上に静かに叩きつけられた。

 いったいどういう原理になっているのやら。ベッドは軋むことも、布団が乱れることも、音すらさせずに俺の身体を受け止めてくれた。

 たぶん地面の上だったら死んでたんじゃないか。なんかそんな気がする。


「さすがですわ、師匠さん。三回しか殺せませんでした」

「はぁ……何回殺すつもりだったんだ?」

「九回ほど」

「防げたのは六回か。ちなみに、どれくらい力を抑えててくれたんだ」

「音を出してはいけない、という条件に注力していたので……二割ほどの力だったでしょうか。音を出してよければ、もう少し強くできますわ」


 二割。

 二割でさえ、三回殺されるほどの力量差かぁ……

 ひとりでは勝てないということは重々承知しているが、それでも四天王レベルがこの強さ。どう考えても、勇者パーティには荷が重い。

 勇者も戦士も、俺より遥かに強いのは分かっている。戦い方も違うし、装備品だってぜんぜん違う。

 剣という武器があれば、盾という防具があれば。

 結果はまったく違うものになるだろう。

 だが――

 それでも、ルビーに敵わないのは明白だった。

 まったく。

 どんな作戦を立てれば、このレベルの魔物に勝てるのやら。

 ましてや魔王はもっと強いんだろ?

 人類に勝てる見込みなんて、本当にあるんだろうか……


「どうしました、師匠さん。別に落ち込むことはありませんよ。充分に強いのですから」

「ありがとう」


 ベッドの上に大の字に倒れ込む俺を、ルビーが覗き込んできた。

 そんな彼女の頭を撫でてやる。

 ルビーは嬉しそうに目を細めた。


「師匠さん、お礼をしてもいいですか?」

「ルビーがするのか? 頼んだのは俺のほうなのに」

「いいんです。はい、ちゅ~」


 と、ルビーは俺の頬にキスをした。ちなみに逃げようと思ったが、がっちりホールドされて、ビクともしなかったのを報告しておく。

 ほっぺたで良かったぁ~。


「うふふ」


 まぁ、この程度で喜んでくれる吸血鬼で良かった。

 と、思うべきなのだろうか。

 それはともかくとして――


「もうひとつ、頼まれてくれるかルビー」

「ない、なんでも言ってください。無理難題でも、いくらでも。もちろんお礼はさせていただきますが」

「やっぱりそっちがお礼をするのか」

「えぇ。ひとつ信頼をして頂けた証ですので」


 楽しそうに笑うルビーに。

 俺は肩をすくめて苦笑するのだった。

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