~卑劣! それはそれとして、やる事はちゃんとやろう~
確証は無いが、それでもどうやらナーさまは救われたらしい。
「ど、どうなった? ナーさまから返事ないのか?」
こちらから確認できるのはサチの様子だけ。
なにやら物凄い『神の威光』みたいなものが弾けるように溢れだしていたが、それがようやく落ち着いたところ、ナーさまはどこかへ連れていかれたらしい。
いったい天界はどういうところなのか、まったくもって分からないので何が起こっているのかも想像も想定も予想もできない。
神官であるサチに聞いてみるしかない状況だ。
「…………なんか、大変なことになってるみたいです。……あとから連絡するって」
「連絡?」
「……お告げ?」
なんかこう、小神だったせいか、それとも信者がサチひとりだったせいで、神さまとは思えないフレンドリーさだ。
そもそも神官であっても、そうそう簡単に神さまから言葉をもらえるわけではない。勇者でさえ、常に光の精霊女王ラビアンさまの加護があるにも関わらず、いつも言葉をかけてもらっているわけではない。
それを考えると、サチとナーさまの関係は神と信者というよりも友達のそれに近い。
「サチの身体は問題ない? なんかパワーアップしてるとかないの?」
パルに聞かれてサチは自分の身体を確かめている。
見た目には変化は無いが――
「……あまり実感できてないけど、魔力がスゴイ」
「ほへ~」
パルは楽しそうに、サチはすこし戸惑う感じで会話をしている。その様子を見るに、なにかしらの影響はあるものの大丈夫そうだ。
「それにしても師匠さん」
「なんだ?」
ルビーの紅の瞳がキラキラと輝いていた。怪しく金色の輪や猫の目のような瞳孔が出てないだけマシなのだが、いかんせん魔力のこもった視線なので、怖い。
「わたし、感服しました。たったひとつのアイデアで世界をひっくり返すほどの効果を発揮する。発想の転換、発想の天才、あぁ~。師匠さんこそ、世界の王にふさわしいですわ!」
「それは魔王と同列という話か?」
「いえいえ。魔王さまより上です。きっと『勇者』と呼ばれる存在は師匠さんにこそ相応しいものだと思います。天界の神さまたちは見る目がありませんわね」
あ、いえ、元勇者パーティの一員です。
見る目抜群ですよ、さすが神さま。
なんて言えるはずもなく、俺は肩をすくめておいた。
「それよりルビー。ひとつ聞きたいんだが?」
「ひとつと言わず、なんでも聞いてください」
「あ、はい」
魔王のことを聞いてもすんなり教えてくれそうだな……いや、まだだ。あせるな、俺。あせってなにか疑われたら、そのまま死につながりかねない。
もっとじっくり確実に、それこそルビーを本気で魔王を裏切らせるまで、着実にいこう。
「ルビーの当初の予定ではどうするつもりだったんだ? 今の状況は俺の思い付きが上手くいっただけだ。なにか策があったんだろう?」
「はい。子どもたちに真似事をさせるつもりでした」
まねごと?
と、俺はオウム返しに聞くと、ルビーはくすくすと笑う。
「無垢で無邪気な子どもは、大人のマネをします。いわゆる『ごっこ遊び』ですわ。おままごとが、その最たる例でしょうか」
「なるほど。お祈りごっこをやらせるつもりだったのか」
話が早いです、さすが師匠さん、とルビーが優しく褒めてくれた。
ありがとう。
この年になるとなかなか年上の人から褒められないので、ちょっと嬉しい。やはりロリババァは素晴らしいな。
そう。
こんなに小さくて可愛いのに、俺より年上なんだぜ?
「ちょっと皇女さま風に褒めてくれ」
「あ、はい。よしよし、わらわは聡い畜生は嫌いじゃが、おぬしのことは好きじゃぞ。褒美を取らす。今晩、わらわと床を共にすると良い。かっかっか! こうでしょうか?」
「いや、そこまで求めていない」
「えー!?」
ルビーが驚いた表情で声をあげた。
吸血鬼もこんな表情を見せるんだなぁ。
いやいや、そんなことより――
「ナーさまについてだが。今の状況は反則的に上手くいった状態だ。このままでも問題は無いと思うが、その補強はやっておいた方がいいんじゃないか?」
さすがに信者がひとりのまま、というのは問題だ。
裏技的な方法で延命というかパワーアップした感じなので、せめてルビーの言った子どもの『ごっこ遊び』は実行しておいたほうが良い気がする。
「そうですね。神官がひとりだけ。それも正式に祈りを捧げていない、という状況はアンバランスでもありますし、天界でどういう判断がくだされるか分かりません。反則的な方法で大神入りを果たすナー神を認めるとは思えませんからね。お祈りごっこを少しは普及……ではなく、布教させたほうが良いでしょう」
ルビーも同じ考えのようだ。
そうと決まれば手早く行動に移そう。
「サチ、動けるか?」
「……はい、問題ないです」
「よろしい。パル、情報収集だ」
「はい、なにを調べたらいいですか?」
「サチといっしょにこの学園都市で子どもが集まる場所を調べてくれ。公園でもいいし、街中でもいい。普段、子どもが集まって遊んでる場所を調べてこい」
「了解です!」
「……分かりました!」
元気に返事をするパルに追随してサチも力強くうなづく。
「ルビーは学園校舎でナーさまのエンブレムを作ってくれる人を当たってくれ。この際、材質はなんでもいい。さすがに彫像まで作るには神殿が必要だろうから、エンブレムだけで充分だろう。サチから聖印を教えてもらってくれ」
「承知しましたわ」
ルビーは優雅に目を閉じながらうなづいた。
よし、解散――と、俺が声をかけようとした瞬間。
「師匠はどうするんですか?」
と、パルに質問された。
う~む。
あまり言いたくなかったのだが……特にパルには知られたくなかったのだが……仕方がない。
「俺は孤児院に行ってくる。たぶん、学園都市にもあるだろう」
「あっ……はい、頑張ってください!」
「うん」
問題ないと言えば、問題ない話だ。
別にパルは孤児院を嫌ってるわけじゃぁない。あくまで、あの少年たちを嫌っていただけで、孤児院を否定しているわけではない。
それでも。
なんとなく、孤児や孤児院といった言葉はパルの心に引っかかりがある。影響とまでは言わないけれど、それでもあまり触れたくはない物だろう。
そう思っているので、それこそ聞かれなければ答えなかった。
でも――
「師匠、そのあとはどうしたらいいんですか?」
「情報を集めたら、この部屋に集合だ。夜になって俺が戻らなかったら宿に帰っていいぞ」
「分かりました! サチ、行こう!」
「……待って。ルビーさんに聖印を教えなきゃ」
「そうだった!」
パルは元気だ。
多少の心の引っかかりはあるが、それでも問題なく行動できている。
いつか――
パルが孤児院を救えるような行動が出来ればいいな。
と、そう思う。
「……これが聖印です」
「三角形とは珍しいですね。ですが、より『ごっこ遊び』感が出て良いかもしれません。本気だと子どもが萎縮してしまいますので。なにごとも遊び感覚が一番です」
「……ありがとうございます、ルビーさん。その、魔物なのに」
「ふふ。サチはいい子ですわね。さすがナー神の信者。あたまを撫でてあげましょう」
「……あ」
ルビーは少しだけ踵をあげて、サチの頭を撫でた。
うーむ。
少女同士が仲良くしている光景は、やはり良いものだ。しかも頭をなでているルビーのほうがサチより身長が低いところがポイントだな。うん。
「もういい? サチとあんまり仲良くしないでよ、ルビー。あたしの友達なんだから」
「あら、わたしもサチと友達になりたいですよ? いいですか、サチ」
「……うん」
「えー!? もう、サチってばいい人すぎるよ。吸血鬼だよ。こわいよ。師匠より強いんだからね!」
「……でも綺麗」
「あ~、分かる。見てると心が華やぐ……って、なにするんだ離せルビー!」
ルビーは後ろからパルを抱きしめた。
良い。
黒髪ロングの美少女が嫌がる金髪美少女を後ろから抱きしめている。
黒と金色のコントラスト。
美しい。
ララ・スペークラよ。
ドワーフの少女好き芸術家さまよ。
できれば、この光景を彼女に一枚の絵画として、もしくは彫像として永遠に残る形にしてもらいたかった。
今は俺の目に焼き付けよう。
それが今の俺にできるすべてだ。
うん。
「うふふ。そう思っていただけるのでしたら、ぜひともパルとも友達になりたいと思いまして」
「やーめーろーよー!」
「いいではありませんか、いいではありませんか」
あぁ~。
美少女同士がイチャイチャしてる!
いやぁ、勇者パーティではついぞ見れなかった光景だなぁ。賢者と神官、ふたりは勇者のことが好きだったものだから、どこかギスギスしてた感があった。
パルはまだルビーのことを認めていない感じだが、それでも本気で嫌っているわけではない。
表面上だけ仲良しを演じていた賢者と神官とは大違いだ。
まったく――
最高だな!
「ほれ、遊んでないで行動だ。ナーさまがみてるぞ」
「「「はーい」」」
少女たち三人の返事に、俺はにっこりと笑って――もしかしたらニチャァアって気持ち悪く笑ってたかもしれない――それぞれの仕事に取り掛かるのだった。