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~卑劣! いつかディスティニーで朝食を~

 なにもしない、という怠惰で贅沢な一日を終えて。

 翌日の朝がやってきた。

 日の出と共に目を覚ませば、ルビーの姿はない。寝る時に俺の左側にもぐりこんで来たはずなのだが、どうやら影の中に沈んだようだ。

 その影の中に入るスキルは、どういうものなのか。俺が自由に移動したところで問題ないのは初日に分かっているのだが、制限みたいなものがあるのか無いのか、気になるところ。


「俺の影からパルの影に移動する、みたいなことは無理なのかな」


 影から影へ、沈んだ状態のまま移動する。

 なんてことが出来るのであれば、それこそルビーは自由に移動できる存在となるが……やはり、そう都合良くはいかないのだろう。なにより、そこまで自由があれば、魔王の暗殺など簡単に実行できるはず。

 魔王暗殺は不可能だとルビーは言っていたので、そこまで便利なスキルではないのだろう。

 それでも、『影入り』は盗賊職向けのスキルだ。

 加えて『眷属化』も、どう考えても盗賊における諜報活動に最適と言える。他にも姿を変化させたり、霧になったりと役に立つものばかり。なんなら鏡に映らないことすら利用できるかもしれない。

 吸血鬼が盗賊職に最適だとは思いもよらなかった。まぁ、当たり前の話だが。というか、盗賊とかやらずに真正面からすべてを破壊できる能力があるので、コソコソと卑劣に動き回る必要がない、というのが本音ではある。


「んぅ……おはようございます、師匠」

「おはよう、パル。朝ごはんは何がいい?」

「あたし、生クリームたっぷりのケーキがいいです」

「却下だ」

「じゃぁサンドイッチ」

「了解。買ってくるから、顔を洗って歯をみがいて、ちゃんと髪を整えとけよ」

「は~ぃ……くぁ~」


 大あくびをするパルの頭をぽんぽんと軽く叩いてから俺は宿を出て、近くの屋台でサンドイッチを買う。

 俺はタマゴたっぷりのサンドイッチと野菜とハムのサンドイッチのふたつ。パルのはチキンたっぷりのがっつり系サンドイッチとケーキが食べたいって言ってたので、お菓子系のフルーツサンドを買った。


「朝から売れるとは思わなかったよ。用意しとくもんだねぇ」


 あっはっは、と笑うおばちゃん。

 俺も朝からケーキを食べたいなんていう弟子を持つとは思わなかったよ。


「なにかおススメの飲み物は無いかな?」

「それなら、あっちに牛乳屋がいるよ。フルーツ牛乳がおススメだね」

「なるほど。ありがとう」


 サンドイッチ屋のおばちゃんにお礼を言って、教えてもらった牛乳屋さんでコーヒー牛乳とフルーツ牛乳を買ってみた。


「牛乳に混ぜ物とは……さすが学園都市」


 いろいろな文化が集まるからこそ生まれた飲み物か、もしくはどこか遠くの国で流行している飲み物なのか。

 それは分からないけど、美味しい物が流行する分には多いに結構。

 ありがたく、いただくことにしよう。

 サンドイッチと牛乳を持って宿の部屋に戻ると、パルはちょこんとベッドに座って待っていた。


「あ、おかえりなさい師匠」


 ちゃんと目が覚めているようで感心かんしん。

 はてさて、我が愛すべき弟子は、もう一度盗賊らしくギラギラと尖った寝起きに戻れることはあるんだろうか。少しばかり心配だが、そこは考えないようにしよう。

 寝起きの悪い盗賊がいたっていいじゃないか。

 そう思う。


「わー、ケーキみたいなサンドイッチ! 師匠好き!」

「知ってる」

「愛してる!」

「俺も」

「いただきます!」

「あ、はい」


 色気より喰い気……花より団子、というやつかなぁ。スルーされた悲しみは、心の奥にあるゴミ箱に捨てておこう。

 というか、こいつチキンサンドより先にフルーツサンドを食べやがったぞ。恐ろしいな。どうなってんだ、味覚。鋼の舌を持ってるのかもしれん……って、そういえば路地裏で生きてたんだったな。持ってたというより獲得してしまったと言ったほうがいいのかもしれん。


「ふむ、美味しいな。さすが熟練っぽいおばちゃんだ。素晴らしい」


 タマゴがふわっふわの絶妙な加減で焼かれており、食べ応えも良い。値段のわりに分厚いし、具がたっぷり。これは優良店だ。


「牛乳も美味しい……平和だと、こうなっていくのか」


 魔物の危機が少ないと、それだけ動物の飼育や植物の採取が容易になる。それに商人も護衛を雇う必要もなく、安く運搬ができるので、それだけ物が安くなる。

 それを考えると、やっぱり魔物がいない世界っていうのは素晴らしくなるのは確実だ。

 こういう美味しいサンドイッチや牛乳が、どこの国でも、どこの村でも、どんなに小さな集落でさえも食べられるようになればいいな。


「ルビー」

「呼びましたか、師匠さん」


 俺の影からずる~っと出てくるルビー。昨日まではドレスのような服だったが、今日はパルと同じようなホットパンツにオーバーニーソックス。漆黒にも見える黒い衣服に白い肌がコントラストになって栄える。

 あまり肌は露出したくないのか、ぴっちりとした長袖と首まで覆う上着は、どことなく鎧の下に着こむ下着を連想させた。


「おまえも食べるか?」


 吸血鬼の食事といえば吸血だが……

 果たして朝から人間の食事は食べるのだろうか?


「いいんですか? いただきます」


 どうやら普通に食べるらしい。ルビーの紅い瞳がパっと輝いたので、美味しい物を美味しいと感じる感覚は、人間種と変わらないようだ。

 それは吸血鬼という種族だから、だろうか?

 それとも、魔物全般に言えることなんだろうか……


「魔物もサンドイッチを食べるんだな」

「えぇ、普通に食べますよ。人間は良い料理を作りますから、たくさん領地にいましたわ」

「そうなのか」


 魔王領では人間に料理を作らせていたのか……?

 しかし、やはり味覚も同じか。

 グルメなゴブリンとか、手に持った首で料理を食べるデュラハンとかいたのだろうか? 前者はともかく後者は少し見てみたい気がしないでもない。


「人間の料理は好きです。でも、一番は師匠さんの血ですけど。きゃ、言っちゃった」

「むっ。師匠の血だけが目的なのルビー?」

「いいえ。いいえ、パル。わたしを見くびらないでくださいませ。血を愛すということは、心まで愛すということ。師匠さんが死ねと仰られるなら、いまここで自害するくらいの愛はあります」

「それは本当に愛なんだろうか?」


 俺はため息を吐きつつ、サンドイッチをそれぞれ三分の一くらいちぎってルビーにあげた。


「ふ~ん。あっ、あたしのもあげる~。これ、美味しいよ!」

「まぁ!」


 ルビーが驚いていたが、俺も驚いた。

 あのパルが!

 あの食いしん坊のパルが!

 他人に、それもルビーに食べ物をあげるなんて。


「弟子の成長というのは嬉しいが、精神的な成長も嬉しいものなんだなぁ」


 コーヒー牛乳が、甘いぜ……!


「というか、意外と仲良しになってるんだな、ふたりとも」

「パルを殺してしまっては師匠さんに嫌われてしまいますので」

「師匠を取られちゃったらどうしようって思ったけど、師匠はあたしにラブだったから大丈夫だ~って思ったから」

「……どこで安心したんだ、おまえ」

「お風呂」

「……あ、はい」


 そうですね、そうでしたね。

 なんか、それで安心されても困るんだけど、安心しちゃったものは仕方がないし、なによりルビーにケンカを売られるのは、こっちとしても心臓に非常に悪いので、是非とも仲良くしてくれるのは、たいへんにありがたいと思います。

 いや、魔物と仲良くするってどうかと思うけど。

 しかも吸血鬼であり、魔王直属の部下だったらしいし。


「美味しいですね、これ。驚きです」

「でしょう。フルーツ牛乳も飲んで飲んで」

「えぇ、いただきますわ……まぁ、甘くて美味しい!」

「魔王領って美味しいものあったの?」

「人間に作らせていましたが、ここまでの料理は食べたことがなかったです。材料が違うのと、やっぱりモチベーションでしょうか。鶏肉って美味しいんですのね」


 そのあたり、深く聞いて情報収集をしたのだが――さすがに勇者パーティの一員だったことをルビーに知られるのはマズイよな。

 なにより勇者に情報が漏洩する可能性があるのだ。

 それが発覚した場合、ルビーの中でどんな判断が下されるのかは想像もできない。

 俺に惚れたとも言っているし、魔王を殺すことも厭わない発言があったが……だからといって、その考えがひっくり返らないとも限らないわけで。

 俺が勇者パーティの一員だったことを知っても尚、果たしてルビーは俺を好ましく思ってくれるのかどうか。

 なんだろう……そのへん、まったく自信が持てない。

 勇者だったら、こういう時どうするんだろうなぁ……魔王のことを根掘り葉掘り聞いて、それでもルビーの心を捕らえて離さない。

 あいつは、すげぇヤツだから。

 それぐらいはやってのけそうだ。

 もっとも――

 賢者と神官の好意は苦手だったみたいだけど。


「ま、おいおいだな」

「なにか言いました、師匠さん」

「いや、なんでもない。食べたら学園に行くぞパル」

「なにしに行くんですか?」

「昨日の今日で腕輪の進捗は進んでないだろうからな。サチにでも会ってみよう」

「はーい」


 というわけで、美味しくて平和で有意義な朝食タイムだった。

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