表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

170/938

~可憐! かくれんぼは浮気の言い訳?~

 夜中に目覚めたあたしは、テーブルの上に一枚のメモが残されているのを発見した。

 そこに書いてあったのは師匠からの一言だけ。

『俺を探せ』

 と。

 メモの真ん中あたりにシンプルに書いてあった。


「俺を探せ……って、かくれんぼ?」


 あたしにとって孤児院で暮らしてた事実は存在しないんだけど、忘れちゃって覚えてない記憶でもあるんだけど……それでもまぁ頭の片隅の鍵をかけて開けなくした引き出しの中に、孤児院にいるときにかくれんぼをしていた人たちを見ていた、って記憶がある。

 かくれんぼ。

 単純に隠れて見つからないようにする遊び。

 もしくは、隠れた人を見つける遊び。

 あたしは参加しなくて良かったなぁ、って思う。ぜったい鬼にされて、見てないところでバカにされてるんだ。

 それか、あたしが隠れてるのにみんなで共謀してかくれんぼを終わりにして、いつまで経っても隠れっぱなしにされてしまう。

 それでみんなしてあたしをいつまでも隠れたままと笑いものにするに違いない


「う、ぐ、ぅぅ」


 自分で考えて、自分で落ち込みそうになってしまう。

 ニセモノの記憶に押しつぶされそうな気分になった。

 だから、あの頃の記憶の引き出しを開けるのは嫌なんだ。

 忘れろ。

 忘れてしまえ。


「……考えない考えない。よし、師匠を探すぞー」


 努めて、あたしは嫌な思いと考えを頭の中から追い出した。

 奮起するために、拳を作って振り上げる。

 誰も見てないけど。

 それでも、ポーズっていうのは重要で、ちゃんと気分を切り替えられるから大事だよね。

 師匠が言っていた。


「やる気なんて物は存在しない。やる気はやってから出せ」


 って。

 つまり、気分なんていうものは行動によって変わるってことだ。落ち込んでるフリをしていたら、本当に落ち込んでしまう。

 だから、ポーズって大事。

 戦う時も、カッコいい構えとかすると気分が上がるし。まぁ、そんなことにこだわってると死ぬけど。

 ほどほどがいいよね、ほどほどが。


「よし」


 落ち着いた。

 大丈夫。

 とりあえずあたしは師匠の残したメモを持って宿の部屋を出た。

 時間はまだまだ夜中で、星明りが窓から差し込んでる。シンと静まり返った宿の廊下を歩いていくと、何人かの気配を感じた。

 もちろん泊まっているお客さんの気配だ。

 まさかそんな部屋の中に師匠が隠れているわけがないので、あたしはさっさと廊下を歩いていき、受付のあるロビーまでやってきた。


「すいません」

「おや、お嬢さん。こんばんは」


 受付にいた宿の店員のおじさんにあたしは聞いてみることにした。

 盗賊の基本のひとつ『情報収集』。

 そして情報収集の基本が、聞き込みだ。


「こんばんは、おじさん。あたしの師匠……えっと、エラントを見ませんでしたか?」


 エラント――

 んふ。

 師匠のこと、呼び捨てにしちゃった。

 えへへ、なんとなく家族みたい。

 とりあえず、師匠の特徴をおじさんに説明した。


「あぁ、旅人の姿をされた方ですね。その方でしたら少し前に宿を出ていかれましたよ」

「外ですか。えっと、どっちに行ったか見てませんか?」


 右か左か真っ直ぐか。

 それだけでもヒントになるかもしれない。


「残念ながらそこまでは見ておりませんねぇ。申し訳ない」

「そうですか」

「なにか問題でもありましたか?」

「あ、いえいえ大丈夫です! ちょっと師匠を探してきますね」

「はい。あぁ、お嬢さん。学園都市と言えども、夜には危険な場所もありますから。充分に注意を」

「はい、ありがとうございます」


 あたしはおじさんにお礼を言ってから宿を出た。

 空を見れば、やっぱりまだまだ夜中で。星は明るく光っているので、夜明けまでは時間はたっぷりとありそう。

 朝が来るには、もうちょっと時間がいると思う。


「すぅ……はぁ……よしっ」


 あたしは少しだけ深呼吸した。

 お腹いっぱい食べたし、ベッドで眠ってたので元気いっぱいだ。今すぐにでも全力で動けるので、師匠が走って逃げても大丈夫。


「そういえば……」


 あたしは改めてメモを見てみた。


「制限時間とか書いてないや」


 師匠を探せってだけで、いつまでに、とか、そういうルールが書いてない。もしかしたら師匠を発見するまで永遠と続く可能性もあった。


「う~ん」


 きっと闇雲に探したところでぜったいに見つからないと思う。

 なので、盗賊らしい行動が求められているはずだ。

 だから――


「まずは盗賊ギルドへ行ってみよ――はっ!」


 そういえば、と思い出した!

 今日のイークエスの事件でいっしょになったタバコを作ってた有翼種のお姉さん。お姉さんっていう年齢じゃないけど、あたしより上だから……先輩だ。

 有翼種の先輩!

 あの人と師匠が、なんかイイ感じで冗談を言い合っていたよね!?


「ベッドの上とかなんとか!」


 も、もも、もももも――

 もしかして――!


「師匠ってば浮気してるのかも!?」


 と、あたしは思わず叫んでしまった。

 だってだって、しょうがないじゃないか。

 大好きな人があたしより別の人を選んだ可能性があるんだから。


「あぅっ」


 で、あたしがそんな声をあげたものだから、通りがかった人にジロジロと見られた。

 うひぃ、恥ずかしい。

 というわけで、あたしは宿の前からそそくさと逃げ出す。

 とりあえず盗賊ギルドで聞いてみよう。

 なにより、ホントに浮気してたら太ももくらいは刺していいよね。

 師匠は強いからそれくらいじゃ死なないと思う。

 うん。

 刺そう。


「タバコの先輩って小さくて可愛かったもんなぁ……うぅ、裸を見たから分かる。師匠の好きなタイプだ……」


 師匠はロリコンだから、って安心なんて出来ない。だって、可愛くて小さかったらみんなオッケーかもしれないもん。

 師匠に言い寄ってくる相手にあたしがワザとロリコンだって言ってるのは師匠を独占するためだ。

 なんかもう最近は先手を打たれて師匠に邪魔されてる気がする。

 さすが師匠。

 強いし、好き。


「あ、いやいや……」


 ついつい師匠のカッコ良さに心がもっていかれちゃう。むぅ。

 師匠に近づいたのは、盗賊技術を教えて欲しかったから。ひとりで生きていく力を欲しかったから。

 路地裏から脱出したかったから。

 でも。

 あたしは自然と師匠を好きになっちゃった。

 強くて凄いってところに惹かれてたんだけど、それ以上に師匠はめちゃくちゃ優しかった。

 あたしがどんなに失敗しても許してくれるし、丁寧に技術を教えてくれる。

 それに……あたしを好きだって言ってくれるから。

 それだけで、嬉しかった。

 あたしを必要としてくれるのが分かったから、それだけでも充分だった。

 でも。

 それだけじゃ満足できなくなっちゃった。

 好きだって、師匠に伝えるだけじゃ、不安になってきちゃったんだ。

 だから。


「本気で好きだもん」


 あたしはそうつぶやきながら、くちびるを尖らせた。

 分かってる。

 師匠は、まだあたしを抱いてくれるつもりじゃない。それは理解してる。だって、あたしの身体はまだまだ小さくて、大人じゃない。

 今はまだ。

 あたしはまだ、子どもだから。

 師匠はあたしのために誤魔化し続けてくれている。

 冗談も交えながら。

 冗句を言いながら。

 あたしを、傷つけないようにしてくれている。

 精神的にも肉体的にも。


「知ってるもん」


 師匠は優しいから。

 だから、だから――


「浮気、してるわけないか」


 師匠は優しい。

 とっても優しい!

 だから浮気なんてするはずがないんだけど……


「でも、優しいのってあたしにだけじゃないよね」


 サチに対しても優しかったし、なんならイークエスだって殺してない。

 師匠の優しさは、全方位型だ。

 だから、その優しさを利用されて師匠の身体を狙ってくる女がいないとも限らない。


「で、でもでも、それくらい師匠なら見抜いているはず。だって、師匠は凄いんだから」


 大丈夫。

 師匠は浮気なんて……しない……はず……?

 う~ん。

 でもやっぱり不安!

 なので、盗賊ギルドに突撃だ!


「ぜったい見つけてやるんだからね、師匠!」


 浮気調査だ!

 まずは情報収集から始めよう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ