~可憐! 公衆浴場で気持ちよくなろう~
「ねぇねぇ、おじさん」
「お、なんだいなんだい可愛いお嬢ちゃん。アクセサリーなら安いのは3アルジェンティからあるよ。オレがもうちょっと若けりゃ、お嬢ちゃんにプレゼントしたいくらいだな」
「ホント? 嬉しいなぁ! でもでもそうじゃなくって。公衆浴場に行くにはどう行けばいいのか教えて!」
「おっと、お客さんじゃないのかぁ。ま、いいぜ。お嬢ちゃんの可愛さに免じて教えてやろう。へへ、今度はおじさんと一緒に入ってくれよお嬢ちゃん。楽しみにしてるぜ」
「ダメだよぉ、おじさん。女風呂におじさんが入ったら捕まっちゃう。洗ってあげられなくなっちゃうよ」
「だっはっは、そりゃそうだ!」
と、その辺にいた商人のおじさんに聞くと、親切に教えてもらった。
公衆浴場の場所!
情報、ゲットだ~!
「……よくあんな会話できるわね、パルヴァス」
「え、簡単だよ?」
「……」
「え? なんか違った?」
「……なんでもないわ」
と、サチは肩をすくめた。
なんだろう。
あたし、何か間違ってた?
それはともかく。
サチとふたりでおじさんに教えてもらった通りに移動すると――
「おぉー!」
公衆浴場が見えてきた!
一般家庭にお風呂があるっていうのは、実は物凄い贅沢な話らしくって。もちろんあたしは孤児だったし、しかも路地裏で生活してたからお風呂ってぜんぜん縁が無かったのでジックス街では近づきもしなかったんだけど。
師匠が借りた黄金の鐘亭の部屋には備え付けのお風呂があった。
ついでに冒険者ギルドでもお風呂があったので、あんまりお風呂が貴重っていうイメージがあたしには無かった感じがする。
孤児院の記憶は思い出したくもないので知らない。忘れちゃった。
でもでも。
王都まで旅をしてきた中で、立ち寄ってきた村とか集落にはお風呂が無かった。
井戸で水を汲んできてタオルで身体を拭いたり、近くの川に飛び込んで水浴びするのが一般的な方法だった。
しかもサチに聞くと、
「……神官魔法で、身体を衛生的に保つ魔法があるわ。わたしはまだ使えないけど」
衛生魔法!
そんなのもあるらしい。
「それって気持ちいいの? ほら、お風呂って気持ちいいじゃない。衛生魔法も気持ちよくなれるのかなぁ」
「……たぶん、味気ないと思うわ。だって、気持ちよかったらみんな使ってるじゃない? ……神官魔法の中でも特殊な扱いになってて、あんまり知られてないわ。……ず~っと洞窟の中とか遺跡で何日も探索する冒険者が時々使う程度の魔法じゃないかしらね」
そっか。
魔法で済ましちゃうより、お風呂に入った方がよっぽど気持ちいいんだったら、無駄に精神力を消費しちゃうよりいいのか。
で、そんなお風呂事情は人々の生活に切っても切れないものだから。
大きな街だと必ずあるのが公衆浴場。
王都にもいっぱいお風呂屋さんがあるらしく、おじさんに教えてもらったのは王都で一番大きい公衆浴場だった。
白い壁の建物で、大きな煙突が特徴的。そこから煙がもくもくと出てて、いかにもお風呂屋さんって感じがする。
「おぉ、大きい煙突。ちょっと登ってみたいよね」
「……登らないでね」
「えぇ~。サチはそういう気分にならないの?」
「ならないわ」
キッパリと言われてしまった。
むぅ。
あたしが変なのかなぁ。
でも、煙突にはハシゴっぽいのが付いてるから、ぜったい登れるようになってる。掃除とかする時のハシゴなのかなぁ。
あの上から見渡したら、王都のお城とかが良く見えそう。
背の高い建物がいっぱいあって、王様が住んでるお城ってあんまり良く見えない。それがちょっと残念なので、やっぱりあの煙突には登ってみたい。
「……行くよ、パルヴァス」
「はーい」
サチに言われて、あたしはようやく煙突から視線を外した。
公衆浴場は住民の憩いの場所でもあるらしく、それなりに多くの人でにぎわってた。入口の近くには屋台も出てて、ジュースを売ってるっぽかった。
でも、男女比で考えると女性が圧倒的に多い。
やっぱり女の人の方が綺麗好きってことかなぁ。
「んお? あれ、何をしてるんだろ?」
上半身裸の女性……じゃなかった。サラシっていうんだっけ? 胸にぐるぐると包帯みたいなのを巻いただけの女の人が何人かいて、キセルでタバコを吸ってる。
ハチマキしてる人もいて、なんかカッコいい。
でも、冒険者っぽくないし、なんだろう?
女の人ばっかりで、男の人はひとりもいない。女性専用の何かなのかな?
「……バスハウス・アテンダー。お風呂でお世話をしてくれる仕事。……背中を洗ってくれたり、マッサージしてくれたりするわ」
「ほへ~、そんな仕事もあるんだ。せっかくだし、頼んでみる?」
「……パルヴァスは、わたしの背中を洗うのが嫌?」
「ん~ん、いっしょにお風呂に入るの好きだよ。サチは丁寧に洗ってくれるから好き」
「……だから、今日もわたしが洗ってあげる」
「ふひひ、ありがとうサチ。好き」
「……わたしも好き」
と、サチと仲良しを確認したのでバスハウス・アテンダーさんにお仕事を頼むのは、また今度にしておいた。
それでも珍しいので、アテンダーさんのことを見ながら公衆浴場に入ろうとすると――
「おい、お嬢ちゃんたち」
「は、はい!?」
目が合ったアテンダーさんに呼び止められた。
なになに?
仕事の催促とか?
「気を付けなよ、お嬢ちゃんたち。最近、中でスリが横行してる。そんなお金とか高価な物は持って無さそうだけど、注意しな」
「スリ……?」
つまり、中で盗賊が暗躍してるってことか。
それって、仕事中なのかな?
それとも無許可のモグリってやつなのかな?
「……大丈夫かしら?」
サチは自分の装備品を見てる。
神官服は新しくしたばっかりなので、これを盗まれちゃったら裸で帰ることになっちゃうし、困る。
あたしも師匠に買ってもらった装備品ばっかりなので、盗まれるわけにはいかない。シャイン・ダガーとか、聖骸布とか。あと、あたししか装備できないみたいだけど、ブーツも盗まれたら大変だ。
「よし、サチはあたしが守ってあげる。これでもあたし、盗賊だから」
「ほう。お嬢ちゃんは冒険者なのか?」
「あ、うんうん。サチが神官であたしが盗賊。男の子たちはお留守番だよ」
嘘だけど、そういうことにしておいた。
「なら、そこまで心配することじゃなかったね。ま、困ったことがあったら何でも言ってよ。あたい達はずっとここにいるからさ」
サラシを巻いたお姉さん達がにこやかに手をあげた。
カッコいい。
あと、なんとなく強そう。
「はい、ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
あたしとサチは頭を下げてから、公衆浴場に入った。
男湯と女湯にちゃんと別れてるみたいなので、あたし達はもちろん女湯のほうに移動する。
あたしだったら、ギリギリ男湯に入ってもいいかもしれないけど、さすがにサチは怒られちゃいそう。もう胸とか大きいし。
そういう意味では、サチの信仰ってギリギリなのかもしれないなぁ。
どこから大人で、どこまでが子どもなんだろう。
男湯に入れないから大人っていう判断は、神さまがしてくるんだろうか。できれば、サチの神さまにはずっとサチが子どもだっていう風に見て欲しいなぁ~。
なんて思う。
「いらっしゃいませ。入浴料はこちらでお払いくださいませ~」
女湯側の入口から入ると、そこにはちょっとしたカウンターみたいな受付があって、お姉さんがにこやかに挨拶した。
そこであたしとサチは、お姉さんにお金を支払う。
入浴料は分厚い銅貨三枚。
つまり――
「300アイリス……美味しいお菓子がふたつくらい買える……」
お菓子ふたつか、はたまたお風呂か。
むむぅ。
難しいところだよね?
「……お菓子に換算しないで」
「あ、はい」
サチに背中を押されて、あたしは脱衣所へと入っていった。
でも、あとでお菓子も食べたいし、さっきそこにあった屋台のジュースも美味しそうだったよね!