~可憐! 小さくて人形のような女の子~ 1
「――パ……ス、パルヴァ……パルヴァス、パルヴァス!」
「ほえ?」
ゆさゆさと身体を揺らされて、目が覚めた。
「ん~、サチ? もう冒険にいくの? まだ朝じゃないよぉ~」
「どうしてこんな時に寝起きが悪いの! 起きて、起きてパルヴァス!」
「――え?」
慌てるサチの声で、あたしはようやく意識が戻った感じになった。
え~っと?
確か、スレイプニルに襲われて――洞窟っていうか岩の隙間みたいなところに逃げ込んだんだけど……そこでイークエスが使った居眠り草の煙を吸っちゃったんだっけ。
あっ――
「思い出した! イークエスが裏切ったんだ……って、なんでサチは裸なの?」
サチは戒律で異性に肌を見せちゃいけなかったはず。
なのに、なんで脱いでるの?
「……パルヴァスも裸だから」
サチがジロリとあたしを見た。
だからあたしも、自分の身体を見ると……
「あれ!? ほんとだ。裸になってる……あ、でも……」
成長するブーツと聖骸布は付けたままだった。
たぶん眠っている間に装備品とか全部取られちゃったんだと思う。
むぅ、イークエスのエッチ!
でも――
聖骸布のリボンは分かるけど、どうしてブーツは脱がされてなかったんだろう? 成長するブーツって他人が脱がせようとしても反抗してくれるとか? もしそうだとしたら凄いかも。
――そういえば、ここどこ?
あの岩場かなって思ったらそうじゃないっぽい。
「ん?」
あたしは周囲を確認した。
牢屋とか、狭い部屋じゃなくって、なんか周囲が微妙に歪んでる。縄でしばられてる状態でもなかったので、自由に動き回れるんだけど、なんか狭くて丸い空間に閉じ込められてるみたい。
「なにこれ? なんかガラスみたい」
透明な壁っていうより、ガラスみたいなものが丸く取り囲んでいた。
入口っていうか扉とかそういうものが無くって、天井を見たら穴が空いてる。
上の穴から落とされた感じ?
「まるで瓶みたい……」
お酒とか飲み物が入れられて売られているガラス瓶。あれを巨大化したら、こんな風になるんじゃないかな。
手で叩くと、コツンコツンと音がする。
罠とか、魔法とかじゃなくって、本当にガラス瓶の中に閉じ込められた感じ。
そんな透明な壁の向こうには扉とかベッドがあって、燭台にろうそくが灯してある。
ゆらゆらと炎が乏しいせいで、あたしは夜と勘違いしちゃったのかもしれない。
それにしても――
「なんか、おかしくない? 遠近感っていうんだっけ。この透明なせいで狂ってる感じがする」
「……うん。なんか大きいんだと思う」
それだ、とあたしはうなづいた。
見えてる範囲で、扉はそれなりに距離があって離れている。
にも関わらず、巨大だった。
まるで巨人の住処に閉じ込められているような気分がしてくる。
ベッドだって巨大だし、そこにある毛布もどう考えても人間が作れる領域を遥かに超えた布の量で作られていた。
あんなのどうやって作ったんだろう?
巨人族がいても不思議じゃないけど、だからといってあんな大きな毛布やベッド、扉を作るなんて木がいくらあっても足りないはず。
あれかな。
お風呂の中で自分の指が長く見えたり大きく見えたりする現象。
瓶みたいな感じだけど、もしかしたら水が固まって作った魔法の檻だとか?
でもそれって氷だよね。
冷たくないし、違うのかも。
「う~ん。いったいどうなってるの……?」
と、考えていたら奥の扉が開いた。
巨人でも入ってくるのか、と身構えたら――
「イークエス!?」
大きくなったイークエスが入ってきた。
あたしは夢でも見てるんじゃないか、って思ってサチを見たけど、彼女もパクパクと口を動かしてる。
夢じゃない――っぽい。
「どうしてイークエスが巨人になってるの!? なんか呪い? え、え、ホントは魔物だったとか? 誰か教えて!」
「……そうか、分かった。パルヴァス、違う。違うよ」
「なにが!?」
「……わたし達が小さくなってるの」
「――あぁ、なるほど! どうりでまわりが大きくなってるし、イークエスが巨人に見える――って、えええええ!?」
いや、そんな小人族とか妖精族よりも小さくなるってそんなこと有り得るわけない、っていうか、そんなの不可能だし、そんな能力があったら師匠のポケットに入っていっしょに王都とか連れていって欲しかったし、なんなら師匠といっしょにお風呂に入ることも、ってそれはいつも一緒に入ってるや、え~っとえ~っと――
「えええええええ!?」
なんかもう、ぜんぜん分かんない!
イークエスはちらりとあたし達を見たあと、近くにあった何か大きい物体を操作している。
何かと思ったら、それはランタンだった。
ランタンの明かりが灯ると、部屋の中の様子が把握できるようになる。
あたし達のいる場所はテーブルの上だったみたい。
小さなこじんまりとした部屋で、天井とか壁は岩肌が剥き出しになっている。どこか街の中の建物っていう感じではなく、たぶん洞窟の中だ。
でも。
そんなことが分かった程度で、あとは何にも分かんない。
どうしてあたしとサチが小さくなっちゃったのか?
そして。
どうしてイークエスがこんなことをしているのか。
「ふふ」
ランタンで明るくなって。
瓶の中が照らされたから、イークエスが覗き込むようにあたし達を見た。
「なんだ目が覚めていたのか、ふたりとも」
「……あっ」
イークエスの視線に思い出したかのようにサチが身を縮こませて座り込んだ。
そうだった。
異性に肌を見せちゃいけないんだった。
「サチ……」
それが嘘でも本当でも、もうどっちでもいい。戒律がどうのこうのって言ってる場合じゃない。
サチが嫌がってるんだから、隠してあげなきゃ。
「あんまり意味ないかもだけど、これで」
あたしは魔力糸を精一杯顕現させた。
何も考えないで出すと、毛糸みたいになるから、逆に丁度いい。サチをしばるみたいに、魔力糸を出して、サチの肌を隠した。
胸とあそこを隠すくらいにしておく。
あんまり出し過ぎると魔力切れになっちゃうので、残しておかないと。
「……ありがと。で、でもパルヴァスが裸のまま」
「あたしは平気だから」
路地裏で、裸に布一枚だけで生きてきたから。
今さら裸を見られるくらい、どうってことないもん。
それに……
サチに比べて、おっぱいもあそこも、子どもっぽいし……うん……裸でも平気だもん……
「ようやくオレの物になったな」
そんなあたし達のやり取りを見てから、ニヤニヤと笑いながらイークエスが言ってきた。
瓶の上から覗き込むイークエスの顔は大きくて、ちょっと怖い。
食べられてしまいそうな迫力があった。
「イークエスの物って、どういうこと?」
「おまえが悪いんだ、パルヴァス」
「あたし……?」
なにか、あたし悪いことしちゃった?
あ、もしかしたらゴブリン退治の時に失敗しちゃったこと?
「うぅ、だってあの時は周囲の気配探索をするの忘れててさ。目先のゴブリンだけに集中しちゃってたから、つい……うっかり……ごめんなさい」
「おまえは何を言ってるんだ?」
あれ、違った?
「オレはパルヴァスが欲しかったんだよ。それなのにお前はオレのことを一切見てくれなかったじゃないか。ずっと師匠師匠師匠って言って。そばで聞いてたオレの気持ちも考えてくれ」
「え? あ、はぁ……?」
え~っと?
どういう意味?
分かんない。
「……イークエスはパルヴァスのことが好きだったのよ」
サチが後ろからストレートに教えてくれた。
「あ、へぇ~。えへへ、ありがとうイークエス」
なんか照れちゃう。
それに、師匠が誘惑してしまえとか、落とせとか言ってたけど。
あんまり出来てた気がしなかったけど、ちゃんと出来てたみたい。
やったね!
師匠に褒めてもらえるかも。
「チッ」
え~、なんか舌打ちされた。
「おまえのそういうところが悪いんだ」
しかも、なんかダメ出しされた。
お礼を言っただけなのになぁ……
「まぁいい。パルヴァスはオレの物だ。もう師匠のことは忘れさせてやる」
そう言って、またニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら。
イークエスはあたし達が入ってるガラス瓶を持ち上げるのだった。




